表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/145

第二十一話 デート開始

次回は事情により休載しますので、量多めです。お楽しみに!

 




 そして、デート当日――――。


 幸か不幸か、王国の天気は晴天に恵まれていた。


 昨日のあの後、一週間は続いたという魔物の襲撃は何故だか起こらなかった。知能のない魔物が気を遣ったのかと勘違いしそうな程に、本日は良いデート日和だ。


「早く着き過ぎたか……?」


 朝九時半頃。


 この世界では、ほぼ使い物にならない携帯端末で確かめた時刻が丁度それくらいだった。集合時間の三十分も前に、待ち合わせ場所である王都の噴水広場で宗士郎は柄にもなく緊張していた。


 デートの雰囲気を出す為、現在の寝床となっている王国の城から、それぞれ違う時間に待ち合わせ場所に向かう手筈となっている。


 そのおかげで、気持ちの整理をする時間ができた事に宗士郎は内心ほっとする思いだ。


「(……昨日から何度考えても、やっぱりそういう事だよな)」


 みなもとの約束がキッカケとなって始まった今日のみなも、楓、柚子葉との三段階デート。楓と柚子葉が約束に乗っかった形とはいえ、みなもがデートの申し込みをするのに、どれ程の覚悟を要したか。


 魔傑将アルバラスの一件後、みなもにキスをされた宗士郎にとって、その行為の意図を察するのは余りにも簡単過ぎる。


 いくら色恋に疎く鈍いと解っていてもだ。


 仕方なくデートを受けた宗士郎に対し、楓と柚子葉の心内は解らないが、少なくともみなもは本気で申し込んだ筈だ。今その気持ちに応える事を宗士郎は良しとしない。


 中途半端な気持ちで応えても彼女達に失礼極まるのではないか……?


 宗士郎自身、彼女達の好意に甘えている自覚があるからこそ、今日のデートはお互いにとって良いものになるよう、全力を尽くす事に決めているのだ。


「っ、よし……どんとこいだ」


 両頬を叩き、自分を鼓舞する。静かに流れる噴水の水面に映る顔も、心なしか良い顔付きになった気がした。


「鳴神く~ん!」


 人混みの方から聞こえた元気の良い声。宗士郎がそちらに目を向けると、最初のデート相手であるみなもがこちらに走ってきていた。


 特徴的な髪色のみなもを見つける事は容易だ。人混みの中、鮮やかな藤色の髪は良く目立つ。宗士郎が手を振って応じようとした時、


「きゃ!?」

「桜庭!」


 みなもが何もない場所で突然(つまづ)いた。そのままつんのめり、地面と激突しそうになる。宗士郎は地面を蹴って、みなもの手を握って上に引き上げ、腰を抱き寄せる事で彼女の救出に成功した。


「大丈夫か、桜庭」

「う、うん。ありがと…………」


 お互いの顔が近い。それどころか、引き寄せた事で身体の密着度合も増している。頬を紅潮させるみなもの柔らかさに、思わず平静を崩しそうになってしまったが、宗士郎はなんとか気力を振り絞って我慢する。


 胸の鼓動がバクバクと高鳴る。それが自分のものなのか、みなものものなのかは分からないが、宗士郎はすぐに距離を離した。


「き、気を付けろよ? 何も無い所で躓くなんてさ。今日は残念娘とか言わないつもりだったのに、言いそうになるだろ」

「ちょっと急いでたからっ……鳴神君の事だし、先に待ってると思って」

「そんな事気にするなよ。気心知れない仲でもないんだしさ」

「気心知れる仲だからだよ。親しき中にも礼儀あり、だよ?」

「それもそうか……って」


 距離を離したら離したで、次は違うものが目に飛び込んできた。さっきは顔にばかり目が行っていたが、よく観察してみると、みなもは私服だった。


「私服なんか持ってきてたのか?」

「うん。どう? 似合うかな?」


 その場でくるっと回って、軽くポーズを決めるみなも。


 肌色を晒すフレアスカートがふわりと揺れ、レース付きブラウスの上に羽織っているカーディガンも風で揺れる。


 カーディガンの袖に付いているフリルもあってか、いつもの元気なイメージよりも今は『(たお)やかな女性』という表現の方が正しいのかもしれない。『異界(イミタティオ)』の気候は穏やかで涼しいので、暑すぎず寒すぎない装いを選んだようだ。


 宗士郎はいつもと違う仲間のその可憐さに目を奪われていた。


「鳴神君?」

「いや、まあ…………その、凄く似合ってる。可愛いと思うぞ」


 照れ隠しの為に頬を掻きながら感想を伝えると、


「そう? えへへ、ありがとう……鳴神君もその制服似合ってるよ!」

「あ、あぁ……ありがとな」


 みなもも照れ笑いを浮かべながら、宗士郎の服装を褒めた。


 その直後、宗士郎はみなもが告げた言葉にハッとした。


 花が咲く様に頬を緩ませたみなもは可愛かった。だが同時に、宗士郎は恥じた。翠玲学園の制服を着ている自分を。


「(しまったな……デートなんかすると思わなかったから、こっちに私服なんて持って来てない)」


 全力を尽くすと決めていた矢先に、服装が普段通りなど間抜けにも程がある。今まで気が付かなかった事に、宗士郎は自分で自分を殴りたい気分になった。


 せっかく気合を入れてきたみなもに申し訳ないが、折角のデートがまだ台無しになった訳ではない。


 まだ挽回できると、意気込んだ時だった。


「――ッ!」


 ここからそう離れていない、複数立ち並ぶ住宅の影から異様な視線を感じた。すぐさま、腰に携えている筈の愛刀『雨音』に柄に手を伸ばし、視線の感じた方面を睨み付ける。


 が、そこには誰もおらず、腰の愛刀も今日に限っては、デートという事で城内に置いてきている事にも気付いた。


「ど、どうしたの?」

「いや、視線を感じた気がしたんだが……どうやら気のせいみたいだ」


 宗士郎が急に取った行為に、周りを闊歩していた王国民達が何事かと反応を示していたが、すぐに佇まいを戻すと、それも散り散りになっていく。


 感じた視線は今は煙のようになくなっている。気になる事があるとすれば、視線の数が複数だという事だけだった。


「なら早速デート開始だよ! 鳴神君!」

「お、おい……!?」


 視線なんて構わないもん! とばかりに、みなもが宗士郎の腕に抱き付いた。そのまま腕を組んで身体を密着させてくる。


「ちょっと近すぎないかっ?」

「これくらい普通だよっ」

「(んな訳あるか!?)」


 先程遠ざけた柔らかい感触が真横から伝わってきて、宗士郎は離れようとしたが、逆に引っ付かれてしまう。


 その途端、さっき感じた視線に殺意が混じった気がしたが、今度は振り向かなかった。


 宗士郎は本能で察したのだ。その殺意の意味もその主も。


 宗士郎はそのまま何事もなかったように、みなもとのデートに興じ始めた。


「結構賑やかだねー! 異世界の街って、もっと静かな感じだと思ってたよ~」

「そうだな。俺も初めてここに着いた時は圧倒されたよ」


 王都ニルベルン。


 高い外壁で囲まれた南大陸一の大都市だ。王国の中心とも言える王都なので、その活気も頷けるものがある。


 その巨大さからニルベルンは四つの区画に分かれている。王都における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設や食べ物関連の屋台が並ぶ観光区、武器防具はもちろん家具類などをドワーフ族や他種族が生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が集まる商業区がそれである。


 東西南北の門から、それぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中央区を越えた先にそびえ立つのがティグレ=ガラントの居城だ。


 そんな話をデート前日の夜に部屋に訪れた兎人族メイドラパンサに叩き込まれている。お勧めスポットなどを教えられた宗士郎がみなもとのデートの場に選んだのは観光区で、まずは彼女が好きな食べ物の屋台を見て回っている。


「あ、大使様達じゃないか! 彼女さんとデート中かい? 良かったら、うちのボア串食べてかないか?」

「ボア串?」


 宗士郎達の事を大使と呼ぶ虎人族のおじさん店主に呼べ止められる。彼女さんと言われて、みなもが照れていたが、宗士郎は否定も肯定もせず立ち止まり、美味しそうな匂いに釣られて、そちらに向いた。


「ああそうだよ。ボアってのは、後ろで丸焼きにしてるデカブツのことよ! じっくりと焼き上げた肉に塩や香辛料を混ぜたタレに付けて()うのが定番よぉ!」

「なんだ、猪肉の事か。どうだ桜庭。昼は食べ歩きって事にして、ひと串買ってくか?」

「もちろん!! おじさん! 二串く~ださ~いな!」

「あいよ! 熱いから気をつけて食べなよ!」


 宗士郎が代金を手渡すと同時に、包装紙に包まった肉串を二つ受け取る。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる、実に美味しそうな食べ物だ。


 早速、二人揃ってそれを(かじ)る。


「あふっ、あつっ……んんぅ~! 美味しいっ」

「これは美味いなっ……香辛料(スパイス)が良く効いてる」

「そりゃあ良かった!」


 嚙めば嚙む程、肉汁が飛び出すボア串は中々に美味だった。宗士郎は幼少の頃に猪肉を食べた事があるが、これはそれ以上のものだった。


「ふぅー、美味かったな」

「よし、ごみはこっちで処理しといてやるよ!」


 二口三口で食べきれる量だったので、食べる手を休める事なくすぐに食べ終わってしまった。店主に言われて、宗士郎はみなものものもまとめて包装紙と串を店主へと手渡す。


「あ、鳴神君。口元がタレで汚れてるよ」

「ん? どこだ……?」


 すると、みなもが自分の口元を指差して教えてくれる。だが、別の場所だったのか、持っていたハンカチでは拭き切れなかった。


「もう……そこじゃないよ。私が取ってあげるね……ん――」


 持ち前の優しさを遺憾なく発揮したみなもの顔が何故か自分の顔に近付いてくる。直接ハンカチで拭いてくれるか、指摘してくれるのかと思い、宗士郎はその時を待った。


 ペロッ――


 気付いたら、みなもの舌がタレの付いた部分を舐め取っていた。


「――――ッ!?!?!?」


 ザラザラとした熱い舌に舐められた感触に、宗士郎は震え上がると同時に赤面した。まさか、舐められるとは思いもしなかったからだ。この行動は少し予想外過ぎやしないだろうか。


「おっ、おまえ……っ!?」

「ん~おいひぃ……」


 激しく狼狽する宗士郎を他所に、みなもが舌なめずりする。プルンと張りのある可憐な、桜色の唇がどうにも艶かしく、宗士郎は思わず柔らかな感触を想像してしまう。


「おうおう、昼間っから見せつけてくれるねぇ。アツアツ過ぎて、おじさん干乾びちゃうよ」

「あんたはあんたで何言ってるんだ!?」


 はぁっはぁっ、と昂ぶりをなんとか抑え込もうとする宗士郎が、意味不明な事を言いだしたおっさん店主にツッコんだ。


 とはいえ、積極的なアタックを見せたみなもの反応も気になる。


「おじさん! 食べ歩きするなら、お勧めのお店ってありますかー?」


 平常運転だった。恥ずかしがる様子もなく、相も変わらず美味しい食べ物の事を考えていた。


「(これじゃ気にしてるこっちの方が馬鹿みたいだっ)」


 みなもが店主のお勧めを聞いている中、宗士郎は顔の火照りを手の団扇(うちわ)で扇いで冷ましていた。


 みなもの耳が物凄く赤くなっているの事には気付かずに。


 その後も食べ歩きは続き、みなもの大胆なボディアタックに振り回されながらも、楽しいデート時間は過ぎていき――


「名残惜しいけど、そろそろ終わりの時間だな」

「そう、だね……」


 腕を組んだ宗士郎達は待ち合わせ場所だった噴水広場に戻ってきていた。一日に三人とのデートをこなすという事で、待ち合わせ場所も同じ場所にしようと決まっていた。


 宗士郎にはみなもの横顔が心なしか寂しそうに見えた。いや、違う。みなもはこの時間が終わるのを本当に惜しく思っているのだ。それは、デートの時の楽しそうな顔を見ていれば解る。


「鳴神君は、私とのデート。楽しかった、かな……?」


 せめて、この時間が自分にとっても宗士郎にとっても良いものだったという確認をしたかったのか、みなもが腕を離して宗士郎と向き合う。


 答えは決まっている。


「ああ。もう少し長かったら良かったんだけどな」

「っ……私にはとても長く感じちゃった……これって、鳴神君と一緒だったからかな?」

「っ!」


 みなもの問い掛けに、心臓の鼓動が早まる。


 楽しい時間はあっという間だと良く言われるが、一つ例外がある。それは好きな異性といる時――つまりはデート時がそれに当たる。昔、両親の馴れ初めを聞いていた事もあってか、色恋に疎い宗士郎でもみなもの言葉の意味がなんとなく理解できた。


「でも、次は楓さんにバトンタッチ。デート中の鳴神君を見てたら、私の事を意識してくれるのが分かったから、今回はそれで満足する事にするねっ」


 だから宗士郎は――


「当たり前だろっ」

「な、鳴神君?」


 内から出でた言葉をそのまま伝えていた。色恋というものは良く分からない。誰かを狂おしい程に愛するという事は知っていても、それがどういうものなのかは知らない。


 だが、今までや今回のデートでのみなもを見て、宗士郎は彼女の事を友達や仲間ではなく、異性として認識していた事に気付いたのだ。


「異性として意識しない筈がないだろっ……桜庭はっ、可愛いから……!」

「…………」


 しばしの無言の後、みなもは満足そうに口を開く。


「じゃあ、ひとまず今回の目的は達成かな! 本当はもっと踏み込みたかったけど……」

「……どういう事だよ?」

「知りたい? なら教えてあげるね…………」


 そして、いたずらっぽく笑うと、熱っぽい視線を送ると共に宗士郎に近付いてくる。屋台で意識した桜色の唇が少し、また少しと近付いてくる。


 宗士郎はその場から動けなかった。何をされるのか想像はついたが、拒もうという意思が何故だか湧き上がってこなかったのだ。


 そうして、二人の唇が触れ合おうとした時――


「流石にそれは許容できるかぁあああああああああ!!?」

「!?」


 決定的瞬間に割り込んできた怒声。


 二人が呆気に取られる中、人混みの中から一人の女性が巻き付いてくる複数人の身体を引き摺りながら、凄まじい勢いかつ文字通り足取り重くこちらに接近してきていた。


「みなもッ! 貴方をライバルとは認めたけど、流石にそこまで許した覚えはないわよ!?」

「楓さん!?」


 なんと近付いてきたのは、宗士郎の次の相手である楓だった。その楓が引き摺っているのは、宗士郎達の良く知る人物達で…………。


「なんでお前達までここに!?」

「すまん、邪魔する気はなかったんだけど、楓さんが荒ぶっちゃって」

「いや済まぬな! 中々面白――興味深かったのでな!」

「オレ達もなんか面白そうだから、政務をユズリに押し付けてきた!」


 突貫する楓を止めようとしてくれたのだろう。


 そこには響に柚子葉、茉心に和心、そしてグランディア王のティグレとその従者のラパンサまでがいた。デート開始前に感じた視線は皆のものだと気付き安心した反面、宗士郎は呆れに呆れが差して、顔を手で覆って空を仰いだ。


「ふんっだ! 私達はライバル、抜け駆けしようが先に事を済まそうが、そこに楓さんの許可はいらないもんね!」

「――んむっ!?!?!?」


 楓に対抗意識を燃やしたのか、半ばやけくそ気味になったみなもの唇が宗士郎のそれと触れ合った!


「あぁああああああッ!?」

「――――!?」


 楓の絶叫が木霊した。対して、宗士郎の頭は真っ白になっていた。ファーストキスは神族アリスティアとのキスだが、ノーカン。初めてキスされたのと言えば、みなもの頬へのキスだ。


 みなもの唇はすぐに離れた。だが、宗士郎には時でも止められたかのように物凄く長く感じた。


「さ、桜庭……」

「ふふん! 鳴神君の唇は頂いた! さらばーっ!!」

「待ちなさいみなもぉおおお!!?」


 そうしてみなもの姿は楓から逃げる為か、その場から遠ざかっていった。もしかすると、宗士郎から距離を置く為に逃げたのかもしれないが、それを考えられる程の余裕は今の宗士郎にはなかった。


 唇に残る熱い感触を確かめるように指で触れる。だがその刹那――!


「ああもう邪魔よ!? 行くわよ士郎!!」

「――――」


 自分にすがりつく響達を取り払った楓が放心状態の宗士郎の手を握った。そして、その場から脱兎如く走り去っていく。


「とりあえず、みなもちゃんと合流しよっか」

「そだなー」


 余韻に浸る暇すら与えられず楓に連行された宗士郎を見送った後、その場に残された響達はみなもの元へ合流しに行くのだった。





 そうして連れ去られた宗士郎は楓に連れられ、いつの間にか商業区へと来ていた。あらゆる業種の店が立ち並んでいる為か、通りは雑踏の真っ只中である。


「全く、士郎もあれくらい躱しなさいよ……」

「…………」


 服飾店の前に立たされた宗士郎は未だ放心状態だった。なんという無茶ぶりを要求してくるのか、とツッコみを入れる事さえままならない。頬を軽く叩かれても、宗士郎は余韻を味わうかのようにボーっとしていた。


「もうっ……今は私とのデートなんだから私だけを見なさい……!」


 デート中に他の女の事を考える宗士郎を振り向かせる為か、楓は大胆な行動にでた。みなもと同じように、宗士郎とキスをしたのだ。マウストゥ―マウスだ。


 突然の情事に、周囲の王国民がギョッとした。


「大使様ったら、昼間っから大胆ねー!」

「爆ぜろ! 男の方!!」


 女性は頬を染め、男性は盛大に歯嚙みする。だが次に取った楓の行動で、王国民達の顔が更にギョッとする事になる。


 楓が宗士郎の唇を舌で割り、口内を蹂躙したのだ。流石にその衝撃には抗えず、宗士郎の意識は浮上する。


「んむ!? んん゛~~っ!?」

「んっ……ちゅっ、んっ……は、ぁ……」


 離れていく楓の唇。二人の間に架かった銀色の吊橋がなんとも官能的な輝きを放つ。


「どう? これでみなもの事は忘れられたかしら?」

「(とんでもないもので上書きされてしまった……もうお婿にいけない)」


 息荒く尋ねる楓に宗士郎は両手で顔を覆って無言の首肯で応えた。


 それを伝えてしまうと、「女々しい事言ってるんじゃないわよ!」と楓にどやされそうだが、衝撃の連続で頭が沸騰しそうなのだから勘弁して欲しいところだ。


「な、なら……私とのデートを楽しめるように頑張りなさいっ」

「楓さん顔真っ赤だよ? 恥ずかしいならしなければ良いのに」

「これは私の矜持の問題よぉ……恥ずかしいから見ないで…………」


 楓は相変わらず、恥ずかしがる基準がズレまくっていた。顔を手で隠し、耳まで真っ赤に染まった楓の顔は見ずに、宗士郎は首より下に視線を向けた。


 楓はみなもと同様に私服だった。胸に大きなリボンのついたブラウスに、ウィンドウチェック柄のジャケット。ホットパンツにタイツを身に纏っている。


 大人の雰囲気を纏う楓の魅力をグッと上げる装いで、楓も気合を入れてきた事がわかる。


「楓さん、その服に似合ってるよ。とてもセクシーだ」

「ば、ばか……! そんな慣れない言葉で褒めないでよ……! でも、ありがと」

「どういたしまして」


 宗士郎が服装を誉めると、楓は顔を更に手で覆い隠し照れた。楓との付き合いが長い今の宗士郎にとっては、態勢を覆す事など容易なのだ。


「あー! さっきの大使様だ!」


 と、甘々な空気をぶち壊す無邪気な声が響き渡った。声の主は猫人族の子供で、親の手を引いて宗士郎達を指差している。


「こらっ、見ちゃいけません――って、あれ? 確かさっきは他の女の子といたような……」

「俺も見たぜ。髪が紫色の女の子だった筈だ」

「じゃー大使様はぁ、女の子をとっかえひっかえしてるんだー! すごぉーい!」

「間違ってるけど間違ってなぁーーいっ!?」


 そうして、膨れ上がる話題に宗士郎は頭を抱えた。だって、否定しようにも事実なのだから否定できないのだから。


「楓さん! ひとまずそこの店に入ろう!」

「えっ、ちょっと士郎!?」


 好奇の視線に耐えられなくなった宗士郎は楓の手を引き、近くにあった服飾店へと逃げ込んだ。


「いらっしゃいませー! って大使様! ようこそいらっしゃいました! お気に召したものがございましたら、どうぞ試着室へ!」

「え? ここカフェじゃないの?」


 出迎えられた鳩の翼を持った鳥人族の女性店員の言葉に、宗士郎は首を傾げた。


「知らずに入ったの?」

「いや、外に茶葉とかの展示があったからてっきり……」

「カフェ? あぁ! 喫茶店ですね! うちは一階が服屋で二階が喫茶店になっております」

「なんだ、そうなのか」

「折角だから、服を見ましょうか。案内してくれる?」

「はいもちろん!」


 即決した楓が店員の案内についていく。間違えてしまったが、外の好奇の視線に晒されるよりもマシだろう。宗士郎も大人しく後ろをついていく。


「へえ……故郷の服とかなり違うわね」

「魔物の素材を使っていたりするので、丈夫でしなやかなものが多いですよ。大使様は体付き良いですから、何でもお似合いになりますよ」


 楓が店員に勧められた服の肌触りやデザインを見ている中、宗士郎は店内にポツンと独り。


 店内は男性客はおらず、むしろ女性客で満たされていた。もしやと思い、宗士郎は辺りを見渡すと、女物の服しか置いていなかった。


 女性専用の服屋だったようだ。大使扱いされているとはいえ、周囲の女性客の視線が少々痛く、居たたまれない。宗士郎は早く済ませて店を出たい気分になった。


「士郎、こっちとこっちの服。どっちが似合うと思う」


 と、ここで試練が訪れる。二着の上着を持って見せつけてくる楓に、宗士郎は頭を悩ませる。


「(左は可愛い系で、右はセクシー系か……こういうの分からないんだよなぁ)」


 とはいえ、下手な事を言えない。素直な感想を伝えて乗り切るしかない。


「俺は右の服かな……楓さんは可愛い服も似合うけど、こっちの方が雰囲気的にも似合うと思う」

「ふーん」

「(どうだっ?)」

「ならこれを貰おうかしら」

「ありがとうございます!」


 楓の反応は上々だった。嬉しそうに服を抱き締めながら、店内に手渡していた。その光景に宗士郎は安堵した。


 次に見たのは下着コーナーだ。いくつか見繕い、楓が試着室に入りカーテンを閉める。その間も周囲の視線が痛いほどに突き刺さってくる。


「(勘弁してくれよ……)」


 宗士郎は目を閉じた。せめて視界だけは塞ごうと思った。


 シュル、シュルシュル――


「!?」


 だが、安寧は訪れなかった。目を閉じた所為で耳に入る音に意識が行くようになり、衣擦(きぬず)れ音が宗士郎の欲望を掻き立てる。


 下着の試着なのだから、当然カーテンの向こう側には一糸まとわぬ楓の姿がある筈だ。それを想像してしまい、平静を保てなくなってしまう。


「(落ち着け!? 落ち着くんだ鳴神 宗士郎! 素数を数えるんだ俺! 二……三……し、下着(した)――って四はねー!? 五……七……は、(はだ)――って、八もねーよ!?)」


 煩悩を退散させる為、壁に頭を打ち付ける宗士郎。周囲からはドン引きされていた。


「士郎? ちょっと見て欲しいんだけど……何してるの?」

「俺の中の煩悩を討伐してたところだ――って!?」


 突然、カーテンが開かれる。するとそこには、『異界(イミタティオ)』製の下着を纏った楓が目を丸くしていた。


「何してるんだよ下着のままで!?」

「え? だってここには女しかいないし」

「男の俺がいるじゃん!?」

「そんな細かい事気にしないの。さ、これ似合うと思う? 私は良いと思ってるんだけど」


 みなものキスで激昂していた楓さんには言われたくない――という言葉を宗士郎は飲み込み、下着だけを着た楓を見やる。


 上下セットの黒い下着で透かし彫りのデザインなのか、所々透けて肌色が見え隠れしている。


「(俺にはエロ過ぎて直視できないっ……)」

「どう?」

「俺的には良い…………と思うけど、どうかその下着を着てこちらを向かないで下さいお願いします」


 素直な感想を述べて、楓から視線を外す。これ以上直視すれば、鼻血が出そうだ。


「ふーん……ならこの下着とこのおとなしめな奴も買おうかしら」


 そう言って満足そうに笑った楓は試着室のカーテンを閉め、数分後に元の私服姿で戻ってきた。


 会計を済ませて店の外に出る頃には、先程野次を飛ばしていた王国民の姿はいなかった。


 その後はウィンドウショッピングを続けて時間を潰す事になった。楓的にはキス上書きや買い物デートに満足したようで、宗士郎の事を気遣っての行動だった。


 もう少しデートを楽しみたいところだったが、正直気持ち的には限界の宗士郎だった。





 そうしてデート時間も終了に差し掛かり、噴水広場へと戻ってきた。


「今日は楽しかったわ。士郎の色んな顔が見れて」

「精神が摩耗してなくなりそうだったよ。けど俺も楽しかったよ」


 買い物した服や下着を入れた紙袋片手に、もう勘弁して下さいとばかりにもう片方の手を振る。


「柚子葉とのデートは多分ゆっくりできそうだから、久々に兄妹水入らずで過ごしてきなさい」

「そうするよ。今日はありがとう」

「こちらこそ、楽しい時間をくれてありがと」


 楓が宗士郎が持つ紙袋を持って、後ろを向いた。次が最後のデートで名残惜しく感じるが、みなもや楓を楽しませる事ができて良かったと宗士郎は思う。


「あ、そうだ。忘れ物よ」

「え? 何か俺に買ってくれたの――っ!?」


 次の瞬間、頬に触れたのは楓の唇だった。不意打ち過ぎて、宗士郎の胸がバクバクと高鳴る。


「今後こそお別れね。柚子葉と積もる話でもしてきなさい」

「あ、うん…………」


 そうして、楓はこの場を後にした。


 宗士郎は噴水広場で一人、その余韻に浸りながら柚子葉を待つのだった。





二人の乙女の気持ちは熱く燃え上がる。再び修羅場を目の当たりにした宗士郎は柚子葉との時間こそは、穏やかに過ごしたいと願うのだった。



「面白い!」「続きが気になる!」と思って頂けたなら、ブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価欄から応援して頂けると励みになります!! 感想・誤字・脱字などがございましたら、ページ下部からお願いします!


次回の投稿は事情によりお休みします、申し訳ございません(泣)! 次回は一週間後の27日になりますので、お楽しみに~!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ