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第二十話 異界と現界の関係性

 




 楓とみなもにこってり絞られた後、宗士郎は彼女達と共に飲食店に来ていた。手料理を食べる雰囲気でもなかったのだ。


 そして、何故かラパンサも付いて来ていた。このお店自体、彼女に紹介された店なのだ。


 先程の修羅場を引き起こした張本人だというのに、図太いというか、役目に忠実というか……宗士郎としては、これ以上引っ掻き回さないでくれ、というのが本音だった。


 楓やみなもから注がれる視線が痛々しいのだ。


 宗士郎は刺さる視線を振り切るようにして、店の扉を開き中へ。すると、「いらっしゃいませ~!」と犬人族店員の元気な声が宗士郎達を出迎えた。


 中身は日本で言う大衆食堂のような、いかにも庶民向けの気安い雰囲気の店だった。ガヤガヤと騒がしく、皆が皆、思いのままに食事を楽しんでいる。


「あ……」


 店員が宗士郎達の姿を見て一瞬固まった。店員だけではない。客の大半が宗士郎達を見て、固まるなり顔を寄せ合ったりしている。


 それもその筈。宗士郎達日本の大使は今や時の人なのだ。魔神と共に戦う仲間、あるいは彼等にとっては風変わりな服装を纏った異邦人の宗士郎達はまさに注目の的。


「店員様、ご案内を」

「は、はい。五名様、ご案内ー!」


 ラパンサの澄んだ声音を聴いて、石になっていた店員が我を思い出したように接客を再開した。席に案内されると周囲の視線も幾分かマシになった。


「こちらメニューになります。ご注文がお決まりになりましたらこのベルを鳴らしてください。では」


 五人掛けのテーブルにつくと、メニューらしき紙切れを手渡される。


 これで文字が読めない、などという海外旅行あるあるを体験できるのならば、宗士郎が頭を悩ませる必要もなかった。


「(……やっぱりどこも同じか。ん? イェーンってなんだよ……円の間違いじゃないのかよ)」


 料理・ドリンクメニューの文字の全てが、漢字かカタカナ。この世界『異界(イミタティオ)』とラパンサ(恐らく世間一般)が認識している宗士郎達の世界『現界(オリジン)』との関係性を疑わずにはいられない。


 とはいえ、腹が減っては戦はできぬ、という素晴らしい名言もある事だし、宗士郎はその思考を中断し、何を注文するか考える事にした。


「ん?」


 突然、肩を叩かれる。一人、席に座らずにいたラパンサが宗士郎の耳元で、


「修羅場でございましたね。流石はティグレ様がお認めになったお方、豪胆です」


 とニヤニヤ顔で囁いた。嬉しそうにピコピコと動く兎耳がどことなく憎い。


「も、もう一度お仕置きするべきかしらっ」

「ぐむむっ、大人の色香が羨ましいっ」

「もう……こっちに来てまで勘弁してよ…………」


 何が癇に障ったのか、楓とみなもが盛大に歯嚙みしていた。勘違いの件は道中で誤解を解いたというのに。妹の柚子葉はいつもの事だと少々呆れている。


「(勘弁してほしいのは俺の方だよ……)」


 宗士郎は頭痛がして、顔を手で覆う。


「俺は腹が減った。早いとこ注文しないか? この調子だと昼飯の時間が終わりそうだ」

「……確かにそうね。みなもがさっきからヨダレ垂らしまくってるし」

「そ、そんな事ないよ!? 私はそんな節操無しじゃないもん! あっ……」


 咄嗟に否定したみなものお腹からぐぅぅぅ~と可愛らしい音が鳴った。まるで説得力がなかった。半ば涙目でこちらに目を向けるが、宗士郎は気付かないフリをしてメニューを選んでいた。


「そういえば、響や茉心達は?」

「響はケモ(むす)堪能の旅、茉心と和心は城内の部屋で親子水入らずで過ごしてるわ」


 メニューを選ぶ最中、ふと気になったので楓に聞いてみると、予想通りの返答が返ってきた。響が捕まったりしないか心配である。


「鳴神君、私達決めたよ」

「わかった。ならベルを鳴らすぞ」


 注文が決まると、宗士郎がベルを鳴らした。喧騒の中でも響き渡る音を聞きつけた先程の店員がパタパタとやってきて、


「ご注文をどうぞ!」


 会計伝票を挟んだ用箋鋏(ようせんばさみ)のようなものと羽根ペン片手に注文を促してくる。


「俺はこの腹ペコベーコンエッグバーガー」

「私は濃厚クリームパスタ」

「私も同じものを」

「では私はダイナマイトパンケーキを」


 宗士郎、楓、柚子葉、ラパンサの順で注文を言っていき、


「私はこれとそれ! あとこれも! あと食後にダイナマイトパンケーキ二個お願いします!!」

「はい! 注文承り――え?」


 みなもが怒涛の勢いで注文すると、料理名を書き取っていた店員が手に持った羽根ペンを床へと落とした。女の子が食べる量ではないと思ったのだろう。


 店員の困った視線を送ってくるが、宗士郎達は大して驚いていない。むしろ、呆れているところだ。


「店員さん、何も問題はない。その疑問は至極当然のものだと俺も思う。ただ、奴が化け物というだけの話だ。気にするだけ無駄だから、注文通してくれ」

「は、はい…………」


 宗士郎は呆気にとられていた店員を説得し、厨房の方へと追いやった。お金はティグレ(のへそくり)からたんまり出されているので、問題ない筈だ。多分…………。


 そして、待つ事五分と少し。


 程なくして、注文の品がテーブルへと並べられ、ようやく昼食の時間となった。


 腹ペコベーコンエッグバーガーは宗士郎の舌によく合った。ファーストフード店で食べるようなものと似た料理だったが、料理名に腹ペコとあるように、まさに腹ペコ向けのボリュームのある料理だった。


 みなもの食事風景にラパンサ含め、店内の者全てが彼女の食べっぷりに圧倒されていたのは、言うまでもないだろう。流石は、サイクロン掃除機ならぬサイクロン胃袋といったところだ。


 異世界の料理で腹を満たした後、宗士郎達は休憩とばかりにくつろいでいた。


「で、気を遣って聞かなかったけど……オリジンって何よ?」


 異界(イミタティオ)現界(オリジン)の関係性に頭を悩ませていた宗士郎の思考に割り込んできた声。お茶で一服しつつ、なおかつ険しい顔付きの宗士郎を観察していた楓であった。


「俺達が元いた世界の名称らしい。だよな?」


 その言葉は宗士郎ではなくメイドのラパンサに向けられたものだったが、意見を交換する良い機会と思った宗士郎が横から口を挟んだ。


「はい。今から約十年前……こちらと宗士郎様達の世界を繋ぐ(ゲート)が出現して以来、急に広まり出しました」


 幸か不幸か、早速ラパンサの口から気になる言葉が飛び出した。


「急に? ティグレがそう名付けた訳でもなく?」

「誰が言いだしたのかは検討がつきません。けれども、その名は瞬く間に国中に浸透していったのです…………オリジンという言葉の意味も解らないまま」

「何か特別な意味でもあればと思うけど、なんか変な感じだねー」


 みなもの言う通り、確かに妙な話だ。


『聖域シェラティス』のように、聖域伝説が生まれる起源は必ずある筈だ。それが例え言葉だとしても、大勢の人が『オリジン』とはこうだ! と解るような意味合いや定義付けが必ずなければならない。


 今回は『オリジン』=『十年前に突如繋がった別世界』=『現界』という認識はあるが、その言葉の意味までは含まれていない。


「(そんな言葉がそこまで広がるものか?)」


 言葉というものは、いつも突発的に生まれるもの。それでも、宗士郎は疑問を禁じ得ない。


「オリジン、ねえ……英語って感じなのよね。魔物が現れてから英語なんか勉強するだけ無駄だったから、ほんのちょっとしか解らないのよね」

「〝オリジナル〟っていう言葉に似てるって事は原型とかそういう意味かも」

「よしんば意味が解っても、イミタティオの方が解らないとね…………どこかで聞いた事あるんだけど、どうにも思い出せないわ」


 異なる世界同士が繋がった影響と地震で、日本以外のアメリカなどの大国は大陸からその姿を消した。その為、英語も習う必要がまるでなくなった訳だ。決して、楓や柚子葉の頭が可哀想な訳ではない。


「日本にいた俺達だからこそ出た考え方だけど、この世界の言語と文字が同じって事は皆気付いてたか?」

「え……………………えっ!? ええええええ!? ほんとだ!!? てっきり神の加護的なやつで理解できてるって勝手に思い込んでた!!」


 長い長~い間を空けて、信じらんない! とばかりにみなもが絶叫。


 宗士郎の指摘に、すぐさまメニューを覗き込んだ楓や柚子葉も二人揃って目を丸くして呆然としていた。


「自然過ぎて逆に気付かないなんて、間抜けにも程があったわ……」

「俺もラパンサさんに聞いて初めて気付いたんだ。それは仕方ないよ、楓さん」

「でも不思議……こうなってくると、私達の世界……『現界(オリジン)』と『異界(イミタティオ)』の関係性が気になってくるわね」

「カイザルの討伐と平行して調べるつもりなの? お兄ちゃん」

「いや、これは明らかに俺達の手に負えない案件だからそれはしない。日本に帰ったら、アリスティアにでも聞くよ……聞けたらの話だけど」


 カイザルの討伐と二つの世界の関係性は交錯しないと思われる。最優先事項はカイザルの件、したがって今考えるべきではないと宗士郎は判断を下した。


「さてと……そろそろ出るか。お会計お願いします」


 話が完結したところで、宗士郎は料理と一緒に置かれた会計伝票片手に立ち上がった。レジカウンターらしき場所でそれを犬人族店員に手渡す。


「本日はこの『犬竃亭(けんそうてい)』のご利用ありがとうございました! 大使様! 料理はお口に合いましたでしょうか?」

「大使様はやめてくれ、そんな柄じゃない。美味かったよ、ご馳走様」

「ありがとうございます! 大使様!」


 店員は嬉しそうに尻尾を振っていた。絶対に分かってないと言うのは簡単だが、指摘したとしても訂正しそうにない。


「それで、会計の方は?」


 なので、宗士郎は苦笑いで会計を進める事に。


「はい! 合計百十八イェーンになります!」

「おおっ……結構安――ん?」


 聞かされた数字の小ささに宗士郎は感心すると同時に疑問を抱いた。庶民向けの店とはいえ、日本とは物価やサービス価値も違う筈。


 みなもがあれだけの量を食べたのだから、もしや……? と思い、宗士郎は楓達を見ると、


「みなも……貴方って子は…………」

「うちのみなもちゃんがすみません」


 などと、諦めたようにのたまっていた。その反応に益々心配になった宗士郎はラパンサに視線を向けた。


「その反応からすると、これって高いのか?」

「はい。一日の生活費を易々と超える出費でございますね」


 とびっきりの笑顔が来ました。


「桜庭……全額返せるまでここで働くんだ」

「なんで!? 確かにちょ~っと食べ過ぎたかもしれないけど、お金が足りない訳じゃないよ!?」

「なら払えるんだな?」

「…………~~♪」

「こら目を逸らすな。わざとらしい口笛なんかするんじゃない」


 どうやら少し足りないらしい。もう少し自分のお腹と懐事情に相談してから注文してもらいたいものだ。


「ラパンサさん、払えそう?」

「もちろん。みなも様には後日、城内でただ働きしてもらいますが」

「ええぇええっ!?」


 財布を取り出したラパンサが店員に銀貨一枚、銅貨一枚、青銅貨八枚――丁度百十八イェーンを手渡し、なんとか事なきを得る。


 ゴツンッ――!!


「痛ぁい!?」


 そうして、店を出た直後、楓と宗士郎の拳骨がみなもの脳天に炸裂した。


「少し反省しなさい」

「俺達が今持ってるのは、ティグレが善意でくれたものだ。無駄遣いするんじゃない」

「す、ずびまぜん……深く反省します」


 みなもがかなり痛そうに頭を擦りながら、涙ながらに謝る。といっても、そこまで強く殴った訳じゃない。楓の拳骨があまりに強烈だっただけのこと。


「じゃあ俺は図書館に戻るから……」

「反省するから……」


 謝罪も聞き終わった宗士郎がまた、王立図書館への道を歩こうとした直後、


「――鳴神君、明日デートしてくれないかな?」

「は?」


 その手を引き留めたみなもから、何故かデートのお誘いが掛かった。思わず、目が点になる。


「ね? 良いよね?」

「脈絡考えろ!? どう考えてもその流れじゃなかったろうが!」

「そうよみなも! 私を差し置いて士郎とデートなんて許さないわ!!」


 可愛らしくおねだりしてくるみなもに思わずクラッとなるが、宗士郎は努めて平静を装った。楓はどうやら平静を装えてないようだが。


「だって、今というか明日デートしなかったら今後いつできるか判らないし、鳴神君には私のお願いを聞く義務があると思うんだよね」

「義務? なんのことだ」

「私~決闘、勝った……鳴神君、約束守る、オーケー?」


 断じてオーケーではない。


 宗士郎はまたもや頭痛がして、手で顔を覆った。確かにそういう約束してたな……とすっかり忘れていた訳ではない。当分、先の話だと思っていただけだ。


「楓さんも柚子葉ちゃんも出来そうな時にしておきたいよね?」

「ま、まあ……こんなに早く機会が訪れるとは思わなかったけど」

「私は兄妹水入らずの時間さえあれば……それで……」

「――という事だよ鳴神君! 二人も乗り気だよ!? ここでデートを受けなきゃ男じゃないよ!!?」


 そこまで乗り気には見えない……というか、何故にそこまで言われなくちゃならんのだ。宗士郎はツッコむ気力すらなくし、頭を抱えた。


「……わかった。約束は約束だからな。明日は予定空けとくよ」

「やたー!! 約束だからね!?」

「(強引過ぎて敵わん…………)」


 みなもに抱きつかれる宗士郎は、遠い目をしていた。本当ならば、明日はティグレと手合わせする予定だったのだから。


「えーと、ラパンサさん」

「承知致しました。ティグレ様には私から断りを入れておきます。ふふふ……」


 申し訳なさそうにラパンサを見ると、意図を察してくれたらようだ。花が咲いたような満面の笑みを浮かべて。


「(なんか嫌な予感が…………)」


 その笑顔がやけに不気味に感じ、宗士郎は明日のデートに不安を覚え始めたのだった。





ことごとく酷似、否――同じの『現界(オリジン)』と『異界(イミタティオ)』の言語と文字。その関係性は二つの世界の真理に触れるのかもしれない。


次回、デート回始まります!



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