第十九話 解りやすくも理解し難い事実
今回、会話少ないです。時間的にもあまり進んでいませんが、重大な秘密について触れますので、お楽しみに。
「流石に疲れるな……ここ二日、ずっと本の虫だからか……~っ」
木製の机に広げた厚い本を前に、同じく木製の椅子の上で、凝り固まった身体をほぐす宗士郎。
現在の場所は、グランディア王国城外に存在する王立図書館内部。国民にも利用できるよう一般開放されており、宗士郎と同じく本を読む異種族の人がちらほら見受けられる。
一般開放されているので、国家機密のような重要度の高い蔵書は存在しない。言い換えれば、歴史書や大陸史、果ては童話本のような誰もが手に取れる程に機密性の低いものしか置いていないという事だ。
刀を持つ様は似合うが、本を読む姿は想像ができない(みなも説)宗士郎が何故王立図書館に足を運んでいるのかだが、この世界の知識を深めようとしたからだ。
この世界出身の茉心や和心から言伝てでは聞いていたものの、この世界の全てを知っている訳ではない。この世界の常識や知識を知っていなければ、後々困る事になる可能性がある。
楓やみなも達は城下町の観光に出かけている為、時間もある。
だからこそ、宗士郎はティグレに頼んでこの場所を教えてもらったのだが……、
「じー…………」
「じじー…………」
「……本借りて部屋に籠るべきだったか……?」
グランディア王国民からの好奇の視線に二日連続晒されていた。それも本を読む振りをしながら隙を窺っては狩人の如き視線の矢を宗士郎へと突き刺している。
普段の宗士郎ならば、気にもならない程度の視線だが、流石に気になって仕方がないレベルだ。
というのも、先日グランディア王国内で宗士郎達が同盟国の大使かつ魔神と共に戦う戦友であると公表された事に原因がある。
決闘後に発生した魔物の群れ討伐した後、グランディア王たるティグレ=ガラントの命により国民は城下の広場に集めたのだ。
バルコニーから姿を晒したティグレが、この国が魔人族からの襲撃を受ける可能性を伝えると、国民は騒然とした。王国では、人間族を過去の争いで絶滅させた魔人族はとても危険な種族と、王国の一般教養として叩き込まれている。つまり、大人子供関係なく恐怖の対象なのだ。
――だが、恐れる事はない! 先程の魔物討伐の際に皆も見て知っている者もいると思うが、我々は心強い仲間を得た!
と、まだ見ぬ魔人族の脅威に脅える国民に向け、ティグレが一喝。その後、正式に紹介されたのが宗士郎達だ。
魔物討伐の際、宗士郎達の姿と王国民を守ろうとする勇姿は中々好感を持たれたようで、国民全員から感謝と歓喜の言葉を頂く事になった。
ちなみに、狐人族である茉心と和心はその場に姿を現さなかった。その理由は、この国での狐人族の扱いからするに、受け入れられる可能性がほぼゼロだからだ。一応、宗士郎達の仲間という事で大目に見られてはいるが、扱いはあまり変わらない。
みなもや柚子葉がその事に腹を立てたが、扱いに慣れている彼女達親子は礼を言って傍から見物するだけとなっていた。
国民の反応は上々。ティグレが宗士郎達の国――日本と同盟国となる事を公表すると、城内が歓声で満たされ、後日同盟条約に関する公文書にそれぞれの国の代表者であるティグレと宗士郎が署名し、無事調印。日本とグランディア王国は同盟国となった。
条約内容は主に以下の通り。
一、日本国及びグランディア王国は、両国間の永久の平和及び魔神討伐後までの同盟条約を維持するものとする。また、討伐の暁には同盟条約を破棄、後日改めて友好条約を結び直す事とする。
二、両締約国は、他方の締約国の主権及び領土の保全を尊重する事を約束し、魔人族及び魔神の襲撃の際は救援に馳せ参じる事とする。
三、両締約国は、両国間の経済的、財政的、技術的及び文化的協力関係を強化することを目的とする諸協定を締結するため、交渉を開始するものとする。両締約国は、科学及び魔法の分野における知識及び技術上の経験の交換を容易にする為、努力するものとする。
文書にはこの三点の他にも書かれていたが、重要度の高いものはこんなものである。条約に関して、重要度の高低などないと思われるが。
「そう思われるのならば、与えられたお部屋で読めば宜しかったのではありませんか? この王立図書館には、本の貸出もございますし」
という、半ば呆れたような提案に対し、宗士郎は溜息を吐いた。
「いや、どこに行ってもどうせ同じだよ。観察するメイドさんの目もあるしな」
「おや、バレていましたか。これはこれは失礼いたしました」
そう言って、先日からグランディア王たるティグレに付けられた兎人族メイドのラパンサ=カマリエルが、和やかな笑顔と共に謝罪を口にした。
彼女は宗士郎が救ったラビィの母親である。
娘を救ってくれた礼も兼ねて、宗士郎の勉強を補佐する様にとティグレに仰せつかったのが、このラパンサなのだ。
「まあ、自分と違う存在を気になるのはわかるから良いよ。それよりも勉強だ、勉強」
「そうでございますね。分からない事や質問があれば、遠慮なくお申し付けください」
宗士郎が今閲覧しているのは、『異界地理史』というものだ。
現在の勢力図はこうだ。北一帯を魔人族、南一帯を各異種族が支配している。
魔人族は最初から北全域を支配していた訳ではなく、かつて北西部に存在した人間族の領土を略奪して勢力を拡大したようだ。
北部の一部分を除いた土地全てが魔人族領であり、北大陸の遥か東方に位置するのが、カイザルが統治している『魔界』である。
「ん? この聖域っていうのは?」
丁度、この世界の大まかな地図を見ていた宗士郎が北部のある一点を指し示し尋ねた。
「かつて神様の一柱が現世に降臨した際に生まれた聖域でございます。その名を聖域シェラティス」
「聖域……ここは魔人族も出入りできるのか?」
「はい。聖域と称されるだけで、破魔の力などは別に」
「(……魔人族の領土じゃない。だけど、魔人族のクオンはいた。どういう事だ、これは……?)」
不思議な疑問が頭の中を駆け巡る。
何らかの意図が存在するのではないか。そんな不確かな予感が宗士郎の内に浮かんだ。
「何か引っかかる、というお顔ですね」
「少し気になる事があってな」
流石は主の世話をするメイド職とも言うべきか、ラパンサが鋭い指摘を。そうして、何か思い出したように気になる話をし始めた。
「そういえば、宗士郎様はアトラ山脈の向こう側から来たのでしたね。もしや、聖域で神様に邂逅し願いを叶えて貰ったのでしょうか?」
「願い? 何でそんな話になるんだ?」
宗士郎は思わず、首を傾げて彼女を見た。
「あれ? 違ったのですか。聖域では神様に会えるという伝説で昔から有名ですよ。なんでも、己の罪を懺悔すれば、神様が願いを一つ何でも叶えてくれるとか……この本ですよ」
「『聖域伝説』?」
すると、彼女は本棚から古びた一つの本を手に取り、宗士郎へと差し出した。本を開き、パラパラと流し読みすると、確かにラパンサの言うような伝説が書かれていた。
「これは、各地で語り継がれてきた聖域に関する伝説をまとめたものです。時代と共に噂が変質している可能性が無きにしも非ずですが、根本的な部分は変わらない筈ですよ」
「それが〝己の犯した罪を懺悔すれば、それを聞き届けた神が願いを叶えてくれる〟っていう一文か…………」
聖域伝説に、魔人族のクオンが半ば幽閉されていた事。関連性がないとしか考えられないが、何かがある――という予感が依然として宗士郎の内で燻っていた。
しかし、今考えても答えは出そうにない。宗士郎は頭を振って、別の話題を引っ張り出した。
「今考えるだけ無駄か……そういえば、ティグレが他の種族に使いを出すって言ってたな。確か、エルフ族、鬼人族、竜人族と……」
「……海人族と吸血鬼族でございますね。既に使いの者は出ております」
仲間を探す目的を持ってこの世界に来た宗士郎達の当初の方針はグランディア王国で同盟の件が済み次第、他種族の元へ協力を持ち掛ける予定だった。
ところが、ティグレの厚意で王国に所属していない他種族達に使いと書状を出し、同盟への参加を促してくれる事になった。心強い仲間を集め終えるまでカイザルが待ってくれる保障はどこにもない。そんな不安から、宗士郎達はその厚意に甘える事にしたのだ。
そのおかげで、宗士郎達には少しばかりの時間ができた。牙狼族のシノがいる牙狼族の村と茉心と和心達狐人族の故郷には、後で向かわなければならないが。
「断られた場合は直接乗り込んで説得するしかない訳だけど……」
「所謂、肉体言語というものですね。拳と拳で語り合うのですね!」
「いやいや、流石にそれはないって。俺は刀だし、そもそも良く〝肉体言語〟って言葉を…………」
そこまで口にした途端、宗士郎は奇妙な感覚を覚えた。否、元より持ち合わせていたといった方が正しいか。一度意識し始めると、疑問が内から沸々と湧き上がるように生まれ始めた。
「ラパンサさん! この国の言語は!? これやこの文字の名前は!?」
「キャッ!?」
気が付くと、宗士郎はラパンサの両肩を掴んでいた。
「答えてくれ! これは――」
「異界共通語でございますっ……文字の方はっ、これが漢字、これがカタカナ、これがひらがなでございますっ……」
「なっ――」
ラパンサが口にした事実に、身体に言い表しようのない衝撃が走った。
一瞬、意味が解らなかった。だがしかし、言葉を反芻し、本の文字を見返していくとようやく実感が湧いてきた。奇妙な感覚の正体が理解できたのだ。
「ずっと不思議だった……なんで異界から来た和心や茉心と会話できるのか…………別世界の住人同士である俺達が、本来話し合える筈がないのに」
国が違えば、言語も文化も違う。そんな事は誰にでも分かる事だ。しかし、そんな当たり前の事実を宗士郎は気付けなかったのは、何故か? 理由は簡単だ――それらが余りにも自然過ぎたからだ。
ありふれたもの程、見慣れて感覚が麻痺する。だからこそ、宗士郎は――否、宗士郎達人間はその事実に気付けなかった。
「ラパンサさん達異界の人が話してるのは、間違いなく『日本語』だ。名称が違っても、その事実は変えようがない……! だけど、だからこそ何で二つの世界の言語や文字が同じなんだ……?」
「そ、宗士郎様っ……い、痛いです。離してくださいませっ!?」
「……あっ……済まないラパンサさん。気が動転していた、この通りだ」
「い、いえ……謝ってもらえたのなら構いません」
本気で痛がっていたラパンサの呼び掛けに、宗士郎はようやく我に返り、掴んでいた彼女の肩から手を離して頭を下げた。周囲の客がゾワゾワと騒ぐ程、自身が異常であった事が窺えた。
「今さっきあんな事をした手前、聞きにくいんだが……気になった次いでにもう一つ聞きたい。この国に宗教はあったりするか?」
「はい。先程話題に上がった神様シェーラを主とするシェーラ教が。聖域の名前はシェーラ様からもじったものです」
「……流石にそこまで同じじゃないよな。ラパンサさん、ありがとう」
宗教が日本と同じ仏教でない事に、宗士郎はほっと胸を撫で下ろした。これで、宗教までも同じだったりしたら、一晩中考え続ける自信が宗士郎にはあった。
「(これは、帰ったらアリスティアに問い詰める必要があるな。会えるかどうかは分からないが)」
元の世界には、神族であるアリスティアがいる。別世界のカイザルの事を知っていた彼女ならば、何かしら知っている事があるかもしれない。
帰れる程の余裕がある訳でもないが、これははっきりさせておかなければならないだろう。
――ゴーン、ゴーン…………
不意に鐘の音が鳴り響いた。その直後、席に座っていた数人が立ち上がり、その場を離れていく。
「あ、そろそろお昼の時間でございますね。宗士郎様、今日のお食事はどうなされますか?」
「そうだな……昨日はティグレと高級そうな食事を食べたし、庶民的な料理が食べたいな」
ラパンサの提案に、本を片付けながら宗士郎が希望を出した。
「そういう事ならば、私にお任せを。兎人族は奉仕種族ですので、料理もお手の物なんですよ?」
「へえ……ならお願い――」
「なに、兎耳メイドさんにデレデレしてるのよ」
「ッ!?」
ラパンサに頼もうとした宗士郎だったが、不意に冷ややかな低い声と共に、複数の突き刺すような視線が宗士郎の背中へと突き刺さった。聞き覚えどころか親しみ慣れた声に、やましいところがなくとも、ダラダラと背中の上を流れ落ちる冷や汗が止まる気配はない。
「楓様にみなも様、それに柚子葉様も。観光はお済みになられたのですか?」
「一区切りはね。それに、ちょっと嫌な予感がしたから」
「うん、鳴神君がラパンサさんに掴み掛かるような嫌な予感が……」
「やけに具体的だな!?」
みなもの言葉に、思わず反応してしまった宗士郎が振り返って叫んだ。だが、その指摘は藪蛇だった。観光から帰ってきた楓とみなもと柚子葉のジト目が痛いほどに突き刺さっていたからだ。
「お兄ちゃんは勉強してたんだよね?」
「そ、そうだけど……」
「なら何で、ラパンサさんに迫ってたの?」
「迫ってなんかない! 俺はただ疑問に答えて貰おうと肩を掴ん――ハッ!?」
「へえ、やっぱりそうなんだ」
その瞬間、彼女達の視線が更にきつくなるのを宗士郎は如実に感じた。
どうやら、言い逃れはできないらしい。宗士郎はやむなく、ラパンサに助けを求める視線を送るが、
「そうなんですっ……私はイケナイ事だと何度も訴えかけたのですが、宗士郎様が強引にっ」
「ちょ――!?」
先程の仕返しとばかりに、ラパンサが根も葉もない事実をよよよと泣き崩れながらのたまった。主に仕えるメイドとしての矜持はないのか、と問いただしたい葛藤に駆られる。
だが、宗士郎にはそんな暇はなかった。柚子葉がラパンサを慰める中、楓とみなもが真顔で近付いてきて…………
「士郎」
「鳴神君」
「人妻に手を出すなんて最低ね」
「これは、こってり絞る必要があるね」
「はっ? え、ちょっ、ちょっと待て!? 俺は無実だ!?」
尋常ならざる力で両腕をガッチリホールドされ、宗士郎の嘆きも虚しく、図書館の出口へと引き摺られていく。
「後でゆっくり聞いてあげるから」
「今は大人しくしててねっ」
「ああっ、もう! ラパンサさん!!」
「はい、なんでございましょうか?」
解放される事はないと悟った宗士郎がラパンサに呼びかける。すると、ケロッとしたように元気な顔をして返してくるので、少々苛立つ。
「さっきの話の続きだ! この世界が異界なら、俺達の世界はなんて呼ばれてるんだ!?」
その質問に対して、ラパンサは落ち着いた物腰でこう言った。
「――現界でございます」
世界が異なる筈だというのに、同じ言語と文字を持つ二つの世界。二つの間に、いったいどうような秘密が隠されているのか…………。
同盟条約に関しては、日本・カンボジア友好条約の文面を結構参考にしました。矛盾やこれはおかしい、ところがあるかもしれませんが、目を瞑って頂けると幸いです(泣)。条約ってムズイ!
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