第十八話 魔神と魔傑将の評定
明けましておめでとうございます。新年最初の投稿です! お楽しみに!
『魔界』に佇む大きな古城。城の周囲は草木一つなく、緑そのものが死滅しているかのような土地だ。
一仕事終えた魔傑将リヴルは、評定の場である古城の一室に入った。部屋には既に他の魔傑将が集結していたが、どうにも緊迫感というものがない。
その理由は恐らく彼等の主がいない為であり、数人が談笑していたり、一人は眠りについていたりと、それぞれ好きな様にしている。燭台の上で火を灯す蠟燭が薄暗い室内を仄かに照らす中、リヴルが石卓に周りに並べられている空席の一つに腰を下ろすと、リヴルの対面に座る女が談笑をやめて彼を見た。
「あらリヴルちゃん。カイザル様から直々に仕事を仰せつかるなんて羨ましいわ」
「何が言いたい。ロゼット」
「いや、別にぃ? 単に仕事は終わったのかな~ってね」
微かな笑い声が聞える。申し訳程度の灯りの為、ロゼットと呼ばれた彼女の素顔は見えないが、明らかに馬鹿にした物言いだった。
しかし、リヴルにとっては、それも普段通りの事。彼は努めて平静に装う。
「あの竜人族の事なら既に調整は済んだ。戦力増強も終わっている」
「カカッ、仕事が早いな。流石は自称天才様だぜ」
「馬鹿のグリィドに褒められるなんて屈辱でしかないよ」
「なんだとォ!?」
グリィドと呼ばれた男が卓を力強く叩いて立った。蠟燭を乗せた燭台が不安定に揺れる。言い争いに発展するかと思われたが、一人の男が小さな声を発した。
「や、やめようよ。エファルが寝てるんだし……寝起きで眠らされたら堪らないよ……」
「うっせーなぁ、ナヨナヨしてんじゃねえよラース!」
「…………今なんつったゴラァッ!!」
抱き枕を抱き締め、眠りにふける男を横目で見たラースという男が気弱な態度から一変、性格が変わったかのように激昂。グリィドの時よりも派手に叩いた卓に亀裂が走った。
「やめてよ、今食事中なん、っだからぁ」
が、そんな状況に慌てる事なく、ラースの真横に座っている女が口の可動域を大幅に越えた開け方で卓上の皿に乗った料理を丸ごと平らげる。
「協調性というものがまるでないね。見事にバラバラだ」
「「お前が言うな!」」
そんな彼等を見て、口から出た言葉がそれだ。呆れた口調のリヴルが鼻で笑い飛ばすと、眠りこけるエファルという男を残した全員が彼を睨み付けた、その時。
「ふぁ~あ、確かに彼の言う通りだねぇ…………」
不意に、気の抜けた声がこの場の空気に冷や水を浴びせた。声の出処は先程まで夢の彼方を彷徨っていたエファルという男。目に被せたアイマスクを少しだけずらして目を覗かせている。
「リヴルはカイザル様を除いた全員の言う事聞かないし……」
「当然だね」
「ロゼットは手柄を取った人なら誰かれ構わず妬むし……」
「性分なんだもの」
「グリィドは手柄欲しさで独断専行……」
「それが俺だ! 気にするな!」
「ラースはぁ、うん、沸点低い…………」
「ンだと……っ、なんだって?」
「グラーフィはカイザル様の言う事無視して喰らい尽くすし……」
「だって美味しそうなんだもの」
「僕はぁ~……僕は…………ぐぅ~」
と、そこまで言いかけて、彼は突っ伏した。皆が言いたい事は言わずもがな…………「突然眠りに落ちるエファルな」だ。
エファルが突然睡魔に襲われるのは日常茶飯事。当然、怒る気力も湧かない。万一彼の機嫌を損ねれば、面倒な事態に発展するのが分かっていたからだ。
言い争いする空気も削がれてしまった。
となれば、彼等は自ずと別の話題に移り始める。
「で……ボクやエファルはともかく、何で君達までここにいるのかな?」
「カイザル様に呼ばれたからよ。準備ができたから集まるようにってね」
卓を指で叩くリヴルが周囲を見渡すと、ロゼットが代表して答えた。残りの魔傑将も同じとばかりに頷く。
「ってこたぁ、リヴルの野郎が手掛けた作品のお披露目も間近ってこった」
「あの竜人族の女、美味しそうだから味見しちゃいたいわぁ~」
「グラーフィの場合、味見じゃ済まないじゃないか。ダメだね」
「そんなぁ…………」
即否定されたグラーフィが落ち込んだ刹那、
「その通りだ。あれには重大な役目があるからな」
「「――ッ!!」」
突如として、評定の間に響いた冷たい声に一同が瞬時に気を引き締めた。
この場を満たすのは、リヴルが入室した際にはなかった張り詰めた空気に緊張感。そして、つい先程入ってきた気配――否、現れたといった方が正しい。
六人いる魔傑将の面々の顔が僅かな呼吸の後、一斉に其処へと向いた。
視線の先には、卓上を一望できる場所に置かれた大きな玉座。その上で足を組み、魔傑将を視界に収める紅髪の男――カイザル=ディザストルが、肘掛けに頬杖をついていた。
「カイザル様!?」
「ああ、我だ。今戻った」
慌てて姿勢を正したリヴルがその名を呼ぶ。
当の本人は気にした様子もない。代わりに、魔傑将一同が心中で考えるのは、一体いつこの部屋に入ってきたか、だ。心を読む事ができるカイザルにとって、その疑問に答えるのは児戯にも等しい。
「気になるか……先程、各地を瞬時に移動する力の創造に成功したのでな。試しに使ってみたのだが、その反応からするに、時間のズレなどは無いようだな」
「さ、流石カイザル様だわ! 私達には気付く事さえ出来ませんでした!」
魔傑将――カイザルの側近にして、精鋭中の精鋭。
それぞれがリヴルの『傲慢』と似たように、何らかの概念を冠しており、各々の力はカイザルには遠く及ばないものの、それぞれ強力な力を有している。
そんな彼等でさえ、驚きを隠せない力。だが、カイザルは力の一端を見せているだけに過ぎない。自身を褒める幹部を手で諫めると、カイザルは静かに語り出す。
「南大陸の大国グランディア王国が現界の者達と同盟を結んだ事は、皆も良く知っているだろう。同盟の理由は当然、我に歯向かう事である」
「へっ、そんな奴等、この俺がぶっ飛ばしてやるぜ!」
「そんなものは当たり前よ。身の程知らずには罰が必要なんだから」
グリィドとロゼットが意気込む。
「現界っていうと~、十年前に繋がった世界のことでしたねー。カイザル様ともあろう御方が、気掛かりな事でもあったのですかぁー?」
「おい! グラーフィ! カイザル様になんて口の利き方を……!」
「良い。ただ単純に、久方ぶりに我に立ち塞がる者達が現れた。その事に歓喜していただけの話だ」
過去にこのカイザルという男を楽しませる程、ここ『魔界』という国と戦争を起こしたのは、数百年前にいたとされる人間族の国、ただ一つである。
それ以外は小競り合いに過ぎない戦い故、退屈していた彼の前に現れた敵というのは、本当に久しぶりなのだ。
その敵の正体と可能性をカイザルから聞かされていたリヴルは、彼の話を聞いている最中、気が気ではない。
「しかしだ。敵国が力を蓄え続けるのをただ傍観して待つ程、我の気は長くない。ある例外を除けばな……リヴル」
「は、はい! 既に調整は済んでいます。駒の方も減った数の数倍は揃えておきました」
「ならば、やる事は一つだ」
報告を聞いたカイザルが卓に手をつき、席を立つ。
「我等はリヴルの手勢を率い、王国に侵攻する。リヴルの駒を定期的にぶつけてみたが、国王とその重臣以外は雑兵に過ぎぬ事が割れている。如何に全方位を壁で阻もうとも、数千の駒の前では物の数ではない」
「よっしゃ! 俺達は何をすればいいんだ? カイザル様」
「慌てるでない。今説明する」
懐から取り出した地図を卓上に広げ、順に指差しながら話を続ける。
「グランディア王国領は南大陸の四分の一を占めているが、他種族と同盟を結んでいない今の奴等にとって、王都の外壁は逃げ道を塞いでいるのと同じ事だ。そこでまず我等は王都周辺の村と街を蹂躙する。この役目をロゼット、グリィド」
「カカッ、任せろ!」
「仰せのままに」
お役目を与えられた二人が返事を返す。
「次にリヴル。汝には、調整した竜人族を使った催しをやってもらおう。そうだな……王都の一部を焼き払え。王国民の恐怖を煽るよう、徹底的にな」
「はっ!」
カイザル直々の命令に心を躍らせつつも、リヴルはそれを表には出さず首肯。カイザルの指が王国の外壁周辺をなぞり、視線が移る。
「ラース、グラーフィはその後、リヴルの駒を率いて昼夜問わず外壁を叩け。少しくらい壊してしまっても構わぬ」
「は、はい」
「りょーかいしましたぁ~」
どうにも気迫に欠ける返事に、カイザルにご執心のロゼットとリヴルが鋭い視線を彼等へと注ぐが、一人は怯え、もう一人はほんわかした態度で流した。
「エファル」
そして、カイザルの視線が今まで名前の呼ばれなかった者へと向けられる。
「ぐぅ~…………」
だが、残念ながら彼は夢の国の真っ最中であった。カイザルに呼ばれたエファルは依然として突っ伏していた。毎度の事とはいえ、此度は重要な役目を皆が仰せつかっている。
いつもならば、仕方ないと流すところが、横にいたロゼットの拳骨が彼の脳天に落ちる。
「寝るな!」
「っ、おんやぁ……? 何かあったんですか~?」
「エファル。汝には我が妹カミナルの身辺警護を命じる。恐らく、あの領域には誰も近寄らぬとは思うがな。万一、賊が現れた場合は力の使用も許可する」
「ふぁ~……わかりましたぁ……ぐ~」
そうして目覚めたエファルだったが、命令を聞き終え了承した直後、すぐに眠りについた。カイザルは彼を咎めはせず、魔傑将全員を睨み付けるように見渡した。
「此度の侵攻は、異界と現界の支配という我の宿願と我が宿敵の成長に大きく近付くものである。王国を壊滅させるのは良いが、命令以上の無用な行動は慎め。良いな?」
「「仰せのままに!」」
「うむ。詳しい日時は追って知らせる。それまで各自、準備を怠るな」
「「はっ! 我等七魔傑――」」
と、言った所で皆が口を止めた。理由は言わずとも、各々が知っていた。
「そういや、アルバラスの野郎がいねえから六魔傑じゃねえか?」
「敵に捕まったんでしょ? 今は放っておきなさい……ん゛ん゛っ」
魔傑将の一人アルバラスが今はこの場にいない事を皆が律儀に反応を示す。カイザルの期待に応えるべく述べていた口上だった為だ。
ロゼットが咳払いすると、再び口上が述べられる。
「「我等魔傑将! この五体と魂魄! 全ては我等が主! カイザル様のもの! その大願の礎とならん!!」」
部屋に木霊する彼等の覚悟。全て述べられたのち、彼等はこの場を後にした。
「…………」
評定の間に一人残されたカイザルは、玉座に座り思考を巡らせていた。彼等に今一度告げた目的の事だ。過去に何度も告げた事だというのに、何故か違和感が拭えない。
「(我の宿願に間違いはない…………全てを支配し、強くなった鳴神 宗士郎と死闘を行う事だ。そうする事で、我が妹カミナルの呪縛が解けると確信している、筈なのだが)」
彼の宿願の裏には、魔傑将等には伝えていない真の目的が存在する。
それが、彼の妹――カミナル=ディザストルを神の呪縛から解き放つ事だ。とある事情により、カミナルは『異界』の神に接触され、彼女の魂に半ば永遠とも言える強力な呪縛を付与された。
その呪縛は兄であるカイザルの魂にも刻まれている。そして、それを解き放つ方法が『自身以外の全てを支配し、特定の人物を殺す事』だ。その人物こそ、彼が宿敵と称した鳴神 宗士郎である。
「(我は何か忘れているのか? 忘れる程のものならば、大した事ではない気もするが…………)」
以前にも今回と似た違和感が芽生えた事があった。考えれば考える程、違和感は拭えない――されど、違和感の正体には辿り着けない。自分の記憶・知識である筈なのに、どこか自分の考えではないような不思議な感覚。
呪縛は彼等兄妹の力となり働いているが、ある程度好きにできても、この違和感だけは拭えなかった。
そうして気付いた頃には、何事もなかったかのように気にしなくなっているのだ。
「まぁ、宿願を果たしたその時に分かる事か…………」
カイザルが自身の宿願に違和感を覚えているとは露知らず、魔傑将等の話題は主の宿敵の話題で持ちきりだった。
「なぁ、カイザル様の言う宿敵ってほんとに存在すんのか?」
「しーっ! 聞えたら殺されるわよ!? でもまあ、今までそれを口にされた事はなかったから、私も気になるけど」
魔人族、魔傑将の超越した存在であるカイザル。魔神である主人が宿敵と断じるのだから、グリィドとロゼットが気にするのも無理はない。
「その宿敵さんってぇ~美味しいのかなぁ?」
「気にするとこ、そこじゃないよグラーフィ。エファルは知ってる?」
「ラースや皆が知らないなら僕も知らない……むにゃむにゃ……この間カイザル様と一緒にいたリヴルなら知って……ぐ~……」
「どうなのリヴル?」
エファルの指摘にロゼットがリヴルを見た。険しい顔付きで見向きもしない。何か考え事をしているようだ。
「リヴル! どうなの? 知ってるのか知らないのかハッキリしなさいよ!」
「……知ってるさ。つい先日、その人物を見たところだ」
「ほんとかよ!? でっ、どんな奴だったんだ? な!」
食い気味に感想を求めてくるグリィドに対し、リヴルは嘆息して告げる。
「現界から来た人間族、鳴神 宗士郎だよ。王国と同盟を結んだのもそいつさ。彼の纏う空気で思わず震えたくらいの実力者って言えば分かるかな?」
「魔傑将であるアンタがそこまで言うとはね……で? カイザル様は何故そんな奴を宿敵って言った訳?」
納得するロゼットが口にした言葉は暗に、カイザルよりも弱い魔傑将のリヴルが震える程の人物が強い筈がない――という皮肉を込めた意味もある。
「言えない」
「はぁ!?」
だが、リヴルは答えなかった。
確かに魔傑将であるリヴル自身、カイザルよりも劣る事は百も承知。それが同じ魔傑将でも同じ事。だが、リヴルには言えない理由がある。
「(……理由はどうあれ、カイザル様が認めた者の事を蒸し返すなんてできる訳ない。次はないんだ)」
リヴルには、主を越える可能性を秘めた男の事を話せる筈もなかった。それは、一瞬でも鳴神 宗士郎という男を認めてしまった彼自身のプライドにも関わるからだ。
一度咎められた事を蒸し返す程、リヴルは馬鹿ではない。だからこそ、彼が宿敵と口した時は何も言わなかった。
この先、彼にできるのは、命令通り自身の仕事を完遂する事のみなのだ。
魔神の元に集う魔傑将たち。宿願を果たすべく、カイザルによるグランディア王国への侵攻が直に始動する。
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