第十七話 決闘 後編
「響君、大丈夫かな……?」
「さ、始めますよ、鳴神 柚子葉さん。心配しなくとも、彼は治療師達に任せておけば大丈夫です」
本日最後の決闘。
柚子葉とユズリの戦いが始まろうとしていた。
「悪いですけど、ユズリさんとの勝負……勝たせてもらいます」
静かな気合を見せた柚子葉の身体から、雷心嵐牙による青紫色のスパークが瞬くように迸る。
一方で、決闘相手のユズリはというと、横目でそれを眺めた後、部下に持って来させた武器庫のような小さい箱の中から小さな何かを懐に忍ばせ、次に棒状の物を手に取り、柚子葉に向き直った。
「…………随分と自信がお有りのようで。この決闘はあくまで、貴方がたの力量を確かめるもの。それくらいの気概がなければ、こちらとしても困るところです」
シズリが武器として選んだのは、殺傷性が低い金属製の細い棍。腕の調子を確かめる為か、棍は彼の片手によって仰々しく踊り、素早く唸り狂う。
この決闘に形として勝ち負けはあるが、これは勝者を決める催しではない。よって、どちらが負けようが、敗者が殺されるなどという事は起きない。されど、双方の陣営が持ち得る誇りが穢される事となる。
四戦中三敗している王国陣は気持ち的には後がない。今のユズリは表面上の態度こそ平然としているが、内心は王国の威信を守ろうと必死かもしれない。
「柚子葉の奴、落ち着いてるな……それでいい」
「お前の妹、柚子葉といったか。ユズリは相当手強いぞ。いかに強かろうと苦戦を強いられるだろうな」
「そいつはどうかな…………ん?」
開始前に、ティグレが忠告にも似た部下自慢をしてくる。柚子葉の力を知っている宗士郎は自信ありげに柚子葉を見るが、その刹那、未だ棍を振るうユズリのもう片方の手が数度動いた。
宗士郎の位置からも、恐らく柚子葉の位置からもその行動が何を示すのかを把握できない。その事を宗士郎が理解する頃には、ユズリの棍の動きは止まっていた。
「(何かあるな…………)」
嫌な予感を感じ取った宗士郎はそれ以来口を閉ざした。
それを伝える事は実に簡単。だがそれでは妹の為にならない。そんな気遣いから、宗士郎の妹への忠告の言葉が出る事はなく、まもなくティグレによる開始の言葉が述べられ始めた。
「コホン、これより。本日最後となるユズリ・ハーヴィヒトと鳴神 柚子葉との決闘を始める! ユズリ! 解っているな!」
「解っております。これ以上負けると、この国、ひいてはティグレの沽券にも関わるので、負けないよう頑張りますとも」
「うむ。では――始め!!」
そう言って、ユズリが棍を構え直して地面に打ち付けると、ティグレが満足したように頷き、開始の合図が響き渡った。
途端、乾いた雷鳴と共に柚子葉の姿が雷光の軌跡を残して掻き消える。
音を置き去りにし稲妻の如く駆ける技『陣風迅雷』による移動に、柚子葉を知らない王国陣の顔触れは驚愕に顔を歪める。
「なるほど……雷を使う力、ですか。この世界には雷魔法を使う人間はごまんといますし、その練度も千差万別……」
だが、その中でもユズリだけは驚きを示さず、むしろ余裕の態度で取っていた。
「ですが、狙いがわかっている以上――貴方の考えは手に取るように理解できますよ?」
「っ――!?」
次の瞬間、突如頭上から降ってきた雷球がユズリを包み込んだ。
響き渡る轟音。大気が震えて大教練場を揺らす。
雷球をまともに食らったユズリは、その余りの威力にやられてしまったと思われたが…………
「なっ……!」
――その姿は服が多少焦げているだけで、当の本人がダメージを負った様子は見受けられなかった。
「動揺しましたねっ――はぁっ!」
ほぼ無傷のユズリを見た柚子葉の姿が、駆け抜ける稲妻からほとんど生身の状態へと戻る。刹那、まるで待っていたとばかりに、ユズリの棍が唸った。
「あっ、くっ! ぐふッ……!?」
鋭い連続刺突が左右の肩、腹部に突き刺さる。
棍が金属製の為、攻撃する度に電流が襲い掛かるものの、柚子葉が動揺した事により威力は減衰していた。むしろ柚子葉に痛手を負わせた事を考えれば、十分にお釣りがくる。
刺突の勢いを利用して後転するように着地した柚子葉は、軽く膝を折った。
「雷槌をまともに食らったのに……! どうしてっ……!?」
「さぁ? 少し考えればわかる事ですが……なるほど、感情の機微で威力が増減するのですね」
「(棍を避雷針にした? でもそこまで減衰するとは思えないし、何らかの魔法を使った? だとしても、おかしい)」
苦痛に顔を歪める柚子葉がユズリの言葉に動揺を示すが、努めて平静を装おうとする。明らかに自問自答の泥沼にのめり込んでいる彼女を見て、ユズリが微かに口角を吊り上げた。
「確かに、貴方の力は凄まじい。だからこそ、決着は私の意識を奪う事だろうと読めていたのです」
「一筋縄ではいかないって事ですね…………」
柚子葉の十八番を受けて無事でいるユズリを見た楓とみなもが、心配と疑問を発する。
「動揺してるわね……無理もないけど、それじゃ相手の思う壺よ」
「で、でもどう凌いだかなんて、私にはサッパリだよ……響君には分かった?」
「怪我人に聞くかな、普通」
そうして、数分前に治療が終わり復活した響に話が振られる。
「でもそうだなぁ……金属棍を使ってるから避雷針にしたのは間違いないと思う。けど……」
「けど?」
「魔法を使ったようには見えないんだよなぁ……創作の中でしか魔法を知らない俺が言うのもなんだけどさ」
「…………ほう?」
響が出した結論に、決闘の行方を見守っていたティグレが感心したように息を漏らす。
「静かに見てろ。種なら一応わかった」
「え!?」
「本当かよ宗士郎! ならそれを柚子葉ちゃんに教えて――」
「駄目だ」
宗士郎は響の言葉を遮るようにして言葉を発した。
「これは柚子葉の戦いだ。生死が懸かってる状況ならともかく、今は見守るのがあいつの為だ」
「相変わらず、妹に対する戦いでの姿勢はとことんドライね……普段が普段なら、遠慮なく甘えさせるのに」
「う、うるさいな……ほら、柚子葉が動くぞ」
楓に言われて照れる宗士郎。言葉通り、今まさに柚子葉が行動を起こそうとしていた。
「雷槌ッ」
今度はそう離れていない位置で、真正面から雷球を放った。
ユズリは避けない。いや、避けられないのだ。自分の身体に対して二倍近い大きさの雷球が、視界一面を覆い高速接近してくるのだから。鷹翼で飛んだとしても間に合わないほどだ。
「何度も同じ技は食らいませんよっ――」
そう言うや否や、ユズリは即座に棍を投げて前方の地面に突き刺した。避雷針にするつもりなのだろう。
だが、その思惑に反するように雷球が地面に流れず、再びユズリを覆った。
「な、なんでっ――ぐああああああっ!?」
雷球はそのままユズリを通り越して、大教練場の壁へと激突し爆裂。瓦礫が生まれ、その轍には、地が焼け溶けた跡が発生していた。
「くっ……まさか通じないのを知った上で威力を上げてくるとは……!?」
「どうやって防いでるのかは分かりません。でも、ダメージを受けてない訳がないんですから、ちゃんと食らうように、今度は手加減抜きで撃ちました」
つまり、先程ユズリが指摘したように、最初の『雷槌』は手加減が入っていた。それはユズリを気絶させる為であったが、効かないとなると話は変わってくる。
そこで柚子葉はある結論を出した。
効かないのならば、効くまで威力を高めると。動揺する事で威力は減衰するが、迷いを消した柚子葉が放つ技の全ては思うがまま。流石に致死の威力では撃たなかったようだが。
「……私は正直戦いが苦手です。その気持ちが動きに現れて直線的になりがちだけど、それをカバーできるだけの力でこれからも戦っていく」
「……ふっ、これは……勝つのは無理がありますね……」
最初の時よりも服が焼け焦げたユズリが諦め混じりに呟き、気付かれぬよう複数の部分に視線を動かした。
「――雷槍ッ!」
瞬間、その箇所に向けて複数の雷槍が降り注いだ。柚子葉がわざと狙いを外した訳ではなく、むしろあえて突き刺したのだ。
突き刺さった雷槍は地面を熱で溶かしつくす。そこで初めて、ユズリが目に見えた動揺を露わにした。
「……やってくれますね」
「私の攻撃を防げたのも、その導電性の高い鉱石をいくつか地面に置いていたおかげなんですよね? なら、これで打ち止めですね」
「開き直った上に、避雷針を壊されましたか…………決闘が始まる前に設置した苦労が水の泡ですよ、全く」
「え、いつ設置したんだ……!?」
嘆息するユズリを見て、外野の響が宗士郎を見た。
「棍を振り回してた時だな。まさか、決闘前に堂々と避雷針を仕掛けておくなんて思わないからな」
「視線誘導って訳か……!」
宗士郎の言う通り、ユズリは決闘前に仕掛けを作っていたのだ。
仰々しい動きで素早い棍捌きを見せていたのは、作業が完成するまでの間、周囲の視線を棍に集中させる為だ。
「にしてもせこい事するなぁ」
「誰になんと言われようと、小細工を弄して欲するものの為に死力を尽くす。それが私の戦い方ですので」
地面に突き刺さった棍を引き抜いて構えるユズリ。その一言は、彼の信念が垣間見える言葉だった。だが、その信念を嘲笑うかのように柚子葉の身体から雷が迸る。
「避雷針を破壊した今、ユズリさんに私の雷撃を耐える術はありません。降参して下さい」
「…………お断りします」
「そうですか……なら仕方ないですねっ」
身体から放出された雷撃が気合と共に地面を抉る。ユズリがそれに怯む事はなく、柚子葉は再びエネルギーを溜めた『雷槌』を放った。
今度もユズリが避けられないかと思われたが、その周囲の予想に反してユズリの体は動いた。着弾前に雷球の脇を大回りに抜け、無防備となった柚子葉に棍を振りかざす。
「はぁあああっ!!」
「っ――雷斬ッ!」
しかし、避ける事を予見していた柚子葉にとって、対処するのは容易でしかなかった。ユズリの動きに反応して、素早く形成した雷の刀が稲妻の如く閃く。
「ぐがぁっ!?」
金属棍が真っ二つに焼き切られ、付随するようにユズリが感電した。その身体は既に戦えるものではなかった。柚子葉は雷刀を突き付け降参を促そうとして…………
――突如、彼女の視界が足元から飛来した何かに遮られる。
「っ、目潰し!?」
「言ったでしょう! 小細工を弄すると!!」
なんと、感電していたユズリが地面を蹴り上げていたのだ。宙に舞った砂が目に入り、一時的に柚子葉の目が封じられる。
そして、まるで互いが互いを仕留めるかのように、雷刀と金属棍がお互いの喉元に突き付けられていた。
「目を封じられてなお、正確に狙いをつけるとは…………」
「っ、ユズリさんこそ。あれだけ感電したのにまだ動けるなんて……」
そのまま数秒見つめ合った。
ようやく目が回復した柚子葉が目にしたのは、ボロボロになったユズリ。だが、その顔は決して苦虫を嚙み潰したようなものではなかった。
「この決闘、私の負けです。魔法が使えないので、このような卑劣極まりない戦いをしてしまいました。深くお詫び致します」
「えっ……?」
その一言に、宗士郎達――主に柚子葉が酷いショックを覚えた。
当然だ。異能力を持つ自分に対して、ユズリは魔法を使わずに技術だけで圧倒してきたのだから。柚子葉は悔しさを隠しもせず、苦々しげに言葉を絞り出す。
「…………いえ、私の負けですよ。こう言ってはなんですけど、勝つ自信しかなかったですから」
「ふっ……謙遜なさる方だ」
「うぅむ…………互いが負けを認めたか、ならばこの決闘。引き分けとするかの」
二人が互いの武器を引き、戦う意思を収めると、茉心がそう結論付けた。ティグレも同意し頷く。
「そうだな。今回の趣旨は実力を確かめる事にある。勝敗はどうでも良いのだ」
「それが、部下に勝つ事を強要した人が言う台詞ですかね」
「う、うるさいぞ! 確かに何度か敗北を喫したのは遺憾だが、オレ達も奴等に引けを取らなかった筈だ。それは奮闘したお前達を見ればわかる。おい、二人を治療してやれ」
そう言うと、ティグレが宗士郎に視線を向けた。
「お前達はカイザルと戦うにあたり、共に肩を並べる力を持っている事を証明した」
「それって……つまり」
「ああ。オレ達グランディア王国は、お前達の国『日本』と同盟を結ぶ事に決めた――共にカイザルを打ち倒そうぞ」
待ちわびた言葉が聞けた事に宗士郎はもちろんのこと、柚子葉達も大いに喜んだ。目的の一つである仲間集めがようやく軌道に乗り出したのだ。
「勿論だ。礼を言う、ガラント陛下」
宗士郎は差し出された大きな手を握ろうとすると、ティグレが嘆息した。
「おいおい。オレ達はこれから肩を並べて戦う仲だぞ? そんな堅苦しい言い方するんじゃない。ティグレと呼べ」
「い、いや流石に王様を呼び捨てにはできないぞ」
「とか言って……お兄ちゃん、言動からして普通に失礼だったよ? 今更じゃない?」
「遠慮は要りません、鳴神殿。むしろ同年代の友達のように扱ってやってください」
「(宰相としてその発言は良いのかよ……)」
と、そこで柚子葉とユズリの援護射撃。無論、ティグレに同調するものだ。自ら主に対いての扱いが少々雑なユズリに疑問を抱くも、宗士郎は諦めたように頭を掻いた。
「……わかった。ティグレ、それから他の皆も。改めて、よろしく頼む」
「それで良い」
二人がガッシリと握手した。立場こそ対等ではないかもしれないが、それでも気持ち的には対等でいようという思いも込めて。
「ここにグランディア王国と日本の同盟は成った。正式な手続きやお披露目はまた後日、改めてするとして…………」
「――失礼します!! 陛下!」
とんとん拍子で話が進むかと思われた瞬間、大教練場に一人の兵士が焦った様子で入ってきた。その者がティグレの前で膝を付くと、ティグレが面倒くさいものを見たという風に口を開く。
「また、魔物の襲撃か?」
「はい! 一刻も早くお伝えするべきかと思いまして……」
「敵の規模は?」
「昨日より大きく、また魔物も強い個体ばかりです。現在は北門と南門にて戦闘が行われております」
「うむ……ユズリ」
「はっ、すぐに討伐隊を編成して対処に向かわせます」
ティグレが名を呼ぶや否や、ユズリがすぐさま、他の重臣達と共に大教練場を後にした。それに合わせて、城内が慌ただしくなり始める。
「すまんな、オレも動かなければならない。メイドに話は通しておくから、今日は休んでおけ」
「本気で言ってるのか?」
「お披露目もしていないのだぞ。別世界の住人が参戦しても却って混乱を招く。お前達が手引きしたとな」
無論、宗士郎達にそんな意図は存在しない。だが、ティグレの言う事も一理あるだろう。
宗士郎はともかく、柚子葉達は姿を隠してきた。そんな誰とも知れない相手が戦場と化した領内でいるだけで、怪しまれる可能性は上がるというものだ。
「なら、俺達は敵ではなく同盟国の仲間だと触れ回ってくれ。王であるティグレの言葉なら、国民は信じるだろ?」
「…………うむ、ならばお前達にもひと働きしてもらおう。まずは、魔物を討伐する事が最優先だ。兵士数人に案内させよう」
重々しく頷いたティグレが配下達に指示を絶え間なく出しながら、城内へと戻っていく。宗士郎達はティグレが去ってすぐに駆け付けた兵士の指示に従い、二手に分かれて討伐を開始。
その後、およそ一時間も掛からない内に、襲撃による騒ぎは収束したのだった。
全ての決闘が終わり、無事同盟を結ぶ事になった宗士郎達。心強い仲間が加わった一方で、ここ連日、魔物の襲撃を受けている事が何を差すのか。今は誰にも分からない。
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