第十一話 あれは一般論だ
「良かったぁ………」
神敵拒絶により二人の命を救ったみなもはエルードを前にしてへたり込む。
「(私、守ったんだ……咄嗟の事だったけど身体が動いてくれた。助けられて良かった……!)」
〝守った〟という実感が、みなもの内から数秒遅れて湧く。
魔物の出現率が他と比べて低い街に住んでいた彼女は、異能を所持していながら誰かの為に使用した事がほぼなかったのだ。拳を何度も握り返し、その実感を味わう。
「あれが、みなもちゃんの異能……!」
「おお! 桜庭さん、凄いな!」
「初めての魔物の戦闘としては、良い行動だったわ」
「お前らなぁ!? 倒さずに、注意を引くのも意外と骨なんだから、無駄口も大概にしろ!?」
注意しながらも宗士郎は、必死にエルードの注意を引いている。エルードの硬い表皮を『雨音』の刃で撫でるように斬っては攻撃を誘い、避けては斬る。……所謂ヒット&アウェイの要領で、他の皆に攻撃が行かないように絶妙に注意を引きつけていた。
にも関わらず、柚子葉と響と楓はみなもの動きを前にして呑気に感心していた。対応能力が高く、反応速度、異能の発現速度が高いはわかるが、宗士郎の本音としては早く戦闘に参加しろ、という事だった。
「ぅぅ~~っ!」
そんな心境の宗士郎を他所に、当のみなもはここが戦場だということを忘れ、顔を真っ赤にして照れている。
「そろそろ兄さんが可哀想だから、私と響さんで前に出ます。楓さんは後方で異能による支援をお願いします!」
「わかった、柚子葉ちゃん!」
「了解よ。危なそうだったら、なんとかしてあげる」
どうやら、ようやく戦闘に加わってくれるらしい。休憩も兼ねて後方へと跳躍して下がると、代わりに柚子葉と響が前に出た。宗士郎はみなもと楓の元へ行くと不満を爆発させる。
「地味に長い! いくら俺でも、倒さずに注意を引き続けるのは疲れるんだよ!?」
「士郎なら大丈夫って、信じてたから。現に、大丈夫だったでしょ?」
「そうだけどっ……ああ、もういいよ。信じてくれてありがとうっ」
楓が素っ気なく返事を返すと、宗士郎は子供のようにプクッと頬を膨らませて、そっぽを向く。そんな二人を見て、みなもが綻ばせる。
「ゴホン、気を取り直して……。桜庭は魔物と遭遇した時のマニュアルは知ってるか?」
咳払いを一つ。宗士郎はみなもに視線を向け尋ねた。すると、みなもは考える所作をしながら答える。
「魔物に遭遇する事自体、少ない街にいたからほんの少しくらいかな」
「よし、じゃあちょうど良い機会だな。魔物に遭遇した時、どう行動するべきか教えてやるよ。ついでに感覚拡張の方法もな」
「良いの!?」
「別に隠す程のものじゃないしな」
みなもが感覚拡張の部分で、驚愕してこちらを見た。実際、学園のほとんどの生徒はその方法を知っている。ただ、方法が感覚的過ぎて一部の人しか使えないが。
「説明するなら手短かつ、わかりやすく説明するのよ?」
「無茶言わないでよ……楓さん。まあ、被害が出そうだし、善処するけどさ……」
無茶振りを要求された宗士郎はやれやれと肩を竦めると、話を続ける。
「じゃあ、まずは柚子葉と響を行動を見ながら説明するぞ。一応、いつでも異能を使える心構えだけはしといてくれ」
「うん、わかった」
異能を使う上での予備動作なのか、みなもが右手を少し前に突き出した。それを見て、宗士郎は説明を始める。
「まず、魔物との戦闘になった場合。自分の異能が戦闘向きで魔物を倒せるレベルのものなら、戦う。逆に、異能が戦闘向きじゃないなら、必ず一人で戦わない事だ。そして、周りの人を逃しながら自分も避難しろ」
「成程……私は後者だね」
「ああ。だから、必ず戦闘向きの異能を持つ人と連携して戦う事が大切だ」
危険度がC~Eの低級の魔物ならば別だが、もしもそれ以上の敵と戦闘になった場合、支援、防御系の異能の持ち主一人で倒すのは不可能に近い。少なくとも一人は戦闘向きの異能を持つ人と共に対峙しなければならないのだ。
「ちょっと、響君! 爆発の効果範囲は小さくできたりするんですから、私に合わせて!」
「柚子葉ちゃんが広範囲攻撃するから、危なくて仕方なく後ろに下がってるんだよ!? ここは俺の爆弾付与の出番だってば!」
そして、今のような戦闘向きの異能を持つ人が二人以上いれば、命を落とさずに生還できる確率はグッと上がる――のだが、言い争う柚子葉と響の二人を見ているとそうも言ってられない。
エルードの攻撃を陣風迅雷で動きを加速させ、攻撃をかいくぐってエルードに高威力の雷撃をお見舞いする柚子葉。その衝撃波を近くで受けそうになる響が、ここはやはり俺だ! とばかりに主張する。
今まで幾度も戦いを潜り抜けてきた、眼前の二人を見て、宗士郎は頭を抱えた。
「やっぱりこうなったか……」
「え、何が……?」
「目の前の馬鹿なやり取りよ。恒例行事みたいなものだから、早く続きを話してあげなさい」
「わかったよ。はぁ……後で二人ともお仕置きだな」
呆れている宗士郎に楓が肩をトントンと叩き、続きを促す。
「修練場でも見たと筈だが、あれが電気を操る柚子葉の異能――雷心嵐牙だ。俺みたいに白兵戦を仕掛けるタイプじゃなくて、中距離で使う異能だ。冷静でいるほど荒々しく強い攻撃ができて、少しくらいなら威力の調整できる」
先程から電気を纏って疾走する柚子葉。素早く動いて撹乱し、隙ができると攻撃するクレバーな戦い方だ。多少、威力を抑えた方が良い気もするが。
「負けてられないな。よし――これくらいなら手頃かな?」
注意を引きまくる柚子葉とは裏腹に、響が小さくバラバラになったアスファルトの一部を拾った。そのまま右手で一秒ほど握り込むと、右手の周りから火花が舞い散り始める。
「なんか響君の手とか足とか火花飛んでない?」
「まあ見てろ。あれも力の一端だ」
「うぉおおお~!」
そのまま響がエルードに向かって一直線に走っていく。足裏が地面と接触する度、小さな爆発が起こる。その爆風を推進力が、響の動きをさらに加速させる。
「グワァァァァァァァンッ!!!」
「かかってこいやぁあああ!!!」
エルードが額にある螺旋状の角が高速回転させ、響に射出する。
それを見てニヤリと響が口角を釣り上げると、足裏を爆発させて横飛びで右に逃げる。瞬間的に移動速度が上がった響にエルードの角は掠りもせず、地面に突き刺さった角はその大半が地面に隠れた所で動きを止めた。
更に移動速度を上げた響は避けた拍子にエルードの側面付近に滑り込むと、その場で大きくジャンプし、空中で身体を捻りエルードの真上を通過。
「とっておきだ……! 甘んじて受けとれッ!」
その際先程、右手に握り込んでいたアスファルトの欠片をエルード目掛けて投擲した。
響が地面に着地すると同時に、
ドゴォオオオンッ!!!
眩い閃光が辺りに煌めき、大地を揺るがす程の衝撃波が巻き起こる。投げ込んだアスファルトの欠片を中心に、周囲約三メートルの範囲で爆発したのだ。
「グワァァァァァァァンッ!?」
その威力に、エルードが溜まらず絶叫を上げる。爆発が直撃したエルードの背中が見るも無残に焼け爛れ、背骨が露わとなっていた。爆発に巻き込まれて、骨が砕けなかったのは、流石は危険度A級の魔物といった所だろう。
「あれが響の異能、爆弾付与だ。あらゆる物に爆弾に変える事が可能で、有機物なら一秒、無機物ならゼロ秒で爆弾にできる。いつ、どの瞬間で爆発させるかは自由で、付与した対象と自分との距離が遠いほど威力が増す。まあ、人間相手には使えない異能だ」
宗士郎は遠くを見ながら説明した。その横顔はどことなく、心労が溜まっているようだ。
「(昔、大変な事になったんだろうな~。目の前で起爆されたとか)」
そんな宗士郎を見て、みなもが密かに同情した。
「どうだ! これが俺の爆弾付与だ! なーっはっはっはー!」
「っ!? 響さん、危ない!」
「えっ……」
柚子葉の警告により、今の状況をわずがながらに理解した。かなりダメージが入っていたにも関わらず、エルードが自分に傷をつけた響に激昂し前脚で殴り飛ばそうとしていた。
「はぁ……楓さん」
「ええ――時間逆進!」
溜息をついた宗士郎が静かに楓の名前を呼ぶ。楓が瞬時に意図を察すると右手を何かを掴むようにして前に突き出し、ドアノブを回すように左向きに捻っていくとエルードの動きが攻撃する前へと少しずつ戻っていく。
その際、楓の右眼の瞳に時計のようなものが浮かび上がり、反時計回りに針が進む。
楓が右手を90度回し終えると、エルードの動きが丁度5秒前、エルードが激昂し響に攻撃する前の時間に巻き戻った。
「響、今の内だ!」
「助かるぅ! さすが、楓さん!」
響は間一髪のところで、地面に転がって危機を逃れた。楓は格好付けて、響がみなもにアピールしていたことを見抜いていたので、呆れて何も言えないといった表情をする。
「え……今、動きが逆再生したように見えた気が……?」
「時間を巻き戻したんだ。あれが楓さんの異能、万物掌握だ。時間を最大五秒まで操ることが可能で、さすがに時間を止めるような人間離れした技は使えないが、時間を加速、巻き戻すのはできる。まぁ、異能を使えて時間を操ってる時点で、充分人間離れしてるんだけどな」
異能を持った子供達はその力をもって、超常的な現象を引き起こすことができる。火炎や物体を凍結させるなどの異能などは、なんら珍しくもないが、事象を改変させるほどの力を持つ異能は非常に数が少ない。
楓の万物掌握は物体、事象そのものの時間をその名の通り掌握し、最大五秒間だけ操ることができる。
つまり、五秒前の傷なら時間を巻き戻すだけで治すことができる。
このような点を持って言えば、楓の異能は宗士郎達の異能の遥か上の領域にある。有り体に言えば、常軌を逸しているのだ。
「………………」
楓はこの異能が自分を人間から大きく外れた存在にさせている事が理由で幼い頃に異端の目で見られていたが、それはまた別の話だ。
今は大切な家族や友達、仲間が危機に晒されているときに使えるのならばこれ以上嬉しいことはないと楓は考えている。
「凄い! 初めて会ったときから楓さんはカッコいい人だと思ってましたけど、異能もカッコいいんですね……!」
「そ、そう? ありがとう」
みなもに褒められるのは予想外だったのか、嬉しそうに自分の髪を指で絡めてクルクルしている。
「さてと……魔物に相対したときの行動と異能の説明はこれくらいにして、そろそろ桜庭があのエルードを始末するための感覚拡張の授業を始めるか……」
「えっ……? さっき戦闘向きの異能じゃない場合は逃げるかするって言ってた気が……」
背伸びして、身体を解しながら言う宗士郎。〝桜庭があのエルードを始末する〟という部分に激しく疑問を抱いたみなもはあたふたとしている。
「あれは一般論だ。いざという時に相手を絶命させる技がないと心配だろうが。それに戦闘向きじゃない異能が戦えないとは一言も言ってないぞ?」
「えっ、ホントに? 私が倒すの……」
ニヤリと笑って宗士郎はみなもの右肩をガシッと掴むと、みなもは「嘘でしょ……」と絶望を露わにした。