第九話 手のかかる異種族の少女達
「「「「助けてくれてありがとうございました!」」」」
「ありがと!」
「ありがとうございましたぽん!」
「ありがとな!」
七人の少女達の治療を終えた後。
ミスリルゴーレムの魔石を回収した宗士郎の背に掛けられたのは、少女達の感謝の言葉だった。
「気にするな。それよりも、全員身体の具合は大丈夫か? 痛むところは?」
「全く問題ないって! アタシ……じゃなくて! 皆を助けてくれてありがと、兄ちゃん!」
床に座り込む少女達の元へ歩み寄ると、周りからレオーネと呼ばれていた少女が再び礼と感謝をしてくる。レオーネという少女は先程までは瀕死の重傷だったのだが、宗士郎と彼女の仲間による献身的な治癒により意識を取り戻していた。
「アタシ達を助けてくれた礼をしたいんだけど……まずは、名乗るのが先! アタシは虎人族のレオーネ!」
そう言って名乗ってくれたレオーネの姿は宗士郎とは異なるもの。和心や茉心などの狐人族と似たように、彼女の頭上には虎の耳、お尻からは虎の尾が生えている。髪や尻尾の色も地球の虎を思わせる鮮やかなオレンジ色だ。
「わふ! わたし、犬人族のツムギなのです!」
「アタシは猫人族のフゥーカ、よろしくね」
「兎人族のっ……ラ、ラビィです」
続いて、犬耳犬尾のツムギ、猫耳猫尾のフゥーカ、兎耳兎尾のラビィが宗士郎に名乗っていく。ツムギは忠犬、フゥーカはおませな女の子、ラビィは小心者といったイメージだ。
「レオーネに、ツムギ、フゥーカ、ラビィな。そっちのお前達は?」
彼女達の名を覚える為に、口に出して反芻したのち、宗士郎は残りのメンバーに視線を向ける。
「シズリです……鳥人族の」
「狸人族のカナデだぽん!」
「ドワーフ族のリィニーだ。アンタの剣、凄かったよ。おかげで、命拾いした」
シズリと名乗った鷹の翼を持つ少女は人間に文字通り、鳥の翼が生えた姿。カナデは狸の耳、尻尾を生やしており、リィニーに至っては普通の人間にしか見えないが、耳が少し尖っているのと大槌を片手で持っている事から、特殊な体質か何かを宿しているのだろう。
リィニーの賞賛を受けた宗士郎は自身の紹介へと入る。
「俺の剣、というか力なんだがな……俺は鳴神 宗士郎。この世界と繋がった別世界の住人って言えば伝わるか? 分かり辛いなら、人間族って事でいい」
そうして自身の事を包み隠さず伝える。
見たところ、彼女達は宗士郎よりもはるかに年下。小学生か中学生くらいの年頃に見える。彼女達がここ『アトラ山脈』の地下にいるという事は帰り道を知っている可能性が高い。
そして、それを尋ねるとなると、何か一つはこちらの事情を話さなければ応じてくれる可能性も高くはならないだろう。自身の情報を他者へと渡さず、自身の利となる情報だけ得ようなどおこがましいにも程がある。
ただ、『異界』に来た目的を伝えるつもりは、今の宗士郎にはない。そう思っていた宗士郎は彼女達の反応を見やるが、あまり芳しくない様子だ。
「知ってるかレオーネ?」
「アンタが知らないことを知ってる訳ないじゃん」
「わふぅ……」
「アタシも知らない」
「ええええ……嘘だろおい」
十年以上も干渉がなかったのだから、教える必要もなかったという事なのだろうか。異種族の彼女達がそれぞれ首を傾げるなり、俯くなりしている。その光景に宗士郎も気落ち感が否めない。
「人間族ということなら多少知ってるですぽん」
「わ、私も」
「もしかして、『門』の向こう側の住人、ですか?」
「ええと、シズリは何か知ってそうだな。それと同じかは分からないが、それはいつから存在している?」
その質問に、この中で最も知ってそうなシズリが思考を巡らせる。
「十年前、だったかな?」
「なら相違ないな。俺はその『門』の向こう側から『グランディア王国』へ向かう為に、この世界に来たんだ」
シズリと宗士郎の思考が一致し、互いに納得の表情を見せる中、他の面々は少しざわめき始めていた。
「……どうした?」
「兄ちゃん、グランディア王国に行きたいのか!?」
「あ、ああ」
「実はあたし達、そこの出身なんだぽん!」
「本当か!」
なんたる僥倖か。
『アトラ山脈』からの帰り道を聞く事よりも勝る、グランディア王国への道を知っている人物達と出会ったのだから。
「(これは思ったよりも早く合流できそうだ)」
謎の爆音が気になって向かって見るなり、何やら面倒な事に巻き込まれたかと思えば、思わぬ拾い物であった。宗士郎は思わず、心の中でガッツポーズした。
「兄ちゃんは王国に行きたいみたいだし、思ったよりも早くお礼できそうだ」
「だな。礼は案内でいいよな?」
「ああ、それでいい。それ以上は望まない。それで、ここからグランディア王国に向かうにはどうす――――」
グギュルルルルル……!!
宗士郎がそう尋ねようとした時、大きな腹の虫が雷の如く鳴り響いた。その音の主は宗士郎ではない。響いたのは、彼女達のお腹からだった。
「…………腹、減ってるのか?」
「ここに来たのが、勢いだったからな……」
「……ほとんど準備なんかしてなかったぽん」
「……そうか。なら、これ食うか?」
リィニーとカナデの力ない呟きに見ているのも可哀想になってきたので、宗士郎は巾着袋から食料である干し肉やら果物やらを取り出し、彼女達の目の前へ。すると、レオーネを筆頭に血に飢えた野獣の如く、食料へと群がり始めた。
「おおぉ! 兄ちゃん気が利くね! いっただっきまーす!!」
「死線を潜った後の飯は最高だな!」
「わふぅ~♪」
「生き返るわー、はぐっはぐ!」
「おかわりだぽん!」
大量に取り出した貴重な食料は瞬時に彼女達の胃袋へと吸い込まれていく。当然、食料に余裕などある訳がない。だが、出してしまった以上は覚悟せねばなるまい。
「ほ、本当にいいんですか?」
「……レオーネ達、凄く食べますよ?」
「良いんだ…………ラビィもシズリも遠慮せず食べな…………っははは」
唯一、遠慮してくれていたラビィとシズリにも他の食料を取り出すと、彼女達もようやく他の面々と同じく食べ始めた。余程、お腹が減っていたのだろう。
これも案内料と情報料の代わりだと思えば、無理矢理納得できるというもの。目尻に浮かんだじんわりと暖かい何かはきっと気の所為だ。そうに違いないと思いつつも、宗士郎はただ口惜しげに食料が減っていく光景を視界に収めた。
結構な量の食料が消えてなくなった、およそ十分後。
彼女達が何故ここにいたのか……ここはどういった場所であるか、などを宗士郎は彼女達から聞き出していた。
「ダンジョン、ねえ。親元を離れてレッツ冒険ってか……ここは所謂、ボス部屋って訳なのか」
「そういうことだぽん」
「だからアンタがボスであるミスリルゴーレムを倒した時、オレ達はかなり度肝を抜かれたって訳だ」
レオーネ達がここにいる理由の大半はレオーネに誘われて、だそうだ。他は少しは興味があったから、危ないのも承知で付いて行ったという感じだ。
加えて、宗士郎達が今いるこの場所。
なんでもアトラ山脈内部(地下)に存在するダンジョンらしい。ボス部屋らしきこの場所は床や天井に至るまで、土ではなく特殊な石材で出来ており、何故か天井には灯りのようなものを存在する。
この部屋を出れば、数分後にボスであるミスリルゴーレムは復活するようだが、その仕組みはよく分かっていないようだ。
「とりあえず、経緯とここが今は安全地帯になってるのはわかった。で、ここからの脱出……もとい王国への行き方は?」
「それは…………その」
「なんというか……」
先程、お腹の雷で遮られてしまった話題を振り直すと、皆が露骨に顔を逸らした。その反応を見るだけで何となく予想はできるのだが、それでも宗士郎はほんの少しの希望にかけて皆に尋ねる。
「まさかとは思うが…………帰り道が分からない、なんて言わないだろうな?」
「そのまさかだぽん…………」
床に座っていた宗士郎はその場でガックシと頭を下げた。
王国出身で王国から来たという彼女達はレオーネを筆頭に考えなしだったようだ。宗士郎よりも幼い子供なのだから、多少は仕方ないと思われる所も無きにしも非ずだが、少しは印を付けるなりしておいてくれ、というのは酷というものか。
「やっぱり、レオーネの馬鹿がいけないんだ!」
「なんだとぅ!? 誰が三歩歩けば帰り道を忘れるどころか、自分の名前を忘れるほど近年まれに見る馬鹿野郎だとぅ!!」
「いや、そこまで言ってねえよ!」
「ご、ごめんなさい、お兄さん」
リィニーとレオーネが喧嘩し始める中、オドオドしがちなラビィが頭を下げてくる。
「…………」
「……お兄さん?」
「ああっ……済まない、ちょっと考え事をな」
考え事とは少し違うが、誤魔化す為にそういう事にしておく宗士郎。ラビィに「お兄さん」と言われて、宗士郎の脳裏を過ぎったのは、ほんの少し前に逝った少女――桃上 雛璃の顔だ。
「(あの子がこの世に戻る頃には、平穏を約束できるような世の中になってるだろうか…………)」
宗士郎の表情に陰りが差す。カイザルを相手にするには力と戦力が圧倒的に足りない。そんな不安を振り切るように頭を振ると、宗士郎は少女達に視線を戻した。
「ひとまず、ここを出たら後は王国まで案内してくれるってことで良いんだな?」
「わふ! もちろんです!」
「そこは安心してもらって大丈夫」
ツムギとフゥーカが力強く頷く。
「なら、とっとと出よう。食料がいつまで持つか分からないからな。レオーネ達がここに入ってからどれくらい経つ?」
「半日くらい、ですね」
「シズリの言う通りだぽん。王国からここまでは馬車を使ったので、そこら辺はなんともだぽん」
「そこは気にしてない。食糧は節約すればなんとかって感じか……それで確認だが、この中でまともに戦える奴は?」
その問いに、ラビィとカナデ以外がスッと手を上げた。
「ミスリルゴーレムほどじゃなければ、倒せるんだな?」
「任せてよ兄ちゃん! 虎人族の力はあんなものじゃないんだから!」
「正直、ミスリルゴーレムとの戦闘を途中から見ていて心配なんだが……まあ、その時々に助けに入るか…………スゥ~~~~」
ミスリルゴーレムが特別強かっただけで、他は対処できていたのだろう。ボスと戦う事さえなければ、気合十分のようだ。
その場で立ち上がった宗士郎は静かに、長く息を吸って後、闘氣法・『索氣』を発動した。ボス部屋周辺には魔物はいないようで、少し進んだところに複数の反応が返ってきた。
「よし、こっちに行くぞ」
進む方向を定めた宗士郎はこのボス部屋に複数ある出口の中で、最も遠い位置にある出口へ向かって歩き始める。
「なんでそっちに行くんだ? 出口知らないんじゃないのかよ?」
と、歩き始めたところで至極当然の質問がリィニーより投げ掛けられる。
「ここの出口は知らないが、グランディア王国の方角は記憶してる。その方位さえ忘れなければ、ある程度はなんとかなる」
「簡単に言ってるけど、それって凄く難しいこと言ってるよね?」
「わふ、鼻が利くわたし達犬人族も流石にできない」
「まあ、慣れだ慣れ。ほら、行くぞ」
その問いに宗士郎が事もなげに答えを返すと、彼女達は揃って疑問符を浮かべた。日本にいた頃、山籠もりの際に自然と身に付いた特技のようなものだ。
宗士郎は刀剣召喚・『煉獄刀』で灯りを作り頭上へ。それを行った時も彼女達には大層驚かれてしまったが、面倒な説明は省く事にする。
そして、ボス部屋を出てから数十分が経った頃。
宗士郎達は『索氣』で反応のあった魔物がいる道へと差し掛かっていた。通路を塞ぐのは、黒い体を持つ数体の魔物だ。
「見た事ない魔物だな……あれは?」
「ソルジャーアント、ですね」
レオーネ達の中では最も知識が豊富らしいシズリが宗士郎の漏らした言葉に反応を示した。その名の通り、二足歩行かつ剣と盾を所持しており、蟻が人間サイズになったような姿だ。
「(人間サイズ……という事は、元来持ち合わせているパワーも人間サイズに強化されてるって考えた方がいいな)……レオーネ、前に出過ぎるな――」
考えなしに突っ込むと危険なので、出過ぎるなよと宗士郎が警告しようとした時には遅かった。
「このレオーネ様に歯向かおうなんて、良い度胸してるじゃない!! その鼻っ柱、たたっ壊してやるぅ!!」
「レオーネちゃん! まだ相手は動いてすらいないのです!?」
「全く、バカはこれだからっ」
ソルジャーアントはこちらに気付いていなかったのが好機にでも見えたのだろうか。
無駄に士気の高いレオーネが大声を上げて突貫し、左右の拳に装着された鉤爪を素早く振るう。そんなレオーネの行動を予測していたかのように、ツムギとフゥーカもソルジャーアントに接敵した。
眼前で縦横無尽に魔物に攻撃を加えていく彼女達を見て、宗士郎は残った仲間達へと視線を移す。
「……あいつらはいつもああなのか?」
「気にするだけ無駄だって」
「放っておくぽん」
「ったく、俺も出る。リィニー達はそこで周囲を警戒しながら待機しておいてくれ!」
レオーネ、ツムギ、フゥーカ達の旧知の仲であるリィニー達の言葉を聞き届けた後、宗士郎も刀剣召喚で得物を手にして敵陣に切り込む。
後から参戦した宗士郎が振るう斬獲の刃は残っていたソルジャーアントの命を正確無比に刈り取り、殲滅しつつあった。即興でレオーネ達と呼吸を合わせているので、やや効率に欠けていたが、数分も経たずして、ソルジャーアントを全滅させる事に成功した。
「はぁ……倒せたから良いものの、次に勝手に突っ込んだらただじゃ置かないぞ? わかったな」
「「「はぁ~い。次から気を付けまぁす」」」
勝手に攻撃を加えたレオーネとそれに続いたフゥーカとツムギに軽く説教した宗士郎に返ってきたのは、約束する意思がほとんど感じられない三人の間の抜けた声だ。
「今頃、お前達の親は血眼になってレオーネ達を探してるだろうさ。そんなお前達に何かあったら、目も当てられないぞ。もっと自分を大切にしろ」
かつての夜、居候娘に自分を大切にするようにと言われた宗士郎はできる限り、自分を大切にしてきたつもりだ。自身が口にした言葉が特大ブーメランとなって、突き刺さっているのは眼を瞑りたいところだ。
「まるで、お母さんみたいだぽん……」
「あの人の言い分は一理あるどころか、正しさの塊だからな。それでレオーネ達が反省するかは別だけど」
「ぜ、絶対に聞かないと思うけどな……」
「……私もそう思う。むしろ、反発するんじゃないの?」
宗士郎の説教を見ていたカナデ、リィニー、ラビィ、シズリが口々に好き勝手言ってくれる。お母さんみたいだと言われ、余計なお世話だと思いつつも周囲の警戒をしていると、視界にあるものが映り込んできた。
「兄ちゃん、ミジン結晶が気になるのか?」
「ミ、ミジン結晶? こっちではそんな名称なのか、これは」
「こっちではって、宗士郎さんの世界にもあったんだぽん?」
「まあな。俺達の世界では感覚結晶って呼ばれてて、利用価値があったからな」
そう言って、光る感覚結晶に触れる宗士郎。
「それで、なんでミジン結晶って名前なんだ?」
「ミジンコ同然だからじゃなかったか?」
「違う……確か、価値が微塵もないものだから、微塵結晶。壊れやすいし、装飾品として使われるのも稀だから」
名の由来を尋ねると、リィニーとシズリが身も蓋もない事を言い出した。確かに、『異界』で価値がないものだから説明としてむしろ理にかなっているのだが、あまりにも酷い。
「ひ、酷いネーミングセンスだな。こっちではそんなに価値のないものなのか…………さっき取り忘れたし、採掘っておくか」
ヒュッと刀を振るい、岩壁から露出している部分を斬り落とした宗士郎はそのまま巾着袋へと収納した。
すると、フゥーカが怪訝そうな眼差しを巾着袋へと注ぐ。
「さっきも気になってたけど、それってマジックバック?」
「ん? ああ、これか。こっちに来て初めて会った人に貰った大切な品だ。やけにあっさり渡してくれたし、異界では普通に出回ってるものなんだろ?」
「そ、そんな訳ないにゃ!? 商人なら誰でも欲しがる高級品なのにゃ!!」
「お、おう」
フゥーカが物凄い剣幕で詰め寄ってくるので、思わず宗士郎は後退りした。それほどに高価な物らしい。
「(感覚結晶がこの世界に存在する理由も気になるが、問題はマジックバックの方だ。そんな高級品をクオンはなんで俺なんかに…………)」
気まぐれと言われれば、それまで。しかし、恩義もなにもない宗士郎にクオンが何故そこまでの親切を働くのかが、宗士郎の心のしこりとなっていた。
しばらくして、探索を再開する宗士郎達。
脱出は順調に進んでいると思われた。現れる魔物も問題なく倒せていた。
だが、宗士郎達は知らなかった。とある何かが発する怒りの矛先が自身に向けられているという事に…………。
王国へ案内してくれる少女達と出会った宗士郎。案内人と出会えた事に歓喜するが、話は『アトラ山脈』のダンジョンを抜けてからだった。
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