第八話 アトラ山脈攻略開始
宗士郎視点に戻るよ~!
「……っ」
柚子葉達が王国を目指して馬車を走らせていた次の日。
早めに休息を取った宗士郎の意識を覚醒させたのは、『雨音』を納めている鞘の冷たさだった。
「傍に置いてた筈なのに……これじゃ抱き枕だな」
睡眠中でも何かあれば反応できるようにと幼い頃訓練した名残がそうさせたのだろう。いつの間にか、手元に引き寄せ抱く様に寝ていた。みなも辺りに露見すると、「可愛いところもあるんだね!」とか「甘えたい年頃なのかな?」とからかわれる可能性大だ。
「そいつは屈辱でしかないな……っっ~~」
愛刀を手放して、軽く伸びをした身体からゴキゴキッと小気味いい音が鳴った。木の寝床が想定より堅く、体の節々が痛みを発している。
伸びをした流れで柔軟をして身体を解し、寝ぼけていた意識を更に普段通りにもっていく。
「『戦闘服』は着たまんまだったか……それに、昨日の傷の回復もまだだったな」
『戦闘服』を直用している時は常にクオリアの消費が進んでいる訳ではない。一定のクオリアを消費し構成している。損傷した場合は指輪に収納し直せば、時間が経つにつれて自動修復が行われる。
闘氣法で自然治癒力を高めて傷を癒している間に、『戦闘服』の修復を行っておく。幸い、軍服の傷は少なかったので、修復をかなり早く済む筈だ。
ついでに、朝食を済ませた宗士郎は修復された『戦闘服』を再び纏い、入口付近に突き刺していた刀剣召喚の刀を全て消滅させる。
「よし……! 早く皆と合流する為にアトラ山脈攻略といくか!」
はぐれてしまった仲間達と一刻も早く合流を果たす為に、即席宿を出た宗士郎は『グランディア王国』への歩みを再開した。
昨日の戦闘で密林の魔物を全滅させたおかげで、大した苦労もなくアトラ山脈の麓に到着した宗士郎は改めてその巨大さに度肝を抜かれた。
「本当に大地を二分してるとは……比喩じゃなかったのかよ。おまけにこの大きさときたら…………登山は当然無理として、遠回りして超えるのもまぁ無理だな」
山ではなく〝山脈〟。それも大陸を二つに分ける程の巨大さと広大さを兼ね備えた厄介な壁。標高はかの有名なエベレストを優に凌ぐかもしれない。幾つかの山が連なっているのならばと、比較的に通りやすいかもと思った低地を探すも山越え前提となると、厳しい条件に変わりない。
ただでさえ困難を極めるというのに、そこに魔物の脅威も加わるとなると相当の覚悟をして臨まなければいけないだろう。
「日本じゃ、遠出する時に山を開通させたトンネルを車で通ったりしてたが、こうなると穴でも開けてみるか――ん?」
登山はしないにしても、試しに散策してトンネルがあれば御の字と思いつつも山の奥に少しずつ進んでいる時だった。
「あれは…………洞穴、か?」
周囲に目を配りながら宗士郎が見つけたのは穴のようなものだった。警戒しながらそこへ移動してみると、遠目から分かり辛かったが、予想通り洞窟だった。入口はかなり大きく、辛うじて光が届く範囲で中を覗くと、想像以上に深そうだった。
試しにそこら辺で拾った小石を中へ投擲してみる。
コン! コンコン――――――!
「結構、奥に続いてるな。真っ直ぐにとはいかないかもだが、もしかしたら山脈を抜けられるかも」
小石が地面などにぶつかって反響する音を耳で拾ってそう判断する。登山するよりもいくらか難易度が低いというだけだが、高山病などにかかるリスクを考えると奥に進んでみるのが一番だ。
「刀剣召喚――『煉獄刀』」
意を決した宗士郎は異能を発現。創生した二振りの刀に、『感覚拡張』の力の変質を以って刀身に炎を纏わせる。
「まさか、使う予定のなかったネタ技を使う事になるとは。松明代わりの刀なんて聞いた事ないぞ……よし」
二つの刀を頭上に待機させ、洞穴の探索へと乗り出し始める。
入り口付近だからか、魔物との遭遇はなかった。が、念の為に闘氣法で身体強化と夜目が効くようにと視力も強化しておく。
洞穴は人工的に作られたようには見えず、自然とできたような感じだった。警戒を怠らず、そのまましばらく進んでいるとほんの僅かにだが、何かが光っているのを宗士郎の目が捉えた。
「人、か? ひとまず、壁に身を隠すか」
穴の広がりは真っ直ぐであったが、光がかすかに漏れる場所から先は曲がりくねっている。足音を殺し、壁に背を預けて近付いた宗士郎は顔半分だけ身を乗り出した。
しかし、人影などはなく、ただ岩壁の何かが光っているだけであった。
「……なんだ、人でもなければ魔物でもないのかよ。光源は……鉱石から――ッ、あれは!」
人がいれば、道でも尋ねてみるかと思っていた矢先、宗士郎はとんでもないものを発見した。そう、『異界』ではお目にかかる事はないだろうと高を括っていた……あるものを。
「……まさか、感覚結晶? なんでこの世界に……」
岩壁から突出していた水晶のような鉱石に触れて宗士郎が不思議そうに呟く。
鉱石の向こう側が透けて見える程の純度で、日本に存在する感覚結晶とほぼ同一、否……完全に同じだ。
何故、『異界』に存在するのか謎でならない。
「……一応、サンプルとして採掘ってい――」
ドゴォォォオオオオオン!!!
「おわっ!? なんだ、今の破壊音は!?」
感覚結晶を根元から切り取ろうとした時、宗士郎が今居る場所よりも更に奥で、凄まじい轟音と共に激しい揺れが洞窟内を襲った。頭上から細かい土が落ち、土煙も立つ。
「音源はここより奥か……これは後回しにして行ってみるか!」
あまりの激しい揺れにバランスを崩しそうになるも、鍛えた体幹でなんとか持ちこたえた宗士郎は感覚結晶の採掘を諦め、音がしたと思われる方向へと走り出した。
轟音が響き渡る少し前――――
「きゃぃん!?」
「無理無理無理無理むりむりムリにゃぁぁぁ!!?」
「おうち帰りたいぽ~ん!!」
「助けてですぅ~!」
「ったく、レオーネが急に、冒険するわよ! とか言うからだ! ミスリルゴーレムに勝てる訳ないだろ!?」
「うっさい! そういうリィニーこそ、鉱物沢山採掘するぞとか言ってノリノリだったじゃん!? アンタに用意してもらった鉤爪、全っ然役に立つ気配ないし!! 不良品か!」
「はは……皆ここで死のう」
四方の柱上に灯り代わりの炎が揺らめくドーム状の大広間にて。
七人の少女達は眼前に立ちはだかる金属の巨兵から背を向け逃げ惑っていた。どの子も年端のいかぬ者ばかり、もしかすると幼女と言えるかもしれない。加えて、彼女達は普通の人間ではなく、身体のどこかしらに尻尾やら翼やらを生やしている。
そんな幼い彼女達が何故このような危険な場所にいるのか。
それは、彼女達の内に眠る子供としての冒険心に突き動かされた結果だった。
「あーもう! 逃げてばっかりじゃ虎人族の誇りが泣くっての! せめて一矢報いてやるぅ!」
「それで当たって砕けろってのか! そんな誇り捨てちまえレオーネ!」
「なんだとぅ!? アタシに指図する暇があったら、地属性魔法で足止めくらいしろ!」
「わかってる!」
仲が悪いのか、巨槌を片手で持ったリィニーと呼ばれた少女は喧嘩しながらも巨槌を床に叩き付け、虎人族のレオーネが求めた通りに地属性魔法を起動する。
「おっりゃ! 土壁!」
「――――!?」
リィニーが巨槌を叩き付けた瞬間、ミスリルゴーレムの前に大きな土の壁がせり上がる。
ミスリルゴーレムにとっては、足元くらいの高さでしかないが、壁は何も一つだけではない。周囲を囲むように、もう三つの壁が出来上がり、ミスリルゴーレムの動きを僅かばかり封じる。
「身体強化ッ! ツムギ、フゥーカ、シズリ! アンタ達も行くわよ!」
「うぅっ、生き残るため生き残るためぇ!」
「く、こうなればやけくさよぉぉぉ!」
「あ、頑張ります……はい」
犬、猫それぞれの耳と尻尾を生やしたツムギとフゥーカ、鷹翼を背から生やしたシズリが飛びあがったレオーネの気迫に引っ張られ、身動きが鈍いミスリルゴーレムへと疾走する。
「レオーネ乾坤一擲の一撃! 砕け散れぇえええ!!」
「「「くらぇえええええ!!」」」
そして、裂帛の気合と共に各自が持ち得る得物の一撃によって、ミスリルゴーレムは砕かれる…………筈だった。そう、彼女達の願望の中では。
「――――!!!!!」
「え、効いてな――あぅ!?」
「レオーネ!?」
しかし、少女達の決死の猛攻はミスリルゴーレムの金属体を穿つには至らず、空中から鋭い攻撃を行っていたレオーネには、放たれる金属の拳を防御する事さえ叶わなかった。まともに食らったレオーネの体が衝撃で後方へと叩き飛ばされる。
勇猛なレオーネという虎人族の少女は、少女達の中では皆を牽引する頼れる人物だった。それ故にその彼女が敗れた今、残りの者達の心の内に不安、恐怖といった動揺が駆け巡った。
「――――!!!」
その心の隙に付け込み畳み掛けるかのように、ミスリルゴーレムの巨腕が振り上げられ…………。
ドゴォォォオオオオオン!!!
「「「キャアアアアアア!!!」」」
足元に目掛けて、強力な一撃が炸裂した。
そして、今に至る――――
「なるほど……構図はすぐにわかった。この有り様を見てしまった以上、助けない訳にはいかないな。後で死なれたら後味が悪い」
轟音が鳴り響いた後、しばらく音が木霊していたおかげで、音源の元凶に辿り着いた宗士郎はうずくまる少女達を一瞥した直後、それぞれの傍に刀を創生し、『乖在転』で彼女達の元へ順に瞬間移動した。
「わふっ!?」
「にゃん!?」
「おぉ!?」
「はへ?」
「ぽぽん!?」
「なんだぁ!?」
「よっと……これで全員か。大丈夫か?」
音の元凶――ミスリルゴーレムから近い者順に回収した宗士郎は抱えた少女達をそっと下ろす。視界が一瞬にして切り替わった事により、彼女達が可愛らしい反応をする。
ただ一人を除いて……。
「あなた、何者だぽん?」
「俺は鳴神 宗士郎。ただの剣士だ」
彼女達を代表して尋ねてきた狸耳の少女の問いに返答すると、宗士郎は未だ状況が呑み込めていない彼女達を置いて、金属の巨兵の前へと歩み出る。
その動きを見て、巨槌を持った小柄な少女が有り得ないとばかりに怪訝な視線を注ぐ。
「オマエ……まさか、アイツと戦うつもりなのか?」
「ああ」
「やめろ! ミスリルゴーレムはどんな攻撃も通さない巨人だぞ!?」
「ミスリル、ねえ……なぁ、確認していいか」
「な、なんだ」
ミスリルと聞いた宗士郎の口角がほんの少し吊り上がったのを見て、小柄な少女だけでなく他の者達の背に軽い戦慄が走った。
「あいつは、アダマンタートルよりも硬いのか?」
「よ、よりにもよって伝説上の生き物を引き合いに出すのか!?」
「そんなの、ミスリルゴーレムと比べるのもおこがましいぽん!」
「……なら、問題はないな」
明らかに頭のおかしい者を見たような声音。
その必死さ加減に納得の表情を浮かべた宗士郎が待機させていた二振りの刀を消し、更に一歩踏み出した。刹那、わざわざ近くにまで寄ってきた宗士郎目掛けて、ミスリルゴーレムの拳が放たれた。
「――――!!!」
「ふっ――!!!」
「「え?」」
拳に直撃する寸前、宗士郎の姿が霞んで消える。
ギィイイイイン!!! と金属が切断機によって両断されるような音の直後に響いたのは、真っ二つに両断されたミスリルゴーレムの拳が床へと落下した音だった。
「こんなものか……仕上げだ」
いつの間にかミスリルゴーレムの背後に回っていた宗士郎の表情から笑みが消えると同時に、敵から距離の離れていた宗士郎が高速で刃を振るった。刹那、ミスリルゴーレムの体に四度の剣閃が迸ったかと思われた瞬間、その体は徐々にずり落ちていく。
「――――! ――――、――――…………」
ゴーレムの持つ核を完全に壊さなければ、時間が経つと復活するという注意点も考慮し、核と思しき部分に刃を入れていた宗士郎。ミスリルゴーレムの動きが目の点滅と共に鈍く、目の光の消失と共に完全に止まった。
かつて、斬った魔物よりも脆いと知った宗士郎のミスリルゴーレムに対する興味は完全に失せていたのだ。
眼前に繰り広げられた、たった一人の戦闘を目の当たりにした少女達が目の丸くする。
「す、すごい…………」
「あのバカ硬いゴーレムを斬るなんてっ」
「あ、そうだぽぽん!? レオーネが瀕死の重体だったぽん!?」
「そうだった!? おいレオーネ! 死ぬな!?」
犬耳、猫耳の少女二人が羨望の眼差しを宗士郎へと向けていた一方で、狸耳の少女の言葉で仲間の一人がボロボロだった事に気付いた。自分達もかなり傷だらけだというのに、仲間を心配する思いやりの心は流石の一言に尽きるだろう。
「どいてくれ……なんとかする」
彼女達を助けたというのに、一人だけ天国へ旅立つのはあまりにも惨い。レオーネという少女の前にしゃがみ込んだ宗士郎は体内で練り上げた闘氣を彼女の体内に流し込んだ。
これにより、彼女が持つ自然治癒力をかなり底上げしている筈なのだが、傷は一向に塞がらない。彼女自身の生命が虫の息なのが理由に繋がるだろう。身体を直そうとする力が格段に落ちているのだ。
「このままじゃ埒が明かない。誰か、回復魔法でも薬でもなんでもいい。できるなら、今すぐかけろ」
「わ、わたしが……! かの者を癒したまえ――ひ、治癒!」
宗士郎の声に反応した兎耳の少女が呪文を唱えると、温かくも優しい光がレオーネという少女の体を包み込む。何度も回復魔法をかけ、兎耳の少女が限界を迎えた頃にようやく傷が塞がり始めた。
高めた自然治癒力によって内の傷も治していけば、あとはとんとん拍子で事が進んだ。血色も良くなり、次第に呼吸音が聞こえてくる。
その後、宗士郎は他の少女達の傷を同じようにして治していった。
アトラ山脈の地下、下にある洞窟で出会ったのは異種族の少女達だった。
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