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第六話 思考を鈍らせる魔の密林

 




「…………」


 天井が木の枝葉で覆われている薄暗い密林を突き進む。そうして、既に五度も見かけた大きな大木に触れて、宗士郎は呟いた。


「……やっぱりおかしいな。方向音痴って訳でもないんだが……見事に迷った」


 荒野での悲しい一件の後、三十分程掛けて辿り着いた密林の入口で食事を取った宗士郎は刀剣召喚(ソード・オーダー)で創生した刀を片手に魔物を警戒しながら、『アトラ山脈』に向かって真っ直ぐ目指していた。


 …………筈だったのだが。


「木に付けた目印を見間違う筈もないし、どうなってるんだ?」


 触れた大木には、〝×〟と描いた切り傷。


 先程から、この深々と掘った印を何度も見かけている。何度も同じ場所を行ったり来たりして迷っている内に、携帯端末の画面には既に午後三時過ぎと表示されていた。


 普通に考えれば、真っ直ぐ進めば迷う事など有り得ず、同じ場所に辿り着いたりしない。


「密林に対しては、クオンは何も言わなかった。って事は、問題なく進める筈なんだろうけど。迷うとは予想外だった……まるで樹海だな」


 宗士郎は空を仰いだ。


 クオンがいた洞穴(ほらあな)よりは暗くないとはいえ、日差しがほぼ遮断されている所為で日中だというのに、夜を徘徊している気分になってしまう。荒野よりも気温の低いこの場所は、荒野とはまた違った意味で面倒な場所らしい。


 ガサッ…………。


「ん?」


 そろそろ動き出そうか、と考えていた時、近くの枝葉が跳ねた音に気を取られる宗士郎。刀を構えて、周囲の気配を探る。


「…………気のせいか」


 呼吸音や体の細部が擦れる音、諸々を含めた些細な音を闘氣法で強化した聴力で探るも成果はない。気を取り直した宗士郎は再び歩き出す。


「――――」





「またか。いい加減、滅入ってきたな」


 約三十分後。


 案の定とも云うべきか、宗士郎は自身が付けた×印の大木前へと戻ってきていた。密林に入ってからはというものの、魔物とは一度も遭遇しておらず、常に警戒を強いられる現状は宗士郎の精神を著しく削っている。


 そんな中、水を飲んで少し休憩しようと考えた矢先に、宗士郎の目の前に小さな魔物が現れた。


「ようやくお出ましか。確か……危険度D、プレデターマッシュだったか」


 トコトコと宗士郎の前に現れたのは、二頭身のキノコ三匹だった。


 日本でも遭遇した事のあるこの魔物は見た目こそ愛くるしいが、奴等がカサから放出してくる胞子に触れると身体が数十秒麻痺してしまう。獲物が動けなくなるのを見計らって、顔に当たる()に付いた狂暴な口で捕食する。


 この習性から奴等キノコは捕食茸(プレデターマッシュ)という物騒な名称になっている。


 とはいえ、習性を理解していれば手こずる相手でもなし。


「胞子を出される前にぶつ切りにするか」


 試しに焼いて食ってみるのも中々、と思った所で、視界の端から飛んできた白い糸が刀を持つ宗士郎の両腕を雁字搦めにした。


 宗士郎は大した焦りもなく、そちらを見やる。


「次は同じ危険度のデススパイダーか。魔物が協力関係を結んでいるのか」


 通常の十倍程の体を持つ毒蜘蛛五、六匹が尻の突起部分から糸を噴射していた。更に、左右の足も白い糸で巻かれて固定される。


 いつかのマッハタイガーとジャイアントバードとの戦闘を思わせる動きだ。魔物は基本的に群れない上、協力関係を結ぶ事はない。例外があるとすれば、『何者かの制御下に置かれる』『圧倒的力の前に服従する』『狼型の魔物などの個体別で群れる』。この三つくらいなものだ。


「迷う理屈は分からないが、迷い込んだ者が疲れ果てた頃合いでなぶり殺しにする。それで、俺という食料を確保するって寸法か。舐められたものだな」


 刀を振るう為の腕も足も動かない危機的状況で、宗士郎は溜息を吐いた。否、この程度の拘束であらば、宗士郎を困らせる程でもなかった。


 呆れると同時に、プレデターマッシュのカサから大量の胞子が漂ってきた。宗士郎は慌てる事なく、異能を行使する。


刀剣召喚(ソード・オーダー)、遮断っと」


 プレデターマッシュと自身の間に創生した刀を空中で高速回転させる。日本にいた頃に一度試していた技(?)だ。回転させる事で空気の流れを作り、胞子を押し返した。


 プレデターマッシュに胞子の耐性は無論存在しており、胞子攻撃は無意味に終わった。


 回転させていた刀を動かし腕と足を拘束していた糸を斬って身動きが取れる状態に持っていく。


「フンッ!」


 次いで、闘氣法で身体強化した震脚で地面を踏み砕く。衝撃で辺りの木々が激しく揺れ、宙に浮かび上がったプレデターマッシュとデススパイダー等が慌てふためく。


 その瞬間を逃すまいとした宗士郎の姿が掻き消えた。堅実かつ俊足に、一体一体を確実に叩き斬り、全てを仕留めた宗士郎が元の位置に戻るや否や、斬られた魔物の体が地面へとバラバラと転がった。


「……ふぅ。全く、足止めばかり食うな…………。日が暮れる前にここを抜けたいってのに」


 空中で回転させていた刀を虚空へと消した宗士郎が頭を掻いた。魔物の体内にある魔石を回収し、再び歩き出す。


『アトラ山脈』の方向を確認する、という選択肢は不思議と湧かなかった。ただただ、この密林から脱する事だけを考えていた宗士郎の体が自然と足を運んだ先には、もう見慣れてしまった×印を付けた大木。


「またか。クソッ……俺は、グランディア王国に……王国、に? 皆と……皆? 俺は、何しにここへ……」

「――――」


 (もや)が掛かったかのように思考が霞む。


 脳裏の浮かんだ目的が、仲間達の姿が徐々に掠れていく。宗士郎の体が次第に脱力し始め、頭の中が何かで埋め尽くされる。


「俺は……」

『――ここで食される為にやってきたのだ』

「そう、か……俺はこの密林の食料になる為に」


 何者かの声が頭に響いた。


 心の声か、あるいは他者の言葉なのか。それを考える為の余裕はなかった。自然と突いて出た言葉に疑いを抱かず、宗士郎の眼は虚ろになっていく。


 すると、いつの間にか現れていた捕食植物型の魔物共が無数にある移動用の根を蠢かせ、宗士郎を取り囲んでいた。ウツボカズラを思わせる胴体の左右にある鋭い葉を備えたツルを唸らせている。


「あぁ、柚子葉……楓さん、桜庭に響まで。そうか……俺を食料にしに――ッ!?」


 宗士郎には、目の前の魔物が愛する仲間達の姿に見えてしまい――不意に脳にノイズが走った。


「――んな訳、ないッ……いや、俺は食料にっ……いや、皆が俺を……ぐぅっ!?」


 宗士郎は残っていた理性で即座に否定しようとして、再び思考が何かで妨害される。その時点で宗士郎は、ようやく自分が既に何者かに攻撃されていた事を悟った。


「がぁアアアア!?」


 刀を地に放り、両手で頭を抑えて呻く。必死に抵抗する素振りを見せると、宗士郎の思考回路が何かに急激に汚染され始めた。それに対抗する為、宗士郎は自らの唇を噛み切った。


「なる、ほどなっ……ここに入り込んだ時点で、誰かに干渉されていたのか……っ! 仲間を利用しやがって、ただじゃおかないぞッ」

「――ッ!!」


 地面に落ちていた刀を拾い上げ、確かな怒りを抱く宗士郎。宗士郎の意識が戻り始めるのを嫌ってか、捕食植物等が一斉にツタによる切り払いを放った。


 ツタの先には、ナイフとも取れる鋭い葉。


 未だに意識が混濁していた所為で、刀を盾として正面しか防御できず、体の端々に裂傷ができていく。だが、そのおかげで混濁していた意識が完全に回復した。


「ッらぁ!!」


 怒りと共に『概閃斬』を真正面の捕食植物に放ち、ツタもウツボカズラのような胴体も纏めて斬り裂く。自分にこのような思考をさせるよう仕向けた敵を探す為に、宗士郎は闘氣法・『索氣(さくき)』での生命探知を続けて行った。


 闘氣の波に反応したのは、()()()()()()。宗士郎の真後ろに他の反応とは一線を画す大きな生命力を探知した。


「まさか――」

『そのまさかだ。この場に迷い込みし、愚かなる者よ』

「ぐっ!?」


 ある可能性に思い至った宗士郎が振り返った瞬間、急接近する茶色い枝に体が薙ぎ払われていた。


「俺はずっと魔物に囲まれていたのか……」

『驚いた……まさか今のを食らって生きているとは』

「あれくらいで殺せたと思っていたお前の姿はお笑いだったな」


 受け身を取って事なきを得た宗士郎が×印を付けた大木を睨み付けた。宗士郎が生きている事に驚きを示した喋る大木に皮肉を浴びせる。


『そうか……ワシの攻撃を食らう直前、後ろに飛び退いたいたのか』

「そういう事だ。意思を持った魔物に会うのは初めてだが……お前、ただのトレントじゃないな?」

『如何にも。ワシはこの一帯を根城にしているトレントの長、エルダートレント。貴様が密林だと錯覚していたのは、ワシの同胞達なのだ』

「道理で変だと思った。密林には魔物がいると錯覚していた俺は、見事に『密林自体が魔物』だという可能性に思い至らなかった訳だ。してやられた気分だ」


 言葉を喋る――否、正確には頭に直接語り掛けてくる『意思を持った魔物』を見たのは初めてだった。長い年月を生きる事で知性が芽生えたといったところか。先程から妙齢の男性の声が頭に響く。エルダートレントを初めて〝敵〟と認識する事で、奴の顔と口を視認する事ができた。


 宗士郎はこの密林に入ってから、エルダートレントの罠に知らず知らずのうちに掛かっていたのだ。


「俺を迷わせ、俺にあんな思考をさせたのもお前か」

『無論。幻覚魔法で貴様を迷わせた後、ここで暮らす他の者のエサにするつもりでな』

「仲間のトレント、他の魔物と共生しているのか。珍しい事もあるもんだ。あとはお前等を根こそぎ伐採すれば、ここを抜けられて俺超ラッキーってとこか」

『何を安心しているのかは分らんが、貴様が()()()に勝てるとでも?』


 エルダートレントがそう口にした後、周囲の木々が次々に顔を表出させた。人間の脳の働き、シミュラクラ現象で人の顔に見えているのかもしれないが、間違いなく宗士郎にはトレントに凶悪な顔が浮かんで見える。


『百の同胞、ここに住む多種多様な魔物が相手だ。万が一にも勝てると思っているとは笑止』

「今までは『認識できない敵』に踊らされていただけだ。正体が分かった今、脅威すら感じない。それにお前等自体が場所取ってるんだ。自由に動ける――ッ!」


 そこまで口にした途端、エルダートレントの腕のような枝の一部が瞬間的に伸びた。伸びた枝は宗士郎の右肩を突き刺そうとするが、咄嗟に屈んだおかげで難を逃れた。


『敵の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ』

「心配なんてしてないさ。単に確認がしたかっただけだ、それに」


 片手で刀を操り虚空で数回振るった。その動作を終えた瞬間、周囲のトレント数体の表面に無数の軌跡が迸る。


『ぬぅ……! 貴様』

「――それに、俺は今ブちぎれてるんだ。仲間の幻覚を見せたお前にな。心配なんかする訳ないだろ朽木(くちき)野郎が」


 確かな怒りを口にした刹那、周囲のトレントが一斉に木片と化す。『概閃斬』の射程距離縮小版で斬ったのだ。


『貴様ァァァァ!!!』


 仲間が切り倒されていく(さま)にエルダートレントが荒々しく咆えた。それに同調するかのように、周囲から無数の尖った枝が宗士郎へと襲い掛かった。


「余裕が崩れたな? そんな状態で俺を殺せると思ってるのか!」


 闘氣法で動体視力と反応速度を主に強化し、宗士郎は自身に襲い掛かる数百もの枝を次々に躱していく。


 左脚、右手、頭……と、何処に突き刺さっても動きを封じられそうな部分ばかり攻めてくるエルダートレントは、先程から頭に響いていた妙齢の男の声の印象と反面にかなり焦っているようだ。


『クソォォォ!!!』

「これで打ち止めか……!」


 焦りを感じさせる怒声と共に伸びてくる鋭い枝をジャンプして躱した後、枝上を走ってエルダートレントに接近する。


「隙間なく攻撃したのは良いが、お前等の動きを封じたら世話ないなバカがッ!」

『!?』

「ぶった斬る!!」


 跳躍してエルダートレントの斜め上へ飛んだ宗士郎は白刃を振りかざした。


『――馬鹿なのはお前の方だったな?』

「――――ッ!!?」


 しかし、その直前。


 打ち止めだった筈だというのに、無数の枝が宗士郎体へと突き刺さった。枝は何故か、木の幹から生えて伸びていたのだ。枝に貫かれた宗士郎はそのまま空中に吊るし上げられる。


『ワシくらいになれば、根から地中の養分を吸収して枝など即座に生やす事ができるのだ。もっとも、もう聞こえておらんだろうがな……ハハハ、ハーッハッハッハッハ!!』

「――高笑いは確実に殺してからするんだな」

『ぬぁわにぃ!?』


 どこからともなく響いた声の後、吊るし上げられていた宗士郎の体は霧散する。その直後、エルダートレントの頭上から降りてきた宗士郎が渾身の『概閃斬』を放った。


『ぬぅォォォォわぁああああ!!?』


 木の身体を真上から真下まで一気に両断されたエルダートレントはつんざくように(わめ)き散らした。宗士郎は地面に着地すると、種明かしを始めた。


『な、なぜッ――――…………』

「闘氣法奥義・『霧幻』だ。言うなれば囮だ。統率しているお前を倒せば、後は……って、聞こえてなさそうだな」


 既に息絶えた後だという事に遅れて気付いた宗士郎は念の為に『索氣』を今一度行った。未だに百近く残っているが、エルダートレントの生命は既に反応を示していなかった。


「残りは理性のない魔物だけか。邪魔されても面倒だし、先に刈り取っておくか」


 腰を落とし左足を軸にした宗士郎はコンパスで円を描くが如く、『概閃斬』の回転斬りを容赦なく周りへと放った。周囲からはトレント以外の断末魔が響き、次々と木々が地面へとドシンと横たわり、大地を揺らす。


 音が止んだ頃、再度『索氣』による闘氣の波を放射し生命探知を行った。


「反応はゼロか。密林じゃなくなったな。やった俺が言うのはあれだけど」


 エルダートレントの魔石と小さめに斬った枝を巾着袋へと収納し、一息吐く宗士郎。地面に座り込んだ後、闘氣法で自然治癒力を高め、体にできた裂傷を塞いでいく。


 急に開けた場所になった為、太陽の日差しが地面へと降り注ぐ。『アトラ山脈』の方角も再確認できた宗士郎は携帯端末で現在時刻を確認した。


十七時半(ごじはん)か……夜になると冷えるし今日はここで野宿かな。まだ、登山するのかも分からないし」


 方向しか教えて貰えなかったので、『アトラ山脈』に洞窟や坑道があるのかさえ知らない。そんな状況で向かうなど危険過ぎるので、宗士郎は野宿する選択をした。


 とはいえ、雨風を凌げるトレント達を伐採した所為で地べたで寝る選択しか残されていない。倒さなければ襲われるリスクを考えての行動だったが、少し早まったかもしれない。


「あっ」


 その時、宗士郎の目が転がったエルダートレントの残骸に向く。木の質としては申し分なく、大きさ硬さ共に問題ない。


「よいしょっと」


 縦と横に両断されたうち、左上の木を闘氣法で強化した手で持ち上げ、上に高く放った。その間に地面を幹と同じサイズ、底まで五メートル程で斬り抜いておく。


 次第に落下してきたエルダートレントの幹がくり抜いた穴にズッポリとハマる。エルダートレントの幹の横の長さが三メートル弱なので、簡易的な家と考えると十分な大きさだ。


 更に幹をくり抜き生活スペースを作って中に入る。


「少し狭いが……こんなもんか。後は刀で出口を塞げば、宗士郎流簡単宿の完成だ」


 刀剣召喚(ソード・オーダー)で創生した少し大きめの刀を十本ほど出口に突き刺して終了。これで雨風が防げる。


「よし、腹ごしらえだな!」


 巾着袋から取り出した食料で夕食を済ませた宗士郎は、ぐっすりと睡眠を取った後、早朝から『アトラ山脈』に向かう事にしたのだった。





入り込んだ密林はなんとトレント達の巣窟だった。幻覚魔法を掛けられながらもエルダートレントを倒した宗士郎は明日に備えて静かに眠った。



次回の第7話は、宗士郎視点から柚子葉達視点へと切り替わります! 時系列が無茶苦茶になってるかもしれませんが、よろしくお願いします!



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