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第五話 宗士郎、荒野を駆ける

宗士郎視点に戻ります!

 




「アチィ、なんて暑さだ。日の出と同時に出たんだから、もう少し涼しくてもいいだろ……んくっ、んくっ……っぷはぁ!」


 だだっ広い荒野の真ん中で、早くも暑さに音を上げた者の嘆きが響いた。


 喉に流し込んだ水が未だにキンキンに冷えているお陰で、正気を保っていられる。


 それに加え、魔物をぶった斬りながら二時間走り続けてようやく発見した大きな岩石の日陰が涼しいのも気休めにはなっているのかもしれない。口から離した残り少ない水筒の栓を閉め巾着袋へと戻すと、宗士郎は荒野に入ってから着装した『戦闘服』の上着を引っ張ってパタパタとする。


「クオンが余分に持たせてくれなかったら、魔物にやられる前に熱死するところだな、これは。環境に負けて死ぬとか本当に笑えない」


 そう言って、巾着袋の中身を確認する。


 出発前に中身を詰め直した巾着袋の中には、もう二つの水筒が入っている。それというのも、「荒野では環境に適応した魔物以外は死ぬ可能性が非常に高い」からとクオンに注意されたからだ。


 それに、渡された食料や水筒の入った巾着袋もかなり貴重な品である。


 見た目こそパンパンに膨らんでいるが、その見た目とは裏腹に巾着袋の大きさ以上の物量が詰められていた事に後から気付いた。ゲームやラノベの世界だけの存在だと考えていたが、これが俗に言う『道具袋』なる物なのだろう。


 出発してから二時間以上は経っているというのに、食料と水の鮮度は落ちるどころか出発する前と変わらない。


 何故クオンがこのような高価そうな物を自分へと渡したのか不思議なところである。


「あぁ……早く皆に無事を知らせたい…………心配、してくれてる、よな? あっちはこの世界の住人の茉心がいるから心配ないけど。あぁ! もどかしい!! せめて連絡が取れればなぁ」


 そういって、ズボンのポケットから携帯端末(完全防水)を取り出す。


 時刻は午前九時前。電波など存在しないので、アンテナは立たない。当然、連絡手段としてはお陀仏。持ってきている理由は何となくだ。それに、気温は…………


「げっ、四十二度」


 こまめに水分補給をしなければ死ぬ。いや、外で活動するのは自殺行為だろう。温度表示が合っているのかは定かではないが、この暑さだ。納得せざるを得ない。


 宗士郎はふと思った。何故クオンは朝の時間帯に出るのを止めなかったのか。よくよく考えてみれば、魔人族の足止めさえなければ丁度良い時間だったのではないか?


「恨みはないが、遅れて殺意が湧いたぞコラ」


 沸々と湧き上がるやり場のない怒りを抱き、拳を握り締めた時だった。


 バゴォ!!!


「うぉわ!? な、なんだ!」


 背もたれにしていた大きな岩石が突如砕けた。作用点が宗士郎と平行ではなかった所為で、弾け飛んだ瓦礫に当たる事はなかったが、二時間も走ってようやく見つけた日陰がパーだ。


 後ろに倒れそうになるのを堪えて、背後に目を向けると其処には全長二メートル弱と思われるカンガルーらしき魔物が立っていた。


 赤いボクシンググローブを手に嵌めて。


 余りの暑さに警戒するのを自然と止めてしまったが故に、すぐ近くまで忍び寄ってきた事に気が付かなかった。


「え、まさ――くそっ!? やっぱりか!!」

「シュッ! シュシュシュシュ!!!」


 どことなく見た事がありそうな外見に嫌な予感がした刹那、宗士郎の顔面に高速ジャブが飛んできた。本能で頭を逸らして回避すると、プロボクサー顔負けの高速連続ジャブがカンガルーらしき魔物の両拳から放たれた。


「チィ!?」


 刹那に闘氣法で軽く身体強化を行い、動体視力を数倍に引き上げる。一旦距離を取って態勢を整えようとするが…………


「シュバッシャー!!」

「がっぁ!?」


 宗士郎が地を蹴ったと同時に踏み込み、一瞬の内に距離を詰められてたかと思うと、強烈な一撃が両腕へと入った。


 咄嗟にガードできたものの、勢いを殺す余裕はなく、背後へ吹っ飛んだ体が激しく転がり砂埃を立てた。


「……見た目通り素早さ特化か。下がったのはむしろ悪手だったか」


 小刻みにステップを刻みながらシャドーボクシングする魔物を見据えて、宗士郎が呟いた。


 先程は赤いグローブに気を取られて気が付かなかったが、カンガルーらしき魔物の脚部は恐ろしく発達している。その脚を以って急速に肉薄し一撃を加えてきたのだろう。


「さっきの音に反応して他の奴が来る前に片付けるか!」


 刀剣召喚(ソード・オーダー)を発現させ、虚空から一振りの刀を引き抜いた瞬間、真一文字に『概閃斬』をお見舞いする。


 不可視の斬撃は素早く地面を這ってカンガルーらしき魔物へ。


「!? シュバ!」

「はぁ!?」


 だがしかし、見えない筈の斬撃が寸前で前方にジャンプして躱されてしまった。そのまま下で呆気に取られる宗士郎に向かって、流星の如き一撃を放ってきた。


 バックステップで一撃を躱した途端、宗士郎が元居た場所にクレーターが生まれ大地が震えた。


「嘘だろおい! 響に初見殺しって言われてるこの技を避けるなんてっ!? 野生の勘は便利だなオイ!!」

「シュバババ~!!!」

「ん? なんだそれ、〝それほどでもぉ~〟とか言ってるつもりか? やばい、超絶ムカつくッ」


 皮肉を言ったら、カンガルーらしき魔物が左手を後頭部にやった。意思疎通ができているのかは不明だが、明らかに調子に乗っているのとこちらを格下と見なしている事は分かった。


 宗士郎は今持っている刀を虚空へと消し、新たに二つの短刀を逆手で持って魔物に肉薄する。


「シュビィ!?」

「意外か? 自身が素早さで優る接近戦を挑んでくるなんて。俺はどっちもイケるクチなんだよ!」


 拳のラッシュを打つ暇も与えない程の連撃を加える宗士郎。ただ交互に振るうのではなく、身体の回転も利用した攻撃は敵の素早いジャブをも凌ぐ。


 まさか接近戦を挑んでくるとは思っていなかったのか、カンガルーの魔物が明らかに焦りを見せた右ストレートを放った。その一瞬の隙を突き、それを左に躱した拍子に右の短刀で切り上げた。


 瞬間、赤いグローブを嵌めた右腕が宙を舞った。


「シャビャァァァ!!?」

「はぁ!」


 切断面から血飛沫が舞う中、カンガルーらしき魔物の絶叫を遮るように、続く左の短刀で左腕を切り落とし、その場で体を回転させ敵の首を刈り取った。


 残心中、右腕・首・左腕の順にボトボトと地面に落ちる。


「ふぅ…………」


 周囲に他の気配がないのを確認すると、両の短刀で曲芸の如き手捌きを行った後、虚空へと消した。


「危険度的には確実に〝A〟だったな。接近戦が得意な奴でもあの素早い攻撃にやられるだろうし」


 カンガルーらしき魔物の残骸を見つめる。生を失った目が少し恐い。


「あ、そうだ、魔石取っとこう。次いでにこのグローブも。手見上げになるかもしれないし」


 再び刀剣召喚(ソード・オーダー)で小刀を創生して、魔物の心臓部を抉って赤い魔石を取り出す。グローブの材質は触ってもブニブニしていて気持ち悪かったので、素早く取り上げてどちらも巾着袋へと放り込んだ。


 ここに来るまでに数十匹もの魔物を狩ったが、速く荒野を抜けたい一心で走っていた事もあって無視してきたのだ。次からは余裕があれば、どんどん手に入れるとしよう。ちょうど、無限に入りそうな巾着袋もある事だ。


 そして、荒野を脱出を再開する。


「にしても、どこまで続くんだ? 先が見えないどころか、蜃気楼で距離も測れないとは」


 闘氣法で強化した足取りで殺風景な荒野を駆ける中、終わりが見えない景色は様変わりする様子が欠片もない。


 このままでは暑さにやられて本当に死ぬ。そう思った時、天啓が下りた気がした。


「そういえば、りかっちに頼んでおいた秘密兵器が役に立つかも」


 出発前の準備段階中に異能『物質可変(バリアブル・マター)』を持つ菅野 芹香に頼んでおいたブツが脳裏をよぎった。


 宗士郎の視線は右人差し指に嵌めてある指輪に。


 これは『戦闘服』を内包した指輪ではない。それは右中指に嵌めてある。芹香からは「移動手段に困ったら使ってくださいっす」とだけ言われていたのを今更ながらに思い出した。


「よし! 出てこい!」


 走っていた足にブレーキを掛け立ち止まる。


 秘密兵器の指輪に念じて中身を取り出すと、目の前には…………。


「えっ……俺のバイク?」


 出てきたのは、まさかの自動二輪。ガソリンで動く、異世界にあるまじき科学の産物。宗士郎が愛用していた黒塗りのバイクが地面に鎮座していた。


「いつ忍び込んだんだアイツ? 相変わらずこの指輪の仕組みもよくわからんし」


 感覚結晶(クオリアクリスタル)が中石となっているこの指輪。


 一度、目の前で見せてもらった事がある宗士郎だったが、芹香の異能は感覚的過ぎて作業工程が全く理解できなかった。


 それはともかく、これで移動手段を得た訳だ。何故今まで思い出さなかったのかについては、ノーコメントだ。


 ヘルメットを取り出し被ると、周囲がより確認しやすい構造に改造されていた。例のごとく、「いつ魔物に襲われるかも分からない」との理由でノーヘル走行、と行きたかったが、ヘルメットが視界の邪魔にならないので仕方なく被る事に(当たり前である)。


「お、よしよし。エンジンもかかるな」


 愛車に跨りエンジン始動の手順を踏む。幾つかの確認をしてからメインキーを回して電源を入れ、エンジンを始動させるとドゥルドゥル! と駆動音が鳴った。


「んじゃ、出発進行っと」


 発進までの手順もキチッと踏み、アクセルを捻って走り出す。徐々に速度を上げて加速。障害物も少ないので、割と自由に駆け抜けていく。


「ちゃんとガソリンも満タン。各機能も問題なく動くし、こりゃあ結構楽に踏破できそうだな。風が涼しぃ!」


 謎の物体が荒野を駆け抜けている事に気付いた魔物達は一瞬追いかけようとするも、すぐに追うのを諦めている。その(さま)はまるで、某RPGのモンスターのよう。


 しかし、危機はまだ去っていなかった。


「ん? なんか景色が変わった? なんか、地面が少し遠いような……」


 走行中、見える景色がほんの少しだけ変化した事に遅れて気付く宗士郎。それに加えて、心なしか地面の凸凹(デコボコ)も多くなったきた。車体が少し浮き沈みしている。


 気になった宗士郎はアクセルを捻りながら、真下を見た。特に何の変哲もない地面を走っているだけだ。


「どゆこと? って、うぉおお!??」


 何の変化もないと思っていた矢先、地面が大きく上下にうねった。必然的に車体がぐわんと浮き、下半身が上に持ち上がる。宗士郎はハンドルを決して離さず、焦りながらも真下の状態を再度確認した。


 走っていた部分が真っ直ぐ盛り上がっている。


 ……モコモコと現在進行形で。


「~~っっ!! っとぉ! 魔物っぽいなっ!」


 浮いた車体が盛り上がった地面へ降り立ち、即座にアクセル全開。それに合わせて、地面の盛り上がる方も加速する。負けじと宗士郎も左に一気にハンドルを切った。


 当然、地中にいるであろう魔物もその動きに付いてくる。


刀剣召喚(ソード・オーダー)――『乖在転(かいざいてん)』!!」


 その刹那、異能を発現させて出発前に(名前がないのは流石に可哀想で)名付けた『疑似空間転移』を試みた。五メートル上空に刀を創生し、『感覚昇華(クレイズ)』による自身と刀の位置を強制的に入れ替える。


「っぅ!? さぁて、もぐら叩きといくか!」


 慣れた転移酔いに脳が揺さぶられつつも、入れ替えた刀を意思で動かし盛り上がった地面へと深々と突き刺した。


「――ギギィィイィィイイイ!!?」


 下では、耳がつんざきそうな不快な奇声が上がっていた。どうやら、良い感じに串刺しになってくれたようだ。地面の盛り上がりもそれで打ち止めとなり、宗士郎は車体のスプリングを利用して地面で跳ねてブレーキを掛けた。


「まさかエルードじゃないだろうな? いやでも、鳴き声がかなり違ってた気も……ともかく、確実なるトドメを刺しておくか」


 バイクから降りた宗士郎はクオリアが勿体無い事もあって、突き刺した刀を意思で動かし手元に戻した。そうして十八番の『概閃斬』で仕留める――――と、考えた瞬間だった。


「ギュギィィィィィ!!!」

「なっ!?」


 背後から不快な奇声が轟き、顔(?)がそのまま口となっているミミズのような魔物が地面を食い破って出てきた。


 そして、宗士郎は即座に目を疑った。


「ミミズにしては大き過ぎる」や「ワームって奴か!?」等といった疑問は、目を疑うべき事柄と比べれば、ほんの些細な事でしかなかった。


 詰まる所、その意味するところは…………。


「ギュィギュィイイイイ!!」

「あぁあああッ!!? お、お前!! 俺の愛用のバイクを!!」


 ワームが針のような無数の歯が付いた口で宗士郎の愛車を丸吞みしたからなのだ。これには、思わず叫ばずにはいられなかった。


 愛車を食べられたショックの方が大きかった所為で、宗士郎は対処に遅れ、巨大ワームは愛車を咀嚼し始めた。


「もぎゅもぎゅ……! ぺぇ!!」

「おぉう、のぅ……っ!? おれの愛車がっ、移動手段がぁ……!!」


 ワームはバイクを食べ物ではないと判断したのか、やがて唾でも吐き出すようにバイクを吐き出した。地面に叩き付けられ、ワームの唾液でドロドロになった宗士郎の愛車は見るも無残にドロドロかつズタボロだった。


 ――荒野を楽に踏破できそうだ。


 宗士郎の楽観的な考えはフラグとなって襲い掛かり、大事な移動手段を失わせるに至った。現実はそう甘くはないらしい。


 宗士郎はワームをガン無視して地面に拳を打ち付けた。


「俺がなにしたって言うんだよぉ……!」


 意図せざる現象、『フラグ回収』。


 本人にその気はなくとも発動する無慈悲な鉄槌は得てしてそういうものなのだ。


「オマエ覚悟は出来てるんだろうな出来てなくてもブチ殺す事に変わらないがな!」

「ギュッシャァアアアアア!!!」

「死ねェェェェ!!!」


 大切な人を傷つけられたものとは違うベクトルの怒りに、無意識に早口になってしまう宗士郎。その手に握る刀を振りかざし、『概閃斬』をワームへと放つ。


 何度も何度も。地中に逃げようとも大地をワームごと何度も斬り裂いた。


「はぁっ……はぁっ……地獄に落ちろミミズ野郎」


『概閃斬』の射程は約三十メートル。何十回も放った斬撃の結果、ほぼ真っ平だった荒野に峡谷が出来上がっていた。


 ワームの残骸など、モザイクなしでは見られない程にバラバラ。捨て台詞を吐いた宗士郎は黒塗りの愛車へと近寄った。


「ねちょねちょ、だな。ガソリンは無事みたいだが、タイヤとかはもうダメだな」


 ワームの唾液は溶解液だったのか、バイクのボディはご臨終気味。タイヤは交換すれば何とかなりそうだが、『異界(イミタティオ)』で代わりになるものが見つかる可能性などほぼない。


「幸いだったのは、密林が見える位置にまで来ていたことか……置いて行くのもアレだし、回収しとかないとな」


 人差し指の指輪に「戻れ」と念じると、バイクだった何かは光の粒子となって感覚結晶(クオリアクリスタル)の中に吸い込まれた。


「もうひと踏ん張りだ。密林についたら、昼食にしよう」


 残念な気持ちを何とか入れ替えた宗士郎は刀を虚空へと消し、密林への道のりを歩いて行った。





秘密兵器を失った代わりに得たものは、荒野ゴール目前という何とも喜び辛いものだった。追記・闘氣法で強化した宗士郎の速度は大体時速30km。



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