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第三話 恩人との別れ

 




 クオンと共に暗闇の空間で過ごすこと、早二日が過ぎた。


 他の魔人族とばったり出会うといった、懸念していたような出来事は一切起きず、宗士郎はこの世界の情報を少しずつ聞きだす事に成功した。


 痛めた足も完全に回復し、結果は上々、と言えば聞こえはいいが、結局クオンが何故あんな場所にいたのか。それを聞き出すまでには至らなかった。こちらから話し掛ける事はあっても、クオンから進んで話し掛けてくる事は一度もなかったのだ。


 クオンがあの場所にいた理由は余程根深いようだ。それは、この二日間ずっと遠ざけられていた事からも察しが付く。


「世話になった。ありがとう、クオン」


 それでも、別れの日が来てしまったからには、ここを去らなければいけない。宗士郎はクオンに持たされた二日分の食料が入った巾着袋片手に立ち上がった。


 昨夜の内にクオンに確認しておいた経路を辿り、視界一面真っ暗だという事も考慮して怪我をしない様に慎重に歩く。やがて、冷たい空気の流れを感じ、前を見ると薄暗い光が零れ出ていた。


 出口だ。そのまま歩を進めると日光が差し込んでくる。目を手で覆いながら、二日ぶりの外へ歩み出た。


「っ……」


 二日ぶりに見た外の景色は、早朝に見られる朝焼けだった。雲に差し込む橙色(だいだいいろ)の光が『異界(イミタティオ)』での朝を迎えた事を実感させる。暗さに目が慣れていたおかげか、ふと眩暈がして、宗士郎の身体は少しだけふらついた。


 しかし、それも一瞬の事のようで、明朝の新鮮な空気を余すことなく吸い込んだ宗士郎は眩暈の原因を気にしない事にした。


「やっぱり、これ見るとシャキッとするな。ここでも見られるとは思わなかったけど……」


 朝焼けの景色を堪能したのち、周囲を見渡す。


 スカイダイビングで落ちてしまった泉は、ほんの少し離れた位置にあった。周囲には、光を帯びた花畑が大地広く分布しており、数多の光玉が宙を舞っている。


「……行くか」


 荒野を目指そうとした。その時、不意に背後で気配を感じた。宗士郎は振り返らずに言葉を投げ掛けた。


「見送りが必要なかったから、何も言わずに出てきたんだけどな」

「それでも一言くらい言うのが礼儀ってものでしょ」


 その一言と共に、宗士郎の横に蒼髪の美女が並び立った。この二日間、世話になった恩人のクオンだ。


「……外に出ていいのか?」

「あたしの中に厄災でも宿ってると思ったの?」

「人が折角心配してるのに茶化すなよ」


 自身の素性について知りたいならば、クオンは人生一つくらい賭ける覚悟が必要だと言った。それが嘘かどうかまではともかく、言葉の重みや遠ざけようとする態度が余りにも真に迫っていた。


「……出てきたついでだ。『グランディア王国』の方角はどっちなんだ?」

「向こうよ」


 クオンがスッと上げた右手の人差し指を二時の方向へと向けた。


「随分と適当だな。本当に合って――」


 冗談のつもりで宗士郎が、本当に方角は合っているのかと尋ねようとした瞬間だ。


 ペシーン!!


 後頭部に軽い衝撃が走り、宗士郎は少しつんのめりそうになる。


「…………痛いぞ、何をする」


 そうして背後を見ると、腕を組んだクオンが冷めた視線を宗士郎へと注いでいた。


「初めて会った日といい、今のといい、あんたホントに失礼ね」

「失敬な。万が一があるかと思って聞いただけだというのに」

「安心して。万が一の時は、あたしが手厚く葬ってあげる」

「安心できるか!?」


 クオンが初めて見せた眩しいくらいの笑顔は清々しいくらいはっきりした物言いと、よりにもよって物騒な発言と共にあった。もしや、サディストのSなのでは? と疑われても仕方ない振る舞いだ。


「ったく……俺はそろそろ行く」


 ちょっとした軽口の叩き合いが少しでも楽しいと心の奥底で思っていた宗士郎は、名残惜しくも別れを切り出した。それを伝えると、クオンの表情が引き締まった。


 最後に、この二日間世話になった彼女にお礼の言葉を投げ掛ける。


「ありがとな。ここで出会ったのがクオンで良かった」

「フン、さっさとグランディア王国へ行きなさい。道中の魔物には、気をつけて」

「ご心配どうも。でもお生憎様、大抵の魔物は敵じゃないだなこれが」

「そう……」


 二人の周囲に立ち込める別れの空気。


 もう話す事はないのか、クオンはそれ以降、口を(つぐ)んだまま。


「…………なぁ。俺と一緒に来ないか?」


 だというのに、宗士郎は何故かそんな言葉を口走っていた。クオンにしてみれば、そのまま何も言わずにここを立ち去って欲しかったのかもしれない。


「ダメッ!!!」


 ――そして、その想定は……当たっていたのかもしれない。


 つんざくような拒絶の言葉と共に、宗士郎の身体はクオンの細腕一つで突き飛ばされていた。今度は本当につんのめりそうになった宗士郎はたたらを踏んで倒れそうになるのを踏ん張り、クオンへと怒声を浴びせた。


「っ!? おい! 何するんだ!?」

「早く『グランディア王国』に行って……あんたには、やるべき事があるんでしょ」

「だからって突き放す事ないだろ! …………そんなに、お前が持っている事情()は大きいのか?」


 怒りを露わにした宗士郎は一瞬、クオンがこんな事をする訳を考え、ほんの少しだけ彼女の事情へと足を踏み入れる。


「…………」


 クオンは何も答えない。答える気がないのか、はたまた図星だったのか。クオンの視線が宗士郎と交わる事はない。


「もしも運命が巡って再会できたとしても……もうあたしには二度と関わらないで。二日も一緒にいた癖にって思うかもしれないけど、あたしと関わるとロクな事がないのはあたしが一番わかってる。それに、あんたは人間族、あたしは魔人族。いずれは敵対する運命。あたしの事を忘れれば、後腐れなくなるでしょ」


 冷酷なまでに突き放す言葉を羅列するクオン。


 先程までの軽口を叩いていた空気がまるで嘘だったかのようだ。元々、自分から遠ざけようとする意志が見られたので、今更過ぎる反応ではあるが…………。


「(そこまでする理由は知らない。だけど、気になってしまったからしょうがない)」


 彼女(クオン)に恋愛感情など抱いてはいない。昔の(柚子葉)に似てる事もそうだが、見過ごしてはいけないと思ったのだ。小さな綻びがいずれ大きな亀裂となる。以前のみなもがそうだったように。


「なんでかわからないけど、あんたは()()()()()()()()()()()()()()()()二人目の人。だけど……だからこそ、あたしの側にいるべきじゃない」

「は? どういうこと――」


 と言ったところで、地面を踏み鳴らす足音が聞えた。それも複数人の。


 音のする方向を見ると、軽装備を纏った三人の男女がいた。どの顔も褐色肌に、尖った耳。(まご)う事なき、クオンと同じく魔人族だった。


「クオン様! 何故、お外に!? …………それに横の者は?」


 魔人族の男が慌てた様子で跪き、宗士郎へと目線を投げる。それは不思議なものを見る目から、次第に怪しい輩を見るような目に変わっていく。


「人間族の末裔よ。偶然、ここに足を踏み入れたらしいの」

「にんっ……げん、ぞく……ですかッ!? まさかっ、クオン様の御命(おいのち)を奪いにきたのか!!」


 そして、クオンの言葉で敵を見るような目に変貌した。大昔に滅んだ筈の〝人間族の末裔〟という部分に驚きを示したようだが、それよりも〝クオン()の敵〟だと強く認識し怒りを抱いている風だ。


 立ち上がった男は腰に携えた長剣を引き抜き、敵意を剥き出しにした。それに合わせ、残りの魔人達も槍や魔法詠唱の準備をする。


 説得の余地すらない雰囲気。その上、誤解をしている事にも気付かない様子。


 彼等魔人達にとって、〝クオン〟という存在はかなり特別な存在のようだ。


「……長く話過ぎたか」


 宗士郎もまた巾着袋を地面へと下ろし、刀剣召喚(ソード・オーダー)で刀を創生して構えた。三人は既に臨戦態勢だ。


「クオン様を御命を狙った罪、万死に値する!」

「生きて帰れると思うなッ」

「仕方ないな……殺されても文句は言うなよ!!」


 テンプレのような台詞と共に、三人は一斉に宗士郎へと襲い掛かった。覚悟を決め、宗士郎も惹かれ合うかのように突進した。


 戦いは避けられない――かと思われた瞬間。


「――『鳴神 宗士郎がここから消えるまで攻撃、拘束しないで』」


 傍にいたクオンが命令のような、願いのような一言を魔人三人へと言い放った。


「ぅぐ!?」

「わかり、ましたっ」


 その途端、魔人三人の体が同時に硬直した。


 すれ違いざまに斬り抜けようと考えていた宗士郎は、急に動きを止めた魔人達を見て、咄嗟に足でブレーキを掛けて踏み止まった。


「なんだ……?」

「――『追跡する事もしないで』」


 突然起きた不思議な現象に疑問を抱く中、クオンが再び言葉を紡いだ。それを聞き届けた魔人三人はコクコクと頷く。決して、権威を発揮しているようには見えない。


 彼等は権威に怯えている訳でも、クオンの命令を望んで従っている訳でもなさそうな様子。その証拠に、表情が憤怒の感情で満ちている。何らかの強制力が働いているようだ。


「おい、クオン…………」

「早く行って。あんたとの時間……まあ、ちょっとは楽しかった。何年ぶりかわからないくらい」


 初めて聞いたかもしれない、彼女の本当の気持ち。先程までの刺々しい雰囲気が少し和らぎ、眼と言葉で訴えかけられる。


 クオンの仲間達がいつ動き出すかもわからない今、長居をすれば今度こそ交戦する事になるだろう。その上、更に魔人族の者達が集まって来るかもしれない。


 この場は引くしかないようだ。


「……っ、俺もだ。またな」


 宗士郎は刀を虚空へと消して巾着袋を拾う。そして、自身の本当の気持ちを伝えて地を蹴った。


 方角はクオンの差した方へ。念の為に追い付かれないよう、闘氣法による身体強化を掛けて。恩人であるクオンの姿は見えなくなるくらいに駆け抜けていった。







「またな、か……あたしを忘れるつもり、ないじゃない……――うぅっ!?」


 宗士郎の姿が見えなくなり、クオンがポツリと言葉を零す。


 寂しさを感じていたその直後、発作が起きたかのように呻き出し、その場で膝をついた。


「こふっ……!? ッゲホッゲホ!?!?」


 ()せる口元へ手をやり、何度も何度も咳をした。ようやく収まった後、離した手には、恐ろしい程に真っ赤な液体が彩られていた。


「ク、クオン様!」

「大丈夫ですかッ!? まさかあの人間族、我等に気付かれぬままクオン様を攻撃していたのか!!」

「今、止血を! あ、いや……! あの不届き者を八つ裂きにっ…………」

「やめて…………」


 突然、クオンが血反吐を吐いた事に勝手に息巻き、魔人三人は追いかけようとしたが、その内の一人の腕が鮮血の付いたクオンの手に掴まれる。


 静止を受けた三人はそれでも激しい憤りを隠せないのか、抗議の声を上げる。


「ですがクオン様!」

「あたしはっ……何もされてない。いつもの発作だから気にしないでっ…………それより、何か拭くものを持ってきてくれない……?」

「むぅ……わかりました。では、この者を置いていくので暫しお待ちを」

「必要ないわ。少し一人になりたいの」

「いや、でも……」

「聞こえなかったの? あたしは今、ひとりになりたいの」

「わかりました、お待ちください」


 聞き分けのない一人と押し問答を繰り返し、クオンがその者を睨み付けるとようやく願いを聞き届けたようで、三人揃ってその場から立ち去っていく。


「…………」


 クオンは先程まで宗士郎がいた場所を見ながら物思いにふける。


「(どんな奴かと思ったけど……ズケズケとあたしの領域に踏み込んでくる、ホントに失礼な奴だった。最初は面倒とか言ってた癖に。こんなにも早く出会ってしまったのはあたしの所為なんだけどね。でも、あんたとは居られない……居ちゃいけない。あたしの運命も今更変えられない)」


 この二日間の〝鳴神 宗士郎〟という人間はクオンにとって、邪魔者で失礼な奴でしかなかった。だが、周りの者は自分を特別な存在として扱い、決して本音を零すような間柄の者は誰一人としていなかった。ただ、一人を除いて。


 初めて、その一人以外に本音を零してしまったクオンは宗士郎との楽しさを忘却するように努め、遥か遠くまでいったであろう宗士郎へと言葉をかけた。


「今度、会ったらお互い敵同士。またね、はるばる『()()()()』からやってきた……人間族の鳴神 宗士郎」







「ここがクオンの言っていた荒野か。見事に何もないな」


 クオンが居た泉から離れて、数十分走った頃。


 宗士郎はようやく荒野の入り口に着いていた。


 初めの十分ほどは、花畑と草原が続いていたが、次第に新緑は薄れていき、やがて薄茶けていった。後ろを向けば草原が、前を見れば荒れ果てた大地が見える。何故、ここまで不自然に隔絶されているのかは定かではない。


「魔物は『異界(イミタティオ)』から生まれている、だったな。うじゃうじゃいやがる」


 荒野には、宗士郎でさえもまだ見た事がない未知の魔物で溢れかえっていた。荒野の地面は地平線を見ても終わる事がなく、太陽の日差しで蜃気楼まで発生している所為で、どこまで続いているかも判らない。


 その景色を見ているだけで、汗がダラダラと出る。日本では夏真っ盛りだったが、こちらの世界でも夏が存在するのだろうか。そもそも四季が存在しないのかもしれない。


 宗士郎は巾着袋から皮で出来た水筒を取り出し喉を潤した。クオンが持たせてくれた水はキンキンに冷えており、沸騰しそうだった頭が少し冷めた気がする。


「クオンのあの態度…………」


 水を飲んで少し落ち着いた宗士郎は、改めてクオンが自分を突き放した訳を考えた。


 口調や態度でこそ、冷酷で突き放すような感じだったが、クオンの細腕は震えていた。まるで、何かを我慢し拳に力を込め過ぎて痙攣しているかのように。


 挙動を見る限り、クオンの行動がどうしても腑に落ちない。


「今すぐ戻れば、会える。だけど、クオンの意思を無視するのも皆を待たせるのも違う。なら、答えは一つだ」


 水筒を巾着袋へと戻して、袋に付いている丈夫な紐で背中に背負う様に結びつける。


「柚子葉や響達と合流する…………どれくらい掛かるかわからんが、少し急ぐ必要があるな」


 宗士郎の中の優先順位でものを考えれば、恩人であるクオンよりも家族や仲間達である柚子葉達を優先するのは当然だった。


 しかし、クオンに言ったように、借りは必ず返す。次に会う時、彼女が困っているならば、力になると宗士郎は心の中で決めた。


「いざ、異世界の自然」


 宗士郎は刀剣召喚(ソード・オーダー)で創った刀を右手で握り締め、荒野を疾走し始めるのだった。





冷たい態度で突き放すクオン。面倒なタイミングで魔人族三人に怒りを向けられた宗士郎は、クオンの事は一旦忘れて仲間との合流を図る。



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