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第一話 旅立ち

 




 二〇XX年八月一日木曜日、午後二時。


 日本列島に夏の日差しがジリジリと満遍なく照り付け、記録的猛暑を観測したこの日――。


異界の門(アストラルゲート)』までのコンクリート橋が架かっている千葉県九十九里浜(くじゅうくりはま)では、国内多数のメディアや見物客が集まり、まだかまだかとその時を待っていた。テレビのワイドショー、『バラマッキー』というネットのライブストリーミングなどでは、既に九十九里浜に設置された臨時会場の中継放送が開始されている。


 ざわめいていた会場が突然、更に騒然とし出した。様々なメディアが集まった要因とも言える人物達が会場入りしたのだ。


『――日本全国の皆さんご覧ください! たった今、『異界』に旅立たんとする五人の男女が大成総理と共に、ここ九十九里浜特設会場に到着いたしましたぁぁぁぁッ!!!』


 日本中のアナウンサーを代表した女性アナウンサーがマイクを握りテレビカメラに向かって、現場の状況を伝える。途端、会場にいる人々が一際声を上げた。興奮している所為もあり、マイクがあるのも忘れた様子の彼女は声量が大きくなっている事に気付かない。


『なお、知っての通り、彼等は異能力者。超常の力を扱う事ができる、魔物討伐の精鋭たち!!! ――なんですがっ、今回は『異界』に行って〝その魔物をぶち殺す!!〟なぁ~んて物騒な話ではなく、あくまでも日本の『留学生』として赴くのだそうですよ!』


 会場にある幾つものテレビカメラが女性アナウンサーの手の動きに合わせて、一斉にある方向に向けられる。画面に収まるのは、ビシッとスーツで決めた『内閣総理大臣』の大成 元康と十代後半と見える五人の男女。海水浴に来た訳ではないのか、彼等の服装は学生服の夏服仕様だ。


「あっははははっ、どうもどうも!」

「ハ、ハハハ……コ、コンニチワ~」


 アナウンサーやテレビカメラに手を振る最後列を歩く二人の美男美女。イケメンの方は物怖じなどせず、むしろ「俺を見て! さぁ!」とばかりにバチコンッ! とウインクしながら大手を振っている。対する美少女は可愛らしい容姿が台無しになる程に顔が引き攣っていた。


 そんな正反対の反応を周囲に返す二人に、大成総理の後ろを歩く、日本刀を腰に携えた落ち着いた雰囲気の男が背後を振り返って、言葉を投げ掛けた。


「響、あんまり調子に乗るな。周りにいる俺達までバカと思われる」

「何だとぅ!? 俺がバカだっていうのか!」

「それに桜庭は緊張し過ぎだ。楓さんみたいにもっと堂々としたらどうなんだ?」

「ぅぅ……だって日本全国に配信されてるんだよ? なんでこんな事にぃ……もういやぁ」


 イケメンこと沢渡 響が男に突っかかり、美少女こと桜庭 みなもが顔を真っ赤に染めてその上を両手で覆って隠す。全国にリアルタイムで自分達の姿が晒されているこの状況で、二人共ある意味で期待を裏切っていない。


「全く、だらしないわよみなも。折角、可愛い顔してるんだから、もっと見せつけてやりなさい」

「誰しも楓さんみたいに堂々とできる訳じゃないんですぅ…………」


 みなもの前を歩いていた楓が歩くペースを少し落とし、絶賛悶絶中のみなもを慰める。口を尖らせるみなもに、後ろを振り返った柚子葉がすかさずフォローを入れた。


「まあ、二条院グループのご令嬢さんだしね、楓さんは。慣れの部分が大きいかも」

「そういう柚子葉ちゃんも普通そうに見えるけど?」

「そんなことないよ~」


 と、一度言葉を切る柚子葉。「もしや仲間が!?」とみなもが光明を見出したように喜ぶが、柚子葉の次の一言に心底同情した。


「胸が大きい所為で周りからジロジロ見られてたからこの手の視線には慣れてるだけ。嫌な慣れだけどね」

「それは……うん、大変だったね」


 同じ女性として、みなもは柚子葉の苦労が身に染みて理解できた。それを考えると、周囲の視線を気にならなくなり、女子三人で談笑までし始める。


 ――が、そのタイミングで女性アナウンサーがとんでもない爆弾発言を投下した。


『おおっとぉ! 旅立つ女性陣に注目! 三人共見目麗しい美少女です! どこがとは言いませんが、彼女達の一部分が格差社会を見事に表現していますっ!』

「あぅっ――!」


 今のは、言葉の刃がみなもに突き刺さった事による悲鳴だ。巨乳の柚子葉、それよりも少し劣るがまあまあ大きい楓の胸に囲まれたみなもは貧乳ではないにしろ、程よいサイズ。だが、二人と比べると明らかに見劣りするレベル。言うなれば、月とスッポン。


 その差を気にしていたみなものテンションがだだ下がりに。そこに追い打ちをかけるかのように、女性アナウンサー(巨乳)が胸をぶるんとさせてトドメの一撃を。


『同じ女性としてぇ~……同情しますぅ~! アフン!』

「ごふっ――!?」

「フォローする気があるのかないのか判らないわね」

「いいもんっ……大きさだけが全てじゃないもんっ…………」


 と、みなもが可愛らしい口調で胸を両手で抑えつつ、膨れっ面になっていた。


「(なんで、あんなふざけた奴を起用したのか、是非とも問いたくなるな。うん)」


 その様子に大成総理の後ろを歩いていた男――宗士郎が溜息を吐いた。


「はぁ……何故、こんなにもギャラリーがいるのか説明して頂けますよね? 総理」

「あまり睨まないでくれると助かるな、鳴神君。これにはれっきとした理由があるんだ」

「俺達が『異界』に行くだけでわざわざ会見まで開く必要があったと?」

「そうだ」


 遂に『異界(イミタティオ)』に渡る時がきたというのに、この騒ぎ。


 事前に聞いていた通りでは、大成総理とその護衛数人、宗士郎達七人で現地に向かった後、大成総理直々の見送りのもと出発する筈だった。


 しかし、行く前日になって大成総理がわざわざ会見を開き、数人の異能力者が「『異界』に赴く

 」という情報が発表されていた。名前まで伏せて。抗議しようにも既に知れ渡ってしまった後なのでどうする事も出来なかった。


 門に着くまで距離がある為、その理由が大成総理によって語られた。


「通行許可は特例中の特例だ。万が一、その事が『異界』に行った後に外部に漏れた場合、間違いなく反発が起きてしまう。それを危惧しての会見だ」

「向こうに行く理由を知らない人からすれば、なんでお前達が、とクレームを言ってくるでしょうしね。名前を伏せて前日に発表したのもそれが理由ですね?」

「君達の他にも異能力者はごまんといる。プライドの高いものや鬱陶しい記者共がそれを指摘し難癖をつけてくる可能性を捨てきれなかった」


 それでも抗議を申し立ててくる輩はいると思われるが、それでも大成総理が色々と考え、宗士郎達の為に手を回してくれたのは理解できた。


 そこで不意に、宗士郎の心に直接語り掛けてくる声が。


「(――と、称してはおるが。大方お主が無理矢理取り付けた約束への、せめてもの仕返しじゃろうな)」

「(言うなって……と言っても、念話だった。コレ)」


 語り掛けてきたのは、狐人族『神天狐』の茉心。


 彼女の力で互いの心の声を伝達し合っている。『異界(イミタティオ)』に行くのは七人と決めていた筈なのに、今ここに〝五人〟しかいないのも念話を使っている理由だったりする。


 今、茉心とその娘の和心は隠形で姿を隠蔽している。異種族の者がこの場に二人もいるとなると、ネタスクープを前にしたマスコミが大人しくしている筈がない。だからこそ細心の注意を払い、念話を使って話すと事前に決めていたのだ。


「(そろそろ。話はまた、橋の上でな)」

「(うむ、心得た)」


 念話が終わる頃には、大成総理が用意させた会見の場に着いていたので、何本ものマイクが並ぶ演壇の席に着いた宗士郎は念話を切り上げた。次いで、楓、柚子葉、みなも、響の順にそれぞれ着席した。茉心と和心には申し訳ないが、宗士郎の後ろで立っていてもらっている。


 既に座っていた大成総理がハンカチで汗を拭い、目の前に用意された飲料水を乾いた喉に流し込むと、周囲に集まってきていた報道陣に視線を向けた。


「本日は忙しい中、集まってもらって申し訳ない。私は現内閣総理大臣、そして『アマテラス』関東支部長を務める大成 元康だ。早速だが、まず彼等から紹介しよう。此度、留学生として『異界』に向かう翠玲学園の生徒達だ」


 カメラのフラッシュ光が多く瞬く中、大成総理が報道陣に頭を下げたのち、宗士郎達へと手をやる。それに応じ、宗士郎達も軽く会釈してから各自、自己紹介を行う。


「総理、質問宜しいでしょうか?」

「構わない」


 それが終わると同時に一人の記者が手を上げ、大成総理に疑問を投げ掛けた。


「あの、十年間も不干渉だった『異界』に、今回突然留学生を送る事になった経緯をご説明願えますでしょうか」

「我々は十年前の『日ノ本大地震』以来、この世界に流入するようになった魔物の対処に追われていたおかげで、余りにも彼等との関わりがなかった。魔物という存在は『異界』で生まれ、『異界の門(アストラルゲート)』を通じてこちらへとやってくるというのにだ。あの次元の歪みがある限り、この日本に未来はない。だからこそ今回、ここにいる彼等を留学生として送り、異国の学術などを学んでもらいながら、歪みを自由に開閉できる方法を探しに行ってもらう事にしたのだ。その目途が立ち次第、『日本』と『異界』との相互異文化交流を図る事になるだろう」


 質問を予想していたのか、(あらかじ)め用意していた回答を口にする大成総理。それに対して、記者が連続して質問を投げ掛ける。


「成程。では何故、今回の留学で子供達を送る事にしたのですか? 次元の歪みを調べるには、その道に明るい技術者や研究者を送るのが妥当では?」

「異種族の者がその者達を必ず守ってくれるという保障は何処にも無い。偏見かもしれないがな。その点、彼等は異能力者、討伐実績優秀者を基準に選考した魔物退治のエキスパートだ。自己防衛はもちろん、子供の柔軟な発想が事態解決の糸口にもなろう――質問は以上かな」


 今の回答には多少の嘘が混じっている。宗士郎達が『異界(イミタティオ)』に行く本当に理由を話せば、パニック状態に陥る可能性があったからだ。


 その為、「これ以上余計な質問はさせない」とばかりに大成総理が記者の質問に淀みない回答を返し、更にジロリと視線を送る。


「あ、はい……」

『わ、私にも質問させてください! 留学期間は!? 荷物とかは何処に!?』


 大成総理の圧に負けた記者の代わりに、好奇心旺盛な女性アナウンサーが手を挙げた。その場にいた他の記者達が「なんでお前が質問するんだよ!?」という視線を送るが、彼女は何処吹く風と聞き流す。


「それは鳴神 宗士郎君に答えてもらおう」

「ん? あ、了解です」


 そう言って、総理の腕が宗士郎の腕を小突く。今まで黙っていた宗士郎は、まさか自分に吹っ掛けられるとは思わず、ワンテンポ遅れて口を開いた。


「期間は二、三ヶ月程。荷物は俺の力で、異空間に収納しています」


 質問に答えつつ、刀剣召喚(ソード・オーダー)を発現させて虚空から一振りの刀を取り出し、すぐに虚空へと消す。本当は茉心の力で異空間に収納しているのだが、それを話すのも面倒なので、自分の能力だという事で誤魔化す。


「む、そろそろ出発の時間が差し迫ってきているな。話は以上だ、彼等の出発を見送ろうではないか」


 わざとらしく腕時計の時間を確認した大成総理が前方の記者達にそう言って立ち上がる。


 それに従い、宗士郎達も席を立ち、『異界の門(アストラルゲート)』に続くコンクリート橋まで歩を進める。


「――ちょっと待ったぁあああああ!!!」

「!?」


 ――が、その途中。


 宗士郎達の背後から『ちょっと待ったコール』が入った。全員が全員、聞き覚えのない声に小首を傾げ、後ろを振り返る。すると其処には、砂塵を巻き上げながら砂上を疾走する制服を着たメガネ男がいた。


 男は『異界の門(アストラルゲート)』へ向かおうとしていた宗士郎達の前にズザザザッ! と滑り込むと、彼の人差し指が勢い良く宗士郎を捉えた。


「僕と決闘だ! 鳴神 宗士郎ッ!!!」

「………………………………は?」


 余りに唐突かつ意味不明な展開。


 顔も名前も知らない誰かに突然、決闘を申し込まれた宗士郎はかなりの間を空けてから首を傾げた。ギャラリーもポカンとした顔をしている。無論、大成総理も。


「『異能力者(ハイペリオン)』の中でも『異能序列』の低い君が、序列百二十六位の僕を差し置いて『異界』に行くのは間違っている! 序列一位の二条院さんならまだしも君が行くのは断固として間違っている!!」

「ハ、ハイペリ……なんだって?」

「ハイッ、ペリオンだッ!!!」


 大事な事なので二回言った!! とばかりに息を荒くするメガネ君。聞き慣れない言葉がずらっと並べられた宗士郎は、知ってるぜ的な笑みを浮かべる響に耳打ちする。


「な、なあ響。ハイペリオンってなんだ?」

「たしか、一部の異能力者の間で流行(はや)ってる、異能力者の別称で〝高次元者〟って意味らしいぞ。序列の方は、『アマテラス』のデータベースにある各異能力のランク付けだな。宗士郎、知らなかったのか?」

「いやぁ。ランクなんぞ、どうでも良かったから」

「おい! どうなんだ!! やるのかやらないのか、男ならハッキリしろ!」

「って言ってもなぁ。俺達急いでるんだが?」

「なら決闘を受ける事だな! 僕は君が受けるまで引き下がるつもりはないッ」

「め、面倒な奴だな…………」


 怒鳴るメガネ君。


 自分の異能に余程の自信があるようで、『異能序列』の低い(?)宗士郎には負ける筈がないとばかりに、クイッと眼鏡を中指で持ち上げている。


 相手をするのも億劫だ、と思った宗士郎は当て身でも食らわせて意識を奪おうかと考え始める。しかし、思わぬところからメガネ君のフォローが入る事になる。


「危惧していた事が起きてしまった……が、相手をしてあげなさい鳴神君」

「総理!?」

「ははっ、流石総理。話がわかりますね」


 事の成り行きを眺めていた大成総理が突如として彼に味方しだしたのだ。大成総理の援護射撃を受けて、メガネ君が更にやる気に。そして、更に女性アナウンサーの脇に控えていたADアシスタントディレクターが『尺足りなくなるし、面白そうだからやっちゃってYO!』と書かれたカンペを見せてくる。


「(いや知らんがな)」


 思わず、心中でそう呟く。とはいえ、無視して長引かせると更に時間を食われる事になる。


「わかった。やろう」

「っ! は、はははっ!! ようやくやる気になったようだな!」

『なんと! 受けるようです!! 本番組は内容を少し変更して、〝鳴神 宗士郎VS謎のメガネ君〟で引き続きお送りします!!!』


 嘆息して仕方なく了承すると、女性アナウンサーが変則的な状況だというのに見事に場を盛り立てる。異能力者同士の生戦闘を見られるだけあって、記者や他のギャラリー達も沸き立っている。


「良いのかしら? こんなことさせて」

「後で他の異能力者(子供達)から文句を言われなくする為だ。君達の実力に疑問を持っている者も多いだろう。それに……私自身、彼の実力を見てみたい」

「そっちが本音なのね。全く……食えない人」


 楓と大成総理の本音と皮肉が入り混じる中、ギャラリーの中に見知った顔が。


「宗士郎ォ! 俺達に『異界』に行く事を黙ってたんだぁ、負けたらぁ承知しねぇぞォ!!!」

「宗士郎く~ん!」

「鳴神君ファイト!」

「が……がんばっ、て……!」

「なるっち先輩! そんな奴、叩きのめすっす~!」

「お兄さん! 頑張れー!」

「来てるよな、そりゃ…………」


『異界』に行くという大事な事を前日まで伝えられなかった亮、和人、蘭子、幸子、芹香、大雅達が宗士郎に声援を送る。応援する人の中に、一応呼んでおいた父蒼仁の姿がない事に、ほんのちょっぴりの寂しさを覚えながら、宗士郎はメガネ君に問う。


「名前は?」

広瀬(ひろせ) (つとむ)! ルールは僕が決めさせてもらう」

「ああ」

「ルールは純粋に〝相手に一撃を食らわせたら勝ち〟という事で」

「そんな簡単な事で良いんだな。すぐにケリがつくぞ」

「ふん、大きく出たな。その慢心が命取りになるぞっ」


 メガネ君こと、広瀬 勉は鼻を鳴らして構えを取る。それに合わせて宗士郎は刀剣召喚(ソード・オーダー)を発現。虚空から獲物()を引き抜き体の前に構える。


「安心しろ。薄皮一枚を斬るだけに(とど)めてやる」

『――では僭越ながら、この私が開始の合図をさせていただきます! 両者共、準備は良いですか? …………始め!!!』


 女性アナウンサーの掛け声と共に決闘が開始される。準備は良いか、と聞いておきながら直ぐに開始した事には眼を瞑る。


「鳴神 宗士郎……参る」


 名乗りを上げると同時に突進。


 ドウッと砂が弾ける音が辺りに響き、ギャラリーを騒然とさせる。その勢いで、下段に下ろした刀身を砂上ギリギリで走らせた後、勉の身体を切り上げる。


暗中に忍び込む者(ブラインド・ムーブ)ッ」

「なっ……!」


 が、宗士郎の刃は虚しく空を切った。即座に周囲に視線を巡らせ、前方にいない事を確認し後ろを向くと、余裕の笑みを浮かべた勉が立っていた。


「驚いたな。まさか避けられるとは…………高速移動、って訳でもないなッ」


 今度は更に速度を上げて肉薄する。しかし、次の攻撃も寸前で躱されてしまった。


「はははははっ! 僕より異能序列の低い君には、僕を捉えられまい! 暗中に忍び込む者(ブラインド・ムーブ)! 暗中に忍び込む者(ブラインド・ムーブ)! 暗中に忍び込む者(ブラインド・ムーブ)!」


 これには、流石の響達も啞然とする。本気を出していないとはいえ、宗士郎の攻撃を二度も躱したのだから。


 それから何度も近付くが、攻撃が当たる前に彼の姿が消える。何度避けられてしまったが、流石に彼の異能の法則性を見つける事ができた。


「成程な。〝相手の死角に瞬間移動する〟異能か」

「ようやく気付いたかバカめ! はーっはっはっはっは!」

「で、なんで攻撃してこないんだ?」

「そんなもの! 異能の移動範囲が〝相手の死角から三メートル離れた場所〟だからに決まっているだろう!」


 その答えに啞然。


 ただただ呆然とする他なかった。それはギャラリーも同様だったようで、この場にいる全ての人が心の中で、こう口にした。


 ――こいつバカじゃん。


 ……と。そんな能力なら、何故こんな条件にしたのだと。飛び道具もなければ、宗士郎を上回るような身体能力もない。


「(確かに凄い異能だが、本人が弱いなら意味ないな)」


 死角に瞬間移動するのなら気配を感じ取り、後ろにいるであろう勉の方を見ずに切ればいいだろう。宗士郎は気配を探ろうとして――すぐさま背後に『()()()』を放った。


「はぇ?」

「――ギャォオオオ!!?」


 呆ける勉。直後に響く、つんざくような叫び。


 振り返った彼の視界に飛び込んできたのは、今まさに自分に飛び掛からんとする魚類の化け物の姿だった。その刹那、魔物の身体が縦一閃に真っ二つとなって血飛沫をまき散らし、砂と水飛沫が飛び散る。


「わ、うひゃぁああああ!!?」

「まあ、余計な奴が来たが、俺の勝ちだな」


 驚きの余り尻餅をついた勉の頬に微かな亀裂が奔り、お情けばかりの血がプクッと湧き出る。宗士郎の言葉に疑いを持った女性アナウンサーが、勉に駆け寄り頬を目視してから口を開いた。


『お――驚きです!! いつの間にか、メガネ君に襲い掛かろうとしていた魔物を一刀両断にした上に、メガネ君にも一撃を入れていたァァァァ!!! 勝者! 鳴神 宗士郎!』


 ワァァアアアアア!!!


 その場が割れんばかりの歓声に支配される。


「ほら」

「あ、ありがとう。僕の負けだ。でもどうして魔物が…………」


 虚空に刀を消した宗士郎が勉の手を取り起き上らせる。


「『異界の門(アストラルゲート)』は次元の歪みだって、総理が言ってただろ? 『異界』と日本が常時繋がってるって事は、魔物も自由に出入りできるって訳だ。その証拠に、橋の近くに警備員とかいないだろ」

「勝手に入る人がいても魔物が門番の役割を果たしてしまうって事か。だから君は急いでいたんだね」

「あ、ああ……そういう事だ」


 本当は時間が惜しかっただけ、とは言えず、宗士郎は苦笑交じりに頷き返す。


「後であそこにいる菅野 芹香っていう女の子に頼んで、遠距離武器を創ってもらえ。俺の名前を出せば、快諾してくれる筈だ」

「えっ、それって…………」

「お前の能力は強いが、それじゃあ勿体無いからな。じゃあ」

「あ、ありがとう!! 君の事は忘れないよ!!!」

「そ、そんな熱烈じゃなくていい」


 勉にアドバイスしてその場から離れる。然るべき飛び道具があれば、もっと戦況は変わっていたかもしれない、という言葉は呑み込んでおいた。


「彼はあれで全力なのか?」


 宗士郎の力を目の当たりにした大成総理が楓に問いかける。


「いいえ。でも士郎は、まだまだ強くなるわ」

「く、くくく……それは滾るな」

「何の話をしてるんだ?」

「士郎がカッコ良かったって話っ」


 先程から何を話し合っているのか気になっていた宗士郎は楓に尋ねるが、抱きつかれた拍子にはぐらかされてしまう。


 やけにニコニコしている楓を見ていると、追求する気も失せた。


「(ただ、まあ……ようやく――)」


異界(イミタティオ)』に行ける。いつか、この日本を脅かすであろうカイザルのいる世界へ。それを考えるだけで、宗士郎の士気は否応なしに高まっていく。


「…………行くか」

「途中まで共に行こう」


 宗士郎達の足は、先に進む大成総理を追って別世界への道を辿る。記者達から十分に離れた位置、コンクリート橋の入り口に立った大成総理が不意に足を止めて振り返る。


「鳴神君、そして……君達も」


 現日本政府のトップの眼が宗士郎、楓、柚子葉、響、みなも――そして、見えない筈の茉心と和心に向けられた。


「(私は、私達は……未来ある子供達に、世界の命運を託さなければいけないのか…………)」


 これは、彼が十年前の悲劇からずっと自身に問い続けてきた問い。何度問いかけても自身の胸に返ってくるのは、国にとって最良の選択。


 戦え、と口にするのは実に簡単だ。しかし、宗士郎が以前言った時のように、言葉には重い責任が宿る。この大成 元康という男は『国家元首』の立場故に、最後の最後まで後悔のないよう悩み続ける。


「大成 元康総理」


 そんな彼の、大人の事情を察したのか。言葉を出し渋っていた彼の名が宗士郎によって紡がれた。


「何を今更迷ってるのか知りませんが。俺には『世界を救う』なんて、御大層な使命を感じてませんよ」

「…………」

「俺が行くのは、ただ……この手にある大切なものがあらゆる理不尽から奪われない為、〝大切を失うのが嫌だ〟っていう、自分本位な理由からです。なので、大成総理が責任を感じる必要はありません。皆もこういう俺を知った上で付いて来てくれてますから」


 宗士郎が周りの仲間を見渡す。皆が皆、宗士郎に笑みを返していた。


 それを見て、ようやく吹っ切れた――否、ようやく決断を下せた大成総理は、先程言えなかった言葉に万感の思いを乗せて。


「頼む。魔神を倒す為、暫しその力を振るってくれ。君の……君達の信念の赴くままに」


 深々と。その場で慇懃な礼を宗士郎達へと送った。


「任されました」


 宗士郎も彼の思いに報いる為、腰に下げていた愛刀『雨音』を鞘ごと引き抜く。中腰に屈み左膝をコンクリートの床に付け、刀の柄を右手で逆手に持ち、(こじり)を左膝と同様に床へと付ける。


 そして、刀身を少し出し…………。


「我が剣は我が信念の下に振るわれる事を、ここに誓います」


 カチンッ


 鞘に戻した刀から、鯉口(こいぐち)(つば)が打ち合わせた音が発せられる。江戸時代に武士等がしたという、所謂『金打(きんちょう)』と呼ばれる誓い(蒼仁の見よう見まね)を行った。


 ほぅ、と息を漏らす周囲。


 本来ならば、両者共互いが持っている金属を打ち鳴らさなければいけないが、現代になった今では、それぞれの作法で構わないだろう。


「その間、この日本は私達に任せてくれ」

「戦力強化、期待してます。では、行ってきます」


 最後に一言、言葉を交わして。


 宗士郎達は大成総理の脇をすり抜けていく。また、大成総理も全員とすれ違ってから砂浜へと戻っていく。


「わっははは! 中々、格好良かったぞ小僧」

「う、うるさいな。良いだろ、俺なりの誠意を見せただけなんだから」

「でも、本当にかっこよかったでございます!」

「全くね」

「全くだぜ」

「同感!」


 姿を隠したまま茉心がバシバシと肩を叩き、和心が腰にヒシッと抱きつく。その流れに響達も乗る。


「子供の頃以来だね。おに――兄さん」

「まあな。というか、今更取り繕わなくてもいいだろ」

「ちょっと、昔のお兄ちゃんに戻った気がしたから」


 響達が宗士郎に抱きつく中、柚子葉が見上げて口にする。


 最後にしたのは、十年前の悲劇の後日。父蒼仁と行って以来だ。その頃の宗士郎といえば、毎日ピリピリしていたので、先程の宗士郎と重ねてしまったのだろう。


「気のせいだろ……それで茉心。俺達は『異界』――イミタティオに行って、まず何処を訪れるべきだ?」

「む、そうじゃのぅ…………」


 顎に手をやり、少し逡巡して茉心が答えた。


「――『グランディア王国』一択じゃな」

「どういう国なんだ?」

「多種族国家でございますね。今はどうだかわかりませんが、昔は人間族とも仲が良かったという伝承もありますし、王国の民は皆優しいと評判でございます! 一部の種族を除いて…………」


 和心が「私にも喋らせて下さい!」とばかりに説明をしてくれる。


「? 魔人族か?」

(じき)にわかる。ほれ、着いたぞ」


 最後の部分だけ、妙に気落ちしたのが気になったが、茉心の言葉に正面を見据えた。


「ここが…………」

「『異界の門(アストラルゲート)』……」


 橋の終着点。


 正確には、ある一定の場所でコンクリートの地面が途中で途切れている橋。その一メートル前に立った宗士郎達は眼前の歪みを視界に収める。


 橋が途中から無いのは、其処が橋の出口だからだ。眼前の歪みこそ、『異界(イミタティオ)』へ続く門――『異界の門(アストラルゲート)』なのだ。空間がねじ切れているように見えるおかげで、視認しやすい。


『日ノ本大地震』の際に発生した地殻変動で外国の全ての大陸が日本に集約している所為で、向こう側には大陸が見えるが、歪みが原因で決して行く事は叶わない。


「また、大きくなったな…………」


 近年、次元の歪みが大きくなっているようで、十年前では人一人しか通れなかった程の歪みが三十倍程に広がっていた。


 すると、その歪みを見て次元を超える事に恐怖を覚えた響が引き気味に口を開く。


「これって次元の歪みなんだろ? 危なくないか?」

「ここ超えたら、大地じゃなかったりしてな」

「ははは! あるあるだな!」


 ジョークを交えて、響の恐怖を和らげようとする宗士郎。その不穏なやり取りに、女子達は「やめとけやめとけ」とジト目を送っていた事に、宗士郎は気付かない。


「それじゃあ皆! 世界を超える準備は良いか?」

「今更ね」

「私もとっくの昔にできてるよ!」


 楓とみなもの言葉を聞き、響達にも尋ねる。既に準備万端といった様子だった。


「よしっ、それじゃ行くぞ! 俺達の未来の為に!」

「「おう!」」


 宗士郎が叫ぶと同時に、皆が握った拳を天に突き上げながら『異界の門(アストラルゲート)』へと足を踏み入れていく。その背後では、割れんばかりの応援が砂浜に響き渡っていた。







「っ――!!」


 突然、視界に差し込んだ燦燦(さんさん)と照り付ける日光に柚子葉は両腕で目を覆った。不意を突かれただけだったので、腕を退かし、反射的に閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。


 すると、そこには…………。


「っ……わぁあああ、凄い」


 大地を埋め尽くす緑。天高くそびえ立つ大樹。辛うじて見える、陸空に生きる生き物達。


 大自然を一望できる丘に立っていた柚子葉は思わず感嘆の声を上げた。


「ねえ凄いよ楓さ――あれ? って、ええええええええ!?!?!?」


 その感想を共有したいと思った柚子葉は楓がいた方向に目線を送って、しかし、目を丸くして絶叫した。


「もう少し静かにしなさい柚子葉、凄いのは分かってるから。……へぇ、これは中々に絶景ね」

「うっひょー! 異世界の土を踏んだぜー!!!」

「ここが『異界(イミタティオ)』……仲間集め頑張らないとっ」

「二週間ぶりじゃな。まさしく、『異界(イミタティオ)』の大地」

「ふぁ~! やっと戻ってきたのでございます!」


 楓、響、みなも、茉心、和心が口々に喋り出す。それぞれ似通ったような、微かに違うような感想を述べているが、柚子葉が気にしたのは其処ではない。


 周辺を確認しても、ある事がこの場に欠けている。それは、数秒、数十秒経とうと同じ事だった。


「いない……お兄ちゃんが、いない」

「んあ? 宗士郎がどうしたって?」


 虚ろな目をしたまま、その場でへたり込む柚子葉。吞気に携帯端末で写真を取っていた響が、どうしたのだと話し掛ける。


「お兄ちゃんがっ…………お兄ちゃんがいないの!!!」

「そうかそうか! 宗士郎がいないのか! さて…………」


 涙をぼろぼろと零して柚子葉が叫ぶと、流石に皆も異常事態だと気付く。響は柚子葉の言葉を半ば、普段通りに受け止め、ポケットに携帯端末を直した後…………。


「――ぬぅわぁあああにぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!?」

「ええええええええええ!?!?!?」


 平静を保ってから放たれる、三溜め程したようなオーバーリアクションの声。その絶叫は、異世界の大地に轟き生き物達が慌てて跳びあがる程。


異界(イミタティオ)』の旅一日目はアクシデントが起きない筈もなく、初っ端から障害にぶち当たるのだった。





ようやく『異界』へと足を踏み入れた宗士郎達。旅にアクシデントは付き物、この世の摂理には抗えないのか、宗士郎は大切な仲間達とはぐれてしまうのだった。



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いつもよりも文字数が多過ぎてすみません。大成総理の言う通り、反発が起きるのを防ぐ為、やむなしといった展開にしたかったのです。多少、必要ない部分があったかもしれませんが、そこは第三章の第一話だからという事でご勘弁を。


ちなみに『異能序列』は100位まで。それより下は序列外。この序列は、簡単に言えば異能力の凄さを優先される。なので、宗士郎は中盤ら辺。戦闘能力であれば、宗士郎が飛び抜けている。討伐実績で見ると、宗士郎は一位に君臨しているが、宗士郎自身は知らない。

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