プロローグ 覗き覗かれる者
大変長らくお待たせしました! 宗士郎達による異界での仲間探しが今始まる!
第三章『グランディア王国編』スタートです!
静謐なる無垢な世界に広がる、湖とも言えぬ程小さな水溜り。
湖畔近くに立ったアリスティアは、同じく神族のラヴィアスと共に澄んだ水面を覗いた。その動作に反応して、水面に石でも落ちたかのような波紋が広がり、徐々に制服を着た男女達の姿が形成され映し出される。
旅行でも行くつもりなのか、映し出された男女達は少し前から準備していた荷物の最終確認しているようだ。それを見て、行き先を知っているラヴィアスが感慨深げに微笑んだ。
「彼等、今日旅立つみたいね。向こう側に」
「ええ。あの子達が私達の希望……上手くいくといいけれど」
まるで自分の子を見守る親のように穏やかな表情を浮かべるアリスティアだったが、その穏やかさが現れたのもほんの一瞬の事のようで、すぐに険しいものになる。
彼女達が今いる場所――『神域』は、神々が住まう神聖な空間だ。
小さな箱庭のようなもので、青臭い芝生や川、果物の生った大樹、果ては女神二人の為の小さな家まで存在している。
ここ『神域』では、本来ならば小鳥達が己の存在を主張するかのように鳴いているが、そんな彼等も女神アリスティアが醸し出す殺伐とした雰囲気を読んでか、現在は鳴りを潜めていた。
「どうしたの、アリスティア? らしくないわ。いつもなら、ここら辺でふざけるでしょ貴方」
随分と酷い言い草である。普段ならば、ここで小粋なジョークの一つでも挟んで空気を解しにかかるが、今日だけはそうはいかない。
「それだけ真剣なのよ。この旅であの子達の……いいえ――生きとし生けるもの達全ての未来が掛かっているんだから」
「アリスティア…………」
アリスティアは自分らしくないと思いつつも水面に映る男女。特に、白髪が少し混じった黒髪の男を眺める。十年前に自らの力を授けた、鳴神 宗士郎だ。
そんな彼を見るアリスティアの横顔は様々な感情が孕んでいる。
『期待』と『不安』、そして『罪悪感』。
神の身分からすれば、鳴神 宗士郎の双肩は小さい。物理的な大きさではなく、もっと感覚的な話だ。彼の双肩には、『世界の危機を救う』という重い責任の他にもアリスティア自身が背負わせてしまった、更に……更に重く、人間の身には到底耐えられないであろう『試練』がのしかかっている。
彼自身も知らず知らずのうちに、だ……。
彼を見るたび去来する『罪悪感』から神として目を背ける事は許されず、アリスティアは辛い面持ちで、豊満な胸の前に手と手を重ねてその気持ちを抱き締める。
その複雑な心情を知ってか、ラヴィアスはアリスティアの背に回り、弱々しく見える肩を抱いて呟いた。
「……きっと上手くいくわ。その為に今まで、色々と根回ししてきたもの」
「ラヴィアス…………」
「あの御方のやり方は間違っている。それを正す為にも……私達にできる事は何でもやるわ」
「あの御方」という言葉で、アリスティアの脳裏にラヴィアスが思い浮かべたのと同様の人物の顔がよぎる。
――『聖界神』。
尊敬すべき御方であると同時に二人が数百年も以前から激情を抱いている相手でもある、アリスティア等神族を統べる全知全能の神。物申す事はもとより、『聖界神』の命令は絶対不変。逆らえば、『存在』ごと抹消されてもおかしくはない。
それの意味するところは、抹消された者を知る全ての存在の記憶からも消されてしまうという事。
今現在、神族のボスともいえる存在――『聖界神』に弓引く者であるアリスティア達は、自分達の思惑を知られる訳にはいかない。某傭兵のスニーキングミッションのように。
流石の『聖界神』も今考えている事の全てを遠隔で知られる事はない、と調べがついているので、この会話自体を知られる事はない。それを解っていても、念の為に彼女達が使用できる最強の結界を張ってはいるが。
「そろそろ家を出るみたいね。別れを告げているみたい」
「そうね……んん? あれは……」
水面に映る宗士郎とその仲間達が大人達に暫しの別れを告げている最中。
彼等の背後で佇む和装に身を包んだ女二人に、アリスティアは首を傾げて目を丸くする。感じた違和感の正体はラヴィアスが答えてくれた。
「あちらの世界の住人みたいね。それも、『イミタティオ』に存在する神の加護を受けているわ」
「今は仲間、みたいだけど……油断は出来なさそうよ。二人がどんなに良い人でも、あちらの神の僕。気を付けなさい、宗士郎」
意味深なアリスティアの忠告が宗士郎の耳に入る事はない。何が起きようと、それをどう判断し行動するかは彼自身の手に委ねられている。だからこそ、言葉を届けられるとしても今回は何も伝えずに見送るのだ。
それに、万一判断に困る事があれば、彼の周りにいる仲間達が相談に乗ってくれるだろう。
「さてと、そろそろ昼食にしましょうか。雛璃ちゃんも待っているでしょうし」
「私達には食事は必要ないでしょ。なに? あの子に影響されて、下界の料理がちゅきちゅき~っ! とか思っちゃった訳ぇ? ウケルぅ~!!! ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」
「本調子に戻ったらコレ、だものね……鳴神君に神扱いされないのは自分の所為だって、そろそろ自覚なさいよ」
「ムキ―ッ! 聞えてるわよっ、後で私も行くからタピオカビール十杯用意しておきなさい!!」
「ハイハイ」
神様らしからぬアリスティアのからかいを、神様の威厳たっぷりのラヴィアスが怒りもせず適当にあしらい、そのまま湖畔から立ち去っていく。
そうして彼女の姿が見えなくなったところで、アリスティアはふざけていた態度を正し、再び水面に向き直る。
「ふぅ……」
目を閉じ、深く……深く念じる。この〝世界〟とは根本から違うようで違わない、別の〝世界〟を。
求め手繰り寄せる。彼と似ているようでまた違う、人物を。
『神域』に渦巻き始めた願いの奔流は、アリスティアの周囲に光となって漂い続けた後、それぞれが糸のように絡まり合って一斉に水面へと吸い込まれていく。
水中で胎動するかのように光が点滅すると、先程と同様の現象が始まった。水面に波紋が広がり、徐々に求めていた人物の姿が映し出された。
「……順調に力を高めているみたいね」
薄暗い空間の奥で玉座に鎮座している中性的な顔の男性。実際に目の前で見ている訳ではないが、彼が持つ得体の知れない力の昂ぶりは、次元を超えて隔たれた『神域』でも感じ取れるほどに強大だ。
その事実に絶望している一方で、アリスティアはほんの少しの喜びと期待などの矛盾した気持ちを抱いていた。
「異世界を支配しようとする魔神と、潜在能力を全て解放したあの子と共闘してくれれば、これ以上ない戦力になる。この二つの世界の真実を知ってなお戦おうとする貴方があの子と相容れなかった時、世界は――――」
そこまで口にしてふと気付く。
玉座で頬杖付いていた彼の視線が虚空に投げ掛けられている事に。その視線は壁に向けられているものではなく、もっと言えば深淵を覗くが如く、遥かに遠い場所を見据えているかのよう。
まさか、と中性的な顔の男の眼を覗いた直後――――。
「――ッッッ!?!?!?」
不意に彼の口端が不気味に吊り上がった。嘘でも勘違いでもなく、確実に〝こちら〟を見て微かに笑ったのだ。
言い知れぬ恐怖に、アリスティアの裸足は反射的に水面を蹴り上げていた。
バッシャアァアアアン!!!
水飛沫が辺りに飛び散り、水面が荒々しく波打つ。やがて波が収まると、水面に映っていた彼の姿は影も形もなくなっていた。
「まさか『神域』で覗いている私の視線に気付くなんて……!」
何を思ってこちらに微笑を送ったのかは定かではない。いくら神とはいえ、同じく〝神〟の名を冠する『魔神』相手の心など読める訳がないのだ。理由がわからないだけに、動悸が激しくなってしまって仕方ない。
「底が知れないというか、末恐ろしい男ね……全く――」
アリスティアの気が落ち着き胸の鼓動が収まったのは、それから数分後、いつまで経っても来ないとラヴィアスが呼びに来た後の事だった。
「――フン、この我に何を期待しているのやら」
幽々たる空間で響く男性の声。
岩肌を晒すほどに何も無い自然にできた場所で、作り物である石の玉座にふんぞり返っていた魔神・カイザル=ディザストルが先程まで自分を見ていた者を一笑に付した。
周囲にはカイザル以外に女性が一人。
いきなり独り言をのたまった魔神に、恐ろしい程に深く蒼い髪を持つ女性が思わず疑問を抱くも当然の事だった。
「どうかしたの? 兄様」
「なに、異世界の神が我を見ていたのでな。少しばかり挨拶をしてやっただけの話だ」
「異世界の……」
さも当然の如く口にした〝異世界の神〟という単語。
現在、自分達が存在している世界とはまた異なる世界、更に言えば『神』の視線にも気付いたカイザルの言葉に、女性は驚きを示さない。
異世界の神の視線に気付く事ができなかった彼女もまた、カイザルと同じ存在――『魔神』であるからだ。
であれば、彼女が驚きすらしないばかりか、逆に興味を示すのもまた必然である。
「気になるのか。カミナル」
「あたし達をこんな風にした『イミタティオ』の神と、何が違うのかなって思っただけ」
興味を示したのも一瞬のことで、カイザルに〝カミナル〟と呼ばれた女性は天井に遮られて見える筈もない月を眺めては、すぐに自身の両手に視線を落とした。
カミナルの憂いを帯びた横顔は、彼女の肉親であるカイザルにとっても大層美しいものと感じられる。
不謹慎にも魅入ってしまったカイザルは頭を振って立ち上がると、共に同じ運命を歩む妹の頭を数年ぶりに撫で付けながら口を開いた。
「同じ奴等かもしれぬ。そうではないのかもしれぬ。だが、そのような存在が何を考えているのかをお前が気にする必要など何処にも無い。我等の野望を前に立ち塞がるのであれば、誰であろうと叩きのめす…………今はそれだけを考えておれば良いのだ」
「……うん。ありがと、兄様」
ほんの少しだけ笑ったカミナルを見て満足したカイザルは、頭から手を離して玉座に戻る。その際、カミナルが口惜しそうに声を漏らしたのを聞き逃した訳でもないが、『兄妹』の時間は終わりと意識のスイッチを切り替えたのだから、努めて気付いてない振りをして話題を転換させた。
「そういえば、ほんの少し前に『あちらの世界』に向かったアルバラスの事なのだが…………どうやら敵の手に落ちたようだ」
「という事は、『神天狐』の娘を捕えられなかったという事よね? アルバラスの能力は、制限こそ多いけど力を発揮すれば負けることはまずない筈なのに…………」
「『神天狐』の娘が彼奴を捕らえられるとも思えぬ。親が相手ならば、相手にもならぬがな」
「……じゃあ?」
「以前に話した鳴神 宗士郎しかあり得ぬか…………人の身にて、更に強くなるか。成長が楽しみであるな」
部下であるアルバラスが捕まった事に残念がる様子はなく、むしろ感慨深げに口角を吊り上げるカイザル。
アルバラスが異世界へと渡る数日前に、カミナルも名前だけは聞いていた。なんでも、カイザルの従者であるカタラとその僕である魔物を倒したとか。
付き合いこそ長かった故に彼女自身が相当の実力者である事も知っていた。だというのに、そのカタラが人間に倒されたと聞いた時は、思わず耳を疑ったものだ。
「(どんな人間か、少し気になるところね)」
「いずれ分かる。奴という人間がどんな存在であるかをな」
「っ、心を読まないでっていつも言ってるよね」
心で呟いた言葉に反応したカイザルに対して、カミナルがもう慣れたとばかりに注意する。
ほんの少し会っただけの人物を兄が何故そこまで評価するのか解らない、という思考も読まれているのだろうが、カイザルはそれに反応する事なく、くつくつと笑いながら玉座を立った。
「我は暫し此処を離れる。その間の留守を頼む」
「良いけど……一体どうしたっていうの?」
留守を頼まれたカミナルは、急に立ち上がった兄に疑問を投げ掛ける。その問いに、カイザルがカミナルに振り返って答えた。
「愉快な事が起きそうな予感が、な――――」
即座に返ってきた曖昧極まりない返事。
その予感とは具体的に何を指すのか、とカミナルが聞くよりも前に。カイザルの後ろ姿は闇に溶け込むように消えていくのだった。
魔神の打倒、魔神と共闘。宗士郎に伝えた言葉の間に生じる矛盾。果たして、アリスティアの言葉が意味するところは……。
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次から宗士郎達が登場します。また、Twitterで告知した通り、投稿ペースが落ちます。第二章は時間があったので、二日置きに投稿してましたが、三章以降は三日置きに投稿する事になります。ペースを戻せそうならば、その時に告知します! この内容は『活動報告』にも書きます。
では、次回をお楽しみに!