第二十九話 自分がどうしたいかという事
前話よりも長いです。お付き合い下さいませ!!
降り立った茉心は側に横たわっていた宗士郎に手を差し向ける。掌から生まれた白炎が宗士郎の身体を包み込み、怪我の全てを焼失させていく。
火の熱さよりも心温まる温かさに目を丸くする宗士郎。
やがて消えゆく頃には、怪我も痛みも全てが火で洗い流されたかのように消えてなくなっていた。
「情けない所を見せたな、すまない」
「気にするでない。魔人族の居場所を突き止める前に、小娘が身体を明け渡すとは予想できんかったしの。おまけに時間と神力を無駄に使ってしまった。それで、お主は何故そこまで完膚なきまでに叩きのめされていたのじゃ? 相手が強化されていたとしても、お主ならば負ける筈もないだろうに」
事情を知らない茉心が呆れ果てた様子で、宗士郎を見やる。
いつそこまで評価されていたのだろう、と疑問を抱きながらも宗士郎は口惜しい面持ちで答えた。
「攻撃すれば桜庭が傷付く。魔人アルバラスと桜庭の繋がりを斬ろうとすれば、桜庭が死ぬ…………完全に打つ手がないんだ」
「まあ、妥当な話じゃな。本体と依り代、恐らくは魔力の糸で魂同士が繋がっておるのじゃろう。繋がりを絶ち切れば、その反動が襲い掛かる。躊躇うのも無理ないの」
辛そうな宗士郎を横目で見て、腕を組む茉心。
彼女の言葉の節々には、同情の念こそあるが、優しさのひとかけらも感じられない。
「吾輩にはそれを危険なしで分断する力がある。じゃが、お主が負けないよう手助けをするという約束ゆえ、吾輩は何も行動を起こさん…………おい! 桜庭 みなも、お主じゃ! 聞こえるなら返事せい!」
そして、一体何を思ったのか。
茉心が本体のアルバラスではなく、依り代となっているみなもに声を投げ掛ける。
「(どういうつもりだ?)」
みなもを取り戻す為に茉心の協力を得られないのは分かっていた。数百年も生きている目の前の女性に泣き落とし等の方法で力を借りられる訳がないとも。しかし、協力してくれないのならば、何故彼女はみなもに声を掛けたというのか。
皆目見当がつかなかった矢先、みなもの表情が邪悪なものから穏やかなものへと一変する。
「なにかな、茉心さん」
「お主がそうなった理由は聞き及んでなくての。思った事を言わせてもらうぞ。お主……自分の意思で小童を殴り飛ばしておらんかったとしても、心は痛まなかったのか?」
まるで挑発するかのような物言い。後の結末はアルバラスに任せて、一人高みの見物をしていたみなもの心境は如何に――その問い掛けに、みなもが眉をひそめて口を開く。
「何が、言いたいの……」
「いやなに。会った時からお主が、少なからず小童を想っておったのは見ていて解るのでな? どんな理由があったにしろ、そんな相手をぼろぼろになるまで叩きのめした後の気分はどうかと思っての」
人を小ばかにするような茉心の態度に、みなもが拳をギュッと握って、心の底から絞り出すかのように言葉を紡いだ。
「……っ……嫌に、決まってるよ。嬉しい訳ない、胸が痛くて痛くて溜まらない。鳴神君を殴った感触が今でも嫌なくらい残ってる。……でも鳴神君から必要とされてないなら、私は生きる希望を失う。だから鳴神君を消すの」
「はぁぁぁ……ほれ、こう言っておるぞ?」
「……今ここで俺に振るか? 普通」
みなもが宗士郎を殴った拳を胸に携えて言葉を発すると、茉心が大層な溜息を吐いた。そして、宗士郎へと話を振ってくる。真剣かつ深刻なまでに重い、女同士の話し合いに割り込む余地などあるのだろうか。
「苦しんでおるなら、なおの事早く楽にしてやれば良い。桜庭 みなもがお主を消した後、後悔するのが目に見えておるじゃろ? お主はそれが嫌な筈じゃ」
「……何でもお見通しって訳か。そうだ、俺は桜庭が後悔しないように、今まできつく当たってきた。放っておけば、いつか必ず後悔する時がくるから。だけどな、後悔させない為に桜庭の命を散らすのは違う」
宗士郎がみなもの手によって葬り去られる。それは仲間を、友達を手に掛けるという事。ましてや、一ヵ月の間だけだとしても同じ食卓を囲んできた者を殺すという行為は、みなもの心に深い傷を残すだろう。
それが彼女の想い人だというのならば尚更のこと。
茉心の考えでは、後で後悔するのは目に見えているから、後悔する前に宗士郎の手によって殺してあげろ、という事らしい。
みなもの恋心に気付いていない宗士郎ではあったが、今までの生活の中で彼女が傷付きやすい人間であるのは分かっていた。だからこそ、後悔する前に『みなもを殺す』という選択はあってはならない。
「そうか…………無理と申すか。ならば、吾輩自らの手で引導を渡してやる」
不穏な言葉を呟いた途端に茉心の姿が消える。
消えた事に気付いたのは、茉心がみなもに肉薄した時だった。
「なっ――!?」
「若い者が辛い目に合わなくて済むように立ち回るのも先達の務め。それが恩人ならば、尚更じゃ。安心せい桜庭 みなも……一撃で葬ってやろう」
『みなもちゃん変わりなさい! 神敵拒絶ゥ!!!』
殺意の衝動すら感じさせない、まるで死刑執行人の如き宣告。
それでも死の予感を悟ったアルバラスはみなもと交代し、異能の力で茉心を弾き飛ばす。
「ふむ……やはり神力が足りぬか」
水平に真後ろへ吹っ飛ぶ茉心が余裕ありげに顎に手を当て、懐から丸薬を取り出し服用する。茉心が異界――『イミタティオ』から持ってきた『聖露丸』だ。瞬時に力を回復した茉心は大木前で反転し前方に跳躍。
その動きの疾さたるや強化されたみなもの動体視力を上回るほどに凄まじく、茉心の強烈な蹴りがやり返しとばかりにみなもの顔面を捉えた。
『ごふぅアッ!?』
今度はみなもの身体が勢いよく後方へと吹き飛び、先の宗士郎と同じく大木をなぎ倒していく。
「おい、茉心!」
「何をする小童」
完全に置いてきぼりを喰らっていた宗士郎が動きを止めた茉心の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「なんで桜庭を殺そうとする……」
「言うたじゃろ。お主を殺した後に後悔せぬよう、桜庭 みなもを殺す事のできないお主に代わって吾輩が引導を渡すと。あやつはお主を攻撃しておる最中、ずっと苦しんでおるのだ」
「あいつを殺すのは看過できないッ」
和心の母親とて、仲間を殺すのは許せない。宗士郎はあの日の決意に従って、意思を主張した。だが、その言葉は肝心の茉心には聞こえていないようで。
「…………」
「おい、聞いてるのか!?」
「ほう…………お主は以前、お主の姿をした魔物を前に躊躇った桜庭 みなもを責めておるのか」
「!? お前、俺の記憶を見たのか……!」
以前、自分がみなもにしでかした事をズバリ言い当てられ、宗士郎は驚くと同時に少し動揺。茉心が動揺を煽るように畳み掛ける。
「だというのに、今は躊躇うというのか。そりゃそうじゃの、今対峙しておるのは偽物ではなく本物じゃから」
「お前ッ」
胸ぐらを掴む力を強め、宗士郎は怒りを露わにする。すると、茉心がその反応を待っていたかのように喜び猛る。
「そうじゃ、もっと怒れッ怒れッ! お主は何故、躊躇う? 何故、苦しみから救ってやらぬ? あやつの為か? それとも自己保身の為か? あやつを苦しみから救うべく殺し、その理由を説明すれば、周りは『仕方なかった』と納得するかもしれぬ。じゃが、お主が殺した罪と後悔は一生のしかかり、更には家族の怒りを買う事になってしまうから出来ぬと言うのじゃな……!!」
「――だっ……まれッッッ!!!」
身に覚えのない罵詈雑言。
今、宗士郎を満たすのは、ただ一つの答え。茉心が口にする全ての言葉が起爆剤となり、遂には茉心の頬を殴っていた。彼女にとっては取るに足らない拳だったのにも関わらず、茉心は宗士郎の一撃を甘んじて受け止め、地面へと転がる。
「黙れよッ……そんな事は一度も考えた事もない。俺があいつを殺さないのは、ただ単純にッ――桜庭が大切な仲間だからだッ!」
「…………」
和心の大事な母親、今回の協力者。
本来考えるべきそれらの事柄はある感情の遥か遠くへ。『怒り』という感情の油田に火炎を入れられ、衝動的に迸ってしまった本音の叫びが、夜の帳が降りた山中に木霊した。
「桜庭がなんであの時、俺の姿をした敵を攻撃できなかったのか……今ならわかる。仮にも、仲間の形をした敵を手に掛けたくなかったからだ。今の俺も大切な仲間である桜庭を斬る事なんて、絶対にできる訳がないんだッ!!!」
再び叫ぶ。
シンと静まり返っていた山に、山彦となって何度も繰り返される宗士郎の本音。それは宗士郎を煽っていた茉心にも……そして――
「くく、くくくっ…………わぁーはっはっはっはっは!」
着物に付いた汚れを叩いて落とした後、立ち上がった茉心が不意に高笑いした。自らの心の叫びを笑われた気がした宗士郎は茉心に殺意を抱く。
「……本当にふざけてるようなら斬るぞ」
「いや、すまぬすまぬ! くくっ、ようやっと本音を口にしたか!」
「! お前まさか、俺の本音を引き出させる為にわざとこんな事を……!」
ようやく気が付いたか、と茉心が腹を抱えて爆笑する。
茉心の力ならば、一瞬にしてアルバラスもろともみなもを消し飛ばす事も可能だった筈。であるのに、わざわざ時間稼ぎをするような攻撃を取った。これはつまり、『茉心は最初から宗士郎が本音を口にするような状況へと仕向けていた』という事。
頭に血が上り、みなもを助ける方法がない事に絶望していた宗士郎はようやく周りが見えてなかった事を自覚し、茉心の考えを理解した。
「言うたじゃろ……『おぬし達が負けないように加勢する』とな。それはお主達の心とて、例外ではないのだ」
「……茉心、お前」
「お主の気持ち、確かに伝わった。無論、桜庭 みなもにもな」
神の僕・『神天狐』茉心の一撃を喰らってから、今まで攻撃を加えてこなかった事を鑑みれば、何の行動も起こさず、宗士郎の言葉を聞いていた可能性が高い。
茉心に言われて、みなもが吹っ飛んだ方向を見るとそこには…………
「あ、あれ…………」
十メートルも離れていない位置にみなもは戻ってきていた。多少の怪我をしているが、それよりも目を見張る光景が宗士郎の目に入る。
彼女の片方の目から、涙がツーッと流れていた。
「なん、っで……どうしてっ…………私は鳴神君には見切りをつけた筈なのにっ、なのにどうして……っ」
何度拭っても溢れる涙。
嗚咽の声、震わせる身体。その全てが、宗士郎の本音がみなもに伝わったとわかる確かな証拠だった。
「……桜庭」
「うむ、あやつにも未練があったようで何よりじゃ」
アルバラスが依り代であるみなもの心を揺さぶる行為を邪魔する可能性もない訳でもなかった。茉心にとっては賭けだったが、無事に気持ちが伝わって良かったと茉心は笑みを浮かべる。
「さてと……どうやって、あやつを助ける? 約束ゆえに吾輩は手を貸せないのじゃが」
「十分手助けしてくれたよ、さっきは殴って済まなかった。外から繋がりを絶ち切る事ができない以上、内側から桜庭に頑張ってもらう他ない訳だが……」
何か方法がないか、と思案を巡らせた時だった。
『させないわよぉん……! 私に身体を明け渡した時から、この子の身も心も私のもの。そのまま仲間が殺される様を見て、後で後悔に震えるが良いわぁん!!!』
みなもが涙を零していた方とは反対の顔が突然、邪悪な笑みを零す。
一つの顔の左右で、それぞれ違う表情を浮かべるというのは、ある意味狂気でしかない。だが、涙を零していた依り代であるみなもの表情は徐々に消えてなくなり、代わりに邪悪な――アルバラス一色で塗りつぶされた。
「どうやら、完全に支配されたようじゃの……桜庭 みなもの意識は深い闇の中に沈んでおる」
「くそっ……どうすればいい!?」
「一度は閉じた心を開いたのじゃ……また、こじ開ける他あるまい……お主の言葉でな。その後、どう助けるか考えれば良かろ」
現在、みなもの身体は完全にアルバラスの手中に収まっている。こちらが呼びかけ応じるまで、ひたすら声を届ける他ないようだ。
「やるしか、ないか……あいつがああなったのは俺の責任だ。桜庭が反応するまで何度でもノックしてやるさ」
『それはどうかしらぁん!!!』
茉心にアドバイスを求めていると、みなもの身体を操るアルバラスが急迫。
その勢いで、先程何度も喰らった拳のラッシュが顔を撃ち抜かんと宗士郎に飛来する。反撃ができない宗士郎は只々躱し、余裕ができれば気持ちをぶつける。
「桜庭、聞えてるか! お前がいくら嫌がろうが、俺はお前を必ず助ける! 一緒に過ごした時間は短くても、お前は大切な仲間で友だ――ガハッ!?」
『いくら喋ろうと、みなもちゃんには届かないわよぉん! そんな薄っぺらい言葉じゃねぇん!!』
「っ……お前は大切な友達だッ……俺がいる限り、俺の〝大切〟が俺の側から離れるなんて絶対に許さない!!」
何度殴られ、何度蹴られようとも。
血反吐を吐きながら宗士郎は気持ちをぶつける。今必要なのは物理的な武器ではなく、言葉の武器だ。必ず、みなもの心に届くと信じて何度も呼び掛ける。
そして、気持ちをぶつけるのは宗士郎だけではなかった。
「みなもちゃん! 戻ってきてぇ!!! 家にみなもちゃんがいないなんて、寂しいよ!?」
「みなも! 貴方は私のライバルよ!! 私の秘密を知って何処かに行くなんて許さないわよ!!」
「柚子葉! 楓さん!?」
いつの間にか、茉心の隣へとやってきていた柚子葉と楓がそれぞれの想いをぶつける。
「そうでございます! 私、寂しいでございますよぉ! 帰ってきたら、私の身体を堪能させてあげますからー!!」
「みなもちゃんみたいな美少女が失われるなんて、世界の損失だ! いや、これは本音だけど違う!? みなもちゃんがいないと悲しむ人がいるんだぞー!? 俺とか! 家族とか! 友達とか!」
「和心に響まで!?」
和心も怪我をして寝込んでいた響もみなもに声を届ける。報酬で釣っている者や少し変な事を言っている者もいるが、彼等の言葉は全て真の心から出でたものだ。
『邪魔しないで頂戴! この子は『神天狐』をあの御方の元へ連れていく為に必要な道具よぉん!! それをみすみす貴方達の元へ戻させて堪るものですかっ!!!』
「ぐっ……がぁっはぁっっ……! ぅぐぁ……!?」
みなもに呼び掛ける柚子葉達の声を目障りに思ったのか、みなもが想っている宗士郎を眼前で破壊していくアルバラス。
闘氣法の全力使用の弊害が都合の悪い事に今になって現れ、動きが鈍くなる。動体視力も格段に下がった宗士郎は成す術なく、アルバラスの攻撃を受けていく。
『ほらぁっ! ほらホラァ!!! クフフフフッ! 神天狐の茉心ォ! 助けなくても良いのかしらぁん!!』
「……ふっ、助けるも何も。吾輩は既に手を貸した。今の小童達に助っ人はもう要らぬ」
「何ですって……!? ふ、ふん……負けた後の言い訳に使うつもりねぇん!!」
宗士郎がやられているのを黙って見届ける茉心の言葉を負け惜しみと受け取ったのか、アルバラスは動揺を表には出さずに宗士郎の四肢をなぶっていく。
「(鳴神君がやられてる…………まあ、いっか……一度は諦めたんだし。私の幸せはもうないんだから…………)」
アルバラスが宗士郎の痛めつける中、アルバラスの中で闇に沈んでいたみなもは折角湧いた気持ちを手放していた。
「(私にはもう希望がない…………鳴神君に必要とされてない私なんて、何の価値もないんだ…………彼がいなくなれば、私は悩む必要がなくなるのかな……?)」
一度は開いた心は闇に毒され、またアルバラスの思考がノイズとなって、みなもの心を更にドス黒い闇へと突き落とす。それはかつて味わった、出口のない迷路を彷徨うようで。
やりたい事も……しなければならない事も……大切な事も……大事な家族の事も…………。
何もかもが、先も見えない迷路へと隠れる――その直前。
「――桜庭ッ、俺はお前が大切だ! 必要か必要じゃないかなんて知った事じゃない!! 大事なのはお前がどうしたいかだ……! お前の信念が、お前の心が今、どうしたいかが一番大事なんだよ……!!!」
「(っ!!)」
不意に聞えた誰とも知れぬ声。
闇の迷路に彷徨う前に聞えた、一筋の光。温かくも聞きたくて仕方がなかった、想い人の声。
「……な、なる……か……」
みなもが必死にその声の主を思い出そうとする。しかし、元から思い出の中に無かったかのように、その想い人の顔と名前はあと少しの所で浮かび上がらない。
しかし、もう一度響いた声が闇を打ち砕き、みなもの意識に鮮明に響いた。
「――他人を利用するような奴に負けるな桜庭!!」
「っ……かみ、く……鳴神、君……っ」
夜の山に何度も響く、大きく鈍い音。
それは人体を的確に撃ち抜く拳の音だ。
『いい加減に諦めなさぁい。何度呼び掛けても無駄よぉん』
「ペっ……なら、何で俺を殴り続ける? 無駄ならする必要もない行為だぞ」
血反吐を吐いた宗士郎は意識が朦朧とする中、たたらを踏みながらギリギリ立っている。
みなもの希望を打ち砕く為だとか、未練を完全に無くす為だとか……。アルバラスはそのような事を考えているのだろう。恐らくみなもの意識を覚醒させる手段の一つだからこそ、執拗に何度も何度も攻撃してきている。
そして、何度殴られようとも立ち上がる宗士郎に恐怖しているからこそ、攻撃をやめない。
『強がっても無駄よぉん……貴方はもう限界の筈。私を揺さぶろうたって、そうはいかないわぁん』
「うるさいッ…………」
そう言って宗士郎は無意識に左腰に下げている愛刀の『雨音』を引き抜いた。
「なっ……なんで、また……!?」
月光で反射し、青白く光る刃。
心なしか、普段よりも青白く光り輝いている。
今は必要ない、殺傷力のある得物を手に取り驚く宗士郎。
しかし、宗士郎と同様。無意識に『雨音』へと意識を吸い寄せられる者がもう一人いた。
「……またじゃっ……また視線が吸い込まれる……! 吾輩は、あの得物を知っている、のか……?」
茉心が頭を抑え、『雨音』の青白い刀身に視線を集中させる。刀身を見つめる目は段々と熱く滾るように反応し、心臓の鼓動は更に加速した。
その直後――――。
「刀剣召喚」
またもや宗士郎が無意識に行動を起こしていた。次は異能――刀剣召喚の発現。空いた左手で虚空から一振りの刀を引く抜くと、『雨音』の刃と重ね合わせた。
「なっ――!」
「このっ……光は!」
二つの刃が合わさった刹那、『雨音』の青白い光がより一層輝きを放ち、辺りが眩い閃光で包み込まれた。
『ぬぅ……!? 何を!?』
「…………これは」
次第に輝きが収まる。
閉じていた目を開けると、刀剣召喚で創生した刀が消えてなくなり、淡く輝く『雨音』が手に収まっていた。詰まるところ、二つの刀が同化し『雨音』だけになったという事だ。
今まで無かった体験であり、身に覚えのない現象。
だが、『雨音』に宿ったこの力の使い方が不思議とわかるような気がするのは何故だろうか。
「これは……この光はっ……吾輩の『神罰執行』なのか……! しかし、何故……いや、そんな事は今はどうでも良い。小童!!! その剣で奴を斬るのじゃ!」
「どういう事だ!? いや、とにかく……ッ!!」
茉心自身は覚えがあるのか、宗士郎に鋭く命令を飛ばす。戸惑いを覚えながらも宗士郎は得物を正眼に構えると、対峙するアルバラスが余裕そうな表情を崩し警戒を強めた。
『何をする気か判らないけど、私を斬ったらこの子が傷付くのは分かっているわよねぇん?』
「ああ、分かってる。けど、今なら……桜庭とお前の繋がりを絶ち切れそうな気がするんだっ!」
宗士郎から溢れる謎の自信。
それに加えて、『雨音』の刃から発せられる青白い光が、アルバラスの心を揺さぶり戦慄とさせる。
『ッ!? だとしても、私は逃げ回って貴方に攻撃を加えるだけよぉ――ンンン!!?』
アルバラスが得体の知れぬ何かをされる前に仕留めようと身体を動かそうとした瞬間、その顔が困惑に染まった。
『貴方、何をするのぅ!? 貴方の意識は闇へと消し去った筈よぉん!!?』
「――ごめん、アルバラスさん……折角、話を聞いてくれて同情もしてくれたのに」
「桜庭!?」
突如として、完全に支配されたみなもの口からアルバラスではない、みなも本人の言葉が紡がれ始めたのだ。
『やめなさぁい!? 鳴神 宗士郎を消せば……! 貴方を必要ないと言ったあいつを消せば、悩みの種は消えるのよぉん!!?』
「……私の心がどうしたいか。私は大切な人や他の人を守りたい……! 鳴神君とも一緒にいたい……! これからもっと、皆と喜びや悲しみを分かち合いたいの! 鳴神君、私ごとアルバラスさんを斬って……! 鳴神君の事、信じてるから!!! 早く!」
身体という器の中で、みなもとアルバラスの意思がせめぎ合っているのだろう。アルバラスが乗っ取ったみなもの身体はその場から一向に動かず、藻掻くように手を振るっているだけだ。
みなもの願いを聞き届けた宗士郎は『雨音』に宿る謎の力を信じ、剣を振りかぶる。
「失せろッアルバラス!! それは桜庭の身体だぁああああ!!!!」
『やめなさぁああぁあああ――!?』
最後の力を振り絞ってアルバラスに肉薄。宗士郎は青白く輝く刃を三日月を描くように肩口から斜め左へと斬り裂いた。
『――ぶぇがぁッ!!?』
瞬間、アルバラスが断末魔の声を上げて狂い悶える。
驚くべき事にみなもの身体から血はおろか切り傷一つ現れず、周囲にいた全員の度肝を抜く。
「ぜぇえああぁあああ!!!」
『うゴぁ!? ゴぎぃァぎゃぁ!!? オごぉォォおおおッッッ!?!?!?』
そして、宗士郎はアルバラスの精神がみなもの身体から分離されるように、渾身の力で愛刀『雨音』の刃を幾重にも振るった。
奔る数十にも及ぶ剣閃。
「っ!」
突如として、刃の軌跡から青白い閃光が迸り、みなもの身体から蜂の群体が出ていく。アルバラスの本体がみなもの身体から離れたのだ。
今こそ好機! とばかりに茉心が咆哮し、全身から純白のオーラが立ち昇る。
「おぉおおおッ――封滅結界陣!!!」
いつかの和心と同じく、素早く印を結んだ。すると、茉心を包むオーラが彼女の身体から離れ、棺に変化。すぐさま、アルバラスの本体である蜂の群体を収納した。
「やった、のか……ッ、桜庭!」
事の成り行きを見届け、茉心に視線を向けると小さく頷かれる。無事、アルバラスを捕獲できた事を悟ると、宗士郎は横たわっているみなもに駆け寄った。
そのまま優しく身体を抱き起こし、何も後遺症がない事を祈りながらも何度も揺する。
「おい、目を覚ましてくれ……! 桜庭っ、おい桜庭!」
「っ……ぅぅ、鳴神君……? はは、鳴神君だ」
数回の呼び掛けの後、みなもが目を覚ました。彼女は穏やかな表情で自嘲気味に笑う。
「良かった、無事だったか……っ、済まなかった……!」
目を覚ましてくれたみなもを見て、感極まった宗士郎は身体を抱き寄せ謝った。急に抱き締められ、目を丸くしたみなもは微かに笑って…………。
「ううん…………ありがとう。私を救ってくれて…………私、また勝手に先走ってちゃったみたいだね。後で誤解、解いてくれるよね……」
ポロポロと大粒の涙を流した。
それは自らの過ちに気付いたからなのか、はたまた単に嬉しかったからなのか。抱き寄せられたみなもは、ほんの少し前に想い人となった宗士郎の身体をギュッと抱き締めた。
「ああ。桜庭が必要ないって意味じゃない、ちゃんと説明する。だから今は休め」
「うん…………」
宗士郎はみなもの頭を優しくなで、誤解を解く事を約束したのだった。
愛刀『雨音』に宿る謎の力のおかげで、みなもとアルバラスの繋がりをリスクなしで絶ち切る事ができた。宗士郎は勘違いしていたみなもの誤解を解く事を約束し、今はただただ身体を休めるのだった。
面白いと思って頂けたなら、ブックマークや【☆☆☆☆☆】の評価欄から応援して頂けると励みになります。感想・誤字・脱字などがございましたら、ページ下部からお願いします!
気持ち的に、いえ結構長くなってしまいました。次が二章エピローグという事もあり、迸った言葉を書き連ねてしまった結果です。もう少し上手くまとめられたらなあ、と思いまくってます。正直、時間があればまとめ直したいですが、今となっては言い訳でしかないですね(泣)
さて、次は二章エピローグ。
どんな風に物語が進行していくのか、楽しみに待っていてください!!