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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第二幕〜伏見稲荷〜
9/22

都落ち


義経様とご家臣様のお話は続いた。



義経様のお屋敷が緊迫した雰囲気に包まれていったあの時…。


鎌倉からの使者、川越氏から討手の存在が明かされたのだという。


川越氏は、自分が義経様の真意を確かめ戻るから、それまで待てと討手に仰ったそう。

けれど市中を見回っていた家臣が、義経様のお屋敷へ向かう武装した一団を発見。


その報せは本当にタッチの差で、私達は何とか脱出する事が出来たのだった。



私達が辛くも脱出を果たした後、鎌倉からの討手が屋敷を囲んだのだという。



海野太郎と土佐坊正尊。

その二人が率いる兵は、頼朝のいわば代理。


義経様を討てという鎌倉からの意思。


そんな者達と敵対しては、弁明はおろか再起を果たす事も叶わない。

義経様も川越氏も、手は出してはならぬと仰ったのに…。


弁慶が一人飛び出して行ったんだそう。




……それを聞いた瞬間、嫌な予感しかしなかったよ。


案の定、弁慶が海野太郎を返り討ちにしてしまったと聞き、頭を抱えたくなった。




——もう!


弁慶ったら何やってんの!

郷の方様にも、短慮は慎みなさいってクギを刺されたばかりなのに。



とはいえ、そうなってしまってはむざむざ討たれる訳にもいかず。

義経様は疑惑の元となった初音の鼓を持ち、数名の供と屋敷から脱出したという事だった。



そして静御前は…。

何とか弁慶を止めようと、一触即発のただ中へ単身飛び出して行ったのだという。


けれど結果的に間に合わず…伏見へ逃れてきたのだとか。



それを聞いて、何も言わなかったけど…言えなかったのだと思うけど、禅師様は真っ青になっていた。



そりゃそうよね。


私だって心臓ばくばくだもの。


ほんっとうに、静御前が無事で良かった!


***


これから先の事を主従で相談するというので、静御前と禅師様、私は部屋に戻った。



「…静!」


障子を閉めるなり、静御前に縋り付く禅師様。



「また無茶をして!

母の寿命を縮めるおつもりか」



言葉は叱責だけど、実際は涙声で…。


そんな禅師様の前に手をつき、静御前は頭を下げた。




「…私は止めたかったのです。

このまま九郎様が追い込まれるような事は、何としても避けたかった。


自害された郷の方様の為にも。


九郎様は八方塞がりに見えたあの状況でも、諦めずに和睦の道を探っておった。


申し開きが立つと所であったのに…弁慶殿のせいでそれも閉ざされてしまったが」



「それに、郷の方様に頼まれたのです。

九郎様を頼むと」



「…」



そう言われてしまっては、返す言葉なんかないに決まってる。


ズルイよ、静御前。



そんな風に言われたら、心配してたって言えなくなっちゃうよ。



「母様、ご心配をおかけした事は誠に申し訳なく思います。

しかし、これから静は更なる親不孝を申します。

先にお詫びしておきますが、どうぞご容赦ください」



顔をあげた静御前の目は、いつかのように澄んでいて…。

何を言われようと、一歩も引かない構えが見て取れた。



「私は九郎様と共に行きます。

都から離れると言うのなら、どこへでも。

どこまでもお供いたしたいのです」


「しかし…そなた、病の身でそのような事、出来よう筈がないではないか」


「なればこそ、です。

先が長くはないのなら、尚のこと九郎様と共にありたい」




無言のまま、見つめ合う静御前と禅師様。


私も二人の邪魔にならないよう、息を潜めじっと見守る。




やがて、深々と息を吐き出したのは禅師様の方。


「昔から、こうと決めたら何を言っても聞かぬ子であったな」


と諦めたように苦く微笑む。



「ついて行くからには、くれぐれも足手まといになるでないぞ。

むろん義経様のお許しが出れば、の話だが」


「…母様!」



涙ぐむ静御前の手を取り、髪を撫でる禅師様。





——静御前はもう、決めてしまっているんだ。

残りの人生全てを義経様に捧げると。


禅師様もそれがわかるから、敢えて反対はしないんだろう。



今は、静御前が居るから禅師様のお屋敷に置いてもらえてるけど。


私も決めなきゃいけない時が来たのかもしれない。




これから、どうすべきか。


何をすべきなのか、を。




一枚の絵にも似た光景を、最も近くで…そして一番遠くで見つめながら、そんな事を考えていた。



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