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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第一幕〜初音〜
5/22

静御前の想い


タイムスリップなんて…小説かゲームの中だけだと思っていた。


実際、我が身に起こるまでは。



あの晩、衝撃的な告白をした静御前。


それから色々と話をして磯禅師とも相談の上、私は遠縁の者してお側仕えする事になったのだった。


そりゃ、他人の空似にしては静御前と私、そっくりだもんね。


他人だけど!




私の設定はこう。

遠縁の娘が静御前を頼り京へ上がって来たものの、なにぶん田舎育ち。


色々わからない事だらけのこの時代で、しでかしたとしても「田舎者ゆえ」で押し通す、という苦肉の策らしい。



そして話をしてわかったのだけど、静御前と私は同い年だった。


誕生日は静御前の方が一月早いので、『姉様(あねさま)』、磯禅師の方は『禅師様』と呼ぶ事に、そして私は『お(しず)』と呼ばれる事になった。



背格好もそっくり。

自分で言うのもなんだけど、キリッとした顔立ちをしていると言われる顔も瓜二つ。


黒々とした髪はクセがなくまっすぐで腰くらいの長さがある。

これも同じ。



もしかしたら、静御前って私の祖先だったのかしら?

なーんて、ちょっとだけ思ったりもする。




それから数日後、夕餉をとった静御前の膳を下げ、戻った私に彼女は


「そなた、ここではない時代から来たという割に、案外所作が整うておるな」


と言った。



幼い頃から立居振舞いに厳しかった祖母のおかげで、ここでの生活なんとかなりそう。

おばあちゃんありがとう!



「ありがとうございます。

祖母にみっちりと仕込まれましたので」


「ほぅ、何か嗜んでおったのか?」


「嗜むというか…お茶にお花、習字を習っていました。

それに巫女舞を」



そう、我が家は代々神主をしてきた家系。




桜宮神社という小さな神社ではあったけど、祖母はそこで神職を務め、私は神楽女として舞を奉納していた。



「巫女舞、とな」


「私の名前が桜宮静佳だという事は、前に言いましたよね。

桜宮が姓、静佳が名前です。

そして姓である桜宮は、神社の名前からとったんです。

桜宮神社、そこで私は神職である祖母と暮らしていました。

そして神事の際は、お神楽を奉納していたんです」


私の話に静御前は身を乗り出し、興味津々だった。


「それは、見てみたいものだ」


今すぐにでもと言い出しかねない様子に、禅師様が


「今日はもう遅いゆえ、明日にでも」


やんわりと釘をさす。



禅師様の言葉に少し不貞腐れたような表情を浮かべた静御前だったけど、またすぐに


「そういえばお静、そなた何故私の事を知っておったのじゃ?」


又しても興味津々な様子で聞いてきた。




どうしよう…。


ここで正直に答えれば、色々突っ込まれるのは目に見えている。


歴史を変えるのはご法度とか何とか、タイムスリップ物の小説ではありがちな設定だし。

かといって、嘘ついて誤魔化すっていうのも…。

昔から嘘つくの、苦手だしな~。

ついてもすぐバレるし!



——仕方ない。


嘘は出来るだけつかない方向で、でも歴史を変えないように、何とか!


頑張れ私!



「私がいた時代、平成というんですけど、そこでは子ども達は学校に通い、色々な事を教わるんです。

言葉や計算、歴史なんかを。

で、姉様の事も授業で習ったような気がしたので」


「何じゃ、その曖昧な物言いは」


「ごめんなさい。

歴史は得意じゃなかったので、あんまり覚えてないんです。」



——嘘です、超得意でした。

特に日本史!



とはさすがに言えず、曖昧に笑ってお茶を濁す。



「ところで姉様、先日お聞きした九郎様って、どなたですか?」


都合の悪い話題はさっさと流すに限る!



知っているけど敢えて尋ねてみると、静御前の頬が赤く染まった。


燈台の明かりでもはっきりと分かるほどに。




「九郎様は、私の大切なお方じゃ」


その瞳が、声音が…全てが、義経が彼女にとって『特別』なのだと伝えているよう。


なのに…お顔は切なくて。



あの晩の彼女の悲しみを思い出し、私はこの話題を振った事を後悔した。



「…ごめんなさい。

余計な事を聞いてしまって」


「よいのじゃ。

九郎様とは源義経というお方。

そなたの苦手な歴史とやらに、その名は刻まれておるかの?」



一転、悪戯っぽく笑う静御前。


この状況で笑えるなんて…本当に、この人はどれだけ強い女性(ヒト)なんだろう。




あの時、静御前が言った胸の病。

あれが結核の事なら、この時代に特効薬はない。


発症すれば死は避けられない筈なのに…。




「お静?」


「あ、はい、すみません。

源義経様ですね、思い出すのに時間かかって…。

そのお名前、何処かで聞いた気がするんですけど、よく覚えていなくて」



…ごめんなさい、これもウソ。



「九郎様はな、おごれる平家を討ち滅ぼし、院の覚えめでたき源氏の若武者。

そして、この世で最も愛しい我が(つま)じゃ」



つま……この場合は妻、ではなく配偶者、夫という意味よね、確か。



「これ、静。

夫などと、どこで誰が聞いているやもしれぬのに、妾の身でそのような事を言うてはならぬ」


「母様、これが私の誠の想いです。

九郎様には郷の方様がいらっしゃる事は、百も承知。


私はただの愛妾(想い者)

正式な妻にもなれなければ、側室にすらなれない。


現状、九郎様の愛のみが唯一のよすが。

それを失えば、たちまち引き離されるは必定。


なれど我が夫は、私が命をかけて愛するお方は九郎様、ただお一人」




静御前の激しすぎる想いの吐露に、禅師様も私も言葉を失った。



「何も独り占めをしたいと言うのではない。

郷の方様より掠め取ろうなどと浅ましき事、さらさら思うてはおらぬ。


なれど、夫と思うくらい、許されてもよいのではありませぬか」



「私…誰にも言いません。

今ここで姉様がおっしゃった事は、決して誰にも」



静御前の、多分報われない想いが切なすぎて。

私は声を上げていた。



だって、史実が真実とは限らないけど…。

彼女の病気が結核なら…もう長くはないっていうのが本当なら…。




「すまんな、お静」


「いいえ、姉様。

想うのは勝手、そういう事ですよね?」


「勝手。

そうじゃな、勝手…ふふっ」



なんか笑われちゃった。


でも、よく分かんないけど…静御前が笑ってくれたから、いい事にしよう!



「お静、そなた面白いの」



禅師様まで口元を押さえ、笑うの我慢してるよ。




「勝手になされ、静」


「母様…」




お互いを思い、見つめ合う静御前と禅師様。


いつもは母娘ってよりは、舞の師匠と弟子?マネージャーと売れっ子アイドル?みたいな雰囲気の方が強いのに。


今はいかにも『お母さんと娘』って感じで、ちょっと羨ましいよ。




でも、静御前にここまで想われる『九郎様』って、どんな人なんだろう。


ちょっとだけ、興味が湧いてきた。



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