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おにキャン  作者: 田鰻
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第四話「再開発が進む町のキャンプ場と隠れ家的屋台の串」

もうじき秋も終わろうかという今日、私、鬼ノ小町は今年最後のキャンプにやってきた。

冬になると、私は滅多に自分のいる山から出なくなる。冬ごもりに入った獣たちの居場所を把握したり、魚が固まって寝ている場所を抑えておいたり、雪が積もりすぎてる場所があれば取り除いたりと、やっておかなくちゃいけない事がいろいろあるからだ。

一応これでも上に立つ側なので、そこはしっかり義務を果たさないと。

それでも外に出る時間が全然ないなんて事はないんだけど、そもそも冬にはあまり動き回ろうって気が起きなかったりする。

なんでかなあ? やっぱり土地に引きずられてるのかしら。

ま、無理をして出掛けてダルくてやっぱり楽しめませんでしたってのもキャンプ道に反するし、ここは本能のままおとなしくしておくのが吉よ。


そんな訳ではるばる着いたキャンプ場は、最近になって再開発が進められてると聞いてたのもあって、ピカピカの町並みにすごく期待してた……すごくすごく期待してた……のに……。

最悪だ。私は見てしまった。見つけてしまった。

そろそろ晩ごはんの支度をと考え始めてた時に、町をうろつくその人影をっ!

ぼんやりしてる妖怪じゃ気付けないだろうけど、私の目はごまかせない。

一見すればフツーの人間。だけど肩にかけた大きなバッグ。そこから発せられるイヤーな気配!

間違いなく退治屋だ。調伏屋や退魔師、もっとシンプルに霊能者なんて呼ばれる種類もいて、どれも少しずつ生態は違うけど、遭遇したらかなり危険な人間がキャンプ場の敷地内を歩き回っている。

たぶん、キャンプ客の残していったゴミや食べ残しに引き寄せられて来たのだろう。面倒がってマナーを守らない客がいると、こういう事になってしまう。

襲われてケガする程度ならまだ良くて、年取った頭のいいヤツとかだと、下手をすれば命の危険がある。


ちょっとだけ考えて、残念だけどキャンプは中断する事にした。

ああいう種類は一度ゴミや食べかすを嗅ぎつけると、暫くその近くに居着くようになる。

管理所から安全だという宣言が出るまで、ここは使えなくなるかもしれない。

このぐらい大丈夫だろうという一人の客のルール違反が、大勢のキャンプ客に迷惑をかけるのだ。

荷物をまとめながら、このガッカリ感を、改めて後片付けはちゃんとやらなきゃという自分への戒めにする。

こんなヤな気持ち、他のお客さんには味わわせたくないもんね。


帰りに管理所に立ち寄って、退治屋の事を報告しておいた。

手続きした時には教えてもらえなかったから、まだ近場に出るようになって間もないはず。

事故が起きてからじゃ遅いので、早めに私が発見したのは良かったと思う。

管理所の妖怪にもお礼を言われた。うんうん、人間って移動の手段が多いから把握が大変なとこあるよね。わかる。

正直、顔の見分けとかつかないから見た目で判断するのも無理だしさー……。


「退去が確認できるまで、当分ここは立入禁止にするしかないですね」

「やっぱそうなっちゃいますか……」

「我々としても残念ですが、知ってて放置して何かあったのでは管理所の存在意義が問われますんで。

そういう意味では、お客さんが真っ先に見付けて報告してくれて助かりましたよ。知らずに遭遇してしまうキャンプ客が出ると大変ですからね、やられてもやり返しても……」

「そうなんですよね、食べ残しに寄ってきてるのが一人だけとは限りませんし。

単純にキャンプ場に出たのを仕留めておしまいって訳にはいかないんですよね」


私は頻りに相槌を打つ。管理所のお偉いさんの溜息に共感できすぎる。

仮にああいう人間をキャンプ客が仕留めちゃったとしても、今度はそれがまた新しい退治屋を呼び寄せたりする。

だから、最初からそんな事が起きないよう誰もがマナーを守るようにしないといけないのだ。


「我々の方でも今度の件を書いたパンフを作って、地道に啓蒙を続けていくしかありません。再開したら、ぜひまた遊びにきてくださいね。これ、よろしければ帰りながらどうぞ」

「ありがとうございます。絶対また来ますから、頑張ってください!」


もらった一口サイズの骨ガムをぼりぼり齧りながら、私は管理所に使われていた建物を出た。暫くここも忙しくなるんだろうなあ。それとも落ち着くまで一旦解散になるのかな。

良さそうなキャンプ場だったけどしょうがない、今年最後のキャンプは日を改めて仕切り直し。

帰ったらカラスの藍ちゃんにでもお願いして、情報集めておかないと。


「あー……それにしても夕飯どうしよう……」


とぼとぼ帰り道を辿りながら、私は悲しい音を立て始めたお腹をさする。

これから準備を、ってタイミングであんな事になっちゃったから、撤収時間も考えたらちょうど今が空腹のピーク。

骨ガムはとっくに飲み込んじゃったし、あれ一個でお腹の足しになるはずもなく。

あーもう、本当なら今頃は楽しく煮たり茹でたりしてる時間だったのに!

嘆く私の鼻先に、ぷんといい匂いが漂ってきた。

体が勝手にそっちを向く。


「お、やってるやってる」


明かりもないボロボロの建物の奥に、ぽつんと浮かぶ赤提灯。

妖怪がやってるこの手の移動屋台は、こういう県境の山地や林で良く見かける。状態のいい廃屋があればほぼ当たりだ。

普通の人間からは見えないその火に誘い込まれるように、私はいそいそと扉の外れた入り口をくぐる。

私が一番乗りだったらしく、他のお客さんは誰もいなかった。

いらっしゃい!と愛想よく大将が声をかけてくる。

こっちに顔を向けながらも、手は忙しく串に肉を刺したりタレをつけたりしていた。うーむ、プロフェッショナル。

あとメニューが見当たらないんですけど、この店。


「ええーと、串焼きの屋台?」

「串モノがおすすめだけど、他のもおいしいよっ!

今日の一押しは独居老人とその飼い猫のミックスパテだね。ちょっと癖があるけど、バゲットに塗って食べると絶品さ!

あとはこっちの家出少女の塊肉だね。おっと、ただの家出少女じゃないよ。普段から遊び回ってるのと違って、すごく規則正しく暮らしてる真面目な子が、たまたま親と喧嘩した勢いで飛び出しちゃったのを捕まえたのさ!

見てよ、この肌の艶! 刺身にステーキに、こんなのどう料理したっておいしいよ!

イヤーお客さん運がいいよ、いつでも食べられるような肉じゃないからね。

貴重よ、初家出! これと比べたら、人間がありがたがってる初鰹なんて目じゃないよ!」

「そのバゲットは何か特別なんですか?」

「いやこれはただのパン」

「あ、そう……」


迷った末に串を五本と、その家出した人間の肉でおまかせを頼む。お酒はないみたい。

さてさて、何が出てくるのやら。私はカウンターに肘をついて、大将が立てる小気味良い包丁の音を聞く。

キャンプって感じじゃなくなっちゃったけど、まあこれはこれで。

最初の串が出てくるのに合わせて、ガヤガヤと新しいお客さんが入ってきた。

団体さんだ。大将と親しそうに挨拶をかわしている。


「おう、今日も来てくれたのかい!」

「そろそろ移動しちまうって聞いたからね。ほれ、これお土産。

肝試ししに来てた人間が二人いたから、途中で取ってきたんさ。こいつでなんか作ってよ」

「二十歳半くらいの男と女……そうだな、合い挽き肉にして甘酢あんをかけたつくねなんてどうだい?」

「いいねえ」


なるほど、持ち込みありの店か。

また店を見付ける機会があったらお願いしてみようかなと思いつつ、私は赤ん坊の腕の一本揚げをぱくりと頬張った。


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