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おにキャン  作者: 田鰻
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第一話「近場のお手軽キャンプ場でニート飯」

変わらない日常、変わらない日々。

それはそれで尊いものではあるけれど、やっぱり退屈だから変化も欲しくなる。

そんな時には、思い切って外へ出てみよう。

離れた土地への訪問は、きっと心躍る時間をくれるはず。

そう、キャンプである!


という訳で私、鬼ノ小町は暮らしている山を出発して、隣の県にある町までやって来た。ここは近場なのに良質なキャンプ場で、私みたいなキャンプ愛好家の間では人気がある。

久々に来た事もあって、マンション屋上からの眺めは格別だった。

建物なら私のいる山からでも見られるには見られるけど、自分がそこに立ってるってのはやっぱり気分が違う。

これから私は遊ぶんだぞ-、という開放感。意気込み。

否が応でも盛り上がるばかりの自分をぐっと抑えて、ちゃんとやるべき手続きはやっておこう。


まずは管理所に向かった。

こういうそこそこ名の知れたキャンプ場には必ず管理をしている妖怪たちがいて、どんな妖怪が今この町に出入りしているのかを把握している。

大抵は、暇を持て余してるお偉いさんが役を請け負ってる事が多い。

縄張り、なんていう面倒くさい話も関わってくるから、勝手に入り込むのはマナー違反だ。

遊びでも、そこはきちんと。


「こんにちはー」


ここの管理所は町民センターの使われてない部屋だ。なかなかシャレている。

いつも人間で溢れ返ってるような施設じゃないから、私たちがこっそり間借りするにも都合がいい。

騒がしくなりそうな時だけ引っ込んでればいいしね。

それにしても、基本的に私たちの姿は見えないとはいえ、人間たちもまさか勝手に妖怪に使われてるなんて思わないだろうなあ。


「キャンプしに来ました。手続きお願いします」

「はいよ。ここに手形押してね。はいオーケー」


中にいた二人の妖怪の片っぽが広げた巻物に、ぺたりと掌を押し付ける。

このキャンプ場には何度か来ているから慣れたものだ。

これにて手続き完了。ね、ほんとに形だけでしょ。

手形を押す時にちらっと見たら、今日のお客さんは私の他に二人いるみたいだ。

何かべったりとのたくったような跡は、手形を押す手がなかったのかな、多分。


「足りない道具ある?」

「大丈夫です」

「ゴミの片付けはしっかりね」

「はい」


この辺りの確認も流れ作業。

もちろん流れ作業だからって疎かにするつもりはない。

ルールを破ったら他のキャンプ客にも迷惑がかかるし、最悪、出入り禁止どころかキャンプ場自体が使えなくなってしまう。

幸いここは節度のあるお客さんが多いから、今まで一度もトラブルにはなっていないそうだ。


さて手続きも済ませたし、まずはキャンプする場所を見付けないと。

といってもイチから町中を探し回る必要はなくて、ちゃんとキャンプに向いてそうな場所を、さっきの管理所で教えてもらっている。あっちこっちで勝手に泊まられるとこれまたトラブルの元になりかねないから、これも管理所の大切な役目だ。

おかげで、その日の思い付きでふらっとやって来た私みたいなのでも、難しい事を考えずにお手軽に楽しめる。もっと本格的なのがやりたいって妖怪には逆に物足りないんだろうけど、今日のところはこれで充分。


てな訳で、案内通りにやってきました人間のおうち。二階建てで庭も付いてる。

人間の住宅事情は厳しいっていうけど、この辺りはそんなに都会でもないからか余裕のある家が多いようだ。

ええっと……さっき教えてもらった話だと、この家で暮らしてるのは三人家族。

父親と母親が共働きで、一人息子はずっと前から学校にも行ってなくて、家からも出ていない。今日は両親ともお仕事で外に泊まり。帰ってくるのは明後日だから、朝もゆっくりしてて大丈夫。

うん、さすがは暇なお偉いさんの遊び場なだけあって情報が細かい管理所。バッチリいい場所を教えてくれる。

さくっと壁を通り抜けて建物の中へ。

まずは何はなくとも夕飯の支度をしてしまおう。

二階の部屋で寝てた人間を捕まえて首を折ると、私はのんびりと料理に取りかかった。

ごはん、それはキャンプ最大の楽しみといっても過言ではない。

何を食べるかは妖怪それぞれだろうけど、私はこんなふうに現地で捕れるものを利用する事にしている。扱いにちょっとしたコツがいるから誰にでもオススメはできないとしても、慣れれば簡単だし、何より楽しい。


血を流しても大丈夫なお風呂場に運んで、首を切ってから皮を剥ぐ。

爪が長い妖怪ならくるりと上手に剥いちゃえるんだけど、私の爪だと太すぎるから剥く前に破れちゃう。

でも心配ご無用、こんな時には持参した道具を使う。

じゃん! キャンプ用品そのいち、包丁!

見た目は古いけど、おばあちゃんから譲り受けた超逸品。

大きいのに小回りが利いて、切れ味も抜群。これ一本で皮剥きから千切りまで何でもござれの万能選手。乱暴に骨を切ったって刃こぼれひとつしない品質は、そんじょそこらの妖刀にだって負けていない。

私のおばあちゃんはその筋では有名な鬼婆で、昔は安達ケ原ってところでかなり派手にやってたらしい。うーん、今の優しいおばあちゃんしか知らない私には、なかなか想像できないなあ……。


皮を剥いだらあとは簡単、食べやすい大きさに骨ごと切って下ごしらえは完了だ。

頭と内臓は作業しながら食べてしまった。ちょくちょくつまみ食いしながらやってると、どうしてもペースが遅くなる。

ま、いいか。時間はたっぷりあるしね。

肉の半分はそのまま焼く。もう半分はキープしておいた肝臓と一緒に叩いてミンチにしてから、掌でくるくる丸める。

赤い肉団子に、細切れになった骨の白が見え隠れしてるのがいい感じ。見た目だけじゃなくコリコリした歯応えもグッド。人間が肉に骨を混ぜるって聞いて真似してみたらおいしかった、私の得意キャンプ料理のひとつだ。


「そうだ! 台所にネギと塩あるかな?」


だいぶ脂っこい肉だから、さっぱりめの味付けが合いそう。

うん、これもまた現地調達だね。






「んー……お腹いっぱい……」


最初に人間を捕まえた部屋にごろんと寝転がって、私はお腹を撫でていた。

たまに窓から入ってくる風が気持ちいい。山とは全然違う匂いのする、私はキャンプ場の空気が好きだ。

他のお客さんはどうしてるのかなあと、ふと夜空を眺めながら思う。

一口にキャンプと言っても、楽しみ方は妖怪それぞれ。食事だけじゃなくて、その他の全部においても。

私はいつもこうやって、人間が普段生活してる空間でぼんやりテレビなんかを眺めている。

そう、なんにもしないのが私流。

キャンプ友達からは、せっかく出掛けてるのにもったいないなんて言われたりする。

そりゃー、複数で集まって賑やかにやってる連中もいるのは知ってるよ。たまにキャンプ場で会ったりするし。

でも、ああいうのは私の性に合ってないみたいなんだ。何度もキャンプをしてきて、このスタイルが一番だって分かった。

否定はしないけどね。私にとってのベストがあるように、あの妖怪たちにとってもベストがあるんだろうから。


ルールを守って、思いのままに。それがキャンプ道。


私はくすっと笑うと、立ち上がってそっと窓を閉めた。

そろそろ寝よう。満腹になったせいか、さっきから瞼が上下運動を繰り返し始めている。

元の場所に寝そべって、テレビも消して、今度は目を閉じる。

ああ、静かだ。人間の町って、山よりもずっと静かだ。

起きたら夕飯の残りをあっためて朝ごはんを作って、ゴミを残さないようにしっかり後片付けをして……ううダメ、眠い。

考えるのは朝になってからにしよう。そうしよう。急がなくちゃいけない理由なんてないんだから。


「みんなも楽しく過ごせてたらいいなあ……」


今頃ここのどこかで同じ夜空を見ている二人のキャンプ客の事を考えながら、私は今日という良き日にさよならを告げた。






『――未成年の少年の行方が分からなくなっています。

XX日夕方、XX県XX町の住宅で「息子がいなくなった」などと家族から110番通報がありました。

行方が分からなくなっているのは、この家に済むXXさん(XX歳)

警視庁の調べによりますと、家族が出張から帰宅したところ室内にXXさんの姿が見当たらず、近くを探しましたが暗くなっても戻らないため通報を行ったとの事です。室内に荒らされた形跡はなく、玄関扉は施錠されていましたが、鍵は保管場所から動かされていませんでした。

警視庁は何者かがXXさんを呼び出したか、家に侵入してXXさんを連れ去った可能性もあるとみて、事件として捜査するとともに、目撃者からの情報提供を呼び掛けています――』

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