表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

婚約破棄された令嬢

幼なじみであり、血の繋がらない従兄妹でもあるオレステス殿下に婚約破棄を告げられた日も、こんな麗らかな小春日でした。


今は廃校になりましたでしょうか。貴族の子女が学ぶ、全寮制の教育機関。アルテミス学院の卒業式でした。

肌になじんだ制服に袖を通す機会はこの先なくなるからと、雇ったばかりの新鋭絵師にスケッチさせましたの。

制服を脱いだら、コルセットをしてドレスをまとう。つまり、子どもではいられなくなるということ。

誇らしくて、どこか淋しい。貴族の女性ならば感慨深くもなりますわ。私などは、卒業式の次の週には、オレステス殿下との結婚式が待っておりましたから。


事件は、卒業式の夜に開かれたパーティで起きました。

私のエスコートをされるはずの殿下が女子寮に迎えに来てくださらなかったのです。

私だけではありません。

宰相の嫡男ホレイシオさまの婚約者で、ウエスタ公爵家令嬢メティスさま。

枢機卿の嫡男ケイロンさまの婚約者、ノーザン公爵家令嬢エウノミアーさま。

国防大臣を祖父に、騎士団長を父に持つイアソンさまの婚約者、イース公爵家令嬢ペンテシレイアさま。

そして私、王太子オレステス殿下の婚約者、ノーザン公爵家のカサンドラ。

国益を守る4大公爵の令嬢たちが、同じ場所、同じ時間に、婚約者からないがしろにされたのです。

戸惑い、怒り、悲しみ…。

皆、表情にこそ出しませんでしたが、途方に暮れていました。


結局、それぞれの兄弟や従兄弟とはせ参じることになりました。婚約者を伴って入場する決まりがあるわけではありませんから…。

でも、まあ、あまり麗しい事態ではありませんでしたわね。


オレステス殿下は、ホレイシオさま、イアソンさま、ケイロンさまたちと同じテーブルで、見目麗しい少女を囲んでいました。

はっとするほど真っ直ぐに輝く金髪。白磁の肌。キラキラとした瑠璃色の瞳。誰もが目を奪われる美少女ぶりです。

清楚で上品なローウエストのドレスをまとい、妖精のような佇まいです。全体に小柄でほっそりしていますが、顔が小さく、足が長くなければ着こなせないデザインのドレスを完璧に着こなしていました。

美麗な青年たちに肩を抱き寄せられたり、髪を触られたり、戯れるように腕を組む姿はまるで娼婦なのですが、不思議と清らかな乙女にしか見えないのです。


私たちは思わず扇子で口元を隠してしまいました。

火遊びのお相手にしろ、貴族と庶民の純愛にしろ、よくぞここまで殿方の身勝手な理想を再現した娘がいたものです。


貴族の婚約は契約ですから、恋愛感情は必要とされません。あった方がロマンチックですが、現実に娼婦みたいな聖女だか、聖女みたいな娼婦だかを連れてこられてしまいますと…ねえ。


私たちの入場に気がつかれた殿下たちは、グラスを置いてこちらにやってきました。

「ようやく来たか。身分ばかりで恥知らずな令嬢たちが」

オレステス殿下たちは、まるで卑しいもののように、私たちを見下ろします。

令嬢たちは固まってしまいますし、もはやパーティどころではありません。

「サウザー公爵家長女、カサンドラ・ムーサ・サウザー。そなたとの婚約を、破棄する」

美少女の肩を抱き、未来の重鎮たちを背に宣言したオレステス殿下に迷いはありませんでした。

が、10年もの歳月を王妃教育に費やしてきた私にとっては、まさに寝耳に水。

目を見開いて殿下の尊顔を見上げる以外に、何ができたでしょう?

「まるで、被害者のような顔をする。だが、カサンドラ。そなたがこのヘレナを害し、亡き者にしようと策を巡らせた事実を、この私が知らぬと思ったか?」


確信を込め、憎々しげに告げる声に、ヘレナとやらが肩を震わせました。ついでにお胸も震えます。ドレスのデザインがデザインですから押さえているようですが、コルセットの下にはかなり豊かな双丘が隠されていることでしょう。

私の姿に怯えているのでしょうか。殿下はそれに気がつくと、宝物をくるむように愛おしげに抱き寄せたのです。


「厭わしい女め!失せるが良い!わたしはこの、ヘレナと結婚する‼︎」


私は扇を広げ、視線は落とさずに思案しました。


殿下に愛人がいるという噂を聞いたのはいつの頃だったか。調べれば、辺境伯の私生児を侍女として召したとのこと。婚約者のいない未婚の娘、しかも貴族の落胤とくれば、侍女という役職の愛妾に相違ありません。


王太子妃となる私の、障害となる相手ではないと判断し、絵姿も確認せず放置しました。

確かに私は、婚約者をお慕いしております。ですが、自分より美しい愛妾のひとりやふたり、正直今さらなのです。

むしろ、どんな病気や陰謀を持っているかわからない娼婦や未亡人より、身元のはっきりした潔白な娘でよかったと安堵いたしました。

だいたい、この私が、爪の先ほどでも嫉妬の念にかられていたなら。彼女の首と胴体は、とっくにつながっていないでしょう。


では、なぜ、私が彼女を害したことになっているのでしょう?


初対面なのに?


なぜ、公の場でそれを宣言するのでしょう?



沈黙する私の周囲で、令嬢たちも婚約破棄を宣言され、ヘレナを害した罪をなじられています。


冷静なメティスさまは、証拠の有無を問いただし、不貞を指摘し、慰謝料を請求しています。ホレイシオさまも法律や過去の判例を諳んじて切り返し、個人法廷の開始です。このおふたり、お互い以上にふさわしいパートナーなんて、存在するのでしょうか?


潔癖なエウノミアー様は、枢機卿の息子ともあろう方がと、嫌悪感を隠しもしません。心からケイロンさまを尊敬していただけに、ひっくり返って豚か汚物扱いです。豚は食料として、汚物は肥料として役にたちますが、不貞を働く男はそれ以下だと言い放ちました。婚約破棄を告げたのはケイロンさまですが、ケイロンさまの方が3倍くらいダメージを受けている風です。


優しく繊細なペンテシレイアさまは、泣き出してしまいました。こちらの方が愛しいならば、実質的な妻の座は譲ります。形だけで良いからどうかお側にいさせてください。イアソンさまのお力になりたいのですと言われては、庇護欲が擬人化されたようなイアソンさまが動じないはずがありません。

ていうかイアソンさま、ヘレナとやらに骨抜きにされた演技がなってませんわよ? どうせやるなら、殿下を見習いなさい。殿下を。


殿下はまあ、最初から私を愛してはいませんからね。ただ、私の存在価値、婚約の利害とは何かを知らなかったことはないでしょう。茶番を演じるなら、部下(大根役者)を巻き込むべきではありませんでしたね。説得力がガタ落ちです。

まあ、ヘレナとやらを、間違いなく愛しているのでしょうが。


「罪深い女どもをひっ捕らえろ! 尼寺がふさわしい!」


よく通る殿下の声。

それが、婚約者から聞く最期の言葉になるなんて。


私たちは騎士団に囲まれ、拘束されました。そして、家族に会うことさえ許されず、国境の修道院に連行されました。

あの後、パーティは無礼講となり、平民もなだれ込んで三日三晩も乱痴気騒ぎが続いたそうです。


殿下は宣言通りヘレナと結婚しました。私のために用意されたウェディングドレスをまとった彼女は、女神が降臨したかの様に美しかったそうです。

お胸のサイズが違いますから…そこだけ妙に煽情的だったのではないかと推察します。

なにはともあれ、王妃教育を受けていない、ただただ美しいだけの王太子妃の誕生です。


私は、私たちは、辺境の修道院で、遠い王都の噂を、物語みたいに聞かされました。


やがて、国は乱れて滅びてゆく…その前兆のような事件でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ