その三:本当に怖いのは人間
私はその当時、小学六年生になっていた。住む場所も、日本人ばかりいるところから、別の場所に移った。そんなさなか、僕の霊感はどんどん高くなっていった。しかし、今回の話で幽霊を見るのは僕ではなく、母だ。
母が、幽霊を見たのは七月の暑い夏だった。北京は内陸の町なので、日中の気温は軽く四十度を上回る。蚊やハエにとっては天国だったことだろう。夏は蚊とハエが大量発生していた。
そんなある日のこと。
母がバスに乗り、川の向こう岸にある我が家をちらっと覗いた。ベランダには父が立っていた。父の後ろには直立不動の人が居たらしい。母は、その影を弟だと思ったらしい。「弟はいつ背が高くなったのだろうか?」という疑問を母は持ったが、その場は気にもしていなかった。
母が家に帰ると、家には父しかいなかった。母は、弟が遊びに行ったのだと思っていた。しかし父が、
「一人で家に居た。」
と言ったことから、雲行きが怪しくなった。そんな時に、僕と弟は遊び疲れて家に帰って来た。当然、母は、弟が家にいたか、兄である僕には「本当に」そうだったかを確認してきた。
僕と弟は、丸一日家にはいなかったのだ。どうして父の後ろに立っていられるのだろうか、不可能だ。
それから短い間だったが、おかしな見間違いで片付けられた。しかし、二度目が起こった。母がまたしても、見たのだった。今度は家に父と僕と弟がいた。父はベランダに出ていた。僕らはテレビを見ていた。その状況で母は、夕日にたたずむ父の後ろに前に見た人を目撃したらしい。前回と同じく、バスに乗っているときに見たそうだ。
父の後ろの誰かさんは、父を守るように立っていたらしい。
そのころ我が家は危ない時だったので、「守護霊が警告していたのではないか?」、という結論が二、三年たった後に出された。
ちなみに、どう大変だったかというと、以下の文に長ったらしく書く。四年くらい前に私が書いた回想録だ。龍頭公寓に関する記述は、書かれていないのであしからず。
以下、私が前に書いた回想録。今回は、これで締めだ。
小学生のときに父は突然、「転勤」を告げて来た。母と弟は目を丸くしていた当たり前である。行き先は北京。中国だ。
荷物はさっさと、一ヶ月でまとめられ小学生の僕は友達との別れで泣いていた。新しい生活への不安はその頃にはなかった。
北京での新しい生活が始まった。
周りは林と畑が地平線まで続く果てしない世界が広がった場所があった。その中を淀んだ緑色の川が憂鬱そうに流れていた。そんな風景の中に二つの異物が存在する。
一つは舗装された道路、それに一辺、1キロメートルにも及ぶ正方形の形をしたオレンジの壁であった。正方形の中は町である。
町のほとんどは住宅だ。アパートメント、一軒家、二世帯住宅、長屋のような家、プールがついた家。そこには、さまざまな種類の家があった。ただ、どの家もガラスをふんだんに使いオレンジ色のレンガを外壁に使用していたので、町全体が夕焼けのようだったのを、今でも覚えている。
そこに僕は越してきた。塀の中の町は快適だった。病院以外の施設はほとんどそろっていたし塀の外と違っていきなり人買いに、さらわれる心配もなかった。警備員が睨みを利かせて、カメラが見張りをしていた。両親と塀の外に行くときは
「離れちゃだめだよ。」
が口癖だった。小五だった僕にはちょっと鬱陶しかったけどその言い付けを守った。外の人達の大半は僕らが憎かったのか、買い物をすればボッタリ、睨んだり、急にそっぽを向かれたりした。
人が怖かった。何もしてないのに憎まれていた。何で?
三ヶ月も経てば生活も慣れてくる。友達が出来た。学校の勉強も皆のリズムに合わせられるようになった。学校で人気の陣取りゲームにも面白いから参加し始めていた。
ある日の朝食の時だった。父が変わっていた。
気付いたら変わっていたのだ。目は爛々と光を放ち、髪は少し薄くなり、背広にはしわもないはずなのに疲労の影が乗っていた。ついでに伸ばしていなかったヒゲも伸びていた。父は怖くなっていた。
父はそれからどんどん怖くなった。母はどんどん痩せてきた。
夜になり僕と弟を寝かしつけた両親が何事かをごにょごにょ話し合っていた。ドアにぴったり耳をくっ付けて聞いたけど何を話しているのかは分からなかった。ただ、何か「会社が不正」をしているらしい。聞こえてきた単語は、「フセ」、「ケイジン…」、「シホン」、「ツブス」といったものだった。
父が会社から逃げ帰ってきた。
荷物も持たず汚れた靴で帰ってきた父は僕達を前に
「父さんは、スパイごっこして帰ってきたんだ。」
と笑顔で言った。今にして思うと何で父は笑顔でこれを言えたのだろうか。結局、いまでも分からないままだ。
例によって書いておきますが、家族は誰一人欠ける事無く、元気に今も生きています。
次回は、ついに家族が夜逃げをする話です。あまり幽霊は出てきません。一応ホラーなのに、……。看板に偽りありですね。
とりあえずは、ここまで読んで下さって、本当にありがとう御座います。