その十一:鬼を見る
先輩達が鬼を見た話をしてくれたのには、わけがあった。鬼に気をつけろというのだ。
僕はその当時、高校に入学したばかりだった。そして初めて演劇部として舞台に立つ日が近づいていた。その舞台の演目が『僕らの国語算数理化社会』と『トシドンの放課後』だったからだ。ちなみに二本立てになった理由は、演劇部の部員が三十人近くいたので、二本立てで豪華にやろうということになった。
そして、本番の三週間前から練習は本格的なものになる。僕らは毎日、稽古をした。授業中は居眠りをし、家に帰っては食いまくり、布団に倒れこむ生活を続けた。
ちなみに、僕は自転車をこぎながら、寝たことがある。
学校まであとちょっとのところで自転車に乗りながら寝てしまった。そして、衝撃とともに目覚めた。ぶつかったのだ。幸いにも僕の体にも、自転車にも傷はなかった。しかし、ぶつかられたものは無事ではなかった。
僕がぶつかったものは車だった。路駐してあったミニバンの後部のナンバープレートのあたりにぶつけていた。バンパーがへこんでいたので、どこにぶつけたかはすぐに分かった。
僕は逃げた。
まあ兎に角、どこでも寝れるくらいクタクタになっていたのだ。そんな生活が一週間続いた。
そんな時に、鬼が現れた。幸運なことに僕が、いない時に現れてくれたので、僕はこの鬼は見ないですんだ。
同期の話によると、
「視線を感じて、上(音響室)をみたら、窓のところに人が立っていたんだ。で、その顔が赤いんだよ。でも、なんかおかしいんだよ。見ていたら、理由がわかった。顔が半分なくて、角があったんだ。したっけ、俺そのまま固まっていたら、先輩が『見るな!』って叫んだんだよ。はっとして、周りを見たら皆、夢から覚めたみたいな顔しているんだ。視線は感じたけど、そのまま稽古を続けたんだ。」
というような事を話してくれた。ただ、その話が思い出話として出ることは二度となかった。
ついでに、僕も鬼を見た。鬼騒動の二日後くらいのことだった。
夜中の十時半。月は半月よりも大きいくらいの大きさだった。
僕は稽古も終わり家に帰ろうと学校の廊下を歩いていた。無人の廊下を歩いていた時、目の前に影があることに気がついた。その影は教室の中から延びていた。
僕は開けっ放しにされた教室の扉から、教室の中を見た。
鬼が立っていた。シルエットしか見ていなかったが鬼だった。
二本の角に、人よりも一回り大きい体。
目が合いそうになったので、僕はあわてて逃げた。
帰り道で、僕は後ろを振り向けなかった。
それ以来、僕は鬼を見てはいない。