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おそみしる  作者: 脚呂
1/1

プロローグ

彼は自慢の腕時計をチラと見てから玄関の前でただいまと呟いた。


曇り硝子からはオレンジ色の光が溢れている。

彼は上着のポケットを右手でまさぐった。

皮の手触りを感じたると彼はそれを引っ張り出した。


緑色に染められた皮のキーケース。


彼にとって唯一の友人。

親友と言える友から結婚式に渡されたものだ。


「家を大事にしろよ」



あれからもう17年になる。

キーケースの角はもう丸くなってしまっていが、それこそが彼の宝物。


彼はケースを開き鍵を選んだ。

我が家の鍵。職場の鍵。職場にある金庫の鍵。営業車の鍵。

なにもついていないリングが2つ垂れ下がる。

「凄いよなあ」

彼は垂れ下がったリングを眺めながら呟いた。


今までキーケースについていた自動車の鍵はポケットにしまわれたままだ。

自動車に鍵が必要なくなるなんて誰が考えたのだろうか?


何年か経てば玄関の鍵も指紋認証になっていくのではないかなどとつい考えてしまう。


彼は胸のポケットに右手を入れた。

よくもまああれこれ入っているものだと自分に呆れながら煙草を取り出し、玄関に背を向け煙草に火をつける。


吐き出された青白い煙は天に向かって溶け込んでいく。

娘には臭いと嫌がられているが、彼にとっては欠かせないものである。

臭い臭いと言われても彼にとっては良い香りだし、煙を肺に深く吸い込んだ時は恍惚感すら感じる。


「まあ可愛い娘に煙草を勧める気にはならないけど」


彼は矛盾した言葉を発するが、自分では矛盾だと気づいてはいない。

煙草を踏み消し、外に置かれた灰皿に入れた。


自分で建てた家なのに‘煙草は外で‘と妻と娘に言われた時、僕はきっとハトが豆鉄砲食らったような顔をしていたのだろう。


娘の満面とも言える笑顔と、妻のちょっと困ったような笑顔は忘れられない。


僕は玄関に鍵を差し込んだ。


もう娘は寝ているだろう。

受験を控えているとは言え、時計は24時を指していた。


僕は扉を開けた。

温かい部屋の空気が外に吸い込まれていく。


子供の頃に見たアニメを思い出す。

宇宙船に穴が開いて機内の酸素が外に吸い込まれていく様だ。


温かい空気は酸素のようなものだと思う。

外回りで冷え切った体を癒してくれる。

それも家族のにおいのする空気ならなおさらだ。


僕は玄関で家族のにおいのする温かい空気を吸い込んだ。


今までこの大切さに気付かなった自分に腹が立つ。


家のにおいに欠けたものがある。


僕の妻だ。


彼女は。


この冬。


癌に


なった。



























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