くまさんとうさぎさんと仲良しの山(卅と一夜の短篇第11回)
あるところに、たくさんの動物たちが、仲良く暮らす山がありました。
くまさんは、その山のことも、山に住んでいるみんなのことも大好きです。しかしくまさんは引っ込み思案で、大人しい性格のため、みんなと話をすることが得意ではありませんでした。
みんなのことが大好きなのに……。くまさんは、悲しみました。
「どうして僕は、みんなみたいに、笑うこともできないの。みんなと遊ぶのは楽しいのに、なんで、なんでっ」
悲しくて、寂しくて、くまさんは家の中で一人、とうとう泣き出してしまいました。
くまさんは笑うことができませんでした。
楽しくても、嬉しくても、本人は笑っているつもりでも、少しムスッとしてしまいます。
引っ込み思案のくまさんは、自分から「遊ぼう」と誘うことができません。最初はみんなも、そんなくまさんを誘ってくれていたのですが、くまさんがムスッとしていたので、誘われることもなくなってしまいました。
一緒に遊びたいのに……。くまさんは、えんえん声を上げて泣きました。
「独りぼっちは嫌だよぉ。僕もみんなと遊びたいよ」
泣いても、泣いても、涙が溢れてきました。
涙が止まらなくって、それが悲しくなって、くまさんはもっともっと泣きました。
「くまさん、どうしたの? どうして泣いているの?」
後ろから優しい声がして、くまさんが振り返ると、そこにはうさぎさんが立っていました。
そして大切そうに抱き締めているにんじんと、泣いているくまさんの顔とを見合わせ、うさぎさんは言いました。
「これ、あげるよ。悲しいことがあったら、にんじんを食べると良いのよ。美味しくて、幸せになれるの」
にんじんは、うさぎさんの大好物でした。
いつも大切そうに抱きかかえていて、パクリと食べると、うさぎさんは幸せそうな顔をするのでした。
うさぎさんにとってのにんじんは、とっても大切なもの。だけどうさぎさんがくれると言ってくれたことを、くまさんは、とても喜びました。
嬉しくて、幸せで、けれど涙は止まりませんでした。
笑うこともできなくて、涙を止めることもできませんでした。
悲しそうな顔をしたままで、くまさんはにんじんを見ているのでした。
「もしかして、くまさん、にんじんが嫌いなの?」
「ちがっ、そうじゃ、そうじゃない……」
「それじゃあ、私だから、嫌なの? くまさんは私のことが嫌いなの?」
「……ちがぅ……そういうんじゃ……ぁないの」
くまさんの悲しみがうつったみたいに、悲しそうな顔をするうさぎさん。
暗い顔で質問をするうさぎさんに、くまさんは必死で首を横に振って、違うと否定をしました。
けれどくまさんが首を振るたびに、悲しくも涙は降り落ちるばかり。
「ごめんね、うさぎさん……。僕は大丈夫だから、うさぎさんは、みんなと一緒に遊んできなよ。きつねさんも、りすさんも、きっとうさぎさんのこと、待っているよ」
涙が止まらなくって、遂にはうさぎさんと一緒にいるのも怖くなって、くまさんはそう言います。
外からは楽しそうなみんなの声が聞こえてきていました。
うさぎさんは窓の方へと歩いていき、そこから外の様子を見ます。みんな、本当に楽しそうに遊んでいて、けれども混ざりたいとは思いませんでした。
本当はくまさんが優しいこと、くまさんだって一緒に遊びたいこと。それを知っているのに、くまさんを無視しているきつねさんたちよりも、うさぎさんは、くまさんと一緒に遊びたいと思ったのでした。
けれどもいくら誘っても、くまさんは泣いているばかりなので、うさぎさんも悲しくなって仕方がありません。
みんなと一緒にも遊びたいけれど、それはくまさんと一緒じゃなくちゃ嫌だと、うさぎさんは思います。
だのにくまさん自身が、みんなを拒絶しているような態度に、悲しくなってしまうのでした。
「どうしてくまさんは泣いているの? 何か理由があるのだったら、私に教えて頂戴。私ね、くまさんとおともだちになりたいの。くまさんが私のことを嫌いなら、私もみんなのところへ行くけれども、そうでないんなら、私はくまさんのところにいたいわ」
窓を離れて、またくまさんのいる方へ歩いて行くと、うさぎさんは優しくそう言います。
「……ありがとう。僕、うさぎさんにそう言ってもらえて、……とても嬉しい。だけど、僕と遊んでいたら、うさぎさんが他のみんなと遊べなくなっちゃうよ……。だから、だからっ、お願い、もう僕の家を出て行って」
泣きながらそう言うくまさんに、うさぎさんはまっすぐな瞳を向けました。そして、首を横に振ります。
くまさんの家から、出ていくつもりはないと、そういう意味でした。
「どうしてさ。僕の家、勝手に入ってこないで! もう、出て行ってってばっ!」
そんなこと、言いたいわけもないのに、くまさんはそう叫んでしまっているのでした。
いつもの会話では出ないくらいに、大きな声で、叫んでしまっているのでした。
どうしてこんな言葉ばっかり、くまさんは、自分が嫌で堪らなくなりました。
「WELCOME TO MY HOUSE」
泣き続けるくまさんに、うさぎさんはそう言いました。
「くまさんの家に、そう書いてある、看板が掛かっていたよ。ようこそって、歓迎してくれるんじゃないの? 私はにんじんを持っているわ。ねえ、一緒にパーティをしましょうよ」
たしかに、くまさんの家の扉には看板が掛かっていて、そこにはそう書いてあるのでした。
そこまで意味を持って、くまさんが書いた文字ではありません。けれども、だれかが家に訪れてくれたなら、看板を掛けたときに、くまさんはそういったことも思っていたのでした。
だれに見られることもなく、薄れてきてしまった文字ではありますが、うさぎさんはそれを見てくれたのです。
「パーティ? でも、僕とうさぎさんしか……いない」
「別に良いじゃない。何匹以上じゃないと、パーティじゃないって言われているわけじゃないし、二匹だってパーティはパーティよ。ねえ、くまさん、だめかな?」
当然のように言ううさぎさんに、くまさんは驚いて顔を上げます。
そして初めて、うさぎさんのその、まっすぐな目を見たのでした。純粋で清らかで、心からくまさんと仲良くなりたいのだと思っている、きれいな瞳でした。
うさぎさんの瞳を覗き込む、くまさんの瞳からは、いつの間にか涙が止まっているのでした。
「ううん、だめじゃない。一緒にパーティをしよう」
笑顔でうさぎさんの問いに答えて、パーティの用意をするために、くまさんは家の奥へ行くのでした。
たくさんの食べ物を並べられる、大きな机を用意します。蓄えてあった木の実もたくさん持ってきて、魚や肉も並べて、すぐにパーティの用意は完成したのでした。
手際良く作業をするくまさんは、本当に楽しそう。それを見ているうさぎさんも、本当に嬉しそうでした。
「楽しそうなパーティだね。くまさん、うさぎさん、俺たちも混ぜてもらえないかな」
二匹が料理を食べたり、話をしたりしてパーティを楽しんでいると、そこにみんながやってきました。
外で遊んでいたきつねさんたちが、楽しそうなパーティをしているのを見て、参加したいとやってきたのでした。
「くまさん、どうする?」
心配そうにしながら、うさぎさんはくまさんに訊ねます。
「うん、良いよ。うさぎさんとの秘密のパーティも良いけど、みんなで賑やかなパーティは、きっともっと楽しいから」
きつねさんに答えるくまさんは、笑顔でした。
大好きな山で、大好きなみんなと、一緒に遊ぶその楽しさを、笑顔で表すことができていたのです。
引っ込み思案で、大人しい性格のくまさんですけれど、それからはムスッとすることはなくなりました。
みんながもっとくまさんを好きになってくれたので、くまさんもみんなをもっと好きになれたのでした。
山のみんなは、いつでもずっと仲良しで、楽しく一緒に遊んでいるのでした。
今日は何をして遊んでいるのかな?