徒花
初夏の爽やかさはどこへやら、段々とじめじめと蒸し暑くなってきたこの部室で、私達文芸部は今日も静かに騒がしく活動していた。
「ちょっと!そのアイス私が先に取ったでしょ!」
「へへーん、私が買ってきたんだもんねー」
「このっ!じゃんけんよじゃんけん!そういうのは無しって由美が言ってたじゃん!」
「えー?いつの話かなー?由美お馬鹿だからわかんなーい」
「…かっちーん。由美が悪いんだからね、私に手を出させた由美が…」
「あー!そうやってまたすぐ手を出すんだー!真里って煽り耐性ないのー?」
「そんなこと言われれば誰でもキレるわ!!このっ!」
「…いい加減にしないと由美も真里も部室から追い出すよ?」
「「ごめんなさい部長」」
はぁ。高校生にもなってアイスの取り合いなんて…
呆れながら二人を見つめる私は二年生の若葉奏。
先ほど煽られていた1年の真里は、学年主席の優秀な子ではあるのだが…
如何せん煽り耐性が低く、同学年の由美の遊び道具にされている。
由美が煽り、真里が喧嘩を買い、そして我らが部長が収める。といったルーチンが三ヶ月程度の間で出来上がった。
部長はいかにもといった文学少女で、メガネを掛け、綺麗な黒髪を三つ編みで纏めている。
名前は早川月、というのだけれど、本人は名前であまり呼ばれたがらないので、みんな”部長”と呼んでいる。
外見からは想像もつかないけれど、意外と部屋はファンシーな感じで、ぬいぐるみで一杯らしい。
部長が小説を読んでいる姿はとても様になっていて、これだけで一枚の絵画としてもおかしくないくらい。
ピンと背筋を伸ばして、ページをめくる。夏のそよ風に揺れる三つ編みはとてもとても綺麗で。
いつからだろう、その姿に。
胸が高鳴るようになってしまったのは。
そう、私、若葉奏は部長に同性ながら恋をしてしまったのだ。
自分の心はまるでわた雲のようで。ふわりふわりと宙に浮き、そよ風でも揺れ動いてしまう。
自分の気持ちに気づいてから私はきっと変わったのだと思う。
前はこんな擬音を使った比喩なんて使うのは質じゃなかったのに。
本のページをめくったり、髪をかき上げる仕草。
そんなふとしたことで私の鼓動は簡単に乱されてしまう。
この気持ちはきっと、恋と言うより愛といったほうが近いのかもしれない。
中学の頃に男の子を好きになったことだってあったけれど、その時はこんな気持ちになったりはしなかった。
でも、そんな先輩とは後一ヶ月でお別れ。
部活を引退するだけだ。会えなくなるわけじゃないし、同じ学校に通ってもいる。
けれども会える機会は確実に減ってしまうだろう。
部室に寄ることも減るだろうし、いよいよ本格的に受験生だと思うと、こちらから会いに行くのも躊躇われてしまう。
たったそれだけのことがすごく辛くて、思わず涙が零れそうになる。
そう思うと、今この瞬間にこの気持ちを伝えてしまいたい、先輩に離れていってほしくない、とも思うけれど。
伝えたところで先輩からの返事はきっと"NO"
そして、一度口に出した言葉は二度と戻ってはくれない。
元の仲の良い先輩後輩の関係には後戻りできなくなる。
それが簡単に予測できてしまえるからこそ悩んでいるのであって。
”この気持ちが無くなってしまえばいいのに”と考えたこともあったけれど、自分の気持ちを否定することだけはどうしてもできなかった。
先輩の最後の大会は、全作品県大会止まりで終わった。
「…はぁ。ダメだったかー…」
「由美の、結構いい線いってたと思うんだけどな、私」
「意外、真里が由美を褒めるなんて」
「うえっ!?部長、ひどいですよ!そんなこと言うなんて!私だって落ち込んでる同級生を慰めてあげたりしますって!」
「なーんだ、同情か…ちぇっ」
「ふふっ、冗談」
「…部長は心残りとか、ないんですか?」
「…そりゃ三年間一度も全国行けてないのは寂しいけどさ。私が一年生の時は廃部になりそうで、先の大会に進むとか考えてられなかったんだ」
「…そうだったんですか」
「でも今はみんながいてくれるから…心置きなく引退できるかな」
「…部長の作品、私は好きでしたよ」
長いこと黙り込んでいた私が突然話し始めたことに、部長は少し驚いた顔をしたけれど、
「…ありがと、奏」
と短く一言返し、大人びた笑いを浮かべた。
その笑顔に思わず高鳴る胸を押さえて私は声をかける。
「…部長。後で言いたいことが、」
「ほら、二人とも道広がらないで。後ろの人のじゃまになってるよ」
「はーい、ごめんなさい部長」
「由美先行ってよ、行きの時靴踏まれたから後ろにいられたくないの」
「うわ、慰めてくれた相手にそういうこと言う!?」
「…二人とも静かに。周りの人に迷惑……奏、何か言った?」
「あ、いや…なんでもないです」
「…そっか」
一回黙りこんでしまうと、二人の沈黙を破るのがなんだかとてもいけないことのように感じられて、私はこの後部長と話すことはできなかった。
結局、私は先輩にこの気持ちを伝える決心はできなかったのだ。
全国まで進めれば、たったの二週間だけど一緒に居られる。と意気込んだはいいものの、それは叶わなかった。
私には、これだけのことしかできなかった。
季節は移り変わり、日ごとに暖かさが感じられる春となった。
今日は先輩の卒業式。
これが終わってしまえば、同じ学校という共通点すら失われてしまうのが、とてもとても残念で。
先輩は最後の大会の後も突発的に訪れてくれたけれど、それも秋に入ったあたりから無くなってしまった。
先輩が来てくれないのなら何か理由をこじつけて会いに行こうかな、なんて考えたりもした時もあったけれど、自分の中で決めていたから。
卒業式の日、先輩にこの気持ちを伝えるということを。
半年の間の我慢はとても辛かったけれど、それだけの時間があったことで私は告白する勇気を持てるようになった。
この半年、どんなに抑えようとしても、この気持ちはどんどん大きくなり続けた。
この告白がどんな結果になろうとも、きっと伝えなければ私は一生後悔し続けるから。
この気持ちを伝えなきゃ、とそっと声に出し、自分を鼓舞しながら昇降口へやってきた。
ここで待ち伏せをして、という算段だ。
昇降口で先輩が出てくるのを今か今かと待ち続けて早三十分。
ガラスに写った私を見ながら前髪を整えたり、時々廊下の方まで先輩がいないか覗きに行ったりしながら待つ時間はとてもとても長かった。
そして待つこと五十分。やっと見つけた先輩の横には。
別の誰かが既にいた。
いや、誰かというよりも”彼”と形容する方が正しいか。
ただの友達では?とも考えたけれど、彼の横に立つ先輩の顔は私と同じ、恋する乙女の顔で。
彼の言葉を聞いて笑う先輩の顔は、私が見てきた笑顔じゃ比較にならないほどの素晴らしいもので。
隣にいて、先輩にあんな顔をさせられるのはきっと彼だけなのだろう、とわずか数瞬で悟ってしまって。
私の気持ちはきっと先輩の幸せを壊してしまう。
そう思うとあれだけ積もっていた想いがなんだかとてつもなく邪悪なものに思えてしまえて。
私は結局、声をかけられずにそっとその場を逃げ出した。
逃げ出した私は行く宛もなくさまよい、花畑にたどり着いた。
学校近くの山にひっそりとある、地元の子供達もあまり知らない秘密の場所だ。
小学校低学年の時に山で鬼ごっこをしているうちに迷い込んだので、見つけられたのはほんとうに偶然だ。
一回目の道なんか覚えていなくて、二回目にたどり着いた時には朝から探していたのに見つけた時にはもう夕方になってしまっていた。
小さい頃から来ているので、きっと無意識に来てしまったのだろう。
私が泣いた時、迷った時。私はここに来て、ゆっくりと心を落ち着かせる。
それぞれの量は少ないものの、たくさんの種類の花が揃って咲き誇っていた。
春の陽気に包まれて、花達は美しい花びらをつけていた。
私はしゃがみこんでその内の一つ、アネモネの花びらをそっと触った。
アネモネの濃い赤が、まるで私の恋のようで。
思わずこぼれた一筋の雫が、アネモネの花びらを打った。
感情の堰が一度切れてしまえば、後はもう止められない。
流れだした涙はとどまることを知らなかった。
高校二年の春、私は失恋をした。
蛇足気味ではありますが一応補足をさせていただきます。
アネモネの花言葉には
「はかない恋」
「君を愛す」
などというものがありまして、一応それを意識して書かせていただきました。
まだまだ執筆を始めたばかりの処女作で、見るに堪えない稚拙な作品だったとは思いますが、よければ批評をしていただけると作者は喜びます。
読了ありがとうございました。




