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第四話

 自衛隊、警察、レスキュー隊、その他大勢のやじ馬たちが集まってくる前に、俺は家路につくことにした。何かと面倒なことになりそうだと思ったからだ。取調室で何時間も尋問されている自分の姿が、頭の中に浮かんだ。


 そそくさと被害現場を離れ、崩壊した建物を見やるほどの場所に落ち着く。綺麗に区画整理された住宅街の一角だった。


「お帰りですか」


 上から声がした。見上げると、しずくが宙に浮いていた。スカートの中が丸見えだった。


「よっしゃあ」と俺は呟く。


「何か良いことがあったのですか?」


「ああいや、何でもない」


 しずくから目を離し、平静を取り繕った。少しだけ良い思いをすることができた、と俺はさっきの光景を脳内に保存する。


 しずくは訝ることもなく、静かに地面に降り立つ。短い黒髪が一瞬ふわりと浮かんで、はらりと戻った。


 彼女のメイド服は血に塗れたものから、新品同様の綺麗なものに変わっていた。


「その服どうしたの? いつ着替えを?」俺は不思議に思って訊く。


「私の服は強力な気化促進繊維が織り込まれています。液体の汚れなどは少し経てば、蒸発し、消えてなくなります」


「へぇ、そうなんだ」どうりで抱き寄せられたとき、血塗れなのに、乾いてさらっとしていたわけだ。「あともう一つ聞いていい? お前どうやって飛んでんの?」


「反重力物質を使用して作られた特殊機構のパーツが両足に内蔵されています。それを駆使して空中に浮かんでいるのです」


「ふ、ふうん」


 すごいな、という感想しか浮かんでこなかったので、訊いておいて悪いが、適当に相槌を打った。と同時に、彼女は何か特別な改造の施されたアンドロイドなのだと確信した。


「向こうは片付いたのか?」俺はさっき巨人が現れた場所のほうを指さす。「けが人とか、被害にあった人は助けられたのか?」


「はい。足を怪我して動けなくなった人、瓦礫の下敷きになった人、そのほか傷を負った人、すべての被害者を安全な場所にまで運びました」


「そうか。ならあとは救助隊の人に任せよう。きっと命は救ってくれるさ。俺たちはもう帰ろう」


「かしこまりました」


 もうすぐ、日が沈む。綺麗な夕日が遥か遠くで光り輝いていた。俺はポケットに手を入れてとぼとぼと歩きはじめる。三歩後ろをしずくがついてきた。


 百年という歳月を費やして、俺は強くなった。強くなった、はずだった。しかし、現実は違った。俺は依然として弱く、しずくがいなかったら豚の怪物にも巨人にも勝てなかっただろう。不死身なので死ぬことはないが。


 百年かけて積み上げたプライドがたった数十分で、跡形もなく消え去った。情けなくて仕方がない。


「マスター、泣き足りなければ、私の胸の中で」


 エスパーか。


 俺はじわりと滲み出た涙をさりげなく拭う。「な、泣いてないよ! これは心の汗さ!」


 しずくは無表情で目線を斜め下に向けた。「あの、何がマスターを苦しめているのか教えてくださいませんか? 私がその原因を取り除いて差し上げます」


 お前だけど、とは言えず、俺は口をつぐんだ。彼女が悪いわけでない。彼女のせいにしたら、八つ当たりになってしまう。さらにみっともないことになることは確実だった。


「いや、俺が弱いのがいけないんだ」そういうことにした。


「マスターはお強いです。この世の誰よりも、気高く格好いいです」


 淡々と褒めるしずくに俺は軽くイラッとした。悪気はない。恐らくプログラミングされた、ご主人様絶対主義のアルゴリズムに従って言葉を発しているに過ぎないのだ。ただ、そうだとしても色々と察してくれと願った。


 自分より強いやつに、『あなたは強い』と言われる者の気持ちを。


 哀れ過ぎる。


 俺は苛立ちの眼差しでしずくを一瞥した。


「もう今日は解散にしよう。お前はあの洋館に帰れ。また助けが必要になったら呼ぶから、それまで待機ってことで。じゃあな」


 しばらく一人になりたい気分だった。そしてこれからどうすればいいか、じっくり考えたかった。俺はしずくに別れを告げ、ゆっくりと足を送り出した。


 これから――


 俺はどうしたらいいだろう。このまま生き続けて、怪物たちと戦えばいいのだろうか。しかし、今日の体たらくを鑑みるに、対峙したとしてもすぐにやられてしまうのではないだろうか。そんな戦力の足しにもならない存在が、戦いに挑んでもいいのか。


 きっとだめだ、無駄に被害を増やすだけだ。


 なら、どうする?


「あ」俺はふと、全く関係のないことを思い出した。「夕飯の買い出ししないと……」


 スーパーに寄って、何か買っていこう。考え事は晩御飯を食べてからにするか。腹減ったし。


 帰り道の途中にある、適当なスーパーに立ち寄った。『スーパー三千心』という名前の所だった。


 今日はカレーにしようと思い、店内で必要な食材をかごに入れていく。おっと、そういえば米を切らしてたな。カートを持ってきて、十キロのコメ袋を下段に置く。


 このくらいで大体揃ったかな。


 カートを押して無人のレジに向かう。レジには手の形を模した、タッチパネルがいくつも並んでいた。支払いは、手のひらの静脈認証で行われる。スキャンされた情報から、そこに登録された口座もしくはクレジットカードの番号を読み取り、引き落としがされるのだ。


 俺はいつも通り、パネルの上に右手を乗せた。すると、一秒もしないうちに赤色の3Dホログラムが右手の甲の上に現れた。警告のメッセージが表示されていた。


『残高が足りません。現金でお支払いください』


 親父め、と舌打ちする。仕送り遅れてんじゃねーよ。


 俺はしょうがなく、マジックテープ式の財布を取り出し、バリバリと音を立てながら、開いた。


「げっ」


 が、悲しいことに所持金は僅かで、今日の夕飯代に遠く及ばなかった。


 どうしようと困っていたら、後ろから小さな手が伸びてきて、俺の目の前のタッチパネルに置かれた。


『支払いは完了しました。またのご利用お待ちしております』


「マスター、これでよろしいですか?」


 俺はそう訊いてくる、しずくの顔を見つめた。


「いや帰れよ!」


 スーパーに入る前から気づいてはいたが、あえて無視をしていた。メイド服の女の子が自分の後をひょこひょこついてくる状態を。


「あのさあ、俺、帰れって言ったよね? どうしてついて来てんの?」俺は引きつった顔を見せた。


「私はマスターのメイドです。マスターのお傍を離れるわけには参りません。マスターの身を守るのが私の役目です」


「それはメイドとはいわない。ボディーガードというんだ。そしてお前はボディーガードじゃなく、メイドだ。ご主人の命令に従うのが仕事だ」


「はい、存じております」


「なら帰れ」


「今日のお夕飯は何になさいますか?」


 聞いちゃいねぇ。絶対に帰らないつもりだ、こいつ。しかも晩飯を作りに家まで来るつもりだ。


 しずくは手慣れた動きで食材を一つのレジ袋に入れていった。それを右手に提げ、十キロの米袋を軽々と左肩に乗せる。


 俺は深い溜息をつき、彼女の顔をまじまじと見据えた。


 ――あれ?


 今、一瞬だが、しずくが嬉しそうな表情を見せたように思えた。しかし瞬きをすると、見慣れた無表情が目に映った。


 気のせいか……

 俺は目をごしごしと擦った。


「マスター?」しずくが首をかしげる。


「何でもない」


 俺はしずくの持つレジ袋と米袋を交互に見て、レジ袋に手を伸ばした。「片方持つよ」


「いいえ、私が持っていくので、大丈夫です」


「命令だ」


 するとしずくは大人しくレジ袋を差し出した。


 こういう命令は簡単に聞いてくれるのにね。


 俺はレジ袋を受け取り、店の出入り口に向かって歩き始めた。「今日はカレーだ」


「お任せください」


 しずくも、俺から三歩下がって歩き出した。


 まあ食材代出してくれたし、無理やり返すのもなんだかな。いや無理やり帰すことができるのかは分からんけど。


「ん? でもなんで払えたんだ? アンドロイドなのに」


 支払いは静脈認証で行われる。機械の体のアンドロイドに静脈があるとは思えない。


 しずくは俺の問いに冷静に答えた。「私には、製造者から専用の銀行口座が与えられています。また、ある程度の金銭は持ち合わせています」


「いや、俺が気にしてるのはそこじゃなくて、まあそこも気になってたとこではあるけど。静脈認証はどうクリアしたんだよってことが一番知りたいの」


 しずくは手のひらを俺に向けた。「私は最新のバイオテクノロジー、再生技術、生物工学、機械工学を駆使して造られた人造人間です。骨格と脳と幾つかの臓器のほかは、ほとんど人間と同じ素材で出来ています。なので静脈もしっかり配線されています」


 え、と俺は思わず声を漏らしていた。それから、ぽかん、と口を開く。


「……俺の知ってるアンドロイドじゃない」


 精密機械に人間の皮膚を被せたものではなかったか。しずくが特別な個体であることは薄々感づいてはいたが、これは予想外だった。というかその説明だと、ほとんど人間じゃん。機械じゃないじゃん。


 そうだ、と俺は思い立って、小型端末をポケットから取り出し、操作した後、しずくの目の前に突き出す。


「お前の製造番号、言ってくれ」


「DFGH-CVBN-0741、HiTec社製の……」


「もういい、ありがと」


 俺はすぐに端末の画面を見る。そこには『検索中……』という文字が立体的に浮かんでいた。数秒後、検索結果が画面に表示される。


 それ見て、俺は言う。


「お前整形でもしたの?」


「?」


 俺は端末の液晶をしずくに見せつけた。「HiTec社のホームページでお前の製造番号を検索した。どうだ、この見た目」画面に映っているのは、しずくの二回りも三回りも大きい腹回り。しずくの倍はある顔面。しずくの清潔感とは正反対の不潔感を醸し出す、メイド服を着た中年の女性型アンドロイド。「はっきり言おう。このアンドロイドはブスでデブで不快指数マックスだ。謳い文句にも『全世界のゲテモノ好きに捧ぐ』と書かれている。かなりマニアックな層をターゲットにした個体だろう。しかし今はそんなこと問題じゃない。問題なのは、お前の製造番号とこのブサイクアンドロイドの番号が一致しているということだ。これはどういうことだ?」


「個別オプションだと思われます。基盤はそのアンドロイドだとしてもカスタマイズ次第で容姿他、機能面も拡張することが可能です」


「この変わりようがカスタマイズだというのか。あり得ない。これは明らかにカスタムできる限界を超えている」


 そこまで言って、俺は気づいた。「基盤、か……なるほど、そうか、製造番号の書き込まれた部品だけを流用してるんだ。それがどの部分かは知らないけど、だから製造番号だけは一緒なんだ。そうなんだろ?」


「マスターのおっしゃっている意味が分かりません」


「プロテクトか。当然だな。何としてもこのブサイクと同一個体で押し通す気か」


「……」


「ああ、俺の言ったことはもう忘れてくれ。全部推測だから。もっと確実性がとれたらまた話すと思う。とりあえず、お前がただのアンドロイドじゃないってことが分かっただけでも収穫だ」


「何よりです」


 俺は端末に映っている醜いロボットをまじまじと見つめた。それから、しずくの顔に視線を移す。


 何にせよ、可愛くてよかった。

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