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第三話

 体が元通りの状態まで回復すると、俺はしずくを連れて人目のつかなそうな崩れかけのマンションの近くに移動し、すぐに彼女の両肩を掴んだ。


「お前、一体何なんだよ!」


 驚きを露わにしながら、彼女に詰め寄る。「何者なんだ!」


 しずくは無表情を崩さずに口を開く。


「私は製造番号DFGH……」


「違う! そういうこと言ってるんじゃない! 普通のアンドロイドなんかじゃないだろって言ってんだ」


「私はアンドロイドです。家政婦用の機能を搭載した最新型です」


「んなわけあるか! どこの世界に体長五メートルの怪物をたった一蹴りで抹殺する家政婦アンドロイドがいる!?」


「ここに」


 彼女は相変わらずのポーカーフェイスで俺を見つめてきた。

 ふざけた解答だが、冗談ではなさそうだ。そもそもアンドロイドってジョークとか言うのだろうか。


 俺は呆れて、ため息をつく。


「……ならなんでお前、そんなに強いんだよ」


 そうぼやいた俺の声には悲壮感が漂っていた。


「私はマスターの身の安全を任されています。マスターに危害を加える者には絶対に屈しません。速やかに排除します」


「なんだよ、それ……。答えになってないし。大体そんなこと誰に頼まれたんだよ」


「マスターのご友人です」


「だから誰だよ、それ……」


「……」


 しずくからの返答はなかった。たぶん、その人物に関する情報にプロテクトがかかっているのだろう。彼女は設定された通り、決してそいつの事を口走ったりはしない。


 だけどなんとなくその人物に、俺は察しがついていた。恐らく師匠の事だ。師匠は俺がまだまだ未熟で、あの豚の怪物にかなわないことを知っていたんだ。だから俺より数段強い彼女を味方に付けさせたんだろう。


 自分の情報に鍵を付けたのは、俺の心を傷つけないための策だろうか。


 逆効果だよ、師匠。


 俺は無残に砕け散った自尊心を胸中に漂わせた。そして目の前にいるしずくを見据える。


 いくらアンドロイドとはいえ、人間でないとはいえ、こんな細身で小柄な女の子より俺は弱いのかと思った。


 なら死ぬ気で修行した今までの100年は一体何だったんだよ。


「マスター……?」


 しずくが不思議そうに小首を傾げる。絹のように綺麗な黒髪がわずかに揺れて、紫色の目が少し見開かれる。


 くそ、あざとかわいいな、ちくしょう。


 俺は情けなさとやるせなさを感じて、なんだか泣きたくなった。いや、すでに泣いていた。ぼろぼろと涙の粒が頬をつたっていた。それがまた情けなくて、切なさがあふれでてくる。ていうか俺弱すぎ。


「マスター、どうぞ」と、しずくがハンカチを俺の前に差し出してきた。ありがとう、と震えた声を出して俺はそれを受け取る。そして涙をぬぐう。


 そうするといきなりしずくは、俺をぎゅっと抱き締めてきた。


 俺の顔が彼女の慎ましい胸に包まれる。若干の膨らみがとても柔らかかった。

 彼女の甘くていい匂いが鼻腔を抜ける。すごく心を落ち着かせる香りだった。


 だが俺の心が沈静化することはなく、それどころかどんどん心拍数が上がっていった。初めての女の子の香りと、おっぱいの感触で俺はドキドキしていたからだ。


「い、いったい何をしているのでしょうか……?」


 思わず敬語になってしまう。


「マスターの心を癒すのも私の務めです。泣きたいときは私の胸の中で思いきり泣いてください」


 そんなに胸大きくないけども、という言葉が頭に浮かんだが、胸にしまっておくことにした。この場に相応しくないと思った。


 ありがとう、とだけ言っておいた。


 少し泣いて、俺はしずくから離れる。「もう大丈夫」


 しずくは、わかりましたと返した。


 なんなんだろうか。突然、気まずい空気が流れだした。俺は意地悪そうな笑みを浮かべて、その空気を回避する。


「そういえばお前、さっき俺に危害を加えるものは速やかに排除するとか言ってたけど、ほとんど俺が怪物にやられたあとで助けに来たよね。俺が不死だったからよかったものの、生身だったら死んでたよ。任務全うできてないじゃん」


「それについて申し訳ありません。マスターがあまりにも張り切っていたので邪魔するのもどうかと思ったんです。不死の事はマスターのご友人から知らされていたので、私も油断していました。ですが……」しずくの目がキラリと光る。「次からは対象がマスターに触れるよりも早く、その対象を抹殺排除します。マスターの体には一つの汚れも与えません。ご安心ください」


「そ、そっか……」


 うん、責めといてなんだけど、家政婦の言うような事じゃないよね。普通の家政婦は絶対、抹殺排除なんて言葉使わないと思う。


 やっぱり特殊な改造が施されているんだろうな、この子には。


 俺は、ふう、と一息つくと、「帰るか」としずくに言った。


 なんにせよ、ひと段落だ。師匠の話によると怪物はまだこれからも出現するらしいが、とりあえず今日のところはもう豚の怪物を倒したし、帰路についていいだろう。


 しかし次の瞬間、大きな地響きとともに新たな怪物が姿を現す。


 俺は後ろを振り向き、怪物の姿を視界に捉える。


 体長五十メートルほどの巨人だ。全身が真っ黒で、出現したあたりの建物を手で掴み、口に運んでいる。


 でいだらぼっち、という言葉が俺の頭をよぎった。


 一日一体とか、そういう決まりじゃないのかよ!


 予想外の展開に俺は唖然とした。しかも巨人が現れた場所は今いる場所から、それなりに遠い。全力で走っても十分はかかりそうだ。


 俺は舌打ちをした。早く現場に行かなければ。


「行くぞ、しずく!」


 俺は振り返り、しずくのほうを見る。すると彼女は手のひらにバスケットボール程の大きさの球体を浮かべていた。それは発光し、直視するには眩しすぎた。


「え、なにそれ?」


「気功弾です」


 しずくは俺の前にでると、手のひらを遠くにいる巨人の頭に向けた。そして「よいしょ」という可愛らしい声とともに、手のひらにくっついていた気功弾なる光の球体を巨人の頭めがけて超スピードで放った。


 それは衝突と同時に巨人の頭を消し飛ばす。巨人の黒い体がいとも容易く瓦解していった。俺は茫然とその様子を眺める。


 いやいくら俺を守るためとはいえ、強さが反則的過ぎるだろ……。


 なんかもうプライドが跡形もなく消え去るのを感じた。


「終わりました」


 しずくの言葉に俺は首を振る。「いやまだだ。まだ被害にあった人を助けないと。逃げ遅れた人がいるはずだ」


「かしこまりました、マスター」


 あれ、別に今のは命令でも指示でもないんだけど。


 突如として、しずくは宙に浮かぶ。


「えっ、うそっおまっ、え!!」


 彼女はそのまま上昇していく。


「マスターはここで待っていてください」


 高さ百メートルほどで一旦止まり、次の瞬間、音速にも等しい速さでしずくの体は被害現場に向かっていった。


 へえー、あいつ空も飛べるんだ。すごいね。


 俺は天界で100年修行したが、あいにく気功弾も空を飛ぶ術も持ち合わせていなかった。

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