第二話
人間界に舞い戻った俺は、怪物にやられて死んだ時と同じ格好をしていた。無事に希望通りの日にちに生き返ることができたのだと安心する。腕時計を見て、まだ午前中であることを確認した。
怪物が現れるのは確か午後三時過ぎだった気がする。
少し時間があるな。
俺は師匠からもらった紙切れを取り出し、書いてある住所を確かめる。
なんと、今立っている場所の近所を指し示していた。
時間あるし、行ってみようかな。
「えーと、こっちだよな」
俺は振り返り、小ぶりな山に向かって進んでいった。山奥まで歩を進めると古びた洋館が見えてきた。壁はツタで覆われ、幽霊屋敷のような外観だ。人は住んでいないように思えた。
ここ、かな。
「お邪魔しまーす」
俺は一応そう言いながら、それなりに重量のある入り口のドアを開けた。
まず目に飛び込んできたのは、埃まみれの広大な空間とその中央にある大階段だった。
ホラーゲームに出てきそうな建物だな、と思った。
「ふうん」
でも拠点にするには悪くないか。人目につかない場所にあるから秘密の基地みたいでワクワクするし。あ、でも水道とか電気とか通ってんのかな。ガスとか使えなさそうだけど。
別に通ってなくてもいっか。ここに住むわけじゃないしな。
「さて、と……」
どうしよっかなー。とりあえず探索してみよっかなー。
俺は探索を理由に歩き始めたが、本当の目的はほかにあった。
それは地下室に行く扉を探すこと。
師匠の下ネタを嫌悪した俺だったが、女性型の可愛いアンドロイドと聞いてウキウキしないはずがなかった。
あれやこれや、色んなプレイ……もとい、やりたいことが頭に浮かんでくる。ほとんどエロイことだけど。
別にいいじゃんよ。相手はアンドロイドなんだから何やってもさ。
とかいう下心を表に出さないように、あくまで探索という理由付けをカモフラにして俺は歩く。
拠点にするなら建物内の構造をしっかり調べとかないとね。把握しとかないとあとで困るからね。
誰も見てないのに心の中で言い訳をして俺は地下室への扉を探した。
案外、早くに見つかった。
隠し扉とかになってるのかなとか考えたけど、そんなことはなかった。普通にドアがあって、開けると地下へと続く階段が続いていた。
はやる気持ちを押さえながら一段一段降りていき、地下室に到着する。
当たり前だが真っ暗だった。俺は傍にあったスイッチ的なものを押してみた。地下室内の明かりが点灯し、部屋中を照らす。
そこはまるで研究室のようだった。木製の机と椅子が散乱し、いくつかの書類が床に落ちている。そして部屋の奥には酸素カプセルを一回り大きくしたような物体が何個も並んで配置されていた。
レトロだけど近未来的な研究室だった。
俺は並んでいるカプセルの一つに何かが入っていることに気が付く。近づいてよく見てみるとそれは人間のようだった。
メイド服を着た身長百十センチくらいの少女。おかっぱ頭の黒髪で、色白の肌が何ともすべすべしてそうだ。彼女は瞼を閉じ眠っている。
すげえかわいいけど……もしかしてこの子が例のアンドロイド?
いやいやリアルすぎでしょ。
こんなに人間ぽかったっけ、アンドロイドって。
俺は人間界での思い出をよみがえらせる。
もっとこう機械っぽさを隠しきれてないような感じだった気がする。ただ機械に皮膚を被せただけっていうような見た目だったような。
でもここにいる少女はそういう機械臭さというものが全く感じられなかった。むしろ人間臭さが漂っている。
この子だよな……。
俺は念のためほかのカプセル内も確認する。しかし蛻の殻だった。
動かしてみたら、なんだやっぱり機械じゃんってなるかも。
俺はどうやって起動するんだろうと少女が入っているカプセルを調べる。すると右側面にひと際目立つ大きなボタンを見つけた。
押してもいいかな。爆発とかしないよな。
少し迷ったが、押すことにした。
ポチッとな。
ブシュウゥーという音を出してカプセルから煙が出る。
え、何! 爆発? 爆発した?
次にウィーンという機械音を出してカプセルの正面が上に開いていく。
開き切るとカプセルからの音が止む。
少女の体が外気に触れた。俺は手を伸ばして彼女の頬を触ってみる。ドッキドキだった。
つんつん、とつつく。とても柔らかかった。そしてほんのり温かい。やっぱり人間なんじゃ、と思ったその時、少女が目を開けた。
紫色の瞳が俺を見つめてくる。
「……マス、ター……?」
少女のか細い声に俺はドキッとした。
ややややばい! 俺は決して暴行を加えようとしてないし、加える予定もない! ただ純粋に触ってみたかっただけだ! 変態じゃない! 犯罪者じゃない! だから逮捕しないで、お願い!
体は膠着状態になりながらも、頭はフルで回転した。現行犯逮捕、起訴、裁判までをシミュレートした。鮮明なイメージが次々と過っていった。
「どう、したのですか……? マスター」
少女が不思議な顔で小首を傾げる。
この日の最大瞬間風速で俺の雑念が飛んで行った。
あ、この子、かわいいわ。
俺は冷静を取り戻しカプセルから離れ、少女に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
なんとも紳士的な俺。これは好感度アップ間違いなしである。
少女が俺の手を握り、カプセルから出て、地面に降り立つ。
「えっと、君は……?」俺は目をきょどらせながら声を発する。
「しずくです。マスター」
「お、俺は上村隆介」
「把握しました。マスターの名前はウエムラリュウスケというのですね」
「う、うん。えーとキミは、アンドロイドでいいんだよね」
「はい。私は製品番号DFGH-CVBN-0741、HiTec社製の家政婦用アンドロイドです」
「か、家政婦なんだ」
とりあえず本当にアンドロイドらしい。そのことについては少しほっとした。
で、もう一つの疑問。
さっきからマスター、マスターって呼ばれてるけど俺、彼女にそんな設定したっけ?
俺は彼女のメイド服をじろりと眺める。
そうか、誰かが勝手に俺をマスターに設定したんだな。
「さっきから俺のことマスターって言ってるけど、もしかして前の持ち主とかに俺のことをそう呼ぶように設定されたの?」
「主人登録はマスターのご友人が設定されました。マスターという呼び方もその時に登録されています」
「それって……いつ?」
「2015年、九月三十日、二十二時四十二分、三十六秒です」
2015年って今から100年前じゃないか、そんな時代に友達なんていないぞ。大体、俺生まれてもいないし。
そこで仙人の顔が浮かんだ。
ああ、そうか。どうせ師匠が設定したんだな。あの人なら時空を飛び越えてもおかしくない。
だけどアンドロイドが普及し出したのって五年前くらいからだよな。んー、意味わからんくなってきた。
それも師匠がなんかしたんだろうと俺は結論付けた。
「……あ! そうだ。今何時?」
「十四時三十分、二十三秒です」
やばっ、もうすぐ怪物が出現する頃だ。そろそろ行かないと。
「キミ……えっと、しずくはここにいてくれ、おれちょっと出かけてくるから」
「どこに行かれるのですか?」
「ん、ちょっとね。怪物退治に」俺は軽い口調で答えた。
「それは戦いに行くということでしょうか」
変なことを訊いてくるなと思ったが、俺は「そうだよ」と返した。
「わかりました。同行します」
「へ? いやいや。来なくていいって、ここで待っててくれればいいから」
「マスターのご友人からマスターの身の安全を託されています。一人で戦いに行かせるわけには参りません」
だから友人って誰だよ! どうせ師匠のことだろ!
「じゃあ、命令な。マスターからの命令なら抗えないだろ。ここで待ってろ」
「同行します」
ぐぬぬ。なぜマスター権限がきかぬ。
「ああもういいよ。好きにしろって。でも危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ」
「かしこまりました、マスター」
俺はメイド服のアンドロイドとともに洋館の外に出た。そして怪物が出るポイントに足を急がせる。
やがて高層ビル群が倒壊を始めた。怪物の破壊行動が始まったのだ。
現れたな。
俺は全力疾走して現場に向かう。そうして、100年ぶりに豚のような姿の怪物と対峙した。
「100年ぶりだな」
俺は怪物に向かって突進し、拳を放つ。だが次の瞬間、怪物が振るった腕にぶつかり数十メートル吹っ飛ぶ。瓦礫にとてつもない威力で衝突する。
「がはっ……!」
肺の中の酸素を一気に排出した。想像以上のダメージ。しかし、自分が強くなっていることに気づいた。
前だったらもう死んでいたな。
突然、上から怪物が降ってきた。着地地点にいた俺はその攻撃をもろに食らう。
くそ、まだ、まだだ。俺はまだ……
立ち上がろうと思ったが、胸から下が潰れて無くなっていた。
そんな……
間髪入れずに怪物の拳が迫りくる。
勝てない。100年も修行したのに俺は、この怪物に負けてしまうのか。
と、その時、怪物が脳漿をぶちまけながら横転していった。静止してからビクッと一回痙攣し、二度と動かなくなる。
な、なにが起きた……?
修行で手に入れた不死の術が俺の体を修復していく。その間に俺は傍に立っている人物に目をやった。
「生き返れますか、マスター」
血まみれのメイド服を身にまとったしずくは、横たわる俺を見ながら淡々とそう言った。
うそ、もしかして、こいつが!
脳内で怪物がやられたシーンをスローにしてみる。怪物の頭に跳び膝蹴りをくらわすやつがいた。ズームしてくと、そいつはメイド服を着ていて、おかっぱの黒髪で……。
完全にしずくだった。
「肩をお貸します」
しずくに抱えられて俺は立ち上がる。しかし逆に、俺のプライドは崩れさっていった。




