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第一話

 近未来的なデザインの高層ビル群がどんどん崩壊していき、多くの人間が逃げ惑っていた。


 崩壊する建物から逃げきれず生き埋めになる者たち。両親を見失い、泣き叫ぶ子供。その子供を押し飛ばして全力疾走する大人。


 まさに地獄絵図だった。俺はただただ茫然と、眼前の光景を前に立ち尽くすしかなかった。


 ビルの残骸から何かが姿を現す。


 体長五メートルほどの生き物だ。豚の顔と体を持ち、太い二つの足で瓦礫を踏み砕いて歩く。醜悪な見た目をした怪物だ。


 尚も破壊活動を続ける怪物を見て、俺はやるせなさとほとばしる怒りを感じた。

 ほぼ反射的に俺は怪物に向かって走り出していた。


 殺してやる。


 拳を握り締めて、怒りとともに怪物にそれをぶつける。


 数秒後、俺は四肢を失った。


 生身の人間ではやつに勝てなかった。

 俺は痛みよりも悔しさを感じ、今までの人生を後悔した。


 くそっ、こんな怪物が来るのならもっと体を鍛えておくべきだった。山ごもりして、仙人みたいなのに修行をつけてもらって、超人じみた力を手に入れておくべきだった……っ!


 正直言うと俺の頭は錯乱していた。もうすぐ死ぬんだから無理はない。

 ああ、空が輝いて見えやがる。お迎えが来たということか。


 最後に一言。何かこの一生に終止符を打つような素晴らしくカッコいい事を端的に言いたい。スッキリした状態で、天使的な存在に連行されたい。


「……あ、あ……」


 声を絞り出す。そして……


 そして、空から降りてくる白髪のおっさんを視界に捉えた。


「うわああ、おっさんだああ!」


 大量の出血とともに俺は死んだ。


 なんかこう、よく絵画に描かれるような白い羽を生やしたお尻ぷりぷりの赤ちゃんみたいな天使に連れていかれると思ったんだけど、現実は違ったんだな。少なくとも俺のところにはおっさんが来た。他の人はどうだったのかな。やっぱりおっさんかな。


「おい、早く起きんか」


 体を棒のようなものでつつかれる感触がした。俺はうーん、と重たい瞼を開ける。

 目の前にはさっきと同じように崩壊した世界が広がっていた。だが、明らかな違和感を俺は感じる。


「なんか時間が止まっているみたいだ」


 目に映るすべてのものが静止していた。


「左様。ここは静止した時間の世界。特別な空間じゃ」


 おっさんがしゃべり出した。


「生と死の狭間にある世界と言いかえてもいいのう」


「狭間? ってことは俺はまだ死んでないってことか」


「いや死んだ」


「ええー……」


 やっぱり死んだのか。まあ、あんなやられ方してたら当然だけどな。


「だが生き返ることができるぞよ」


「マジで!?」


「うん、まじまじ」


 あれ、なんか言い方が軽いな。こっちとしては生き返れるかどうかは死活問題なんだけど。


「ところで、おっさんは一体何なの?」


「あ、わし?わし、仙人。よろぴこ」


「……仙人?」


 うん、確かに、白髪で白い髭を蓄えて白い布の服を着て杖を持っているから仙人には見えるよね。でも、仙人?仙人!?


「なんじゃ疑っとるのか。さっきまで仙人に教えを請いたいとか考えておったではないか」


「そうだっけ……」


 そんなようなことを思っていたようないなかったような。でも生き返らせてくれるんなら、仙人でもなんでもいっか。


「早く生き返らせてよ」俺はふてぶてしく言った。


「慌てるでない。すぐに現世に戻してやるわ。ただ、物は相談なんじゃが……」仙人は顎鬚をなでる。「その前にお前さん、わしのもとで100年ほど修行してみるのはどうじゃ?」


「……え」俺は少し考えてから訊く。「……その修業したら、あの怪物に勝てんの?」


「それはお前さん次第だのう。勝てるかもしれないし、今回みたいに無様に死にさらすかもしれん」


 迷うはずもなかった。あの怪物を倒せるのならどれだけの月日を鍛錬にあててもいい覚悟だった。それだけ俺は怒っていた。


「そう、わかった。いいよ。でもじゃあ、修行が終わったら生き返る年代は今にできるかな?あいつぶっ飛ばしたいからさ」


「無論そのつもりじゃ」


 仙人の答えを聞いて、俺は深呼吸を一つする。


「これから100年よろしくお願いします」


「うむ。修行は厳しいが、終わる頃にはお前さんの体にはとてつもない力が宿っていることじゃろう。あの怪物すら圧倒するほどのな。あとこれからわしのことは師匠と呼ぶこと!」


「わかりました、師匠」


「うん、師匠ってもう一回言って」


「師匠!」


 ということで修行が始まった。


 天界というところで、中国の伝奇に出てきそうなスケールのでかい鍛錬を行った。途中死にそうになったこともあった。というか死んだ。いや、天界には死という概念がないので、死ぬに等しい痛みや苦しみを受けたという意味だ。その度に師匠に回復してもらったが、いい加減めんどいと言われて、俺は不死を授かった。


 そして100年の月日が立つ。終わってみたらあっという間だった。


 最終試練である高さ50kmの崖のぼりを死ぬ一歩手前の状態、というか1000回くらい死にながら何とかクリアし、俺はいよいよ現世に戻る時が来た。


「師匠、今までありがとうございます。俺、強くなった気がします」


「…………うむ、そうじゃな。最初と比べるとお前さんは見違えるように強くなった」


 返答に間があったな。なぜだろう。


「師匠、今なら俺、あの怪物を倒せそうな気がします。師匠はどう思いますか?」


「え……うんまあ、勝ーてるんじゃないかな」


 何なんだ。その歯切れの悪い言い方は。俺はこんなに強くなったのに。絶対あんな怪物に遅れはとらないはずなのに。


「じゃあ俺もう行きます。早くあの怪物をぶっ飛ばしたいので」


「あーちょちょ、ちょっと待って、これ渡しとく」


 仙人は一枚の紙きれを出してきた。そこには住所のようなものが書かれていた。


「これは、下界のどこかの場所ですか」


「うむ。そうじゃ。ここにな、わしの知り合いが作った洋館と、その地下にアンドロイドが眠っておる」


「アンドロイド……?」


 そういえばここに来る前の人間界ではそんなものが流行っていたな。人間そっくりに作られたロボット。通称アンドロイドが。


「実はな、下界を襲う怪物はあの豚だけではないのじゃ。これからも何体か強襲してくる」


「な、なんですって!」


「だからのう、拠点が必要かと思ってな。アンドロイドはそのおまけじゃ。自分の身の回りの世話にでも使ってくれ」


「はあ……」


「ちなみにアンドロイドは女性型じゃ。それもそうとうめんこい姿をしておるらしい。修行を終えたお前さんへのささやかな贈り物じゃ」


「師匠!」


 突然のプレゼントに俺は喜んだ。


「だが『夜の戦闘』に夢中になって大儀を忘れるでないぞ」


「師匠……」


 突然の下ネタに俺は引いた。


「と、とにかくお前さんの修行はこれで終了じゃ。さあ、生き返らせるぞよ!」


「……はい、お願いします」


 仙人の杖が左右に振られ、俺の体を光が包み込んでいく。

 師匠とは100年の間寝食を共にした。当然さみしさがこみあげてくる。


「師匠! 100年間、お世話になりました! 俺、師匠のこと一生忘れません!」


 師匠は満足げに微笑んで、杖を振り下ろした。瞬間、俺の体は天界を離れ、下界へと落ちていった。


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