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永遠の姉妹  作者: hy
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第56話『殺人犯の娘』

「悪いけど…これ以上、ここで働いてもらうわけには行かないよ」

食堂の店主は、出勤してきた知永子に向かって、冷たく言い放つ。突然の言葉に、知永子は面食らった。

「えっ…一体、どういうことですか?いきなり、そんなこと…」

知永子の問いに応えるように、店主は手に持っていた週刊誌を見せつけてくる。

それは、知香子の会見を受けての記事だ。失踪したままでいる姉とその娘のことが、細かく書かれている。

写真には目線がかけられているものの、知人が見れば知永子と愛実であることは明らかだった。

知永子は、衝撃に我が目を疑う。思わず、店主の手から週刊誌を奪った。

「…ここに書いてある姉って言うのは、あんたのことなんだろう?」

週刊誌を手に肩を震わせる知永子に、店主が問いかける。知永子は、言葉なく頷いた。

「全く…うちからしたらいい迷惑だよ。長谷部さんの息子さんに頼み込まれたんで、仕方なく雇ってやったって言うのに…。まさか前科者で、しかも誘拐紛いのことまでしていただなんて……」

店主は、打ちひしがれる知永子に追い討ちをかける。

知永子は、いたたまれなくなった。店主に頭を下げ、ふらふらと店を後にする。




ほとんど放心状態のまま、アパートに辿り着いた知永子を待っていたのは、愛実だった。

「愛実…。何でここに!?」

知永子は、愛実に問いかける。まだ、学校にいるはずの時間ではなかったか。

「ママ…」

玄関先にしゃがみ込んでいた愛実は立ち上がり、知永子を見上げる。

「クラスのお友達に、ママが…人殺しだって言われたの…」

知永子を、真っ直ぐに見つめながら言った。

まさか、もう愛実の耳にまで届いていようとは。知永子は、思わず愛実から目を逸らす。

「嘘…だよね?ママは、そんなことしてないよね?」

泣きながら、問いかける。

愛実の気持ちを考えれば、否定するべきとは解っていた。しかし、その言葉が出てこない。

知永子は、無言で首を振った。愛実の表情が凍りつく。

「いやっ!!」

愛実は、瞬時に知永子から離れた。知永子から逃げるように、部屋の中に走り去っていく。

知永子は、呆然とその場に立ち尽くした。愛実のために嘘をつき通せない自分の不器用さが、たまらなく歯痒い。




「愛実。お願いだから、ママの話を聞いてもらえないかしら」

知永子は、ドア越しに愛実へと呼びかけた。しかし、愛実からの反応はない。

あれ以来ずっと、愛実は部屋に引き籠ったままだ。今日でもう、三日目である。

「愛実は、相変わらずなのか?」

愛実のことを心配し、訪ねてきた明生が知永子に聞いてきた。知永子は、力無く頷く。

「一応、部屋の前に食事を置いているんだけど、ほとんど手もつけていないの。トイレも、わたしがいる間は我慢しているみたいで……」

知永子の言葉に、明生は溜め息をついた。

「これからどうすればいいのか…わたしにはもう解らないわ。仕事も、クビになってしまったし…。一体この先、愛実とどう向き合って行けばいいのかしら…」

知永子は途方に暮れ、頭を抱える。

「もし生活費が底を尽きたら…その時はうちに来ればいい。そんなことより、今は愛実の心のケアの方が大事だろう」

明生は、きっぱりと言い切った。

「でも…愛実は、解ってくれるのかしら。わたしが犯した罪を…許してくれるのかしら……」

知永子は言い募る。明生はぎこちない動作で、知永子の肩を抱いた。

「確かに…今すぐには厳しいと思う。でも、いつかはきっと解ってくれるさ。愛実はこの二年、あんたが頑張っている姿を…誰よりも間近で見てきたんだからな」

知永子の目を見据え、いつもの調子で呟く。知永子は、張り詰めていた心が解れていくのを感じた。

「本当に…明生さんには、いつもお世話になりっ放しね」

言いながら、吸い寄せられるように明生の体に身を任せる。

「と、とにかく…あんたが気弱になってたら話にならないだろ」

明生は慌てたように、知永子から離れた。明生の動揺ぶりに、思わず知永子は吹き出す。

「な、何が可笑しいんだよ!?」

「ううん…何でもひとりでないわ。そうね。一日でも早く愛実に解ってもらえるように…わたしが、自分の道を貫いていくしかないのよね」

そう言って、明生に微笑みかけた。

「あぁ…そうだよ」

「わたし…あなたに会えて、本当に、良かったわ」

明生の目を見つめたまま、知永子は囁く。




同じ頃、『office C』では慌ただしい動きが起きていた。秘書が受話器を手に、社長室へと駆け込んできた。

「社長!お電話です。娘さんのことで、話があるそうです!」

「何ですって!?」

知香子は言うが早いか、秘書から受話器をもぎ取る。

「もしもし…」

受話器越しに呼びかけた。緊張のあまり、受話器を握る手のひらが汗ばむ。

電話をかけてきたのは、知永子が勤めていたスナックのママだった。知香子が捜している母娘らしきふたりが山梨にいることを告げる。

「…そんなところにいたのね」

電話を切った知香子は呟いた。そのまま、社長室を出ていこうとする。

「…しゃ、社長、どちらへ!?」

慌てた秘書は、知香子を呼び止める。

「山梨よ!」

秘書に背中を向けたまま、知香子は言った。

「えっ…」

「山梨に行くのよ!そこに、愛実がいるの。今すぐにでも行って、愛実を取り戻すのよ!!あたしが帰るまでの間のことは、重田に任せるわ」

知香子の剣幕に怯える秘書に向かって叫ぶ。

「…愛実。やっと会えるのね。この日を、どんなに待ち望んでいたことか……」

遠く離れた愛実に話しかけるように、知香子は呻いた。




〈ついに、知香子が愛実の行方を掴んだ。

こうして、愛する娘を巡るふたりの母の愛憎は、また新たなる局面を迎えるのであった。〉




引き籠った狭い部屋の中、愛実は目を覚ます。泣き疲れ、眠りについていたのだ。ふいに、尿意を覚える。

愛実はドアに耳を押しつけ、知永子が外出しているらしいのを確認してから、静かにドアを開いた。

今は、知永子と顔を合わせたくない。あんな重大な秘密を隠していた母が、愛実には許せなかったのだ。

その時、ふいに玄関のドアノブを捻る音がする。

思わず部屋に戻ろうと踵を返したが、ドアは閉まったままだ。激しいノック音が聞こえる。

不審に思いながら、愛実は足音を忍ばせ玄関に近づいた。

「…誰!?」

ドア越しに、声をかけた。

「…愛実!?愛実なのね!!」

久しぶりに聞いたその声に、愛実は驚く。背伸びしてドアスコープを覗き込むと、確かに…知香子が立っていた。

「…マ、ママ!?」

「そうよ。ママよ。あなたを、迎えにきたのよ!ここを、開けてちょうだい!!」

ドアを叩きながら、知香子が声を張り上げる。




つづく




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