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永遠の姉妹  作者: hy
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第53話『穏やかな生活』

平成二十二年四月ー

「ありがとうございました」

富士山のお膝元、富士吉田市にある寂れた食堂の中、知永子はそう言って客を見送った。客が残していった皿を片し、テーブルに布巾をかける。

あの日、愛実とふたりであてのない旅路に出てからもうすぐ二年という歳月が経とうとしていた。

亡き母織江の故郷である山梨に身を寄せた知永子は、愛実との生活を支えるために昼はこの食堂、そして夜は隣町にある小さなスナックで昼夜を問わず働いている。休みのない毎日に体はきつかったが、愛する娘とふたりで平穏な日々を過ごしていた。

「あら明生さん、いらっしゃい」

食堂に姿を見せた長谷部明生に、知永子は声をかける。明生は軽く手を上げ、いつもの指定席に座った。

「…だいぶ、慣れたようだな」

明生のテーブルに水を置いた知永子に、ぼそりと言う。

「えぇ。もうすぐで、二年ですもの。嫌でも慣れるわ」

知永子は、そう言って笑った。

「全て、明生さんのお蔭よ。感謝しているわ」

そうつけ加える。

明生は知永子の遠縁にあたる男で、山梨に何の縁もなかった知永子と愛実がこの地で暮らせるようにと、色々と手を貸してくれていた。

明生は照れを隠すように、ぐいっと水を飲み干す。知永子から目を逸らしたまま

「…生姜焼き定食」

とだけ呟いた。

ぶっきらぼうで寡黙だが、心根は優しい男なのである。知永子も当初はそれに戸惑いを感じていたものの、今では微笑ましくさえ思っていた。

知永子は、笑顔で厨房に注文を通す。




〈愛実を巡る知香子との争いの日々がまるで嘘のように、知永子は穏やかな毎日を送っていた。しかし、またも知永子は知香子との愛憎の渦に巻き込まれていくのである。

最後の修羅場は、間近に迫っていた。〉




「社長、よろしくお願いします」

撮影スタッフを引き連れ、『office C』の社長室へと招かれた渡邊景子は、そう言って知香子の前に腰かけた。知香子に、名刺を差し出す。

「えぇ。こちらこそ、よろしく頼むわ」

景子の名刺を眺めながら、知香子は言った。優雅に脚を組み、受け答える。

「社長のご活躍には、本当に目覚ましいものがありますよね。手がけた商品は悉く大ヒット、ご自身も美貌の女性実業家として、メディアに取り上げられることも珍しくありませんから」

「あら。美貌の女性実業家だなんて…。面と向かって言われると、照れるわ」

景子の言葉に、知香子は脚を組み替えながら笑った。カメラのフラッシュが光る。

「いえいえ。私のいる雑誌業界でも、社長の美貌と手腕は評判ですもの。本日はぜひ、社長の美しさの秘密、成功の秘訣を教えて頂ければ幸いですわ」

「秘訣や秘密なんて言える程のものはないけれど、ご期待に添えればいいわ」

さりげなくカメラを意識しながら、知香子は微笑んだ。

和やかな空気の中、取材は進んでいく。




「どうだ、上手くいったか?『office C』の社長の取材は…」

外出から戻ってきた編集長が尋ねてきた。

「えぇ、もちろん」

パソコンと睨み合っていた景子は、髪を掻き上げながら答える。さっそく仕上がった仮原稿を、編集長に手渡した。

「それにしても…すごい女だよな。父親から引き継いだ会社の社長に就任してから十年。業績は右肩上がり。今じゃ、一躍美容業界のカリスマなんだから…」

景子から受け取った仮原稿に軽く目を通しながら、編集長は呟く。景子は人目を気にしながら、編集長の耳元に口を近づけた。

「そのことなんですけど…」

小声で耳打ちする。

「…何だよ!?」

「あの社長の成功の裏には…何か秘密があるような気がするんです」

「だから…それがこれだろう?」

編集長は、仮原稿をチェック用の赤ペンで弾いた。

「いえ。取材では上手くはぐらかされてしまいましたが…あの社長には、謎が多過ぎるんです。社長に就任するまでの間、何をしていたのかも明らかにされていません。それに…編集長もご存知ですよね。二年前には、元秘書からの傷害事件を起こされています。もっと取材を進めていけば…きっとスキャンダラスな事実が出てくると思うんです。あたしの…記者としての勘が働くんですよ」

景子は、編集長に言い募る。スクープの予感に、記者としての探求心が疼いた。

「渡邊…」

景子の言葉に、編集長が溜め息をつく。

「…はい!?」

「お前、いつになったら自分の立場を自覚するつもりなんだ」

編集長は、そう言って煙草に火をつけた。景子に、煙を吹きかけてくる。

「あの会社は、うちの雑誌のスポンサーなんだぞ。つまり、今回の記事は『office C』に対する接待記事なんだ。社長のスキャンダルを暴いてどうする?」

「でも…」

景子は、思わず言い返した。

「お前が一流の報道誌に籍を置いていたのは、もう過去の話だ。お前は、ここに左遷されてきたんだよ。気楽な専業主婦が鬱憤晴らしに読むような…三流娯楽雑誌の記者なんだからな!」

景子の反論をねじ伏せるように、編集長が声を荒げる。手近にあった雑誌を、景子に投げつけた。

肩を怒らせながら、編集室を出ていく。景子は無言のまま、その場に立ち尽くした。

「渡邊さん、また編集長とやり合っているわね」

「あぁ…いつまでも、一流誌にいたプライドを捨てられないんだよ。困ったもんだ」

「ご自慢のキャリアにあんなミソつけちゃったんだから…もうここにいるしかないのにね」

背後から、同僚達の揶揄が聞こえる。

景子は、唇を噛み締めた。床に投げ捨てられた雑誌を拾い上げる。

今流行りの韓流スターが、笑顔で表紙を飾っていた。

「あたしは、諦めない…」

雑誌を握り締めながら、景子は小声で呟く。

「…絶対に、もう一度返り咲いて見せるわ……」

余裕の笑顔を浮かべる知香子の写真を凝視しながら、そうつけ加えた。




「ただいま」

スナックでの仕事を終え帰宅した知永子は、そう言ってドアを開ける。しかし、愛実からの返事はなかった。

足音を忍ばせ母娘の寝室を覗くと、すでに愛実は寝息を立てている。

知永子は、寝室にある時計に目をやった。時刻は、もう深夜零時を回っている。

知永子は愛実の脇に腰を下ろし、愛実の寝顔を眺めた。彼女に再会した二年前に比べれば、愛実の顔はずいぶんと大人びてきている。

背もだいぶ伸び、愛実は日に日に少女らしさを増していた。

知永子は、愛実の頭を撫でる。

「…ママ、帰ってきたの?」

知永子の気配を察したのか、愛実が目を開いた。

「あら、ごめんなさいね。起こしちゃった?」

知永子は、笑いながら愛実に詫びる。

「うん…」

まだ寝ぼけているのか、愛実はむにゃむにゃと答えた。知永子は、愛実の小さな布団へと潜り込む。

「今日は、このまま一緒に寝ちゃいましょうか」

愛実を抱き締めながら、知永子が尋ねた。

「…別にいいけど。どうしたの、ママ?」

「別にどうもしないけど…何か、久しぶりに愛実と眠りたくなっちゃったの。いいでしょう?」

「ふふ。ママは、甘えん坊ね」

愛実が笑う。

「そうね…」

知永子は、つられて笑った。愛実を胸に抱き、愛する娘の成長を傍で見守れる幸福に打ち震える。




つづく






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