第47話『曝された出生の秘密』
「一体、何だって言うのよ」
澄江に促されリビングのソファに座った知香子は、澄江に繰り返した。
「実は……」
澄江は、そう言って口ごもる。知香子は苛立ち、爪先をテーブルに打ちつけた。
「何よ、はっきり言ってちょうだい!愛実に、何があったって言うの!?」
強い口調で、澄江を詰問する。
「実は……愛実が、知永子さんと会っているのよ……」
意を決したように、澄江が切り出した。
予想外の澄江の言葉に、知香子の動きが止まる。ぎろりと、澄江を睨みつけた。
「…一体、どういうこと!?」
「最近、愛実の様子がおかしかったから…この前、こっそりとあの娘の後をつけてみたの。あの娘は、近所にある荒ら屋の階段を上って行ったわ。そうしたら…何と知永子さんが中から出て来たの。本当に、びっくりしたわ。あの人…愛実恋しさから、近くに引っ越して来たらしいの」
知香子は、思わず立ち上がる。澄江の両肩を掴んだ。
「ママは、まさかそのまま尻尾を巻いて逃げ帰って来たって言うの?もちろん乗り込んで、愛実を連れ返してくれたんでしょう?」
澄江の肩を掴んだ揺さぶりながら、問いつめる。
「その時は驚いてしまって…何にも出来なかったわ」
「何ですって!?」
知香子は、鬼の形相で手を振り上げた。澄江が、怯えたように背中を丸める。
「ご、後日…知永子さんがひとりの時を見計らって、会いに行ったわ…」
「そうなのね。もちろん…二度と愛実に会わないよう、きつく言い渡してくれたんでしょう」
知香子は振り上げた手を下ろし、小さく震えたままの澄江に尋ねる。
「そのことなんだけど…」
「何よ!まだ、何かあるって言うの!?」
「…愛実のことを、知永子さんに引き取ってはもらえないかしら?」
瞬間、澄江の頬が鳴った。
「ふざけないで!!自分が、一体何を口走っているのか…解っているの?」
怒りに肩を震わせながら、知香子が怒鳴る。
「そんなこと、このあたしが許すとでも思っているの!?まさか…ママも、そこまで老いぼれてはいないわよね?」
「…で、でも……」
「でももヘチマもないわ。愛実は、あたしの娘よ!あたしが愛する…この世で、たったひとりの娘なのよ!!」
知香子は自らの肩を抱き、言い募った。愛実を手離すことなど、想像しただけで気が狂いそうになる。
「知香子ちゃんの気持ちは解るわ。でも…あの娘は、知永子さんの娘なの……」
「止めて!言わないで…そんなこと、聞きたくもないわ!!」
知香子は両耳を塞いで叫んだ。しかし澄江は知香子の両腕を掴み、耳から引き剥がす。
「愛実は…知永子さんが産んだ娘なのよ!あなたの娘じゃないわ!!」
澄江は、知香子に言い聞かせるように叫び返した。
「…どうゆうこと!?」
突然の声に、言い争っていたふたりの動きが止まる。水を打ったように、部屋は静寂に包まれた。
知香子は、恐る恐る振り返る。
「……愛実!?」
リビングの入り口に、愛実が立っていた。愛実は、小さく後ずさる。
「…本当なの?愛実が…ママの子供じゃないって……」
「ち、違うのよ!愛実…ママのお話を聞いてちょうだい!!」
知香子は愛実を抱きかかえようと手を伸ばしたが、愛実はくるりと背を向けて階段を駆け上がっていった。慌てて後を追ったが、寸前のところでドアを閉められる。すでに、鍵もかけられていた。
「愛実!お願いだから、ここを開けてちょうだい!!ママの…ママの話を聞いて!!」
言いながらドアをノックしたが、何の反応もない。
「愛実…お願いだから、ママの話を聞いてちょうだい……」
明かりの消えた廊下に、知香子の懇願が響いた。
愛実は、ベッドの上で膝を抱えたまま動かない。突然知った衝撃の真実に、愛実は小さな体で胸を痛めていた。
〈ついに、自らの出生の秘密を愛実が知ってしまった。
愛実を巡るふたりの母の争いが、今まさに口火を切ったのである。姉妹にとって最後の、そして本当の修羅場が始まりを迎えた。〉
翌朝、知香子は最悪な気分で夜明けを迎える。結局、あれから愛実の部屋のドアが開くことはなく、ほとんど一睡も出来なかったのだ。
「…知香子ちゃん、大丈夫?顔色が悪いわよ。今日も、朝からお仕事があるんでしょう」
知香子の顔色を窺いつつ、澄江が朝食を差し出す。
知香子は、澄江の顔をじっとりと睨んだ。
「全ては、あんたのせいじゃない!!」
言いながら、テーブルの上を掻き回す。用意された朝食が、テーブルや床を汚した。
「ママ…あたしは、あんたのことを一生……このあたしの体が灰になったって、絶対に許さないわ!あんたは…あたしと愛実の母娘の絆を、ずたずたに引き裂いたのよ!!」
床に散らばった残骸を片づける澄江を、思い切り蹴りつける。澄江は小さな悲鳴を上げて、その場にくず折れた。
「…ご、ごめんなさい。まさか…まさか、愛実に話を聞かれてしまうだなんて…あたしも思わなかったの……」
床に這いつくばったまま、澄江は知香子に詫びる。知香子は、尚も澄江を蹴り続けた。
「絶対に…あたしは、あの娘を手離さないわ。あの娘は…あたしの娘よ!」
詫びの言葉を繰り返す澄江を見下ろしながら、知香子は呻く。
「知香子…」
そう口にした瞬間、知永子は頬に鋭い痛みを感じた。知香子に、思い切り頬を張られたのだ。
「よくも…あたしがいない隙を狙って愛実に近づいてくれたわね。本当に、あんたはどうしようもない泥棒猫だわ。一体全体、どういうつもりなのよ!」
言いながら、知香子が荒々しく知永子に掴みかかってくる。
「本当に、ごめんなさい…」
知永子は壁際に押しやられたまま詫びたが、知香子は力を緩めなかった。
「ごめんなさいですって!?あんたがしたことは…謝って許されるようなことじゃないのよ。余所の家の子供を言葉巧みにたぶらかして、このボロ屋にまで連れ込んでいたそうじゃない。あんたのしたことは、誘拐も同然なのよ!!」
知永子の鼻先ぎりぎりまで顔を近づけ、知永子を恫喝する。今にも、知永子を殺しかねない迫力だった。
「本当に…あなたには悪いことをしているとは思っていたわ。…でも、耐えられなかったの。少しでもないあの娘の傍にいたかったのよ!」
知永子の口を塞ぐように、知香子は知永子を薙ぎ倒す。仰向けになって倒れ込んだ知永子の上に、馬乗りになった。
「…だから、こんな近所に身を潜めて…愛実に近づく機会を窺っていたってわけ?」
知永子を見下ろしながら、問いかける。
「…え、えぇ……」
「元はと言えば、あんたが愛実に近づいてくれたおかげで……愛実は知ってしまったのよ。自らの出生の秘密をね!!」
「ど、どういうこと!?」
「昨晩、ママが愛実をあんたに引き取らせようだなんて、支離滅裂なことを言い出すもんだから…口論になったのよ。それを、愛実に聞かれてしまって……」
ふいに、知香子の腕から力が抜けた。知永子は、息を飲む。
「そ、そんな……」
「勘違いしないで!愛実が真実を知ってしまったとしても、あんたにあの娘を渡すつもりはないわ。たとえ、血の繋がりは薄いとしても…愛実は、あたしの娘よ。あんたは愛実を産んだだけ、生まれてからの九年間…あの娘を愛し、育んできたのはこのあたしなんだから!!」
「でも…」
「一刻も早く、荷物をまとめてここから出て行きなさい。これ以上、愛実との接触を図ろうだなんて…絶対に許さないわ。今日は、それを言いに来たの」
知香子は、知永子の襟から手を離した。
「いい?あたしは本気よ。あたしが本気になったらどうなるか…お姉ちゃんは、よ~く知っているでしょう?」
そう言って、にっこりと笑った。知永子は打ちひしがれたように放心しながら?知香子の笑顔を見上げる。
つづく




