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永遠の姉妹  作者: hy
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第32話『止まらない正気』

「社長、お客様がいらしております」

社長室にいた滝の元に、秘書が告げに来る。

「一体、誰だ?今日の午前中には、特にそんな予定は入ってなかったはずだが…」

「それが…」

訝る滝に秘書が耳打ちしようとしたした瞬間、ドアが開いた。知香子が立っている。

「あたしよ」

「あっ…お客様。困ります…」

秘書の制止を振り切り、知香子は滝の前まで進み出た。

「これは、知香子お嬢様。しばらく見ないうちに、ずいぶんとお綺麗になられて…一瞬どなたか解りませんでしたよ」

「えぇ。そうでしょうね」

滝は、秘書に退室を命じる。秘書は躊躇いながらも知香子と滝に頭を下げ、社長室を後にした。

社長室は、知香子と滝のふたりきりになる。

「…今日は、どのようなご用件で?失礼ですが、知香子お嬢様とお話しするようなことはないと思いますが…」

「あんたの顔を…拝みに来てやったのよ。パパにへらへらと媚びへつらうしか脳のなかった小判鮫のはずのあんたが、一体どんな顔してその椅子に座っているのかをね」

知香子は、不適な笑みを浮かべながら言った。

「いやぁ…へらへらと媚びへつらうしか脳のない小判鮫とは、ずいぶんないお言葉だなぁ」

滝は、鷹揚に受け流す。

「今に見てなさい。明智光秀の三日天下よろしく、あんたをその場から引き摺り下ろしてあげるわ」

「相変わらず、知香子お嬢様は気性が激しくてらっしゃる。しかし、私も簡単にはそんなこと許しませんよ。長年…こんな日が来ることを狙っていたんですから」

滝の言葉に、知香子が吹き出した。

「…何だ。何が可笑しい!?」

滝は、不快感を露にする。しかし、知香子は高笑いを続けた。

「残念だけど、あんたは社長の器じゃないわ。せいぜい、寂れた小売店の親父がお似合いよ」

「き、貴様…この俺を愚弄するつもりか!?」

思わず、滝が声を荒げる。

「あたしは、もう十年近くも夜の六本木で生きてきたわ。それこそ大企業の社長や重役だって、たくさん見てきた。だけどね、その中にあんたみたいなちんけな子悪党は、ひとりだっていなかったわ」

「な、何だと徹底的に」

「分不相応な野望は、身を滅ぼすってことよ。これから…それを教えてあげるわ。首でも洗って待っていなさい」

知香子は、そう言い残して社長室を出た。知香子がつけていた甘い香水の残り香が、滝の鼻孔を刺激した。




「何か、緊張するわ」

知永子は、言いながら背すじを伸ばした。

「大丈夫だよ。何も取って食われるわけじゃないんだから」

知永子の緊張を解すように、和彦は笑う。

週末の土曜日、和彦に連れられた知永子は、和彦の母との顔合わせのために、品川にある和彦の実家を訪れていた。やはり、緊張は隠せない。

和彦は、知永子の肩を叩いてからチャイムを鳴らした。待ちかねたように、那与子が顔を出してくる。

「はじめまして。和彦さんとお付き合いさせて頂いております、倉内知永子と申します」

知永子は、那与子に向かって深々と頭を下げた。

「そんなに堅苦しい挨拶なんてよしてちょうだい。あなたにお会い出来るのを、楽しみにしてたのよ」

那与子は、笑顔で知永子を出迎える。


「それにしても、綺麗なお嬢さんね」

那与子が、知永子を褒めそやした。知永子は頬を染め、かぶりを振る。

「彼女とは今の会社で知り合って、三年前から付き合ってるんだ」

「あら、そんなに前から?この人ったら、何にも教えてくれないんだもの」

那与子は、知永子に向かって微笑みかけた。

「母さんには、きちんと報告したくてね。実は…俺達、結婚を考えているんだ」

「はい…」

知永子と和彦は、互いに顔を見つめ笑う。

「もちろん、あたしは賛成よ。あなたが選んだ女性だもの…賛成に決まってるじゃない。お父さんが亡くなって以来、女手ひとつであなた達を育ててきたけど…ついに、あなたも自分の所帯を持つのね」

リビングに飾られた亡き夫の遺影を見つめながら、那与子は感慨深げに呟いた。

「そうそう。そうと決まったら、一日でも早く知永子さんのご両親にご挨拶に伺わなくちゃ」

「そのことなんですけど、実は…」

「…実は、彼女の両親はもういないんだ。彼女は長年、お母さんとふたりで暮らしていたんだけど、つい先日そのお母さんもお亡くなりになって…」

知永子の言葉を、和彦が引き継ぐ。

「まあ!何てこと…可哀想に……」

那与子は、知永子の手に自らの手を添えた。

「…これからは、あたしのことを実の母親だと思ってちょうだいね。うちはふたりとも息子でしょう?昔から…娘が欲しいって思っていたのよ」

那与子は、知永子の手を握り言う。

「お母様…ありがとうございます」

知永子は涙を目に浮かべながら、那与子の手を握り返した。

「まあ、そんな…泣かないでちょうだい。ほら、涙を拭いて」

そう言って、知永子にハンカチを差し出す。

「すいません。お母様の言葉が、あまりにも暖かくて…」

渡されたハンカチで目元を押さえながら、知永子は必死で笑顔を作った。那与子の優しさが、胸に沁みる。




〈和彦の母那与子の優しさに触れ、知永子は自らの心が解れていくのを感じる。

知永子のつかの間を幸せは今、絶頂を迎えていた。〉




「知永子さん…」

帰り際、知永子は和明から呼び止められた。

「あら、和明さん。久しぶりね」

「結婚おめでとうございます」

和明は、知永子の左手に輝く婚約指輪をちらりと見ながら言う。

「…ありがとう。でも、何だか照れるわ」

「実は…知永子さんに話したいことがあるんだ」

那与子と和彦が近くにいないのを確認してから、和明が囁いてきた。

「…何かしら?」

和明は、知香子との経緯を説明する。

「まさか…知香子がそんなことを……」

和明の話を聞き終えた知永子が呟いた。

「あぁ…彼女は異常だ。気をつけた方がいい」

「解っているわ。でも、わたしは決めたの。和彦との愛を貫くって」

知永子は、きっぱりと言い切る。

「…彼との愛を貫いて見せるわ」

和明の目を見据え、ゆっくりと繰り返した。




「さすがに不味いだろう、そんなこと…。犯罪じゃないか」

仁は、知香子から差し出されたナイフを突き返す。

「何を怖じ気づいてるのよ!このナイフで、お姉ちゃんの顔をちょこっと傷つけてくれればいいのよ」

知香子は、仁の顔を覗き込み言った。再び、ナイフを仁の方へ差し出す。

「あの男のことは、もう諦めたらどうなんだ。お前なら、他にいくらでも男なんているだろう」

「嫌よ!あたしは、和彦がいいの。あの人以外の男とだなんで…考えたくもないわ。虫酸が走る!!」

仁の言葉を遮るように、知香子が叫んだ。苛立たし気に、テーブルを蹴りつける。

「でも…」

「仁。あんた、何か勘違いしてるんじゃない?あたしは、あんたからの説得を受けるつもりなんて、微塵もないのよ。あんたは、あたしの指示に従って動いていればいいの!」

「ち、知香子…」

「…ねぇ、やってくれるでしょう」

知香子は、仁の顔ぎりぎりまで顔を近づけ言った。

「あっ、あぁ…」

知香子の迫力に圧倒された仁は、熱に侵されたように呟く。

「…お姉ちゃん、待ってなさい。もう金輪際、和彦に顔向け出来なくなるよう、その顔をズタズタに引き裂いてやるわ。…逆整形のオペの時間よ」

鋭く光るナイフの切っ先を眺めながら、知香子は邪悪に笑った。




つづく







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