第26話『衝撃の告白』
「何ですって!?」
帰宅した知永子は、織江からの告白に思わず声を裏返らせる。
「…お父さんと別れて、この店も閉めるって…。一体どういうつもりなのよ!」
知永子は、織江に詰め寄った。織江は、うっすらと笑う。
「もちろん、あなたのためよ。決まっているじゃない」
「わ…わたしのため!?」
「そうよ。あたしが浩二郎さんと別れて、この店も閉めてしまえば…奥様だって何も言えなくなるはずよ」
「でも…わたしのために、お母さんが犠牲になるだなんて…」
「あたしは…今まで幸せだったわ。愛する人からは長年愛され続けて…一度は手離さざるを得なかったあなたとも、こうしてこの十年母娘として生活することが出来たんだから……」
「お母さん…」
「あたし達のいざこざに巻き込んで、あなたには散々迷惑をかけてきたの。せめてもの償いよ。だから、けして犠牲だなんて思わないでちょうだい」
織江は、きっぱりと言い切った。
「でも…それで倉内のお母さんや、まして知香子が納得してくれるのかしら。悪魔のように残酷で、どこまでも粘着質なあの母娘が……」
「お母さんに、任せておきなさい」
自らにも言い聞かせるように、織江は断言する。知香子は、織江の顔を見上げた。
母娘で、手を握り会う。
ホテルのベッドの上、和彦との熱い営みを終えた知香子は、横で煙草を吸う彼の肩へと頭を預けた。
「どうしたの?今日の和彦、様子がおかしいわよ」
和彦の指から煙草を抜き取り、自らの口に運ぶ。
「昨日、彼女から結婚を急かされたんだ…」
「あら、そう…」
知香子は、あえて興味なさげに返した。
「…で、あなたはどうするつもり?その彼女と結婚するの?」
からかうような口調で、そうつけ加える。
「…解らない。ちょっと前までは…君と出会う前まではそのつもりだった。だけど…今は、心底解らないんだ……」
和彦は頭を抱えた。知香子は、背中越しに和彦を包み込む。
「…あたしなら、あなたを支えてあげられる。彼女のように…あなたを悩み苦しませたりなんかしないわ」
和彦の耳元に囁く。
「あたしは…あなたのためだったら、何だって出来る。あなたも…解っているでしょう?」
「あ、あぁ…」
和彦は、力なく頷いた。
〈和彦は悩んでいた。知永子と知香子、ふたりの姉妹の板挟みになり、苦しんでいた。
思えば、彼も犠牲者のひとりだったのかも知れない。和彦は、熾烈な姉妹の争いに捧げられる、哀れな生け贄だった。〉
「兄さん、どういうことだよ!」
ホテルから出た知香子と和彦を待ち受けていたのは、和明だった。
「…か、和明!?」
和彦は、言葉を失う。
「さっき、兄さんがその女とホテルに時化込んで行くのを目撃したんだ。知永子さんという恋人がいながら…一体、何してるんだよ!」
言いながら、和明は和彦を殴りつける。和彦が、もんどり打って倒れ込んだ。
「ちょっと、いきなり何するのよ!」
「いや、いいんだ…」
知香子は和明に掴みかかろうとしたが、和彦から止められる。
「でも…」
「いや…俺が悪いんだ」
「兄さんだから…兄さんだったから俺は諦めたのに……。知永子さんを悲しませるようなことをしやがって…」
「和明、お前…まさか知永子のことを……」
和彦の言葉を遮るように、和明は叫びながらその場から走り去って行った。
「大丈夫?」
知香子は、唇から血を滲ませる和彦にハンカチを差し出す。
「あ、あぁ…大丈夫だ。でも、知らなかった。まさか…和彦が、知永子に対して好意を寄せていただなんて…」
ハンカチで口元を拭いながら、和彦は呻いた。知香子の瞳に、企みの炎が灯る。
週末の日曜日、知永子は織江とふたり、四ッ谷にある倉内家の前に立っていた。
この家を出てから約十年、まさか再びこの家を訪れることになろうとは、思ってもいなかった。
「わざわざ知永子まで来る必要なんてなかったのに…」
強張った表情の知永子を、織江が気遣う。
「いいのよ。自分自身のことなんだもの。お母さんばかりに任せてはいられないわ」
「…そう」
言いながら、織江はチャイムを鳴らした。玄関のドアから、澄江が顔を覗かせる。
「あら…よくもまぁ抜け抜けと、この家に顔を出せたものね。さすが泥棒猫母娘は、神経が図太いのかしら」
「奥様…図々しいことは百も承知しておりますが、どうか家に上がらせては頂けないでしょうか?」
織江は、澄江に向かって深々と頭を垂れた。ふんっと笑ってから、澄江はドアを開けた。
「本当は、髪の毛一本だって入れたくなんかないけれど…外で騒がれてもご近所様に迷惑だから入れてあげるわ」
嫌みたっぷりに言って、ふたりを招き入れる。
リビングには、知香子もいた。
「ち、知香子…」
「あら、お姉ちゃん。直に顔を合わせるのは十年ぶりかしら。久しぶりね」
戸惑う知永子に、知香子は微笑みかける。
「で、何の用かしら?」
知永子と織江を立たせたまま、自らはソファへと座り込んだ澄江が尋ねた。
「お願いします!知永子と…和彦さんのことをお許し頂けないでしょうか?」
土下座せんばかりの勢いで、織江が頼み込む。
「まさか…そんな寝言を言いに、わざわざ来たって言うの?」
織江を見下ろしながら、知香子は意地悪く笑った。
「そんな支離滅裂なたわ言、あたしが許すだなんて思ってるのか!!」
一瞬にして激昂した澄江が立ち上がり、織江に掴みかかる。
「…浩二郎さんとはお別れします。あの店も手離して、あたしは山梨へと引っ込みます。ですから…知永子と和彦さんとの仲を、どうかお認め下さい!」
織江は、澄江にすがりついて懇願した。
「ふんっ。今まで散々あの人の生気を絞り取り…このあたしを苦しめ抜いておいて、出がらしを返すから知永子と男のことを認めろだなんて、どんな神経してるんだよ!もし許して欲しいって言うんなら、今ここで自ら首を引き裂け!!血深泥になって、土下座しながらあたしに許しを乞うんだね!!」
澄江は、狂気に満ちた表情で喚き散らす。足音を鳴らしてキッチンへと向かったかと思えば、包丁を手に舞い戻って来た。
「ほら!早く!!」
包丁を突きつけては、織江に凄む。
「そ、そんな……姉さん…」
織江は、澄江を見上げ口ごもった。その呟きに、知永子と知香子は耳を疑う。
「ど、どういうこと!?」
思わず、ふたり同時に口にしていた。
〈織江の言葉に、姉妹は驚愕を隠せなかった。
母娘二代にも渡る因縁の秘密が、今明かされようとしていた。〉
つづく




