Let it be
「大成功。いいんじゃない? 大失敗。いいんじゃない?
君の人生なんだから……」(ジョン・レノン)
月日は矢のように過ぎていく。俺は弓道同好会に所属していたくせに、弓を射ったことがないので、その表現が的確かどうかはわからないが……。
俺も奏太も大学では軽音サークルに所属した。
最初のうちは「そちらはどう?」「こちらはみんな下手くそで……」という具合に連絡を取り合っていたが、その頻度は徐々に減っていった。そして、いつからか、まったくなくなった。
トドは音楽活動を続けているらしいが、なかなか芽はでないようだった。
ある日、風の便りに俺たちの地元からメジャーデビューした奴らがいると聞いた。
ネットで調べてみると、そのバンドメンバーの一人に、知った顔があった。俺が殴った、あの先輩だった。
そいつらは時流に併合したロックなのかメロコアなのか、ポップスなのかよくわからない曲をやっていて。そして数年で消えた。綺麗さっぱり消えてくれたのだ。
ある時から、移り変わる流行に興味関心が沸かなくなった。
時々、繁華街のオーロラビジョンを見上げると。そこには現実味のない衣装の女の子が踊っていたり。ホストクラブにいそうなチャラチャラした、カラーコンタクトを入れた男の顔がドアップで映っていたりする。そして、そこに流れる音楽はどれも区別がつかない。
無機質な4ビートと、電子音があるだけだ。
あの人が所属している音響屋をネットで探し出した時。俺はちょうど、あの人とはじめて出会った時の、あの人と同じくらいの歳だった。
あの人はこの歳でミキサーをいじり、歩き回って出音をチェックしていた。その目を今でも思い出す。
真剣に、誠実に、そして熱く。スピーカーから溢れ出す音楽と向き合っていた。
それに引き替え、毎朝髭を剃る度に鏡に写る男は、死んだ鰯のような目をしている。
あの人が伝えたかったメッセージは、この何年間で痛いほど思い知った。
うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。
音楽やバンドだけでなく、すべてのことにそれが言えた。運が悪かった時は無駄にすり減り。運がよくても安堵するだけで、あの頃のように熱くなることもなくなった。
ふと、あのライブを思い出すことがある。
あれは何だったのだろう?
「みんなの中に、何かを残せた気がする」
俺はそんなことを言った気がするが。一体何を残せたというのだろう。それがあったと思われる場所、その何かを探してみても、何も見あたらない。綺麗さっぱり消えてしまった。
「何か」探してる?
はは……。まるで安っぽいJ-POPの歌詞ではないか。
ある日、俺は婚約者とロックフェスの会場に来ていた。
チケットを買い。なんとか二人の休みを合わせた。
日差しは強く、同じくらい地面からの照り返しが強烈だった。
俺は試しにアスファルトに触れてみた。
「うん。目玉焼きができる……。焼き魚もいけるかも」
彼女は笑った。
「どう? やっぱりこういうところに来ると、血が騒ぐものなの? 元バンドマンとして」
「うん……、そうだね。そうかもしれない」
「来月に向けて、いいイメージトレーニングになるんじゃない?」
「かもね」
そう。来月、俺と彼女は結婚式をあげる。そこで、あの頃のバンドメンバーで演奏をすることになっていた。
音響はもちろん、あの人に頼んだ。宗形先生の旦那さんだ。式には宗形先生も来てくれるらしい。
「もっと前に行きましょうよ」
俺は婚約者に促され、人混みをかき分け前に前に進む。
「はぐれたらどうする? どこか待ち合わせ場所を決める?」
彼女は右手を差し出した。
「ちゃんとつかまえててよ……」彼女は努めて冷たく言った。
あいかわらずかわいい人だ。俺はその手を握る。少し汗ばんでいた。
彼女は「ふん」と鼻を鳴らした。
あの頃と変わっていない。違うのは、今は眼鏡をかけていないということだ……。
演奏がはじまった。
観客は前に前に圧縮され、その密度をあげる。
スピーカーの音圧があがる。
俺の中、奥の奥で、「何か」が暴れ出す。
腹の底から、すべてを吐き出すように叫ぶ。
拳を突き上げる。
その突き上げた先、
ステージのずっと向こうに、積乱雲が見えた。




