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Lust For Life

「核戦争が起きて、廃墟になった町でたったひとりの生存者がいた、そしてそいつが叫んだ。それがロックさ」(イギー・ポップ)



「キレイなギターね」

 我孫子めぐみはいつのまにか俺の背後に立っていた。

「ああ、会長。どうしたんですか? こんなところに」

 俺はあわてて吸いかけの煙草を空き缶に落とす。

「煙草……」

 あたりにはまだヤニの臭いと煙が漂っている。

「ああ……、えーと……」

「ここは生徒会の名前で借りてる場所なのよ。もし先生にでも見つかったらどうなるか……。もう少し慎重にやってよね」

 土蔵……もとい、『生徒会学祭ライブ実行委員詰め所』には俺しかいなかった。はずだった。会長が入ってきたのに気がつかなかった。

 会長は右の手のひらを差しだした。

「え? 没収ですか?」

「私にも一本ちょうだい」

「え? ええ!」

 メンソールを一本差し出す。ライターを貸すと、以外にも会長は慣れた様子で火をつけた。

 俺はなんというか……、つまりは会長を好きになった。これが恋というやつか? いや、まさかそんな。

「それ。なんていうギターなの?」

 スタンドには兄貴から借りているレスポールが立てられている。

「ギブソンのレスポールですよ。キレイでしょ? 鰯雲みたいで」

「ジミー・ペイジと同じやつよね?」

「お! 会長はツェッペリンもご趣味ですか?」

「両親の影響」冷たい声がメンソールの煙とともに吐き出された。

「……そうですか」

 会長は自分の足下に灰を落とすと、それをピカピカのローファーで蹴散らした。

「まだ諦めないのね」

「ライブのことですか?」

「そう」

「まあ、渡りに船? 乗りかかった船? そんな感じですかね」

「ふん」と会長は鼻を鳴らした。「美鈴。最近楽しそう……。実はねそれは感謝してるの。中学時代は結構荒れてたから……。あなたたちとツルみ出してから、あの子変わったのよ」

「あ、どうも。お役にたててたのなら幸いです」

「ふざけないで。私はまじめにお礼を言ったの」会長の声は更に冷たさを増し、もはや氷点下といってもいいほどだ。

「いたってまじめですよ」

「……ねえ、あなたなんでそんなにライブに拘るの? あなたみたいなチャランポランな人がここまで行動力を持ってるなんて、私は信じられないんだけど」

「それは言えません」俺はきっぱりと言った。

「そう。じゃあ先生に喫煙の件は報告します」

「きたねー! それに会長だって吸ってるじゃねーかよ」

「先生たちが信じると思う? この私が喫煙だなんて」

 悪魔的な微笑を湛えて会長が薄く笑う。

 それを見た俺は、なぜか会長をもっと好きになってしまいそうだった。

「ふー。じゃあ、ヤニ友のよしみで、教えますよ」

「ありがとう」

 会長は携帯灰皿に吸い殻をねじ込んだ。携帯灰皿? なぜ会長がそんなものを持っているんだ? と思っていたら。会長は自分のポケットからマルボロを取り出し、自前のライターで火をつけた。

 いったい俺はなんの為に煙草を二本も犠牲にしたのだろう。一本は空き缶の中。もう一本は会長へ貢ぎ物として。

 ため息が出た。

「つまらない話ですよ。俺、中学から登校拒否してたんです。なんでかっていうと、もうほとんど覚えていないんすけどね。一年の一学期からですかねー。ある日仮病使って休んだんですよ。で、そこからなぜかずるずると……」

「あら、つまらなくないじゃない。おもしろい」

「それはよかった……。で、そうなると学校に行くのが怖くなるんですよ。クラスがもう俺の知らない世界になってるような気がして。不思議なことに、最初は仮病だったのに、いざ家を出てみると本当に腹が痛くなったりするんですよ。でね、奏太はね。あいつは幼ななじみなもんで、学校が終わるといつも遊びにきてくれたんです。ギターもねあいつと一緒にはじめたんです。なんで奏太は学校の奴らと遊ばずに俺なんかと遊ぶんかなーって思ってたらね。あいつ学校でイジメられてたんですよ」

 会長の瞳が僅かに揺れた。

「会長は気付いてましたか? あいつ耳悪いんですよ。難聴なんです」

「……いいえ。知らなかった」

「最悪なことにね。それがイジメの原因だったんです。あとから知ったことなんですがね……。大きな声で話してやれば問題はないんですがね、ガヤガヤした所なんかだと聞き取れないこともあるみたいで。で、それを知らずに話しかけた奴が、結果的に無視をされたと感じたみたいで……」

「やっぱり面白くない話ね」会長は携帯灰皿を使わず吸い殻を踏みつぶした。

「でしょ。……あいつね、カツアゲとかもされてたみたいなんすよ。親にも俺にもそんなこと言わなかった……。で、ある日、あいつお年玉を貯めて買った新しいエレキギターを先輩に盗られたんすよ。買ってきたその日に。盗った先輩は俺も知ってる奴でした。小学校の頃からいけ好かない奴で。偶然ギターケース背負ってる奏太と街で会っちゃったらしいんです。その時はさすがの奏太も落ち込んだ様子を隠せてませんでした。だから俺、口を割らせたんです。俺は……、生まれてはじめて、怒りで我を忘れました。んで、学校へ行きました」

「学校へ? それで、どうしたの?」会長が身を乗り出して聞いてきた。まるでおとぎ話の続きをせがむ子供のように。

「まあまあ……、我を忘れているくせに、俺はどこかでは恐ろしく冷静に考えてたんです。うまく事を運ぶために……。月曜日の朝礼を狙って、全校生徒がいる前で。俺は空のビール瓶を学ランの背中に隠し持ってあの先輩に近づきました……」

 ガシャンと瓶が砕け散るかと思っていた。そうはならず、ゴツっというヌルい音がした。

 先輩はよろめいて、そして倒れ込んだ。

 誰かの悲鳴が聞こえた気がした。あくまでも気がしただけだ。

 ダメだ。ガラスの破片が散らばり、血だまりができなければインパクトが足りないではないか。

 さっきは力が足りなかったのだ。よし、もう一度。床に這いつくばる先輩の後頭部めがけて、腕を振りあげたところで俺は先生達に取り押さえられた。

 先輩は救急車で運ばれた。残念なことに命に別状はないとのことだ。

 俺は生徒指導室に連行された。大勢の先生達の前で、俺は洗いざらいすべてをぶちまけた。

「君は人を殺すところだったんだぞ!」偉そうに一人の教師が言った。

「殺すつもりでした」

「な、なんということを! 殺人未遂だぞ」

「でなければ奏太は殺されたかもしれないんですよ! 奏太がもし自殺でもしたら、それはあいつが殺したことになる。そうなるよりはいいでしょう」

 台詞はすべて用意してきた。大丈夫、うまくいく。台本どおりだ。

「修二君、それならなぜまず私たちに相談してくれなかったの?」おばさんの先生が椅子に座る俺の目線までしゃがみ込み言った。

「言ったって無駄です。あなたたちに何ができるんですか? 具体的に、抜本的に解決なんてできないくせに」

「それは違うぞ。君はまず我々を信じて欲しい。そのために我々教師は……」

「違わない!」俺は叫んだ。「何ができるのか言ってくれよ! 信じる信じないなんてどうだっていいんだ! できることを教えろよ! 何もできないだろう! 言ってみろよ。奏太のこと、解決できるのかよ? できないだろう!」

「できるかできないかじゃないんだ! 教師は君たち生徒をまずは信頼する。だから君たちにも……」

「うるさい! できるか、できないかなんだ!」絶叫。「俺たちがして欲しかったのはそういうことなんだ! さっきからなんだよ。論点をずらすなよ! じゃあ、あんた達は奏太が家に帰るまで送り届けてくれるのか? イジメられないように。土曜日も日曜日も夏休みも冬休みも、あいつに付きっきりで守ってやれるのか? あいつをイジメてるやつらを全員見張れるか? お前らは注意をする。全校集会を開く、反省文を書かせる、感想文を書かせる。そいうことしかしないだろ! それでイジメがなくなると本気で信じてるのか? 帰り道であいつは報復をうける。イジメはもっと陰湿になる。ただそれだけだ!」

「いい。修二君……。人の心は……すぐには変えられない、でもね……変えていこうとする努力をすることが大切なの」またこのおばさんだ。なぜこいつは泣いているんだ。奏太はずっと涙を堪えてきたのに。

「ではぜひ努力をしてください。俺はしましたよ。その努力を……。これだけのことをしたんだ、もう誰も奏太には手出ししないでしょう。俺のような頭のおかしい友人がいればね。このことは先輩の親にも伝えるんでしょ? 奏太のギターも返ってくる可能性が高い。ほらね! 俺は全部解決しちゃいましたよ。あなたたちができないこと、全部」

「いいや! それでも君のやり方は間違っている! 相手の命が危なかったんだ! 君は反省すべきだぞ」

「だから言ったでしょ。殺す気だったって。そこのおばさんだって言ってたでしょ? 人の心はすぐには変えられないって」

「お、おば、おばさん?」

「すぐに変えられないなら意味はないんです。刑務所だって行く覚悟でしたよ。でなければ奏太はイジメられ続ける。自殺にまで追い込まれないとしても、これからずっと、ずーと。大人になっても、人に怯え続けることになる。そういうふうにねじ曲がってしまう。癖になる。そう、癖になるんです。怯えることが……。俺もそうだったから、わかります」

 俺の狙い通り、その後、奏太をイジメる奴はいなくなった。ギターも返ってきた。

 俺は反省文を書くことだけは断固として拒否した。

 反省していないのだから当然だ。

 そのかわり、精神鑑定やら、カウンセラーとの面談やらは素直に受けた。

 俺は狂っていないことを証明したかった。

 なぜなら、俺の行いが正義だと信じているからだ。

 二年生の秋。文化祭のステージを見ると、バンドが演奏していた。そこでギターを弾いていたのは、俺がビール瓶で痛めつけた先輩だった。

 俺は隣にいた奏太の耳元ではっきりと言ってやった。

「お前の方がうまいな!」と……。

 ステージ前には人だかりができている。ヘタクソなギターソロになると女子生徒がきゃーと騒いだ。

 先生たちも関心した様子でライブに見入っていた。

 俺は気付いた。

 なんだ。こいつら全員狂っていたのか。

 だから俺や奏太はこんなにも居心地悪い思いをしているのか……と。


「あなたの計画どおり、うまくいったのね?」我孫子会長が言った。

「いえ。教師達がバカすぎました。想定していた台詞の半分も言えていない」

 会長が盛大に笑い出した。そんな会長を見るのは初めてのことだった。

「……で、後悔してたりする?」

「まったく。今となっても他の方法は思いつけません。それに、ああしなきゃ俺の気が済まなかった」

「友達思いなのね」

「奏太にとってギターは特別なんです。アンプを爆音で鳴らすことができるエレキギターなら、奏太の耳でもしっかり聞こえるから……」


          D.S.


 ドアを開く時、嫌な予感がした。

 AVルームは電気がつけられていることがすぐにわかった。中に誰かがいることも……。宗形先生以外の誰かが……。

「お、ケンボーじゃん!」

 一番聞きたくない声だと思った。

「へー。ここ使ってるのお前だったんだ?」

 そこにいたのは俺がもっとも嫌いな奴と、その仲間達。

「なあ、これどうやって使うんだ?」

 勝手に触るな! そう叫びたかった。

 けど無理だった。いつもそうだ、こいつらを前にすると脊髄が痺れる、脳味噌がまともに機能しなくなる。無意識に奥歯を噛みしめ、手のひらが汗ばんでくる。 

「なあ、俺らにもちょっとこの機材貸してくんねーか? 俺らのオリジナル曲をさあ、レコーディングしてーなーって思ってたんだよ。東京のレーベルとかに送ろうと思っててさー」

 お前らじゃ無理だよ……。心の中でだけそう毒づく。

「なあ、いいよな?」

 奴が近づいてくる。奴は俺よりずっと背が高い。威圧感で足がすくむ。

「ああ、うん……」

 そう言った瞬間、俺のみぞおちに奴のスニーカーがめり込む。俺は後ずさり背中をドアに打ちつけた。

 奴の仲間達が「おう!」とか「ひゅー」と言った。

 俺は腹を抑え、なるべく痛そうな演技をする。そうしなければさらに痛めつけられるのを知っていたからだ。

「うん。じゃねーだろ? はい。だろ?」

「おいおい、いーのか?」「やべーんじゃね?」そう言う割に楽しそうな野次がとぶ。

「大丈夫だよ。なあ、ケンボー。こいつさ、変態なんだよ。小学校の時さあ、こいつ、すげー気持ち悪ぃーラブレターを女子に渡してさー。今で言うさー。もう、ストーカーじみてるわけ。それで俺がこいつにヤキいれてやったわけよ」

 恥ずかしさと、悔しさ。俺の頭の中の防衛本能が働き出す。

 逃避。

 そのつもりが、なぜかこの事の原因となった時間を思い出した。

 あれは合唱コンクールの時だった。

 俺は彼女の流れるような指揮棒にうっとりとしていた。

 しなやかな手首が振られるさまは、それ自体がもう音楽だった。

 彼女と音楽の話がしたかった。どんな音楽が好きなのだろう? クラシックだろうか? 流行の音楽は好きだろうか? もしかしてロックが好きだったりしないだろうか?

 ある日、彼女の机に手紙を入れた。

 精一杯思いをこめた文章。どこまでも誠実に俺の気持ちを伝えたつもりだった。

 何日かすると、奴が俺を呼びだしてきた。

 俺はボコボコにやられた。彼女に宛てたはずの手紙は奴が持っていて、ビリビリに破られた。

「俺のクラスで気持ち悪ぃことしてんじゃねーよ」奴はそう言った。

 俺のクラス? 何を言っているのだ?

 そうか……。奴はクラスのリーダー的存在だった。先生も奴には一目置いていて、クラスのまとめ役を奴に任せていた節がある。そのうちに奴は勘違いしたのだろう。責任感。それが悪い方へ向いた。そのことを知ったのは俺だけだった。その日以降も奴はクラスのリーダー的存在であったし、その機能を果たしていた。俺以外の人間を痛めつけることもなかった。

 奴が正義。俺は悪。悪? いや、変態。気持ち悪い奴。

そういうレッテルを貼られてしまった。

 運の悪いことに、奴と俺は中学も高校も一緒だった。

「おい、なんとか言えよ!」

 左の頬に奴の拳がぶつかった。

「……はい」

「よし。そんじゃあよ、俺らも学祭のライブに出るからよ。見に来てもいいぞ。俺らマジでメジャー狙ってっからさ。見といて損はねーぞ。……じゃあお前帰っていいぞ」

 振り向き部屋を出ようとすると、ついでにとばかりに背中を蹴られた。

 宗形先生には今日は早く帰らなきゃいけない用事ができたとメールをしておいた。

 それ以来、そこへは行っていない。

 俺が奴らが練習に使っている音楽準備室に忍び込んだのは、学祭の四日前、昼休みのことだった。

 奴らの楽器、エフェクター、アンプを中庭に運び出す。

 誰にも邪魔されないように。迅速に。

 そして、それらにガソリンをかけて、火をつけた。

 気付いた多くの生徒が校舎から見下ろしていた。

 退学になるかもしれない。でも、それでいい。

 俺は炎を眺めていた。

 キレイだな。そう思った。

 これから自分がどうなるかわからない。

 でも、大丈夫。音楽が俺の中にあるのだから。

 空を見上げる。校舎の上にはいびつな雲達が勝手気ままに漂っている。

 こんなにも簡単なことが、なぜ今までできなかったのだろう。

 自由はここ以外にある。希望はここ以外にある。

 まずはここから出なくては。これはそのための儀式なのだ。

 俺は、仕上げに炎の中にMTRを投げ入れた。

 誰かが駆け寄ってくる。教師達なら、まず俺は怒られるだろう。奴らなら、俺はまたボコボコにされるだろう。

 宗形先生の声? まさか……。


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