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Phase2-2:拍手を、お芝居はおしまいだ

 ジョクラトル三人衆とルシオラは、緩衝地帯の丘で焚き火を囲んでいた。オムニスにも夜が来て、空には大きな月が出ている。

「くっそー、美味しいとこ持っていきやがって……。俺の考えた素晴らしい爆発オチが……」

「アホか。ダメージ判定はなくても当たり判定はあるんだぞ? アロの街を吹っ飛ばすつもりか?」

「いいじゃんか。どうせ日付が変われば元通りなんだから」

「荒らし行為とみなされて、ロクスソルスに入国できなくなるぞ」

「うっ……くそう……」

 言い争いに負けたジョーは、手で弄んでいた木の棒を焚き火に放り込む。ぱちぱちと音を立てて火が揺らいだ。

「なに言ってるのジョー。ああいう予想外の展開が面白いんじゃない」

「うむ……」

 いじけるジョーをよそに、クラリスが熱弁し、トルストイが頷く。

「お前らも反省しろ。あんな初心者を巻き込むやつがあるか」

「それはすいませんでした」

「うむ……」

 クラリスとトルストイも首を垂れた。

「はあ……。その調子じゃ最近も相変わらずか」

「そうなんだよ!」

 小さくなっていたジョーがほとんど叫びながら立ち上がる。

「やることがないんだよ! システムが用意したダンジョンは全部やったし! ユーザー製作のダンジョンも、新しいのが出てはやってるけど数時間でクリアできちゃうし!」

「廃人は怖いなあ」

 ルシオラは頬杖を突き、呆れ顔で言った。

「仕事熱心と言え! ちゃんと金稼いでるんだから!」

「それがおかしいんだよな、このゲーム……」

「あん?」

「なんでもないよ」

「なんだよ気になるな……。まあいい」

 ジョーはまた腰を下ろし、焚き火に枝をくべ始める。

「心配するなルシオラ。あともう少しで、とっておきの楽しみがやってくる」

「もう少し……ああ、“ショウタイム”か。今回私は参加できないけど、精々無双してくれ」

「そう、ショウタイムだ。……オムニス始まって以来のな!」

 焚き火に照らされて、ジョーの目が鋭く光った。拳を握りしめ、わなわなと震わせている。

 ルシオラはそんなジョーを指差して言う。

「なんかこじらせてるぞ」

「いつものことよ、ルシオラ」

「うむ……」

「それもそうか」

 ジョー以外の三人は同じように頷く。

「どいつもこいつも……」

 ジョーがうつむき、枝で地面に絵を描き始めたその時。不意に地面が大きく揺れて、枝は折れてしまった。

「ん? 地震?」

 辺りを見回すルシオラの横で、ジョーは立ち上がり、折れた枝を焚き火へと放った。

「あー、ルシオラ。少し空に行っててくれ」

「は? なんで?」

「客が来たみたいだ」

 クラリスとトルストイも、どこか険しい顔で立ち上がった。ルシオラは状況を察して、指笛を鳴らした。

 上空で待機していたルシオラの駆る神獣“グラウコス”が、翼のようなエラ突起を泳ぐように揺らし、ルシオラの傍へと舞い降りた。アオミノウミウシをモデルに作られたこの神獣は、高難易度の依頼をクリアした報酬として獲得することができる。風の斧槍ウェントスと並び、ルシオラのトレードマークになっていた。

 ルシオラはグラウコスにまたがると、揺れの大きくなりつつある緩衝地帯の地面から飛び立った。

 その直後、揺れはピタリと収まった。そしてジョクラトル三人衆の立つ丘が、急激に隆起し始めた。三人は山のようになりつつある丘から飛び降りて、それぞれ緩衝地帯のガラクタの上に着地する。

 丘だった地形は形を維持できなくなり、土となって崩れ始めた。しかしすべてが崩れ落ちることはなかった。一部の土は地面へと降り注いだが、ほとんどの土は十数メートルの高さを保ったままそびえ立っている。最終的に土の崩壊が止まって、現れたのは人のシルエットだった。

「出たな、泥人形」

 ジョーは信号機の残骸の上で笑う。いつの間にか、土のゴーレムの肩に人影があった。

「よう、サラマンダー。久しぶりだな」

 土に汚れたマントを羽織った長髪の男は、三人衆を見下すように笑った。

「今日こそ“サマナー”の地位を頂くぞ」

「お前がその台詞を最初に言った日から、何年の歳月が流れただろうか……」

「うるさいな! いい加減席譲れよ!」

「いい加減俺たちの誰か一人くらい倒せよ」

「ぐぬぬぬ……」

 ゴーレムの肩の上、男は悔しげな表情を浮かべる。

 アエラにはサマナーというロールが存在している。役所の用意する最高難易度の依頼をクリアすると、先着順に精霊が与えられるというシステムになっていた。サマナーは四大元素である火、水、風、土を司る精霊を召喚することができるが、精霊界との契約により、正式なサマナーと認められるのは三人までと定められている。残り一つの精霊はサマナーとしか戦わないという仕様になっており、サマナーを倒すことで新たなサマナーとして認められる。

 倒されたサマナーは精霊を失い、再度その精霊を獲得するための依頼が役所から発注される。そうすることによって精霊が他の人へ受け継がれていくというシステムになっていたが、このシステムが実装されて以来、火の精霊サラマンダー、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフのサマナーはその地位を守り続けていた。それがジョクラトル三人衆である。

 そしてその地位を狙い続けるのが、土の精霊ノームの使い手、フォルミーカだった。他のプレイヤーがジョクラトル三人衆に勝つことを早々に諦めた中、フォルミーカだけは何度倒されてもノームを再取得し、こうして三人衆に挑んでいるのだった。

「ほら、さっさと召喚しろ!」

「いや、そういう決まりだから召喚するけどよ。俺でいいのか?」

「誰とやっても同じだからいいんだよ!」

 グラウコスの上でジョーとフォルミーカのやりとりを見物しながら、

「それは誰とやっても負けるって言ってるようなものでは……」

 ルシオラが呟いた。

「そうかそうか……丁度いい肩慣らしだ!」

 ジョーは魔道書を開き、指先をページで切って血を滴らせる。クラリスとトルストイは巻き添えを避けるため、呆れた様子でその場を離れた。

「“我が血の契約に基づき、顕現せよ、サラマンダー!”」

 ジョーは迫真の演技で言い放った。

 詠唱にシステムが反応し、ジョーの正面に魔法陣が展開される。その陣の一部に、炎が立ち上った。そこから鋭利な爪を持つ前足が現れ、陣を突き破るように頭や、もう片方の前足も姿を現した。最終的に召喚されたのは、赤黒く光る表皮に炎を纏った巨大なトカゲ、サラマンダーだった。

 ジョーは燃え盛るサラマンダーの背に乗ると、炎に包まれながら仁王立ちした。精霊の炎は触れるだけで大ダメージを受けるが、ジョーの纏う炎神のローブが炎属性のダメージをすべてカットしている。

「さあ、かかってこい」

「なにを言ってる。もう戦いは始まってるぞ。ノーム!」

 フォルミーカが命じると、ゴーレムは右腕を大きく振りかぶり、地面に拳を叩きつけた。

「……なにやってんだ?」

「頭を使え、トカゲ使い」

「な、なんだ?」

 ジョーは徐々にフォルミーカを見上げるようになっていることに気が付いた。下を見て、その理由を理解する。

「……シンクホールか!」

 サラマンダーは地面に空いた大きな穴にゆっくりと吸い込まれていた。

 フォルミーカがゴーレムを作った際に大量の土が使用され、地中に大きな空洞ができていた。ゴーレムの拳の衝撃で地表の土が崩れ始め、シンクホールと呼ばれる現象に似た地面の陥没が発生する。

 サラマンダーは這い出ようともがくが、地表面の土そのものが滑り落ちているため、その巨体は徐々に埋まっていく。

「どうだサラマンダー! そのまま土葬にしてやる!」

「ほー、数年かかってようやくまともな攻撃をしてきたな」

 余裕を見せるジョーだったが、すでにジョーの体も地中に埋まりつつあった。

「軽口を叩けるのも今のうちだ。じゃあな、ゆっくり眠ってくれ」

 ジョーはフォルミーカを見上げ、不敵に笑った。そしてその顔も土に埋まる。

「やったぜ……苦節七年、ようやく俺もサマナーになる時が来た……。おーい、そこの二人!」

 フォルミーカは喜びを噛みしめ、少し離れた場所にいるクラリスとトルストイに手を振った。

「これからは俺たち三人でアエラを守ることになる! よろしく頼むぞー! って……ん?」

 フォルミーカの頭上に疑問符が浮かぶ。クラリスはあらぬ方向に向けて手を振り、トルストイは腕を交差させ、バツ印を示していた。

「どういうことだ?」

 悩んでいると、グラウコスに乗ったルシオラが二人を回収し、また空へ飛んでいった。いよいよフォルミーカは首を傾げる。

「一体どうなって……ん?」

 ようやくその異変に気付いた。今度はフォルミーカの視点がゆっくりと下がっている。下を見下ろして、フォルミーカは戦慄した。

「嘘だろ……」

 ゴーレムの足元は、真っ赤な溶岩に沈みつつあった。溶岩は徐々に地面に広がっていき、周囲のアーティファクトをも飲み込み始めている。

「ノ、ノーム! ゴーレムを動かせ!」

 フォルミーカはゴーレムの体内にいるノームに命令し、逃がそうとするが、ゴーレムはピクリとも動かなかった。

「な、なぜだ。なぜ動かない!」

「教えてやろうか!」

足元から声がして、フォルミーカは再び下を覗きこむ。

「なっ……!」

 ゴーレムの足は、溶岩から顔を出したサラマンダーに噛み付かれ、動けなくなっていた。サラマンダーはゴーレムの足を溶かしながら、溶岩の中からゆっくりと浮上する。その背には無傷のジョーの姿もあった。

「知ってるか? 土の主成分はケイ素やアルミニウムや鉄。それらが酸素なんかと化合した状態で含まれている。元を辿れば岩石と同じってわけだ。つまり、高熱で溶けるんだよ」

「そ、そんな……そんなことまでできるのか……?」

「こちとら七年こいつと付き合ってるんでね。できることは大体試した。ほんと、すげーゲームだよな。ここまで現実を再現してるなんてよ」

 先刻までジョーを見下ろしていたフォルミーカは、ついにジョーに見下されることになった。ゴーレムはほぼ溶けきり、フォルミーカの足が溶岩に浸かる。体力が一気に減少し始める。

「恐ろしいやつだ……。だが、次こそは必ず仕留めてみせる」

「その台詞も何回目かわかんねーけど、まあ楽しみにしてるよ」

 フォルミーカは悔しそうに笑って、溶岩の中に沈んでいった。

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