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Phase2-1:拍手を、お芝居はおしまいだ

 アエラ最大の国、“ロクスソルス王国”。そこはユーザーが作った地域の一つであったが、システムが用意した首都、“テラ”を上回る人口を誇っている。

 オムニス内の時間はグリニッジ標準時の零時を始まりとし、十二時間で一日が終わる。オムニス内の一回目の夕方は、丁度日本時間の夕方と同じくらいに来る。ロクスソルス王国内で最も栄えている街、“アロ”も、傾きかけた夕日に照らされながら一日を終えようとしていた。

 その街の一画にある石造りの建物のテラスで、ささやかなお茶会のごっこ遊びが行われていた。テーブルの中央に置かれたティースタンドにはスコーンやブラウニーのグラフィックが並べられ、その周囲には紅茶やミルクの入ったポットのグラフィックが配置されている。

「どう? 最近の調子は」

「そうですね……特になにも」

「それはいい」

 黒と深紅の甲冑ドレスを着た女騎士は、湯気の立つ紅茶を啜るモーションをした。

「ルシオラは?」

「癖のある新人が入ってね。手を焼きそう」

「……その新人さん、結構気に入ってるんでしょう? 顔が笑ってますよ」

「……まあね」

 対面に座る白いローブを着た少女の質問に、ルシオラという名の女騎士はそっぽを向いて答えた。少女の顔は被っているフードに隠れてよく見えなかったが、照れたルシオラを見て、口に手を当てて小さく笑った。

 ルシオラが咳払いをして、少女は笑いを噛み殺す。

「農業の方はどうなの?」

「今は田植えに向けて苗作りの真っ最中ですね。みなさんよく働いてくれています」

「家に引きこもって、仮面付けて、座ってるだけでしょ? 本当の意味で働いているのはレナのとこの男衆だけだよ」

「それも進化した働き方の一つだと思いますよ。うちの男の人たちも好きで体を動かしているだけですし、ストレスに耐えるイコール仕事という考え方はもう古いです」

 レナと呼ばれた少女は、空になったカップにお茶を注ぎながら反論する。

「それは……暗に私をおばさん扱いしているのか?」

「一回り近く違いますしね……」

 レナは心から申し訳なさそうにしながらお茶を啜った。

「レナ」

「なんですか?」

「お茶は美味しいか」

「はい、とても。雰囲気だけですけど」

「上を向いて口を開けてみてくれる?」

「嫌です」

「どうして?」

「ルシオラが掴んでいるそのポットから、直接口にお茶を注がれるからです」

「凄いな。人の心が読めるのか」

「凄いのはオムニスと、ルシオラの使っているインターフェイスです。グラフィックでも目が据わってるのがわかります」

「なるほど、そういうことか。ははは」

「ふふふ」

「あははは」

「うふふふ――」

「ふわーっはっはー!」

 二人の静かに熱い笑いは、下から聞こえてきた非常に豪快な笑い声によって止まった。二人はお茶会の水面下で起こっていた女の戦いを一時休戦とし、軽く柵から身を乗り出して声のした方を見下ろした。

 テラスから見下ろせるのは、アロの街のシンボルとなっている大きな噴水のある公園だった。静かな夕方を楽しんでいた街の人々も、一様に声のした方に注目している。

 声の主は噴水の縁に仁王立ちしていた、赤いローブの男だった。

「お前はもう用済みなんだよ! これからは俺たち二人でやっていくことにするぜ! なあ、クラリス?」

「う、うん……」

「そんな……」

 見るからに軽薄そうなメイジの男が、ヒーラーの少女の肩を抱いて喚いていた。二人の足元には、純朴そうなウォーリアーの男が膝をついて唖然としている。

「またやってるよあいつら……」

「あれは確か……“ジョクラトル三人衆”さん?」

「三馬鹿トリオで充分だ」

「はあ」

 高みの見物を楽しみながら、ルシオラはブラウニーを齧り、レナはお茶を飲む。

 膝をついたウォーリアーは、必死に笑顔を作って説得を試み始めた。

「急にどうしたっていうんだよ……。今まで三人でやってきたじゃないか」

「うるせえ! ただ体がでかいだけの木偶の坊が! 俺の指示がなけりゃなんにもできないじゃないか!」

「それは……」

 ウォーリアーは困惑した表情でうなだれた。

「……ジョー、もう止めようよ」

 耐えかねたクラリスは、肩を掴んでいたジョーの手を振り払った。そして、庇うようにジョーとウォーリアーの男の間に立つ。

「絵に描いたような修羅場だな」

「そうですね。面白くなってきました」

「見るのは初めてなの?」

「はい。噂には聞いていましたが」

 ちょっとした劇を見ているかのような感覚で茶々を入れながら、テラスの上の二人はお茶を楽しむ。

「トルストイは木偶の坊なんかじゃないよ。この前も、ダンジョンで私のこと守ってくれたし……」

「お前を庇ってこいつが被弾したせいで、結果的に庇い合いになって全滅したんだろうが!」

 ジョーが大声を張り上げて、クラリスは身をすくませた。

「だったらクラリスが責められるべきだと思うんだが、どうよ?」

「ジョーさんは女の子には優しいという設定なんでしょう。あ、すいませんお茶のおかわりお願いします。それからアップルパイと――」

 レナは店員を呼び止め、追加のお茶菓子まで注文し始める。劇が長くなることを見越しての行動だった。

 今にも泣きだしそうなクラリスの肩を、トルストイが優しく叩いた。

「クラリス、もういいんだ」

「でも……」

「俺は一人でもやっていける。その気持ちだけで充分だよ。ありがとう」

 トルストイは悲しみの滲む笑顔でそう言うと、地面に横たえていた大剣を背負い、その場を去ろうとした。

 しかしクラリスが後ろから抱きついて、トルストイの歩みを止めた。

「おおー?」

「これは……!」

 テラスの上の二人は身を乗り出す。

 クラリスはトルストイの腰に回した手を離さない。

「行かないで……ううん、私もトルストイと一緒に行く!」

 その台詞に、テラスの上の二人はもちろん、一部始終を見ていた街の人々も歓声を上げる。

「な、なんだと? どういうつもりだクラリス!」

 今度はジョーの顔がみるみる歪んでいく。クラリスはようやくトルストイから離れて、ジョーに向き直った。

「私、今まで怖くてあなたに従ってたけど……あなたのことなんて大嫌いなのよ! このクズ野郎!」

 ルシオラはヒュウと口笛を鳴らす。

「クズや……ろう……?」

 ジョーは怒りに身を震わせた。そして腰のホルスターから魔道書を抜く。

「てめえら……二人とも殺してやる!」

「……!」

 反射的にトルストイがクラリスの盾になる。

「この国って平時のダメージ判定許可してたっけ?」

「許可してませんけど?」

「なんという茶番……ん?」

「あら?」

 事態を静観していたルシオラたちの目に、よたよたと歩く軽装のウォーリアーの姿が映る。

「あ、あの! 争いごとは良くないと思うんです!」

 なにをするかと思えば、なんと三人のいさかいを止めに入った。これには思わずジョクラトル三人衆も顔を見合わせる。

「ここで争っても、みなさんの迷惑ですし……。一度、落ち着いて話し合いませんか? なんなら自分もお話を聞きますから!」

 ルシオラは頭を抱えた。

「な、なんて良い人……!」

「あの方も、いわゆるジョクラトル劇団の一員なんですか?」

「いや、あの歩き方からして間違いなく初心者だね。やっとこ緩衝地帯を抜けて、住民登録とロール登録を終えたところでしょ。装備も役所で配布される制服だし」

「ということは……どうなるんでしょう?」

「わからん……。とりあえず成り行きを見守ろう」

 二人の心配をよそに、初心者ウォーリアーのぎこちない歩みは止まらない。結局二人と一人の間まで来て、バランスを崩しかけながらも直立する。

「お、落ち着いて。とりあえずそこのベンチに座りませんか?」

 初心者ウォーリアーは睨みあう両者を手で制する。

 睨みあうフリをして視線で打ち合わせていた三人衆は、全員同時に頷いた。

「なんだてめえ! 俺たちの問題に口出ししてんじゃねえ!」

 口火を切ったのはジョーだった。魔道書を開いて詠唱を開始すると、ジョーを中心に炎が渦巻き始める。初心者ウォーリアーは慌てて腰の短剣を抜くが、短剣を抜くのに集中しすぎたのか、足をもつれさせて躓いた。

 ジョーの周囲の炎が、開かれた魔道書の上に収束する。

「死ねえ!」

 言い放って、ジョーは魔道書を振りかざした。火球となった炎が初心者ウォーリアー目がけて放たれる。

「うわあああ!」

 初心者ウォーリアーの悲鳴は爆発の音によってかき消された。火球は着弾し、周囲の酸素のデータを燃焼させながら一気に燃え上がった。公園にいた人々がどよめく。

「……ん?」

 手応えを感じてにやけていたジョーの口が、への字に変わる。

 煙が晴れてきて、ジョーの目に映ったのは巨大な盾だった。蒸気機関によって最大限まで大きく広がっていた可変式の盾は、水蒸気を吐き出しながら小さな形状へと変形していく。

「……なんだかわからんがな。こんな生まれたての小鹿みたいな小僧に魔法をぶっ放すのは、どうかと思うんだな。うん」

 最後に地面を穿っていた盾のアイゼンが格納されて、

「ちっさ」

「あら、可愛い」

 姿を見せたのは、甲冑に身を包んだ背の低い、と言うよりドワーフのような小人に近い男だった。ルシオラとレナだけでなく、公園中で同じような感想が呟かれる。盾の小人は気にする様子もなく、背中の剣を抜き、戦闘態勢を取った。

「おいらは絶対防御のマーカス。弱者を守るために、戦うんだな!」

 ジョーは顔を真っ赤にしてわなわなと身を震わせた。

「くっ……そがあああ! 次から次へと!」

「おいジョー、手こずってるじゃねえか!」

「黙って見てりゃちんたらやりやがって!」

 不意に声がして、公園中の視線が今度はジョーの背後の噴水へと移る。いつの間にか噴水の水の中から、二人のびしょ濡れの男が姿を現していた。

「俺の名はハンプティ!」

「俺の名はダンプティ!」

「二人合わせて!」

「ハンプティダンプティ!」

 ハンプティとダンプティは器用に組体操で自己紹介をした。

「て、てめーら!」

「しょうがねえ加勢するぜ!」

「正義なんて糞喰らえだぜ!」

 二人は組体操を終えると、ばしゃばしゃと水音を立てながら噴水を出て、ジョーの両脇に並んだ。

「待ちな!」

 次はベンチで休憩していたらしい料理人風の女性が割り込んできた。

「登場人物増え過ぎだろ」

「これオチはあるんですか?」

 当初は身を乗り出して注目していたテラスの上の二人も、今ではテーブルに片肘をついてお茶を啜りながらの観戦だった。

「私の名はザ・コック。争いごとにはエネルギーがいる……。私が飯を用意してやろう」

 料理人の女性はおもむろに簡易調理器具を組み立てて、フライパンで肉を焼き始めた。

「夕飯どうしようかな……」

「そろそろリアルにお腹が空いてきましたね」

 ついに飽きて夕食の話をし始めたルシオラたちだったが、公園は続々と登場する悪乗り集団によってさらに秩序を失っていった。最初に割って入った初心者ウォーリアーは、混乱しすぎて操作がままならないのか、地面をのたうち回っていた。

「あー、もうめちゃくちゃだよ……」

「賑やかなのは良いと思うのですが、どう収拾つけるんですかね……。あ、コンスルさーん!」

 レナはケーキをつついていたフォークを振って、テラスの下にいた白髪の男を呼んだ。戦場と化した公園を眺めていたコンスルという男は、テラスを見上げて手を振った後、レナたちのいる建物の中に入っていった。すぐにコンスルがテラスに姿を現す。

「レージーナ様。こんなところにいらっしゃいましたか」

「すいません、友達とお茶をしてました」

「わーお。これはこれは、ロクスソルスの執政官様じゃないですか」

 コンスルは皺の刻まれた顔に笑みを浮かべ、口の前で人差し指を立てる。ルシオラは「これは失礼」と肩をすくめた。

「あれは、一体どういうことですか? 衛兵を呼んで止めさせますか?」

「いいえ、必要ありません。一種のユーザーイベントみたいなものです」

「はあ、ユーザーイベント」

「コンスルさんも、あいつらのことは知ってるでしょ」

 ルシオラが指差した先をコンスルが見て、「おお」と声を上げる。

「あれはジョクラトル三人衆。アエラの英雄がなぜここに?」

「暇潰しですよ。あいつらオムニスのありとあらゆるコンテンツをやりつくしちゃったもんで、“こうなったら俺たちがコンテンツになる!”とか言ってあんなことに。周りの連中は、その場の乗りで参加したやつらです」

「それは……楽しそうですね」

「どうです? 執政官殿も参加されては」

 ルシオラの軽口に、コンスルは首を振った。

「誠に残念ですが、そろそろ会議の時間なのです。レージーナ様、城にお戻りください」

「そうですか……わかりました」

 ロクスソルス王国女王、レージーナ・ロクスソルスは、名残惜しそうに最後の一杯を飲み干すと、席を立った。

「んじゃ、お茶会も終わることだし、茶番にも終止符を打ちますかね」

 ルシオラはテーブルの上にあった食べ物をありったけ詰め込み、スタミナと魔力を最大まで上げる。そして柵に立てかけてあった愛用の斧槍を手に取り、

「じゃあレナ、明日はよろしくね」

「はい、お待ちしてます」

 レナに挨拶をすると、テラスの柵を飛び越え、甲冑ドレスの裾をはためかせて戦場に降り立った。

 近くで半狂乱になってナイフを振り回していた男がルシオラに飛びかかろうとして、それがルシオラだと気付いて止まった。

 ルシオラが斧槍を一振りすると、巻き起こった風で男は吹っ飛んでいった。

「静まれ!」

 斧槍の切っ先のように鋭い一喝に、あれだけ騒がしかった公園内が静まり返る。

「ここは女王レージーナのお膝元! 平穏な民の生活を脅かす者は……私が許さん!」

 決め台詞と共にルシオラが構えると、斧槍ウェントスが淡く発光し、風を纏い始める。

「これは驚いた」

「でしょう? 彼女も結構演技派なんです」

 テラスの上、レナがコンスルに微笑む。

「さあ行きましょう。この場は彼女に任せて大丈夫ですよ」

「わかりました」

 コンスルが店員を呼び止めて代金を支払い、二人は建物の中に消えていった。

「あーん? なんだてめえ!」

「祭りの邪魔してんじゃねーぞ!」

 即座にルシオラの意図を汲み取った悪乗り集団は、さっきまでの自分の設定を放棄して全員がチンピラと化した。それぞれナイフやフライパンや魔道書を構え、ルシオラににじり寄っていく。

「ファー!」

 すぐ目の前にいた鎖鎌を持ったウォーリアーが、奇声を発しながらルシオラに鎌を投げつけた。ルシオラはそれを斧槍の柄で難なく弾くと、くるりと一回転して思い切り斧槍を振った。

 凄まじい風圧によってチンピラたちは吹っ飛び、公園の隅へと枯れ葉のように降り積もった。

「ふう」

 一仕事終えて、ルシオラは一気に脱力した。それからゆっくりと歩いて、未だに地面を転がり回っている初心者ウォーリアーのところまで来た。

「大丈夫か?」

「い、一体なにがどうなって……」

「とりあえず落ち着け。深呼吸。なにも考えるな」

「は、はあ。すー……はー……」

 数秒待って、ようやくウォーリアーの動きが止まった。ルシオラは手を取って助け起こす。

「あ、ありがとうございます。あの……これはどういう?」

「あー……。一言で言うなら、一昔前にリアルで流行った、フラッシュモブってやつのオムニス版かな」

「フラッシュモブ?」

「街中で突然沢山の人が静止したり、いきなりミュージカルが始まったりするアレ。ただ、参加者が示し合わせてやるフラッシュモブとは違って、今のはみんなアドリブなんだけどね」

 説明の途中で、ルシオラは斧槍を放り投げた。

「おわっ」

「ひっ」

「ぬっ」

 斧槍は逃げ出そうとしていたジョクラトル三人衆の目の前に落ちて刺さった。

「あいつら以外はね」

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