Phase8-5:正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも
人気のなくなったロス・オブ・タイムのラウンジに、静かなピアノの音が響いていた。ほとんどのプレイヤーはログアウトするか、緩衝地帯に現れた神を見物に行ってしまっている。
ラウンジに入ってきたイッテツは、なにも言わずにソファに腰掛けて、シイナの弾くピアノを最後まで聴いた。演奏が終わると、一人分の拍手が響く。
「ちゃんとしたピアノも弾けるじゃないか」
「まあね」
シイナははにかんで立ち上がり、イッテツの隣まで来てソファに座った。
「外は騒がしいな」
「そうだね。……ね、ショウタイムで貰ったロス、もう使っちゃった?」
「いや?」
「現金にしといた方がいいよ。交換所が貯め込んでるだろうから」
「……どういうことだ?」
「なんでも。……イッテツさんさ、娘さんに会いなよ」
「……いきなりなんだ」
「もしかしたら、もう見つけてもらえなくなるかもしれないからさ」
シイナは携帯端末を取り出し、イッテツに電話番号の書かれたメッセージを送った。
イーオンの役所は、そこが安全であると気付いた人たちですでに溢れかえっていた。人混みをかき分けて、ケイとヴァレイが出口を目指す。ケイの通話が終わるのを待って、ヴァレイが口を開いた。
「ケイ、一体どうなってるんです?」
「細かいことを説明している時間はない。とにかく俺たちがやらなきゃいけないのは、オムニスの全勢力を結集して、あの怪物に一秒間で十の二十四乗のダメージを叩きこむことだ。ミヒロ!」
絶句したヴァレイをよそに、ケイはミヒロを見つけて呼び止める。
「ケイ! もう、一体どうなってるのこれ!」
「悪いが説明してる暇がない。とにかく言う通りに動いてほしい」
「な、なに……」
「ガイドラインの連中を使って、ありったけの武器を回収しながらプレイヤーを役所に集めてくれ。襲ってくるキャラクターがいたら、容赦なく倒していい」
「それは、ケイがそう言うならやるけど……。ねえ、オムニスはどうなるの?」
「下手をすれば、もう二度とログインできなくなる。時間がない」
珍しく真剣な声で諭されて、ミヒロは事態の深刻さを察した。
「……わかった。でも約束して欲しいことがある」
「なんだ?」
「私、足柄のサービスエリアのラーメン屋にいるから。いつか絶対に食べに来て」
「……ああ。チャーハンも頼む」
ミヒロは笑って、拳を突き出した。ケイが拳を突き合わせると、ミヒロは西の出口を目指して駆けていく。
ケイはそれを見送ると、携帯端末を取り出し、ハンスを呼び出した。
「ハンス、生きてるか」
『おうよ。第一首都港はやられたみたいだがな』
「それは良かった。大至急アエラに届けてほしいものがある。今うちの連中に第二首都港へ運ばせてる」
『アエラに?』
「ああ。オムニス史上初の、イーオンとアエラの共同戦線だ」




