Phase6-5:私は道を見つけるか、さもなければ道を作るであろう
緩衝地帯、旗艦サピエンティア艦橋。
「イーオンの軍勢、二体の巨人と共に撤退していきます」
観測班からの報告を通信士が伝えて、サピエンティアの乗組員は安堵の声を漏らした。
「やりましたね!」
しかし声をかけられたコンスルは、険しい顔をしたままだった。
「全艦、左に九十度回頭。そのまま少し待機していてください」
『ん? 攻め込まんのか?』
『今がチャンスでしょう』
他の艦の艦長から、疑問の声が聞こえてくる。
「おかしい。あっさりしすぎていませんか?」
『単純にこちらの練度が上がっているのでは?』
『体勢を立て直されて長期戦になる可能性もある』
『そうですよ。このまま引き分けにでもなれば、なんのメリットもありませんよ』
仮に引き分けになった場合、勝利世界分配のロスはカジノに回収される。勝負では引き分けても、経済的には負けに等しかった。
「……そうですね。策が無いわけではありませんし、いつも通り侵攻を開始しましょう」
『良い決断だと思いますよ』
『さあ、盛り上がってまいりました』
無線から笑い声が聞こえてくる。コンスルも薄く笑みを浮かべてはいたが、内心ではやはり腑に落ちない様子だった。
しかし他の艦隊はすでに前進を開始しており、サピエンティアも少し遅れて戦列に加わった。合わせて、地上部隊も横陣を保ったまま前進を開始する。
「観測班に敵の動きを聞いてもらえますか? それと、地上部隊の様子も」
「了解」
コンスルの指示を受け、通信士が観測班と連絡を取った。
「……相手の戦艦と中央の攻撃型巨人は、未だイーオンの壁の前を動きません。残りの二体も、壁近くまで後退してから動きがないそうです」
「そうですか……地上部隊は?」
「やはり動きにくいようですね」
コンスルは予想していた答えに苦笑する。
「こればかりは、慣れるわけにもいきませんかね」
「緩衝地帯は壁から離れれば離れるほど、アーティファクトの密度が高くなっています。横陣を保ちながら移動するのは、どうしても難しいかと……。新しい陣形を試しますか?」
「いいえ、まだ大丈夫です。敵がなにもしていないのに手の内を晒す必要はありません」
「そうですね。了――え? 観測班、もう一度お願いします」
通信士が突然入った報告を聞き返す。それは丁度、アエラの軍勢が緩衝地帯中央部に差し掛かった時だった。コンスルは胸騒ぎを感じる。
「どうしました?」
「え、あの……観測班から、攻撃型巨人が“消えた”という報告が」
「“消えた”……? 動きを捉えられなかったんですか?」
「そのようです。突然、消えたと」
「……どういうことでしょう」
『バグですか?』
『いや、ここ数年オムニス内でバグは報告されていない。それはないだろう』
『例の新人とやらが操作を間違えて、どこかへ飛んでいってしまったんじゃないか?』
「さ、さらに観測班から報告。イーオンの軍勢がこちらに向かって進軍を開始しました」
『おや、最後の悪あがきですか』
『先の戦闘で相手は相当消耗しているはず。一気に畳みかけましょう』
「待ってください!」
滅多に聞くことのないコンスルの大声に、艦内の乗組員はもちろん、他の艦隊の面々も黙った。
「全艦警戒してください。間違いなく、なにか起こります」
『ど、どういうことです?』
「我々は、誘い出された可能性があります」
緩衝地帯、北方面。
「っ!」
北方面をゆっくりと進軍していたウンディーネが、突如大きなダメージを受けて消失した。肩に乗っていたトルストイは緩衝地帯に落下するも、下にいた兵士たちに受け止められる。
「な、なんだ。なにが起こった」
兵士たちの助けを借りて地に立ちながら、周囲を見回す。最終的に、空の異変に気が付いた。
「雲に……穴?」
夜空をゆっくりと流れていく厚い雲に、ぽつぽつと穴が空いていた。トルストイが目を細めてそれを観察していると、雲は一瞬にして飛散した。
そして現れたのは、女性を思わせる美しい流線形を描く巨人だった。
「やられた……」
トルストイは諦めと共に苦笑する。
周辺一帯は、百二十ミリの弾丸によって穿たれた。空から突如現れたヴォークリンデは、乱射しながら地表まで一気に降下すると、凄まじい斥力を撒き散らし、横陣の列を吹き飛ばし、カノンエッジで飛空艇をなぎ払う。それは戦闘の動きではなく、舞うような美しい動作だった。
ほとんどの兵士が致死ダメージを受けてログアウトし、残った兵士は瓦礫の下に隠れる程度のことしかできなかった。




