表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/48

Phase1-2:すべての始まりは困難である

「わ……」

 外に出たノックスは、初めて人間味のある感嘆の声を上げた。

「凄いだろ。混沌とはまさにこれのことを言う」

 二人の眼前には、あらゆる物があった。まず目に入ってくるのは、高層ビル群や城、幹をうねらせる巨大な樹木、横たわる飛行戦艦らしきものの残骸、天を撃ち抜くのかというほどの苔むした巨大な砲身など。近くに目をやれば、古いバスや郵便ポスト、甲冑、ギター、剣や銃などが転がっている。時代も技術レベルも全く統一感のない数え切れないほどの物が、広大な大地に瓦礫の山を作っていた。その上では、戦闘機や竜が蝿のように飛び交っている。

「どう、なってるの? これはなに?」

「良いリアクションだ。あそこを見てみ」

 ケイが指差したのは、瓦礫と瓦礫の隙間から僅かに覗く青い芝だった。そこにブロックノイズが発生している。次第にそれは広がっていった。

「……なにか生えてきた」

 一体なにをかたどったのか、正体不明の流線形のオブジェが、ゆっくりとブロックノイズから“生えて”きた。すべてが姿を現したところでブロックノイズが消え、そこにはオブジェが残る。

「ここは緩衝地帯。イーオンとアエラ、二つの世界の混じり合う場所。常にあちこちで“アーティファクト”が生まれてる」

「アーティファクト?」

「オムニスで使うことができる、アイテムみたいなもんかな? スカイネット上にフリーで公開されているグラフィックを、片っ端から取り込んでるらしい」

「じゃあ、あのバスは動くの?」

「オムニスで動作するプログラムが仕組まれていれば動く。大抵はハリボテなんだけど、ゲームバランスを考慮したオムニスの審査に通れば、複雑なプログラムの入ったアーティファクトも生まれてくる。ディガーっていう、緩衝地帯から使えそうなものを掘りあてる職業があるくらい、ここは宝の山なんだよ」

 ノックスは興味深そうに頷いた。

「さて、いつまで眺めていても飽きないのが緩衝地帯の景色ではあるが、君は選択しなければならない」

「なにを?」

「どちらの世界で生きるかを」

 ケイは左を指差した。

「ここから西へずっと進めば、“イーオン”という世界がある。現実の世界よりもずっと技術が進化した世界だ。オムニスは開発環境もフリーで配布してるから、今もどんどん新しいアーティファクトが生まれてる。さっきのインカムもユーザーオリジナルだ。もし君が新たな可能性を模索し、進化していきたいのならイーオンへ行くといい」

 イーオンを指していた指を、今度は右へと向ける。

「ここから東へずっと進めば、“アエラ”という世界がある。古い歴史や文化を大切にしている世界だ。魔法や錬金術の研究が盛んで、街並みは中世のヨーロッパに近い。ユーザーが管理している自治区もあって、かなり住みやすい世界になっている。もし君が安らかな暮らしを求めるなら、アエラへ行くといい」

 一気に喋って、ケイは一つ息を吐く。

「この口上も久しぶりだな。ちなみにガイドラインは、イーオンのチームなんだ。だからもし君がアエラへ行くなら、俺は付いていけない。友達探しも手伝えない。でもそこらへんにいるファンタジーな服装の人に声をかければ、ちゃんとアエラへ案内してくれると思うから心配しないでくれ。あっちにも初心者支援チームはあるから、そこで友達を探すこともできる。自由に選んでくれて構わない」

 ケイは神殿の階段に腰掛け、ローブから覗く白い横顔を見上げた。まだ緩衝地帯の混沌に夢中のようだった。

「わくわくするか?」

「うん」

「そっか……これで最後にするよ。どうする?」

 ノックスはケイと目を合わせた。エメラルドグリーンの瞳が好奇心に満ちている。

「一緒に行く。訊きたいことが沢山ある」

「その言葉を待ってた!」

 ケイは勢い良く立ち上がり、右手を差し出した。

「よろしく、ノックス」

「どうすればいいの?」

「ハンドシェイクだ。右手を出して俺の手を握れ」

 言われるがまま、ノックスは右手でケイの手を握った。ケイはその手をぶんぶんと振ってから離す。

「そうと決まったら、このゲームの最初のミッションだな」

 自分の手を不思議そうに見ていたノックスは、また首を傾げた。

「ミッション?」

「ああ。その名も、“緩衝地帯を無事切り抜けよ”」

「ここは危ないの?」

「そりゃもう、オムニスで一番危ないところさ。なんせルールがない。あらゆる意味で。俺たちみたいなおせっかい焼きがいる一方で、初心者狩りをする酔狂も結構いるんだ。俺が初心者の頃は、一ヵ月は緩衝地帯を彷徨ってたかな。このゲーム凄く良くできてるんだけど、デスペナルティ……えっと、死んだ時の罰が、結構厳しくてさ。二十四時間経たないと再ログインできないんだ」

 ノックスの首は傾いていく一方だった。

「ごめん、難しいよな。わかんないよな。とにかくイーオンを目指して出発しよう。えーと……」

 ケイは階段を下りていく。ノックスもそれに続いた。初心者の難関となる階段も、ノックスは軽い足どりで歩を進めた。

 草の生い茂る地面に足をついて、ノックスがあることに気付いた。

「ここにはアーティファクト出てこないの?」

 ノックスは瓦礫の山と草地の境界を指差した。ケイは瓦礫を漁りながらヒュウと口笛を鳴らす。

「鋭いね。まあなんてことない理由なんだけど、この神殿は“太陽の神殿”って言って、リスポーン地点……あー、とても大事な場所なんだ。だからこの神殿のある領域は基本的に変化しないわけ」

「うんうん」とノックスは頷く。そうしている間にも、ケイはどんどん瓦礫の迷宮へと踏み込んでいった。

「ごめん、ちょっと待ってってー」

 ノックスは言われた通り、一歩も動かずに待った。

 ちょっとと呼ぶにはかなり長い時間を経て、ケイが帰ってくる。

「お待たせ! いやー、納得できるものを探すのに時間かかっちゃって」

 そう言うケイが持っていたのは、女物の服だった。白いワンピースとフード付きの黒のカーディガン、ロングブーツ。

「そのままの格好だとあれだし、とりあえずこれ着て」

 頷いたノックスが麻のローブを脱ごうとして、

「あ、ストップストップ!」

 ケイは慌ててそれを止めた。

「このゲーム、仮想現実って言われるくらいリアルに作られてるから、そのローブの下は裸なんだよね。俺がローブ持ってカーテンになるから、その中で着替えな。はい、手を上げて」

 ノックスが両手を上げると、ケイがローブの袖を掴んで持ち上げ、そのまま簡易の更衣室を作る。多少苦労したようだったが、

「着替えた」

 という声がしたので、ケイはノックスをローブから出してあげた。

「あー……惜しい」

 ノックスはブーツを履き、カーディガンの上からワンピースを着た状態で出てきた。

 ケイはもう一度ノックスにローブを被せた。

 手伝いながらなんとか正しくノックスに服を着せ終えて、ケイは満足気に頷く。

「うん、似合う似合う」

「そうなの?」

 ノックスは腕を広げ、自分の体を見回す。白い肌と髪のノックスに、黒のカーディガンとブーツが良いコントラストになっていた。

「俺のチョイスに間違いはない」

「パンツはないの?」

 ケイは一瞬硬直し、申し訳なさそうに手を合わせた。

「ごめん、見つからなかった……。街に着いたら用意してあげるから、恥ずかしいかもしれないけどちょっと我慢して」

 ノックスは顔色一つ変えずに頷いた。ケイは手を合わせたまま、その反応を訝しむ。

 ケイの中で、ノックスと会った時から感じていた違和感が肥大化しつつあった。操作している人間の姿が見えてこない。当初は小さな子供なのかもしれないと思っていたが、子供にしては教養があり、観察眼も鋭い。しかし常識に欠けているところもある。スカウト役を任されてから二年近く経つが、こういう感触は初めてのことだった。

 ただ、悪い感じはしない。善悪の渦巻くこの世界で、それはケイが彼女の案内人となるには充分な理由だった。

「じゃ、行きましょうかお嬢さん」

 ケイは笑顔を作って手を差し出す。

「ハンドシェイク?」

「いや、手を繋ごう。“馬車”までご案内致します」

 ノックスはケイの手を取る。二人は手を繋いで、瓦礫の迷宮へと入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ