Phase5-6:人は教えている間学んでいる
「お邪魔しまーす」
ケイが先程のノックスの真似をしながら一〇三号室のドアを開ける。中で培養液に浸った生体部品を眺めていたエイミーは目を丸くした。
「どうやってここまで? 警備は?」
「みんな寝てる」
ドアの前で倒れているアンドロイドを踏まないようにしながら、ミヒロとノックスも部屋に入ってきた。
「そう……。役所の依頼で来た人たちね」
「さあ逃げよう」
ケイは音声認識を過剰に意識したような棒読みで言葉を発する。
「申し訳ないけど……私は戻らないわ」
「ノックス」
エイミーの台詞が入って、ケイはノックスを呼んだ。
「なに?」
「ここからの話はお前が聞くんだ」
促されて、ノックスはケイの前に立った。
「あなたは、アンドロイドを見てどう思う?」
ノックスが振り返ったので、ケイは自分で答えるようにと手で示す。
「……不思議な人たちだと思った」
その解答に、エイミーは頷く。
「不思議な人たち、ね。そう。彼らも人とそう変わりない。人が生んだ、人の形をした機械。彼らが人間に刃向って独立したから今は敵対しているけれど、人間同士だって、そういう戦いは何度もしてきた」
ノックスは動かなかったが、必死に理解しようとしているように、ケイには見えた。
「私は確かに彼らに拉致されたけど、彼らは私を丁重に扱ってくれた。だから私は、彼らが悪い人には思えない。人類はもっと、彼らに歩み寄っていくべきなのよ。……あなたはどう思う?」
このエイミーの台詞に、ケイは違和感を覚えた。
「仲良くなれるなら、仲良くなった方が良いと思う」
「そうよね。だからあなたたちも、良かったらここに残らない?」
「わっ」
ケイはノックスの腕を引っ張って、ミヒロの方へ移動させた。銃を抜き、エイミーに狙いを定める。
「ちょ、どうしたのよ」
ノックスを受け止めたミヒロが戸惑いの声を上げる。
「こいつ、エイミーじゃない」
「は? なに言って――」
ミヒロの言葉を遮って、三人の無線からコール音が鳴る。
『こちらブラボーチーム。エイミー・ブレナンを確保。攻撃を開始してくれ』
その無線を聞いて、ミヒロはさらに戸惑った。
「え、どういうこと?」
「最後の台詞が違った。エイミーは“人類が歩み寄るべき”とは言わなかった。俺が覚えているそこの台詞は、“お互いに歩み寄っていくべき”だ。ましてやプレイヤーをメトロポリスに残るよう説得するなんて、聞いたことがない」
「……!」
意味を理解したミヒロが、エイミーの姿をしたなにかに飛びかかる。しかしミヒロの体は、次の瞬間には生体部品のケースに打ちつけられて大きなダメージを受けた。ガラスケースは衝撃で割れ、培養液が室内に流れ出す。研究施設全体に警報が鳴り響いた。
「ノックス! 抜け!」
言われるがまま、ノックスはホルスターからカノンエッジを抜く。
「保護対象にいきなり飛びかかるとは、人間とはやはり恐ろしい生き物ですね」
エイミーの姿をしたなにかは、自らの保護膜を変質させる。現れたのはこれまで相手にしてきたのと同じ、戦闘用アンドロイドだった。
「こんなパターン聞いたことないぞ……!」
「どうすればいい?」
「他のチームが本物のエイミーを見つけた以上、俺たちはドンパチして逃げ帰らなきゃいけないはずだ。ミヒロ、大丈夫か?」
「うー、目が回る」
ミヒロはガラス片を掃いながら立ち上がり、ヒールスプレーを自分にかける。それを見て、エイミーだったアンドロイドがミヒロに殴りかかった。ミヒロは瞬時にスプレーを投げ捨て、伸びてきた腕を取り、これまでしてきたように捻ろうとする。が、逆に捻り返されそうになり、ミヒロは力に逆らわずに床に転がって受け身を取った。
「あ、あんた何者なの。序盤のミッションで出てくるには強すぎる」
「私の名はプロトエイミー。人の心を理解するため、エイミーの姿を模して作られました。しかし姿を模しただけでは人の心は理解できないようです。私にはあなたたちが敵にしか見えませんから」
プロトエイミーは両手の保護膜を硬化させ、刃のように変形させる。人間のような動作で足を開き、ゆらりと膝を曲げる。そして右足を思い切り踏み込み、今度は一気にケイに迫った。ケイは反射的に何度も発砲したが、頭も胸も保護膜は硬化していて、弾丸は進行方向を変えて壁や床に着弾する。
「っ……!」
到底回避できる速度ではなかった。ケイはダメージを覚悟で両腕で体を守る体勢になる。
鋭い金属音が響いた。
思わず目を閉じていたケイが、ゆっくりと瞼を開く。
「……ノックス!」
いつの間にかノックスが、ケイとプロトエイミーの間に入っていた。艶消しの黒の刃がプロトエイミーの斬撃を受け止めている。
「大丈夫?」
「お前、どうやって……」
「助けようと思った」
ノックスはカノンエッジで腕の刃を払い、すぐに狙いを定めて引き鉄を引く。プロトエイミーは体を硬化させ、弾丸を受け流しながら距離を取った。
「やばいよケイ。いくら私たちでも、あんなの初期装備じゃ勝てない」
「ここは逃げるが勝ちだ。ノックス!」
呼ばれて、ノックスは銃撃を続けながら後退する。ケイはポーチからスモークグレネードを二つ取り出して床に叩きつけた。一瞬にして煙が室内に充満する。
ケイは牽制を続けていたノックスを抱きかかえ、ミヒロと共に一〇三号室を出た。
通路に出て、ケイは愕然とした。一〇三号室は、すでに警報を聞きつけたアンドロイドたちによって包囲されていた。全員が腕を刃に変化させ、ガラスの目で三人を見ていた。道を塞がれて行き場はない。
「さっきのがプロトなら、これは量産型エイミーか?」
ケイの軽口に、ミヒロは苦笑する。
「これ詰んだ?」
「詰んだかもな」
ケイは言いながら、抱きかかえているノックスの顔を見る。ノックスはケイの目を見つめ返してきた。それを見て、ケイは試すことを決めた。
「……ノックス」
「なに?」
「好きなだけ暴れ回ってみろ」
「いいの? 可哀想じゃない?」
「このままだと俺たちが可哀想なことになる」
「わかった」
ノックスはケイの腕の中で頷くと、床に降りた。
「外階段まで行ければ、もしかしたらなんとかなるかもしれない。関節を狙え」
ケイは耳打ちをすると、ノックスの背を叩いた。ノックスはもう一度頷き、階段の方に群れている集団に向かって駆けだした。
当然アンドロイドたちが黙って通してくれるわけもなく、それぞれがお互いの邪魔にならない程度の人数でノックスに襲いかかった。
ノックスは走りながらカノンエッジを構え、連射した。アンドロイドの膝を正確に狙った射撃は、体を動かすために硬化させることができない関節の保護膜を貫通し、生体部品を破壊する。ノックスに向かっていく勢いそのままに、撃たれたアンドロイドたちはオイルを撒き散らしながら床に転がった。
ノックスは残った二体のアンドロイドの斬撃をスライディングでくぐり抜けた。すぐさま振り返って膝の裏を狙い撃ち、行動不能にする。息つく間もなく、横になったまま体を回転させ、カノンエッジを振った。後ろから振り下ろされていた斬撃をなんとか弾くも、もう片腕の刺突が迫ってきた。
「おりゃー!」
ノックスの上をミヒロが飛んでいった。ミヒロのドロップキックは、ノックスを襲っていたアンドロイドの頭にクリーンヒットし、吹っ飛んで廊下を転がり回る。
「行け行け行け!」
後ろから迫ってくるアンドロイドたちを牽制しつつ、ケイが声を上げる。その鼓舞を受けて、ノックスとミヒロはアンドロイドの山を切り崩していった。アンドロイドの群れの向こうに、外階段へのドアが見えてくる。
ケイは片手でハンドガンを連射しながら、ポーチから取り出した銀色の筒のピンを口で抜き、少し待ってから投げた。それは超強力な焼夷手榴弾だった。ドアの近くにいたアンドロイドがそれをキャッチした直後、化学反応によって爆発的な熱が発生し、閃光と共に周囲の物質を溶かしつくした。近くにいたアンドロイドたちは溶けてなくなり、ドアだった場所には大穴が空いた。
「今だ!」
ケイはノックスを肩に抱え上げ、ミヒロと一緒に混乱するアンドロイドたちの中を突っ切った。途中刃に接触したり、焼夷手榴弾の熱によって多少のダメージを受けたが、なんとか外階段まで辿り着く。もう一度手榴弾をアンドロイドの群れに放って、階段を上り始めた。
ケイは階段を駆け上がりながら、四角い箱を取り出して外壁に取り付ける。それを定期的に繰り返しながら屋上を目指した。体勢を立て直したアンドロイドたちが階段を上ってこようとすると、ケイは端末を操作する。先程置いてきたプラスチック爆弾が、階段ごとアンドロイドを吹き飛ばした。
「なんとかなった?」
「かもな!」
数分後、ケイたちはようやく屋上に到達する。
「おまけだ」
そう言って、ケイはすべての起爆装置を起動した。立て続けに爆発音が響いた後、雨の音しかしなくなった。三人の背後で煙が立ち昇る。
ミヒロが溜め息をついて、無線の回線を開く。
「こちらチャーリー。回収をお願い」
『了解チャーリー。白馬に乗ってお迎えに行くぜ』
ミヒロが笑った。
「どうして傭兵のNPCは、いちいち変な台詞を混ぜるのかな」
「そういう文化なんだよ」
二人は雨に濡れながら小さく笑い合う。
「……ケイ」
「ん?」
「後ろ」
肩に担がれたままだったノックスは、外階段があった方を見ていた。そこにはもう上ってこれる道はないはずだった。しかしケイとミヒロは、死を覚悟してから振り向く。
「外は雨だったんですね。私は雨が好きなんです」
立ち上る煙の中に人影があった。煙が晴れると、メトロポリスの夜景を背景に、プロトエイミーが宙に浮いている姿が露わになる。
「リパルション・コントロール……」
「この時点で、実用化されてたの……?」
「なに?」
ケイは諦めた様子でノックスを肩から下ろした。
「……ネタバレになるぞ。ストーリーを進めていくと、最終的にアンドロイドは人間たちと手を結んで、技術を提供してくれるようになるんだ」
「リパルション・コントロール……えっと、斥力操作って言ってね。アンドロイドは物質と物質が反発し合う力を操る技術を開発するの」
プロトエイミーは浮遊したまま、屋上に進入する。
「凄まじいエネルギーを消費するから、あのサイズじゃそんなに長時間は飛んでられない。だけど、その反発する力を俺たちに向けて一気に使うこともできる」
「凄まじい衝撃なんだよねえ。ストーリーの終盤で一回喰らったことある」
プロトエイミーは浮遊をやめ、屋上に降り立った。そして手のひらを三人に向ける。
「えーと、ごめんノックス。私たちやられちゃうけど、明日になったらまた太陽の神殿からスタートできるから」
「いきなりこんなハードな戦闘させて悪かったな。でも凄かったぞ」
謝るミヒロとケイに、ノックスは首を振る。
「ううん。怖かったけど楽しかった」
「お別れの挨拶は済みましたか?」
会話に割り込んできたプロトエイミーの胸部のジェネレーターが、出力を上げて赤く輝く。ケイはノックスとミヒロを抱き寄せた。
「ああ。生き返ったら、お前のことはみんなに自慢するよ。序盤のミッションにすげー強いボスが出てきたって」
「それは素晴らしい案ですね。是非また遊びに来てください」
「二度とごめんだ」
「残念です。ではお別れをしましょう。さようなら」
別れの挨拶と共に、プロトエイミーの腕が弾けた。肩から先が無くなり、腕の付け根からはオイルが吹きこぼれる。
「……これは予想外です」
それがプロトエイミーの最後の言葉になった。超長距離から飛来した弾丸が、プロトエイミーの頭を吹き飛ばす。強い電流が流れたように短く痙攣すると、プロトエイミーの残骸は崩れ落ちた。
『ヒーハー! 白馬の王子様の登場だぜ!』
茫然としていた三人の無線から、NPCの陽気な声が聞こえてきた。
東の空を飛ぶ輸送ヘリの開かれた後部ハッチには、超長距離ライフルを構えたNPCがいた。ライフルの銃身は雨を蒸発させ、湯気を立ち昇らせていた。




