Phase5-5:人は教えている間学んでいる
輸送ヘリの中は暗く、警告灯の光が生む赤と黒の濃淡だけの世界だった。外は雨が降っており、時折風で機体が揺れる。
「ビビってるのか?」
「ビビってねえよ。俺はこういう揺れる乗り物が苦手なんだ」
「ならハッチを開けて降りるっていう手もあるぜ」
「到着まで我慢するさ。降下に成功したらそこでゲロをぶちまけてやる」
「そりゃいい」
NPC同士の映画にありがちな会話が弾む中、ノックスは落ち着かないようだった。しきりに顔を動かしてなにかを見ようとしている。
「どうした?」
「暗いのが少し怖い」
「これはゲームだ。現実じゃない。インターフェイスを取れば、いつでも逃げ出せる」
「頑張る」
「……無理はするなよ」
「大丈夫」
ヘリ内部に短い警報音が鳴った。
『間もなく目標地点。降下準備に入れ』
パイロットの指示を受け、NPCたちが降下機材をチェックし始める。
「どうすればいいの?」
「目標地点に到着したら、降下まではシステムがやってくれるから大丈夫。じっとしてていいよ」
「わかった」
頷くノックスの頭を、ミヒロは軽く撫でた。
一分にも満たない時間を経て、ヘリはメトロポリスの研究施設直上に到着した。ヘリ後部のハッチが開き、外の世界が露わになる。雨に煙る未来都市には、イーオンとは違った凄味があった。
ノックスが言葉を失っていると、自動的にキャラクターが動き出した。後部ハッチまで歩いてから振り向き、ロープを伝って研究施設の屋上へと降下する。着地して降下装備を解脱すると、操作がノックスへと戻ってきた。
あとから降下してきたケイとミヒロが、ノックスの前を行く。
「さ、俺たちはこっちだ」
「はぐれないようにね」
ノックスは頷き、二人に付いていく。
三人は屋上の南側まで来ると、外階段を下りる。途中、ドアの前でケイが止まった。
「さーて、チャイムを鳴らしますかね」
ケイはアイテムポーチから小型端末を取り出し、ケーブルを伸ばしてドアの脇に取り付けられている電子錠に接続する。ケイの操作でプログラムが走り、電子錠がビープ音を鳴らす。赤いランプが緑に変わり、解錠された。
「どうぞお入りくださいってさ」
ケイはホルスターからハンドガンを抜く。ノックスも真似をして、カノンエッジを抜いた。
まずケイが僅かにドアを開き、中の様子を確認する。無機質な白の広い通路があり、遠くでアンドロイドたちがなにかを話しているのが見えた。
「あれがアンドロイド?」
「そうだよ」
ノックスの質問にミヒロが答える。アンドロイドは人間の形状はしているものの、皮膚にあたる保護膜は透明で、内部の構造が丸見えになっている。
二人が話しているうちにケイは近くの階段を見つけ、指で後ろの二人にそれを示す。二人が頷くと、ケイは静かにドアを開いて中へ入り、小走りで階段の踊り場へと滑りこんだ。さらにケイは踊り場の壁から顔を覗かせて様子を見る。アンドロイドたちが会話に夢中になっていることを確かめて、二人を呼んだ。
ミヒロが素早くケイの横へとやってきて、
「お邪魔します」
ノックスは丁寧に挨拶をしながら入ってきた。ケイは驚愕した。ミヒロが慌ててノックスを踊り場まで引っぱってくる。
「ノ、ノックス。言ってなかったけど、なるべくアンドロイドに見つからないように進まなきゃいけないの」
「そうなの?」
「そうなの。見つかると怖いアンドロイドがいっぱい襲ってきちゃうの」
「わかった。ごめん」
ケイは必死に笑いをこらえ、小型端末を操作する。電子錠にアクセスした際に入手した、施設内部の3Dマップを開いた。
「ん、このマップは初めて来たな」
ミヒロとノックスもマップを覗き見る。
「私も見覚えないかも」
「なにかおかしいの?」
「いや、大丈夫。エイミーが幽閉される施設にもいくつか種類があって、その中で来たことない施設に当たったってだけ。なんせ役所のミッションは一つのキャラクターにつき一回限りだから、たまに新人が入った時くらいしか行けなくてさ。すべてのマップを遊ぶことはなかなかできないんだ」
「そうそう。それに役所のミッションはオムニス内のロスの流通量を増やせる唯一の手段だから、新人さんが来てくれるのはオムニス全体としても本当にありがたいの」
「そうなんだ。良かった」
ノックスがうっすら微笑んだように見えて、ケイは少し驚いた。これまでになかった表情の変化だった。しかしそれはすぐにいつもの真顔へと戻る。
「見惚れてんなアホ」
「いって」
ミヒロに小突かれて、ケイはダメージを受けた。感覚のフィードバックはないが、つい反射的に痛いという言葉が出てしまう。
「HPが減ったので回復してくださいー」
「はいはい」
ミヒロはアイテムポーチからヒールスプレーを取り出し、ケイに吹きかけた。
「そうそう、ダメージ判定がオンになってる場所は、今みたいに味方に攻撃してもダメージが入っちゃうから。できれば俺たちを攻撃しないようにしてくれな」
「気を付ける」
「よし。ほのぼのモードはここまでだ。エイミーを探そう」
ケイはマップを操作し、施設内部の構造を確認する。同じような間取りで研究室が規則正しく配置されていた。ミヒロが唸る。
「これはやっかいね。見当がつかない。全部の部屋をノックして回る?」
「なに言ってんだ。こういう時はお前お得意のアレだろ」
「ま、そうなるよね」
「あれってなに?」
「ノックスはちょっと下がってな」
ケイはそう言うと、ポーチから円筒状の黒いものを取り出し、通路に向けて放った。遠くでアンドロイドたちが声を上げる。こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
「見つかっちゃいけないんじゃないの?」
「ノックス。すべてのことは、時と場合によるんだ」
足音が間近まで迫ってきたのを聞いて、ケイは通路に転がっていた筒を撃った。破裂音と共にそれは弾け、鱗粉のような細かな粒子が舞った。それと同時にミヒロが飛び出し、近くにいた方のアンドロイドへ肉薄する。そして左の腕を取ると、捻りながら背後に回る。腕を極めた状態になり、足を払うとアンドロイドはバランスを崩して倒れた。さらに背中に片膝を突き、身動きが取れないようにする。
後ろにいたもう一体のアンドロイドが事態を仲間に知らせようとして、それができないことに気付く。通信の電波はケイの散布した粒子によって減衰し、仲間に届くことはなかった。
ケイはゆっくりと階段から現れ、立っているアンドロイドに銃を向けた。
「地面に伏せて、両手を頭の上へ」
言われた通り、アンドロイドは観念した様子で床に伏せた。
「なにが目的ですか」
「エイミー・ブレナンを探してる。どこにいる?」
「機密事項です。お答えできません」
「いや、お前は言わなきゃいけない。さもないとその綺麗な保護膜に顔を押し付けて油まみれにするぞ」
「……わかりました。話します」
階段から様子を見ていたノックスが出てくる。
「アンドロイドは綺麗好きなの?」
「脅迫されたと認識させれば、言葉はなんでもいいっぽいんだ。ゲームだから」
「いやー、でも今の脅迫は私も白状しちゃうわ」
「あとで本当にやってやろうか」
「やったらブラックリストに入れるね」
「はいはい……。あ、喋っていいよ」
アンドロイドは心なしか呆れた様子で話し始めた。
「彼女はB二ブロックの一〇三号室にいます。我々の内部に潜在する諸問題について、研究を行っています」
「ご苦労」
ケイはいつの間にか用意していた銃型の注射器を、アンドロイドの首に刺して引き鉄を引いた。ミヒロも同じようにする。
「殺しちゃったの?」
「いや、ちょっと眠ってもらってるだけ。戦う意思の無い相手をいたぶるほど、俺は戦闘狂じゃないから」
ノックスは安心したように頷く。
「B二ブロックって、ここから降りていけばすぐの場所じゃない?」
「そうだな。ちゃっちゃと救出して終わらせよう」




