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Phase5-2:人は教えている間学んでいる

 ガイドライン本部を中心に広がる小さな街が、“ムーン・サイド・ヴィレッジ”。ガイドラインの本拠地だった。街の南に大きな湖があり、夜間湖面に映る巨大な月が、街の名前の由来になっている。

 正式にシステムから土地を購入しており、街として認知されてはいるが、建物らしい建物はほとんどない。代わりに、そこかしこにトレーラーハウスやプレハブ小屋、テントが点々とあって、それぞれ自由な生活を送っていた。未来都市のような外観の街が多いイーオンにおいて、ムーン・サイド・ヴィレッジはかなり異質な街と言える。

 三人はムーン・サイド・ヴィレッジを出ると、ケイの運転するガイドライン所有のトラックで、首都ウルブスまでやってきた。

 ウルブスの中央にそびえ立つ役所。その地下駐車場にトラックを停め、エレベーターに乗って役所へと入る。エレベーターのドアが開いて、ノックスは目を丸くした。

 エレベーターを降りてすぐの場所はロビーになっていて、そこは人でごった返していた。住民登録に来た初心者、各種手続きの説明を受ける企業の担当者、ユーザーミッションの発生を知らせるディスプレイを見つめるプレイヤーたちが、役所の一階のスペースを埋め尽くしている。

「久々に来たけど、やっぱ混んでるなあ」

 ケイはうんざりした顔で言った。

「ほとんどミッション待ちだから、登録カウンターは大丈夫でしょ。さ、ノックス」

 ミヒロはノックスの手を取り、人ごみをかき分けていく。ケイも大人しくそれに続いた。

 ミヒロの言った通り、登録カウンターは比較的空いていて、それほど待つことなく順番が回ってきた。三人はノックスを中心にカウンターの椅子に腰かける。

「こんにちは。登録カウンターへようこそ。私サラと申します」

 カウンターを挟んで、公務員風の女性が声をかけてきた。

「こんにちは」

 ノックスが挨拶を返す。

「あれ、教えてないのか?」

「うん、あえてね」

 ミヒロが悪戯っぽく笑って、ノックスが首を傾げる。

「なにが?」

「ノックス、これはNPCなんだ」

 ミヒロが言い淀んだので、ケイが代弁する。

「えぬぴーしー?」

「ノンプレイヤーキャラクター。システムが用意した人工知能によって動いてるキャラクターのことだ」

 ノックスは改めて、カウンターの向こうの女性を見る。

「僕と変わらないよ?」

「同じゲームの中の同じグラフィックだからな。ウルブスにはかなりNPCがいるんだ。少なくとも役所の機能を担っているキャラクターは、全員NPCだよ」

「そう、NPCなんですよ。あなた以外のすべてのキャラクターが」

 サラというNPCが笑顔で語った台詞に、ケイとミヒロは凍りついた。

「やだ、冗談ですよ」

 サラは慌てて場を取り繕う。言ったのが人間であれば、笑って済ますことができる冗談だった。しかし冗談を言ったのはNPCである。それは、ケイたちのような古参プレイヤーにとって、言い知れぬ気味の悪さを感じさせるものだった。

「……前から凄い技術だとは思ってたけど、驚くほど自然に会話するよな。NPC」

「うん……今のはちょっとびっくりした」

「そうでしょうか? ありがとうございます」

 照れた様子のサラに丁寧に頭を下げられて、ケイとミヒロは引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。

「……それで、ご用件は?」

 サラが困った様子で声をかけると、言葉を失っていた二人が我に返る。

「ああ、えっと。住民登録とロール登録」

「承りました。お名前は?」

「ノックス」

「ノックス様。どのロールをご希望されますか?」

「ロールってなに?」

 サラとノックスからの質問のリレーを受けて、ケイは苦笑する。

「ロールってのは役割のこと。ソルジャー、シーカー、メディックの三種類がある。ソルジャーはそのまま白兵戦闘要員だな。武器で戦ったりする人。シーカーは偵察担当。ちなみに俺はシーカーね。メディックはダメージを受けた人の回復役」

「どれにしたらいいの?」

「どれでもいい。ロールはいつでも変えられるし、立ち回り次第ではどれを選んでも同じように戦ったり生活したりできる。なんたってミヒロがメディックなんだぜ? 信じられないだろ? あんなに攻撃的なのに」

「回復できるところを見せてあげたいから、ちょっとダメージ受けてくれる?」

「ちなみに役所内は絶対にダメージ判定が許可されないんだ。勉強になったな、ノックス」

「ふんっ」

 ケイはミヒロの回し蹴りを受け、放物線を描いて観葉植物の鉢に頭から着地した。ロビーでは拍手が起きた。ミヒロは何事もなかったかのように椅子に座り直す。

「ノックスは体動かすのが上手いから、ソルジャーにしなよ。たぶん凄く戦力になる」

「わかった」

「ソルジャーでよろしいですね? それでは登録させていただきます」

 サラは情報をラップトップ端末に入力する動作をする。それから用意してあった新しい携帯端末をノックスに渡した。ノックスはそれを両手で受け取り、ぺたぺたと触って眺める。

「住民IDの発行、ロール登録が完了しました。おめでとうございます」

「ありがとう」

「では、これもどうぞ」

 サラはカウンターの下からビニール製のパックを取り出し、ノックスに渡した。

「これはなに?」

「ソルジャーの制服です。制服と言ってもちゃんとした戦闘服ですよ」

「ノックスが今来てるグラフィックだけの服とは違って、ちゃんと防御力が設定されてるんだよ」

 サラのゲーム的な演出の台詞を、ミヒロが現実的に噛み砕いて説明する。

「戦闘服や武器は、ミッションの報酬や専門店等で入手することができます。役所が発注しているミッションを受ける場合は、ミッションカウンターをご利用ください。ユーザーミッションをお探しであれば、あちらのディスプレイからどうぞ」

 そう言って、サラは人だかりができている大きなディスプレイを手で示した。

「役所からのミッションは簡単だけど報酬が微妙で、ユーザーミッションはピンからキリまであるけど、一発の報酬がでかいものも沢山あるの。難易度はかなり高いけどね」

 ノックスが首を傾げる前にミヒロが説明をする。

「それでは、イーオンでの生活をお楽しみください。次の方どうぞ」

 サラが丁寧に頭を下げる。二人は後ろに並んでいた人に席を譲った。

 それからケイのところまで来て、

「ちょっと、いつまで観葉植物と一体化してるつもり?」

 ミヒロは伸びているケイを足で小突いた。ケイはびくっと身を震わせ、観葉植物の鉢から頭を抜いて立ち上がった。顔に付いた土を払う。

「びっくりして椅子から落ちたんだが」

「あらごめんなさいねー」

 微塵も謝意の感じられない謝罪だった。

「さて、じゃあ早速なにかミッション行ってみようか!」

「え、いきなり戦闘させるのか?」

「え、しないの? こんなに操作上手いんだから大丈夫でしょ!」

「今みたいに吹っ飛ばされたらさすがに驚くだろ」

「そういう時はケイが身を呈して守りなさい」

 ケイは一瞬黙って、

「……ここは本人の気持ちを尊重してだな」

「やってみたい」

「……」

 もう一度黙った。ケイは中腰になって、ノックスと目線を合わせる。

「いいのか? 結構怖いかもしれないぞ」

「お父さんが色々経験してみなさいって言ってた」

「……そうか。ま、そういうことならいいか」

 ケイは仕方なく頷いた。

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