素直に
「なぜこうなった・・・」
俺はため息をついた。
「ねぇねぇ、次は私!」
「僕も僕も!!」
俺の周りにはたくさんの子供たちが集まっている。
頭の上では「もうちょっと待って!」とこれも子供が叫んでいた。
俺の独り言は子供たちには聞こえていなかったようだが、唯一聞いている奴がいた。
「いいじゃない。大人気なんだから」
彼女は俺のように子供の相手をしているわけでもなく、ただ俺の隣に立っていた。
ちなみに俺は子供を肩車している。
「ねぇまだ~?」
会話していると、子供に交代をせがまれてしまった。
「よし、10数えたら交代な」
俺はわかりやすい解決案を出す。
俺の上の子供がカウントを始める。
「文句言いながら結構いい手際じゃない?」
「別にいやというわけではないんだ。子供はむしろ好きだしな」
やっぱり下の兄弟がいる人間は面倒見がよくなると思う。
「じゃあ、何が不満なの?」
「俺は保育園に希望を出していなかったはずだ。いや、間違いなく出していない」
俺たちは今、職場体験として保育園に来ていた。
園児たちはそんな俺たちが珍しいのか、遊んでくれとせがんだ。
さすがに勤務時間中にというわけにはいかないので、仕事が終わってから遊んでいるというわけである。
「でも事実、あんたはここにいるんだから、書いたんじゃない?」
「いや、違う。最終決定してから先生にお願いして希望届を見せてもらったんだが、俺の用紙は明らかに俺の字で書かれていなかった。差し替えられたんだよ」
普通なら信じられないような話で、何かリアクションがあってもおかしくないところだが、彼女は平然と聞いている。
「でも誰がそんなことをやったかなんてわからないでしょ?」
「まぁ、そうだな。いったい誰がこんなことを・・・ってなるところだな、筆跡に見覚えさえなければ」
ピクッ、と彼女が反応する。
「最初は本当にいたずらじゃないかとか、先生による裏での人数調整っていうのも考えていたんだ。でも用紙を見せてもらった時にその候補は消えたよ。なんたってその字はお前の字だったんだからな」
まるで探偵ごっこをやっているみたいだなと内心思いつつ、彼女の様子をうかがう。
まだ大きなリアクションはないが、さっきとは様子が違う。
図星だな。
推理成功に調子に乗って高揚感に浸ってると、タイミングの悪いことにここで頭の上の子がゆっくりと10数え終えてしまった。
その瞬間下にいた子供たちが交代と騒ぎ始めたので、あわてて子供をおろす。
そんなにうまくはいかないものだな。
さて、続き続き。
「まぁ、見栄っ張りなお前のことだ、恥ずかしくて言えなかったんだろう? 言ってくれれば喜んで誘われたのにな。素直になればかわいいと思うぞ」
冗談混じりにそんなことを言ってみる。
つまり本気要素が大きいということだが、面と向かって言えないのは情けないという自覚はある。
彼女は「か、かわいい?」と単語に反応していた。
次の子を持ち上げようと彼女に背中を向けてしゃがんでいると、ゆっくりと彼女が歩み寄ってきた。
そして、子供たちには見えないような角度で急所を突かれた。
「うぐぉ!」
思わず変な声が出てしまったが、姿勢は崩さない。
実はこれ日常茶飯事になりつつあるので幸か不幸か慣れてきてしまった。
こうなるまで腎臓が弱点というのはいまいちピンとこなかったんだが、くらって実感したね。
慣れてくるのはいいけど、知らぬ間に臓器不全とか起こさなかったらいいな。
苦しみながら、
「そ、そういう照れ隠しもかわいいと思うよ」
と伝えた。
少しだけ間をおいてから、無言で反対側の腎臓に打撃をもらいました。
いやー、ほんとかわいいな。
さすがに効いたのか、顔色が悪くなっていたらしい俺は、子供たちに心配されるのだった。
その日の帰り。
俺は彼女とともに帰路についていた。
普段からよく話す仲なので特別話すこともなく、
「結局お前は何のために俺の希望を変えたんだ?」
と返事がもらえなさそうな質問をしてみた。
彼女はこれに過剰反応し、あわてるようなそぶりを見せ、うつむく。
「だって・・・ひとりじゃさみしかったし、あんたとふたりきりになれると思って・・・」
聞き取れないような小さな声だったが、不思議と俺の耳にしっかりと届いた。
「・・・」
予想に反して返事があった上に、思っていたより恥ずかしい内容で、俺は何も答えられなかった。
「な、なによ! 素直になったほうがかわいいっていうから!」
ちゃんと聞いてくれた結果というわけか。
おそらくほめてほしいのだろう。
かわいいと。
頬を赤く染めながら、モジモジとする彼女の姿はとても新鮮で・・・
「いや、びっくりしたんだよ。まさかここまでかわいいとは思わなかったから」
別に大げさな表現だとは思わない。
感じたことをそのまま言っただけだ。
「はうっ・・・」
彼女はさらに赤くなってうつむいてしまった。
「・・・」
俺もだんだん恥ずかしくなってきて、黙り込んでしまう。
そのまま互いに何も言わぬまま時間が過ぎていき、彼女の家の近くまで来た。
ここで解散となる。
「あのさ・・・」
口を開いたのは俺だ。
「週末に遊びに行かないか? ふたりで」
あえて「ふたり」というのを強調しておいた。
それが彼女の望みだったのだから。
彼女はさっと顔をあげて目を丸くしてこちらをみる。
そして、
「うん!」
と心地よい返事をした。
その時彼女が見せてくれた笑顔は、今までの中で間違いなく最高のものだった。