九
後方より2番目のからの隊列は今まで見たことのないものだった。
一昨年の夏も俺は先頭かもしくはその近辺にいたので、後ろからの追走は初めてなのだから仕方がない。
(成る程……これは怖いな)
午前十一時が過ぎる頃になると、急激に気温が上昇を始める。
その頃になると、暑さと疲れと空腹と"飽き"が俺たちを襲う。
そして結果、ケツを振り出すものが増えてくるのだ。
ヒロの車体がどんどんと傾いていく。
今、後ろから車が来たら……。
俺は無意識のうちに追い越しを仕掛け、ヒロの横に並んだ。
「シュウジ君……」
「頑張れ。もう少しで昼飯だ」
そのまま俺はヒロが右にヨレないように併走した。
(ったく、何やってるんだ。逃げ出すんじゃ無かったのか?)
スピードを上げ、さらに追い抜きをかける。
(そうだ!一気に離脱を図れ!)
だが、俺の車輪はタケシの横で止まってしまう。
「あと十分ほどで十二時だ。そろそろ休憩できるところで止める様指示しろ」
「はい!」
(……。)
俺は……何をしている!
逃げ出すんじゃ、無かったのか?
こんな仕打ちまで受けて、さんざっぱら迷惑をかけられた奴らをどうしてサポートしているんだ!
くそっ、明日こそ絶対、抜け出してやる!
明日は山が多いから、チャンスがあるはずだ。
そうさ、そのために今日は同行していたんだ。
怪しまれないようにみんなのサポートもしたんだ。
明日こそ、絶対。
地図で確認したとおり、その日は山の中を抜けていくルートを奴らは選択した。
予定では海岸線のルートを採るはずだったのだが、何せ色々あったおかげで大幅に予定より遅れている。
山梨の一ノ瀬キャンプ場で家族が集結するときに合わせる都合が合ったので、山のルートを選択するはずなのは予想が出来ていた。
少なくても、俺ならそうする。
そして、俺の教えを忠実に守るであろう、タケシならその選択しかできないはずだった。
前にも述べたが、峠では各人のペースで走ることが認められている。
俺の登坂スピードに付いてこれる奴などいやしない。
そして、離脱する絶好のチャンスが訪れた。
昼過ぎ峠越えが始まると、最後尾を大人しく走っていた俺はため込んでいた力を爆発させるようにペダルに伝える。
ほかのメンバーが止まったように俺には見えた。
ふん。じゃあな。
残すはだいぶ引き離し走るタケシだけだ。
なかなかやるじゃないか。
さすがだな。
後は頼んだぜ。
タケシの背中を捕らえようとしたとき、ガクッと奴のペダルの動きが止まった。
明らかに、何かの異変が起こったようだ。
追い抜きざまにその表情が苦痛に歪み、助けを求めるかのように右に太ももを掴みながら俺の顔を見送る。
……知るもんか!!
お前はもう、ただのメンバーじゃない!
俺の代わりにサブになったんだ!
そんな顔をするな!
俺の背中を見ていなかったのか?
誰よりも速く、誰より強く、そして誰よりも多く走らなければならないんだ!
そういうポジションなんだ!
そこにお前は抜擢されたんだ!
Mさんに、抜擢されたんだ!
俺を見るな!
俺のせいじゃない!
タケシから逃げるように猛烈にペダルを回転させた。
あっけなく、独りになれた。
Y字路に出た俺は標識を見据えるとペダルを止めた。
右に行けば再び海岸線に出ることが出来、おさらばだ。
左は柳沢峠に向かう険しい山道が続く。
……。
……くそおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!
ちくしょう!
ほっとけるかよ!
俺はどちらの道でもなく、車体をUターンさせると道を引き返した。
今度は下りになるので猛スピードでタケシの元にたどり着くことが出来た。
タケシはもう、漕ぐことを止めていた。
……いや、出来なかった。
その右足は酷く痙攣してしまっていた。
「シュウジ君……足が、足が……ごめんなさい……」
「何も言うな。お前はよくやった。……よくやったんだ。胸を張れ。」
たった、二日だった。
その細い太ももが悲鳴を上げるのに要した時間は。
いや……むしろよく持ったのだ。
俺は、逃げるチャンスを失った。
そしてタケシの太ももは動くことを拒否してしまっていた。