三
タケシを休ませた洞穴から10kmほど走ると、あれほど重たかったペダルが勢いよく回り出す。
これからは下り坂だ。
眼下には俺たちの目指すべき人工建造物の群れが広がっている。
“街”だ。“街”が見える!
旅に出るときっと誰しもが共感するだろう安堵感をひしひしと感じながら軽快に俺の車輪は回転を続ける。
これならタケシも早く合流出来るだろう。
街までの標識が5kmをきり、いよいよ市街地に入ろうとしたその時、後方にカロリーを感じ車体を路肩へ寄せる。
「がんばって〜〜!」
追い抜きざま、白いセダンの窓から三十代の女性と五、六歳の女の子が俺に笑顔の合図を投げかける。
TVの力というものは物凄いものだ。
俺の知らない人が俺たちを知っている……。
(悪いことは出来ないな……)
とびっきりの営業スマイルをお返しすると少し大げさに手を振った。
その時だった。身に覚えのある嫌なショックが手のひらから全身へと突き抜ける。
(まさか!俺が?)
セーフティレバーを握り減速を始め、フロントの挙動を確かめながらゆっくりと停車すると、タイヤを点検する。
若さは時に自身を過信する。
“俺がパンクなどするはずがない。”
先を急ぐ理由もあった。
フレームから手動式のポンプを取り外し、“むし”に以上がないことを確かめると空気を前輪に向け送り出す。
タイヤは圧力を取り戻し、俺は市街地に向けペダルを漕いだ。
「この辺に自転車屋はありませんか?日曜でも営業してる……」
「ああ、それならこの商店街を真っ直ぐ行けばいい。デニーズっちゅうレストランの向かい側だよ。」
私は初老の男性に礼を言い、サドルに跨ったのだが……前輪はその張りを完全になくしてしまっていた。
今度は認めざるを得なかった。
俺はパンクをさせてしまったのだ。
路肩に寄ったとき、あの時何かを踏んでしまったのか……。
俺としたことが……たった五日目で……。
頼れるのはもはや己の二本の足だけだ。
フロントを持ち上げやっとの事で自転車屋にたどり着いた。
やった……営業している!!
主人に事情を説明し、タケシを待つ間についでなのでパンクの修理をお願いした。
「このチューブ、いつ換えた?」
おかしな事を聞く。点検は全てMさん行きつけの自転車屋で旅行の二週間前に終わらせている。
「おかしいね……それにしては……」
オヤジの言葉を遮るように俺を呼ぶ声が聞こえ車道に出る。
タケシだ。顔色を見る限り心配はなさそうだ。
向かいのデニーズで待つように指示を与え、俺は修理を終えた自転車を主人の軽トラックの荷台に積みこんだ。
「何でも好きなの食って飲んでいいぞ!よく頑張ったな!」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべ、タケシは力一杯答えた。
「シュウジ君は……?」
「俺は主人を案内しなきゃならない。それにMさんだけじゃ人手が足りない。戻ってみんなと一緒に走ってくるよ」
日没まで三時間半……俺の焦りを感じたのか、主人の走りは鬼神のようだった。
「ありゃ絶対走り屋だよ、若い頃」
俺たちの後ろをついてきたTV局のスタッフが後に俺にこぼしたくらいだ。
おかげであの峠を一時間もかからずに戻ることができた。
ゆうやの自転車を乗せると主人は俺に確認する。
「三人乗れるぞ……いいのか。
「はい。降ろしてください。」
俺は降ろされた自転車に再び跨ると隊列に発進の合図を出した。
明日はカズとマサキに会える!
役目を終えた充足感と二人に会えるうれしさは体から疲れを吹き飛ばしてくれていた。
自転車屋の主人が言いかけた言葉のことなどすっかりと忘れて……。