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十一

 恵みの雨だった。

 あれから二日間、降り続いているこの雨を形容すると、この言葉しか浮かんでこない。

 低年齢者を苦しめたアスファルトを冷やし、照りつける強烈な日差しからも解放してくれた。

 視界が奪われるのは仕方がないとして、雨の日は車の速度も落ちるので、危険も減ったように錯覚してしまう。

 あれから二日。

 相変わらず俺たちのポジションに変化はない。

 タケシは先頭のまま。そして俺たち三人は後方のままだ。

 ただ、違ったのは皆の走りだった。

 もうすぐ家族と会えるのも影響しているのだろう、特に低年齢のメンバーの速度と安定性が上がった。

 もちろん、雨の影響もあるのだろう。

 見違えたその走りに、俺は自分たちに起きたネガティブな出来事などすっかり忘れてしまっていた。

 壊れかけた絆を取り戻せたような、そんな自信がみなぎってくるのを感じていたのだ。

 元来、楽観的な性格だ。

 長いことクヨクヨとしているのはあまり得意では、無い。


 下りが多かった事も手伝い、二日で完全に遅れは取り戻した。

 やはり、借金が無くなると人間は笑顔になるもので、

 Mさんの鬼の形相も少しは和らいでいるように見える。

 俺たちは再び会話を交わすようになり、柳沢峠走破にむけて良いリズムで走れていた。


 さらに雨は俺たちに味方をした。

 夕刻が近くなるとさらにその勢いが増し、とてもテントを野営できる状態では無い。

 テント設営場所の絶対条件が「屋根の有る場所」という、何とも見つけにくいものになってしまったのだが、

 そんな不安は見事に払拭されてしまう。


「タケシ、止まれ!寺だ!」

 マサキがタケシを制止する。

 訝しげにマサキを振り返るとそのペダルを止めた。

「どうした?」

「あれ、寺じゃねえ?」

「ああ、ホントだ……ねえ、境内借りられないかな?」

 何か良い考えが浮かんだのか、カズがニヤニヤして囁く。

「う〜〜ん……。」

 俺が躊躇していると、Mさんもその案に賛成したのでマサキ、タケシの二人が交渉することになった。

 寺の中に有るものを発見した俺は、この交渉がうまくいくに違いないことが分かってしまった。

「Mさん……あれ見てくださいよ、あれ」

「カヌーじゃない!インディアンカヌー!」

「手作りっぽいですね」

「うん。うちでも今作っているんだ。帰ったら乗るか?」

「えっ?そうなんですか?乗りたいですね?是非」

「まあ、カヤックよりは面白くないだろうけどな……」

「ほう、カヤックをやるんですか?」

 よく響く低音が俺たちの会話に割って入ってきた。

 この寺の住職だ。

 なるほど……アウトドアの好きそうな顔をしている。

 答えはもちろん、イエスだった。

 境内だけでなく、寺の中も是非使ってくれとの申し出に俺たちは歓喜の声を上げそうになる。

 だが、Mさんはそれを突っぱねた。

「いえ、私たちはテントを持参していますので……お前ら!ぼーっとしてないでさっさと設営を開始しろ!」

 やれやれ……。

 ま、分かっていたさ。

 期待したって無駄なことくらい。

「おい!シュウジ!マサキ!ちょっと!」

 設営を手伝っていた俺とマサキを何故かMさんは呼び戻した。

 二人は顔を見合わせた。

(俺たち、何かしたっけ?)

「お前たち二人に住職から話があるそうだ」

「俺たちにですか?」

 少し強面の住職は、優しい微笑みを浮かべると、まず、俺の顔をじーっと見つめたかと思うと、次にマサキを同じように見つめ、ゆっくりとその口を開き始めた。

「君たち二人にはね、後光が差して見えるんだよ。良いかい、君たちは大きな人物になれるよ。ただし、努力を忘れてはいかん。努力さえすれば君たち二人はとても大きくなれるのだからね」

 きょとんとしたサッカーボール顔が、俺をのぞき込む。

「後光ですか……?あの、お釈迦様の……」

 俺は保育園時代にもらったお釈迦様の絵を脳裏に描いていた。

 首にはカトリックの信者である父からの、お守り代わりのマリア様が揺れているのをすっかり忘れて。

 それに気づいたのか、住職が諭すように言う。

「宗教は関係有りません。仏様であれ、それがマリア様であれ、君を守り導いてくれるものには変わりないのだから。

気にすることなんかありませんよ」

「あ……すみません。」

 何となく頭を下げた俺の額に、住職はその手をかざした。

 不思議な暖かさと懐かしさに似た感情が去来する。

「がんばります。」

 顔を腫らしたマサキが力強く答えた。

 そうだ、頑張らなくてはいけない。

 腐っている暇なんて無いのだ。

 俺たちは住職に礼をいうと再び作業に戻った。

 ますます強まる雨音の中、久しぶりに深く安らかな眠りに落ちていった。


 朝。

 起床し、顔を洗っていたときだった。

 ポトリ……。

 マリア様のメダイがタオルの上に落ちた。

 よく見るとチェーンを通すところが腐食してしまいボロボロになってしまっている。

 何か嫌な感じがして、住職に相談すると、

「身代わりになってくだすったんでしょう……。それだけ、きつい旅であったと言うことです」

 ものすごく納得してしまった。

 そして、いろんな事があったけど、無事にここまでこれたことに対して、感謝していた、

 マリア様……そしてお父さん……ありがとう……俺を守ってくれて……。

「そうと言っても不安でしょうから……。」

 と言って、懐からそっと小さなお札を差し出した。

「え……これは……。」

「まあ、失礼でなければ受け取ってください。昨晩、私の法力をこめておいたものです。」

 法力……俺にはそんなものがホントに有るとは信じがたかったのだが、その気持ちが嬉しくて素直に受け取ることにした。

「ありがとうございます。心強いですよ、ホントに」

「気をつけて……十分に……気をつけてください……」

 念を押すようにつぶやく住職に、ほんの少し引っかかりを感じたものの、すぐさま心を切り替え、峠越えの準備を開始した。

 これから先は約三時間にわたる上り坂だ。

 今回の旅の再難所、柳沢峠……必ず、一番で駆け抜けてやる!


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