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「ああ……ああ……」

 タケシの右の太ももは肉眼でもはっきり確認できるほどに痙攣してしまっていた。

 ペダルを踏みしめようとしてもうまく力を伝えることが出来ない。

 そっと、その小動物のように微細動を続ける太ももにふれてみる。

(……熱い……だいぶ熱を持っちゃてるな……)

 マサキの時にも使用した冷却スプレーをサイドバックから取り出し、患部に噴霧する。

「どうだ??」

「はい。気持ちいいです」

「うん」

 それからわずかに残っている生ぬるい水筒の水を適当なタオルにしめらせ、タケシの太ももに巻き付けていく。

「どうだ??水は温いけど、スプレーのおかげで……」

「はい、しっかり冷たくて気持ちいいです」

「うん、そうか……」


 もちろん、こんな事をしたってすぐに走れるようになるわけではない。

 さらにこれより、もっときつい山道が彼の行く手を阻んでいる。

 だが、今ここで悠々と休んでいる時間はもう、俺たちにはなかった。

 一ノ瀬高原のキャンプ場で今までの歴代の「カルガモ自転車隊」のメンバーとその家族が集結する日まで後三日。

 そこまでの距離はまだ、柳沢峠を含め約270Km超も残してしまっている。

 俺とカズたちや過去のメンバーなら、一日100km程度の距離は朝飯前だが、今回は走れて八十キロが良いところだ。

 一日につき10km余計に走らなければ間に合わないのだ。

 休んでいる時間は……本当にもう無い。


 みんなを抜かしてきたのだろう、カズとマサキの二台の自転車が見えてきた。

 二人はすぐに異常を感じたらしく、自転車から降りてくる。

 カズが言う。

「タケシも……?」

「ああ……俺の責任だ……」

 カズが必死に"俺"を"俺"から弁護している横で、マサキはサッカーボールの顔で眉間にしわを寄せているであろう(あまりに腫れているので分かりづらいのだ)表情を作り押し黙っている。

 下りの方向を見ると第二陣がえっちらおっちら上ってくるのが見える。

 このままでは奴らはここでその漕ぎを止めるだろう。

 この急勾配でそのスピードを殺せば、奴らは二度と漕ぎ出せない。

 ただでさえ最初の一漕ぎは力がいるというのだ、この坂では……。

「ほら来たぞ……カズ、みんなを先に行かせろ。一人もブレーキを掛けさせるな」

「え、でも」

「マサキもだ。カズが先頭、マサキがどんけつ。走らせろ。これ以上時間を無駄に出来ない」

「うん。そうだね。」

 カズはサドルに跨ると坂を下り、大声で指示を出し始めた。

「止まるなーー!!走れーー!!気にするなーー!!走れーー!!」


 ふん、なかなか良い子たちだ。

 カズの指示を聞き、訝しげにこちらに視線を送りながら奴らは通り過ぎていく。

 たった一人、Mさんをのぞいて。

「マサキ。どうした。お前も行くんだ」

「……いや、俺は残るよ。」

「良いから行けよ。カズ一人にさせる気か?」

「Mさんがいるだろ。俺はシュウジ君と一緒にタケシの力になる」

「けが人が何いってんだ。早く行け」

「あんたが一番疲れてるはずしょ?二人で引っ張れば何とかなるよ」

 最高の笑顔をマサキは俺に向けているようだ(怪我のせいでものすごく不気味ではあったがな)。


 二人のやりとりを聞いていたMさんは一言だけ言い残し、ペダルをこぎ始める。

「どっちでも良いが、責任を持ってタケシを連れてこい。分かったか、お前らの責任なんだ!!」


 彼女の背中を見送りながらマサキはつぶやいた。


「今にみてやがれ……」

 同感だ。だが、愚痴をこぼしている場合ではない。 

「じゃ、行くぞ。マサキは崖側、俺が車道に出る」

「横に広がるの??」

 マサキがその細い目を丸くしたようである。

「ああ車道いっぱい使ってやる。その方が引っ張りやすい。車の方がよけりゃあいい」

「それで、ヒロを引っぱたいたんじゃなかったでしたっけ??」

 タケシが笑いながら俺に言った。

「じゃあ、今度はお前がひっぱたけよ。サブリーダーさん」

 おどけた調子で言い放つと、二人は大声で笑い始めた。

 そう、これが大事なんだ。どんな時でも笑顔を忘れてはいけないんだ!

「よし、行くぞ!」

 タケシのハンドルのドロップ部の左をマサキが右を俺がそれぞれ持ち、タケシはバー部分を握る。

「うっしゃあああああああああ!」

 ゆっくりと、並列に並んだ三台の"かるがも脱落隊"(マサキが命名)はぶきっちょながらも走り始めた。

 最後方からゆっくりとゆらゆらと……フラフラと……よろけながら。




「あ!来たよ!」

 出発地点からおおよそ80km地点。

 ユウヤとダイスケが迎えに来ていた。

 ゆっくりと夕日が落ちていき、俺たち三人はまぶしくてなのか苦しくてなのか、それとも嬉しくてなのか、目を細め二人に手を振った。


 オレンジの光の向こう側で、みんなのシルエットが揺れていた。

 きっと、また一つになれる。

 そんな予感と確信に満ちあふれた瞬間だった。


「ただいま!!」


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