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あにむす  作者: まるね
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2 ― (4)

「お待たせしました」

遠藤先生が戻ってきたようだ。

「はぁ~い」

大きな声で、あたりまえのようにお客さんが応える。

遠藤先生は、準備室のドアから覗きこんで、ものすごく大きな口を開けた。

声にならない空気みたいのが、ぼくにも見えた気がする。

「…裕子?中庭で待っていてって言ったじゃない。もう。トモちゃんは?」

「おばあちゃんに頼んじゃった。せっかくだから、今年くらいひとりで来たかったのよ。ごめんね」

「だって、トモちゃんの入園準備だって言ったじゃない。書類は職員室なんですけど」

「だ~から、ごめんて」

なんだかひどく子供っぽい。相手の人も、遠藤先生も。

そのままずっと観ていたいくらいだ。

しばらく、ふたりで何かを話しているようだったけど、ぼくもここにいるんだと初めて気が付いたみたいに、ふたりでこっちを振り返ったので、ちょっとびっくりした。

「それよりさ。この子でしょ?高橋さん。すぐ分かったよ」

「裕子さん。何も余計なことは言わなかったでしょうね」

「はい。大丈夫。遠藤先生のお仕事の邪魔はしていません」

ねっ?

そう言って、ぼくに笑いかけると、片えくぼができた。

可愛い。

大人の女の人がこんなに可愛いなんて初めて知った。そして、遠藤先生も可愛い。ふたりいっしょだと、もっと可愛い。ぼくはそう思った。

「高橋さん。生物室に移りましょう。今日までのことを、あなたもきちんと知っておいた方がいいと思いますから」

今日までのこと。

それは、梅ちゃんがスギナにされてきたことっていう意味なんだろうか?


 高等部特進科1年の梅本美里は中学時代堕胎している

 梅本美里は大通りのパルムで売春相手と会っている

 高等部特進科1年の梅本は売春で稼いだ金でプチ整形している


「私が気付いて、写真を撮っておいたのはこの三つです」

遠藤先生が、見せてくれた写真はどれも、生物室のグレーの机に、たぶんマッキ―の太い方を使って、梅ちゃんのでたらめなウソ話が書いてあった。

「これ…いつなんですか?」

「4月の末頃には、もうありましたね。最初は消すだけにしていたんです。でも、あんまり何度も書かれるから、梅本さんにお知らせして、こうして、写真を撮ることにしました。でもそれだけでは、誰が書いたか分かりません。私と梅本さんは、何とか犯人を特定したかったんです。そうして、どうしてこんなことをするのか、なぜ、梅本さんなのか、聞きたかった。もちろん。もう止めて欲しいということも伝えたかった」


結局、犯人がスギナだと分かったのは5月の中頃だった。

遠藤先生が現場を見かけて声をかけると、スギナは笑いながら罰ゲームなんだと言ったそうだ。そこで咎めるのはどうかと悩んだ遠藤先生は、梅ちゃんとよく話し合って決めることにした。スギナと直接話したいと言ったのは梅ちゃんだった。

「私は、同席しましょうか?と何度も提案しました。でも、梅本さんはその度断ったの。中学の時、先生を通して抗議した友達が、一週間お休みしたんだそうです。もともと、これは自分と杉菜さんの間のことだからと言って…だから、せめて、生物室でお話しして欲しいと。私は準備室にいて、話は聞かないからとお願いしたんです。5月の最後の月曜日でした」

スギナは生物室には来なかった。

その代わり、梅ちゃんの鞄の中から中学の時から大切にしているプリクラ帳を無断で持ち出した。数枚の写真もそこには入っていて、数日後、スギナがそれを持っていることを梅ちゃんに告げたという。

「どういうことでしょうか?」

ぼくは、やはりスギナがまったくもって分からなかった。

何か気に障ることがあったとして、人のものを隠したり捨てたりする馬鹿な子は何人か見たことがある。けれど、どうして、わざわざ自分のやったことを相手に言わなければならなかったのか?

「ほらね、やっぱり分からないって言ったでしょ。遠ちゃん」

お客さんは、いつの間にか生物室に立っていた。

「裕子。部外者は黙っていて」

「あら、それを言ったら、遠ちゃんもおんなじよ。高橋さん。あなた、杉菜さんって子が、あなたをものすごく好きだったってこと、知っていたの?」

「え?」

「裕子!止めて。高橋さんを責めないで」

「責めてなんかないわよ。遠ちゃん。ただ、経験者は分かるって言ってるの。あれはね。病気なのよ。誰も悪くなんかない。杉菜さんに必要なのは、ちゃんとしたセラピストかドクターよ。自分で傷が治せない人は病院に行く権利があるの。これはイジメなんかじゃないわ。単なる失恋よ。高橋さん。杉菜さんから何か言われたことない?」

「あの…昨日、杉菜さんとふたりで教室にいました。その時、様子が変でした。支離滅裂っていうか、ちょっと怖かった」

「もっと前には?結局はね、梅本さんはジェラシーの対象に選ばれちゃったのよ」

裕子さんは、ぼくの顔をきつく見上げた。

入学式の日のことを言うべきかどうか、ぼくは迷った。考え過ぎな気もしたし、水無月祭の委員をしている間のメールや電話も、よく考えるとそんなに変ではないんじゃないかと思ったりもした。

裕子さんの言う『病気』という言葉も怖かったからかもしれない。

スギナを病人にしてしまうことに、ぼくは責任をとりたくなかったんだと思う。ジェラシーという言葉もなんだか大袈裟な気がした。

「あの、梅本さんが、部室に閉じ込められたって聞いたんです」

「そうです。写真を取り返そうとして。部室に呼び出されて、2時間ほど閉じ込められてしまったそうです。幸い、先輩が荷物をとりにやってきたので、思ったほど危険はなかったようですけど」

「高橋さんは、それ、いつ聞いたの?」

「……さっきです」

ものすごく恥ずかしかった。ぼくは、ほんのさっき知ったばかりだ。

もし、裕子さんの言う通り、スギナが病気だとしても、許せなかった。

「梅ちゃんは…梅本さんは、どうして、ぼくに話してくれなかったんでしょうか?」

なにより、どうして遠藤先生だったんだ。という気持ちが抑えられないでいる。

「あなたが、こういう問題には、人よりずっと苦しむから、と梅本さんは言っていましたよ。中学の時もずいぶん怖い思いをしていたようだからと」

「高橋さん」

裕子さんは、ぼくの肩を優しくたたいて言葉を続けた。

「梅本さんはね。あなたの写真を取り返せなかったって言って、泣いたんだって。…いいお友達だね」

「ごめんなさいね。あなたたちのこと、他に相談できる人がいなかったから、裕子に話を聞いてもらっていたの。職員室では大事になってしまいそうだったし、何より、梅本さんが、他の先生に話すのを嫌がったの。今日、梅本さんが携帯電話を持っていたのは、杉菜さんがあなたの近くに現れた時に何をするか分からないっていう電話が、昨夜、ご自宅にかかって来たからなのよ」

ぞっとした。

遠藤先生にもぼくが怖がっているのが分かったんだろう。

不自然なほどの笑顔を見せた。

「ですから、梅本さんには特別に携帯電話を持っていただきました。杉菜さんの姿を見かけたら、すぐに私に連絡してもらえるように。だいたいのことは上手くいったと思いますよ」

「とにかく、『病み上がりの杉菜さん』も、私が保健室に連れて行ったからね。お母様にも来ていただいているし、大丈夫」

Vサインをして片えくぼを見せる裕子さんも、芝居がかっているなと思ってしまった。

それなら、どうして…梅ちゃんはあんなことをぼくに言ったんだろう?


「うそ。信用できない。だって、あゆむはああいうのと戦う気がないじゃない。来るもの拒まずで、気持ちいいくらいに餌をまいて呼び込んで、こっちが大丈夫かなって心配してるのも楽しいみたいにしてる。それで、いざ相手が塀を乗り越えてくると、最初に裏口から逃げだすのよ。私をSPかガードマンにしてね」


ぼくの心の中に、小さくて尖った棘が刺さった。

説明のつかないやるせない気持ちと、申し訳なさで、ぼくはこの日、バスを1本遅らせて帰った。

昨日まで、ぼくと梅ちゃんだって、遠ちゃんと裕子さんが話してるときみたいに、可愛かったに違いないのに。


後日。事の顛末をざっくり聞いた景ちゃんはひとりで怒っていた。

「だからさ、スギナって、気に入らないんだよ。あいつ、ほんと気分悪い」

景ちゃんのおかげで、ぼくらはまた、いっしょにご飯を食べる。梅ちゃんの決めた場所に座って、他愛ないことを話して、バスを待つ。

けれど。ぼくと梅ちゃんは、本当の意味では、もと通りには戻れなかった。

失くした写真がどんなものだったのか、ぼくはついに聞くことはできなかったんだ。



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