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あにむす  作者: まるね
5/7

2 ― (2)

初めての水無月祭はなかなか楽しく進んだ。

担任が、スギナは風邪気味で病院に行ってから登校するというから、ああ、休まないんだ、とぼくはただ思った。どうせ、模造紙が八枚張ってあるだけの部屋だ。委員の仕事もあとは片づけぐらいしかない。

クラスの当番は午前中で終わり、梅ちゃんとバレー部に向かう。

途中。テニス部の屋台にちょこっと顔を出したら、ねじり鉢巻きで激しく活躍中の景ちゃんがいた。射的に風船釣り。ミニくじや輪投げなんかもあって、ものすごく楽しそうだ。

「おう。あゆむぅ。ラムネの早飲み競争しねぇ?」

ぼくが返事をする前に梅ちゃんが手でさえぎる。

「ダメ。あゆむは今からギャルソンになるんだから。そんな暇ないの」

「ええ。ギャルソンって、男装ってこと?大丈夫かあゆむ。似合いすぎて、学校にいられなくなりそ」

「大丈夫。うちの部、みんなスタイルいいんだよ。景ちゃん。絶対、見においでね。待ってるから」

そう答えてのんびり手を振るぼくの左腕を梅ちゃんの両手が引っ張る。

振り向きもせずに廊下を急ぐ姿が頼もしい。

なんでだろう。

小さくて可愛い梅ちゃんは、誰よりもたくましいと、いつもぼくは思う。

こう見えて梅ちゃんは根性が半端ない。努力家だし、自分で決めたことはきちんとこなす。それは中学から変わらない。

この時はまだ1年生だったのに、すでにバレー部にはなくてはならない敏腕マネージャーの地位に近づきつつあった。ぼくの自慢の親友だ。

梅ちゃんは、ぼくが頼る唯一の存在に等しい。


ギャルソンの喫茶店は、水無月祭バレー部の伝統的参加形態だ。毎年、1年生の背の高い方から5人の犠牲者が出る。

衣装は基本、黒ベストとタイに黒パンツで、Yシャツだけ自前。今年は、さらにエプロンを付けることになった。

ぼくは動きやすいから短いものを頼んでいたのだけれど、昨日、間に合わなかった衣装合わせで、ぼくだけ長いタイプになったらしい。仕方が無いから、梅ちゃんにお願いして、腰回りにぎゅうぎゅうに巻いてもらったところだ。とにかく脚さばきが難しい。

髪をムースで固めて、リーゼントっぽくしてもらい、なんとか格好がついた気がした。

「あゆむ。やっぱり、エプロン長いのにしてよかったね。カッコいいよ」

梅ちゃんはめったにぼくを褒めないから、どっちなんだろうと考え込んでしまう。

たぶん。本当にすごく似合うのか、全然似合わないのかのどっちかなんだ。

今回は執事カフェと銘打っているからか、3年生の提案で、お客との記念撮影なんかもする。まあ、どれだけお客がくるか分かんないけど、ギャルソンは『犠牲者』として頑張らざるを得ない。

楽しんだもの勝ちだよと梅ちゃんは笑う。

「まあ、頑張らせていただきます」

ぼくも口の端を上に引いた。

 

どういうわけか、バレー部の執事カフェは午後から大盛況を博し、ぼくは休む暇もないほど記念撮影をすることになってしまった。最初こそ、給仕をしながら応じていたのだが、途中から、客同士で順番の牽制になり困り果てた。どちらが先かはどのグループの場合も、誰にも分からない状況だった。

結局。

入店の際に記念撮影の希望の有無を聞いて、梅ちゃんの作った整理券を配ることにした。

問題はスペースがないということだった。整理券だけ持って廊下に並ぶ人達が増えてゆき、ついに隣の教室から文句が出てしまったのだ。

3年生同士が口げんかを始めたり、バレー部内でも問題解決に苦労するようになった。ぼくたちギャルソンも動線の確保が難しくなり、練習よりも疲れた気がする。

そのウチに店内で売るものもなくなり、完売御礼の紙を張り出していると、整理券を持っていない3年生のグループが騒ぎ出した。

「ちょっと、さっきまで並んでたのに、写真撮れないってどういうことよ?」

「すみません。喫茶店がメインだったんで…」

「はあ?あたし等、今年卒業なんだよ。少しは考えてくれてもいいんじゃないの?」

春休みやゴールデンウィークには完全に色を抜いてるなっていう毛先のひとが、髪を掻きあげて怒鳴る。ピアスの痕がはっきりと見えた。

どこかに留学していた人なんだなとぼくは思った。

主張をハッキリ言って、ちょっと派手。上の学年に何人かいるタイプの目立つ人達が、一斉に「そうだよそうだよ」と声を揃える。

「減るもんじゃなし」

いや、減るだろう。時間が。

つい頭の中でぼくは突っ込んでしまった。

「でも、写真はオプションだし、お金も取っていませんから」

応対したのは3年のマネジャーの八木さんだった。穏やかで優しいひとだとぼくは思う。窓口をひとつにして、店自体を撤去するというのが、バレー部の作戦だった。

「だいたい、部員が整理券持って並んでるのってずるくない?」

その声に八木さんだけじゃなく、バレー部全員が反応した。

もちろん。ぼくも。梅ちゃんも。


スギナだった。 

不気味なほどに白い指先が、撮影会の整理券に使った上質紙を握りしめ、梅ちゃんの手書きの赤い数字がぐしゃぐしゃに歪んでいる。鎖骨の覗いたブラウスの襟が変に丸まって、紺色のキャミのストラップが見えたまま、じっと足下を見つめて立っていた。

「ちょっと、あの子って、昨日も来なかったでしょ」

「確認したの?一年。当番班はどこよ?」

店内にいるスタッフがざわめく。ひそひそ声なのに、はっきりと単語が聞こえてきて、返って耳障りだ。

「ねえ、あの髪…ブリーチして染めてるよね」

「やだ。あの子、美容院に行って遅刻したってこと?」

「えー?信じらんない」

「うん。染めてる染めてる。あの色、可愛いよね」

「可愛いって…いうより、ちょっと怖くない?変だよ」

ぼくはゆっくりと店の奥側へ後退った。喉がカラカラに乾いている。

スギナから出ている異様な雰囲気にのみ込まれるのが怖かった。

なのに、脚がすくむ。

無意識に梅ちゃんの背中を探しているのが、自分でも分かっていた。

スパニッシュブロンドとでもいうのか。

昨日の展示教室に置き去りにした黒髪は、どこにも見えなかった。ひとつに束ねた髪をベイビーブルーのリボンで飾り、左側に垂らして、毛先をアイロンで巻いている。薄く化粧をしているが、あれは確かにスギナだった。

バレー部の先輩達が積極的に廊下に出て、さっきからうるさく噛みついてくる派手なグループと本格的な言い争いが始まった。梅ちゃんの姿もない。

執事カフェのあるあたりは、どよめきと混乱と叫び声でいっぱいになってしまった。

ぼくの頭も身体もフリーズしている。

梅ちゃん。梅ちゃんはどこ?

「あゆむ。お待たせ。こっちにおいで」

小さな掌が、ぼくの腕を掴んで、教室の裏側に続く扉へ引っ張った。

この掌は知っている。

ぼくの目の前に、梅ちゃんの背中がはっきりと現れた。

「どこにいたの?探したんだよ。先輩達がケンカしてる」

「うん。分かってる。そっちは大丈夫。とにかく、あゆむは景ちゃんとこにいて。あとはなんとかするから」

「え?なに…なんで?」

ずんずんと廊下を横切って、梅ちゃんのスカートが膝にあたってはためく。

ぼくは小走り気味になりながら、

「待って。でも、執事カフェは?」

と聞いた。

本当に心配だったからだ。

その時。

梅ちゃんの身体はその場に立ち止まった。

つられてぼくの足も二三歩行き過ぎて止まる。

梅ちゃんは、ぼくの顔をゆっくりと覗きこんだ。お説教をする時の顔だ。

「あゆむ。こういうときに、そんな…何も知らないみたいなこと言うのやめて。自分でも分かってるでしょ」

ぼくの腕を勢いよく離して、梅ちゃんはちょっとしまったという顔をした。

校舎の北側の廊下にある窓枠に、ちょうど礼拝堂の屋根が見える。観光地で売っている絵葉書みたいに隙がない。

そんな渡り廊下の途中で、ぼくは梅ちゃんに大きなため息を吐かれた。

「悪かったわ。ごめん。私も今日はいっぱいいっぱいなの。でもね。いつもいつも。どうしてあんたは、自分を守るってことをしないの?何で同じことを繰り返すのよ」

なんのことなのか、本当に分からなかった。

ぼくは今日一番のハムスターになっている。

「ね。そうやって、黙っちゃう。いいかげん、嫌なものは嫌って言いなさいよ。どうすんの?あたしだって、大学までいっしょってわけにはいかないんだよ?あゆむは大好きだけど、あゆむが呼ぶものは、はっきり言って理解不能」

これは…お説教じゃないね。それだけは分かる。

けど、執事カフェの混乱とぼくの呼ぶものの関係が理解不能です。梅ちゃん。ぼくはなにをよぶのでしょうか?

「ほんと…めんどくさい。あゆむ。私が杉菜さんに何されてたか知らないでしょう?」

スギナ?

「スギナって、あの?梅ちゃん、なに?何されて…」

自分の鼓動が前側だけに集まるみたいで、ぼくは胸を押さえて、背中を丸める。

梅ちゃんは軽く顎を上げて、「まったく」と言った。

「ほんと。嫌になる。別にたいしたことじゃないわ。あゆむと撮ったプリクラ帳を隠されたり、バレー部の部室に閉じ込められたり。あとは、そうね。生物室の机に根も葉もない悪口を書かれてた」

「悪口…って?」

「めんどくさい。聞きたい?口が腐りそ。…あたしが、中学の時に赤ちゃんを堕ろしたって。おかげで、遠藤先生に呼び出されちゃったわよ」

「何で、そんな嘘」

「知らないわよ。だから、理解不能って言ってるじゃない。ああ…そうね。あゆむだって分からないのよね?本当に分からない?あの子、何にも言わなかった?あんた、あの子に何かしたんじゃないの?」

何かって……何もしなかった。

何もしないことを責められた。

だから、やっぱり何にもしてやんなかった。

そのせいってこと?

「ふ…つうにした。ぼくは普通にしてた。だって、支離滅裂だったから」

「いつ?」

「昨日」

一瞬の間。

そうして、この話は終わりというように、梅ちゃんは、ちらっとケータイを確かめたみたいだった。 

「あ…いいわ。とにかく、このまま、景ちゃんのところまで行って」

おかしい。ケータイは登校してすぐに職員室に預けるのが決まりだ。

この梅ちゃんが校則を破るなんてありえない。

ぼくは梅ちゃんににじり寄った。

「梅ちゃんは?梅ちゃんはどうするのさ」

「私は戻るわよ。片づけの責任者なんだから」

「ぼくも。ぼくも戻るよ。ぼくのせいなら、ぼくが…ていうか、梅ちゃん。そんなことがあったんなら、何で教えてくれなかったのさ?」

ちっ。

はっきりと舌打ちをされた。

梅ちゃんの舌打ちなんて信じられないけど、もう、うんざりって聞こえた気がした。ぼくに言っているんだ。

「言ったら、何かしてくれた?」

梅ちゃんはぼくをまっすぐ見て言う。言葉が静かすぎて返って怖かった。

「あたりまえだろ」

地団太を踏む子供みたいだ。

自分でも分かる。

ぼくはどこかで、負けを認めていた。認めていながら、ずるずるとすがりついている。

「知ってたら、何とかしたよ。梅ちゃんにひどいことされて、ほっとけるわけないだろ?」

「うそ。信用できない。だって、あゆむはああいうのと戦う気がないじゃない。来るもの拒まずで、気持ちいいくらいに餌をまいて呼び込んで、こっちが大丈夫かなって心配してるのも楽しいみたいにしてる。それで、いざ相手が塀を乗り越えてくると、最初に裏口から逃げだすのよ。私をSPかガードマンにしてね」

ぼくはもうずっと、そんなふうに梅ちゃんを扱ってきた。そう言われているんだ。

でも、さっきぼくを裏から逃がしてくれたのは、梅ちゃんじゃないか。

「ぼくは逃げない。戻るよ。戻って戦う」

それは、梅ちゃんという楯を失いたくなかっただけなのかもしれない。

「どうやって?何ができるっていうのよ。できていたら、ここにはいないのよ。あゆむ。お願いだから、言うこと聞いて。景ちゃんのところに行ってて」

小さい子供に言うみたいだ。

かあぁっと頭に血が昇った。鼻血が出ているのかと思ったけど、握り拳で鼻先を擦って、思い切り息を吸い上げた。

鉄の匂いが口に落ちてきたけど、ツバといっしょに中庭に勢いよく吐き出してやった。

ぼくはトップスピードで廊下を戻る。

後ろから梅ちゃんの説教が追いかけてきていたけど、幾人かすれ違いざまに肩や腰が当ったけれど、ぜったいに、ぜったいに止まりたくなかった。

梅ちゃんはぼくのことが好きだと言った。けれど、信用できないとも言った。

言われてぼくは、悔しかった。とても。とっても、悔しかったんだ。



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